第51話 実家での暮らし (前編)
一郎の車に乗せられること十五分。多田とちゅうじんを乗せた車は、とある一戸建て住宅の前で停車した。
「ん?」
「ちゅうじん、着いたから降りるぞ」
「え? あ、うん」
ちゅうじんが突然止まったことに驚きの表情を浮かべていると、多田から降りるように言われたので、その通りに車から下車する。
ま、まさかここじゃないよな?
驚くちゅうじんの目には、高級そうな一戸建て住宅が映っていた。いや、ここだけじゃない。今、目にしている建物以外にも、この周辺には似たような高級住宅がズラリと並んでいる。ちゅうじんは隣にいる多田に、思い切って訊いてみることに。
「な、なあ。もしかしてこれが多田の実家か?」
「ん? そうだけど、それがどうかしたか?」
「ま、マジかよ……」
多田はちゅうじんの質問にそう応える。ちゅうじんは目の前の家が多田の実家だと知ると、狼狽えるように呟いた。まさか多田がこんな高級住宅街に住んでいるなんて、ちゅうじんは思っていなかったのだ。もっとこぢんまりとしたところに住んでいるものと思っていたため、ちゅうじんは目の前の事実に思わず圧倒される。
「おーい、入らないのか?」
「へ? あ、勿論入るぞ!」
ちゅうじんは多田に呼びかけられて、ハッとする。取り敢えず、多田の言う通り家の中に入ることに。多田が玄関の扉を開けると、ちゅうじんはそれに続いて、妙に緊張した表情を浮かべながら、し、失礼シマースと玄関に足を踏み入れる。中は外観と同様綺麗でオシャレなデザインになっており、白を基調としたフローリングがされていた。それを見たちゅうじんはおお〜! と感嘆の声を上げた。
「ちゅうじんさっきから、様子がおかしいけど大丈夫か?」
「だ、大丈夫だぞ! なんか凄いオシャレで、全身がぶわああ! ってなってるだけだから!」
「お、おう」
ちゅうじんの語彙力が一時的に下がっているが、それぐらい感銘を受けているということだろう。多田はなかなか進もうとしないちゅうじんに声をかけると、リビングへと続く廊下を歩く。ちゅうじんも多田の後を追うように歩き始めた。
多田とちゅうじんがそのままリビングに入ると、中にいる多田の母親が二人に気づいたようでこちらを向く。
「あら、いらっしゃい」
「ただいまー」
「ど、どうも」
祥子に挨拶をされた二人はそれぞれ返事をする。多田はついに帰ってきてしまった……と、かれこれ六年ぶりに実家に来たことを実感していた。その一方で、ちゅうじんは未だ緊張が解けないようで、そわそわしている。そんなちゅうじんを気遣ってか、祥子が口を開いた。
「ひとまず、その重そうな荷物を置いてきたらどう? 確か来客用の部屋があったはずだから……太郎、うーさんを案内してあげなさい」
「はいはい、分かりましたよ〜」
「それじゃあ案内頼んだぞ!」
多田は面倒臭そうに返事をすると、ちゅうじんを連れて二階へと上がっていく。階段は軽めの螺旋状になっており、ちゅうじんは蹴躓かないように手すりに手を添えながら上る。
二階に着くと、これまた長い廊下がちゅうじんの視界に入ってきた。自分が使用する部屋はどこだろうかと、ちゅうじんはキョロキョロしながら多田の後ろをついていく。多田が廊下の突き当たりまで歩くと、そのまま右側の扉を開けた。
どうやらここがちゅうじんが三日間使用する部屋のようだ。ベッドやクローゼット、作業用の机と椅子が配備されており、特に不自由な面はなさそうに見える。
「着いたぞ」
「案外広いな〜。 それはこの家全体に言えることだけど……。にしても、なんでこんな高そうな家に住んでるんだ?」
ちゅうじんはこの家に来た時から思っていたことを多田に訊いてみる。すると、多田は苦笑しながらこう応えた。
「そりゃあ、ここ東山区は市内でも有数の高級住宅街だからな。うちの親父がコンサルタント業をしてるせいで、こんなクソ高い家に住むことになってるんだよ。俺としては、普通の民家の方が良かったんだけどな」
「な、なるほどな」
ちゅうじんは多田の話を聞きながら、脳内にこの家に来るまでに乗ってきた車やこの住宅を思い浮かべる。
多田のお父さんって、やっぱり凄い人なんだな……。
多田がキテレツ荘に引っ越してきた原因の一つにこの家も含まれていそうだなと、内心考えながら持ってきた荷物を床に下ろすちゅうじん。さっそく荷物の中から必要なものを取りだそうとリュックのチャック部分に手をかけると、多田のポケットに入っていたスマホから着信が鳴った。
「ん? 今日は有給休暇のはずなんだが……って、マジかよ」
「どうしたんだ?」
多田がポケットからスマホを取り出して、確認してみると会社からの着信のようだ。今日は有給休暇で完全にオフだというのに、何故かかってきたのだろうか。多田は渋々電話に出ると、上司の声が聞こえてきた。
「はいもしもし。一応俺、今日休みなんですけど……」
『あー、多田に頼みたいことがあってな。明日の夕方までに今、スマホとパソコンの方に送った資料の確認をお願いできるか?』
「えーっと、ちょっと待ってくださいね……。……え、マジで言ってます?」
課長から連絡を受けた多田は通話を継続させながら、メッセージアプリを起動させる。さらっと内容を確認してみると、とても一日、二日ではこなせないような量が、添付されていた。それを見た多田は思わず、課長に聞き返す。
『知っての通り、今日は企画課メンバーの大半がツアーに出ているからな。空いてるのがお前ぐらいしかいないのが現状だ』
「……分かりました。やるだけやってみます」
多田は課長から今の状況を聞くと、渋々了承してから通話を終了させた。多田がそうしている間にも、ちゅうじんは取り出すものを取り出したのか、リュックのチャックを閉め終わったようだ。通話の内容が気になったちゅうじんは多田の方を向いた。
「何話してたんだ?」
「仕事だよ仕事。休みの日まで、仕事しなきゃいけなくなったんだよ。そろそろ転職先でも考えようかな……」
「お、お疲れ様だぞ……」
多田はそう言うと、仕事をするために同じく二階にある自分の部屋へと向かった。ちゅうじんはそれを見届けると、することがなくなったのか試しに一階に降りてみようと部屋を出る。
まっすぐ階段を降りて、リビングへと戻ってくると、そこには学校から帰ってきたのか私服姿の亜莉朱がいた。
「お、久しぶりだな」
「あ、うーさんやん! もう来てたん?」
亜莉朱はちゅうじんを見ると、駆け寄ってきた。久しぶりに会えたことが嬉しいのかその声は弾んでいる。
「ついさっきだけどな。亜莉朱は学校終わったところか?」
「そうそう。今日は五時間授業やったから早めに帰ってこれたんよ」
ちゅうじんにそう訊かれた亜莉朱は、嬉しそうに返事をした。ちゅうじんが亜莉朱の話を聞いていると、リビングテーブルに一枚の紙が置かれているのを目にする。
「あのテーブルに置いてある紙って何なんだ?」
「ん? あー、これは文化祭のチラシやね。ちょうど明後日から文化祭が始まるんやけど、そこで配るパンフレットの表紙イラストを描かなあかんねん。だいぶギリギリに頼まれてなあ……。チケットの切り分けもしなあかんのに……」
亜莉朱は困ったような口調で応えた。イラストは下書き途中のようで、半分ぐらいしかイラストが描かれていない。それに加えて、チラシの下書きイラストの隣には大量のチケットが印刷された紙が積まれていた。
兄妹共々、苦労してるな……。
ちゅうじんはそう思うと同時に、自分にも何かやれることはないだろうかと思った。
「良かったら手伝おうか? 特にすることもないし……」
「え、良いん⁉︎ 正直この量を一人で捌ききるんは無理やろうって思ってたところなんよ〜。ありがとう」
「ど、どういたしましてだぞ」
恐る恐るちゅうじんが申し出ると、亜莉朱はニパァッと効果音がつくほど、嬉しそうな表情を浮かべながらちゅうじんの両手を握った。
コロコロと表情が変わる亜莉朱に対して、ちゅうじんは忙しいやつだなと苦笑する。
しかし、手伝うとは言ったものの、何をすれば良いのかちゅうじんには分からない。そこで亜莉朱に、どうすれば良いのか訊いてみる。すると、亜莉朱は顎に人差し指を当てながらこう言った。
「そうやね。なら、チケットを切り取り線の通りに切ってくれへんやろか? これならうーさんでも出来るやろうし」
「分かったぞ!」
亜莉朱から指示をもらったちゅうじんはテーブルの椅子に座ると、さっそくハサミでチケットを切り始めるのだった。
今日から二日間は8話ずつ投稿します。




