第48話 疑われる宇宙人 (後編)
亜莉朱たちがベンジャミンの毛並みを堪能している一方、多田たちはお昼ご飯を食べていた。
「一番最初にちゅうじんの料理を食べた時は死ぬかと思ったが、今ではめちゃくちゃ美味くなってるな」
「だろ? これも地獄の料理講座をやり抜いた結果だぞ」
「お前、甘野さんと何やってんだよ……」
多田はちゅうじんの料理の感想を言いながら、きつね蕎麦を食べていく。多田に褒められたちゅうじんは、嬉しそうな表情を浮かべながら、麺を啜った。
そろそろ本題に入るか……。よし。
しばらく食べていると、多田が小声でちゅうじんに話しかける。ちゅうじんは多田の声の小ささを不思議に思いながらも多田の話に耳を傾けた。
「なあ、ちゅうじん。お前って念話能力とか持ってたりするか?」
「ん? 持ってるぞ。……あー、そういうことか」
ちゅうじんは急に何を言い出すんだと思うが、多田の言葉の意味を理解したようですぐに念話能力を発動させる。多田はちゅうじんから念話の使い方を一通り教わると、話したいことを念じ始めた。
『よし、これであいつらに聞かれずに済むな。いや〜、念話能力凄っ』
『だろ?』
多田は初めての念話に感動している。それを聞いたちゅうじんは嬉しそうな声色で返した。集中して念じないと、相手には聞こえないらしいので、多田は案外、能力を使用するのも大変なのだと実感する。ちゅうじんは蕎麦を食べる手を動かしながら、多田に向かって話し始めた。
『それで、家族にボクのことをどう説明するかだよな?』
『そうそう。流石に目の前にいるのは宇宙人です、なんて言えないからな』
多田はそうちゅうじんに伝えると、どう家族に説明しようかと考え始める。多田が考えるために箸を止めた一方、ちゅうじんはその間にも麺をすすっていた。
多田が考え始めてから三分が経過した頃、ちゅうじんが何かを思いついたように話しかけてくる。
『そうだ。留学生設定ってのはそのままで、女装が趣味ってのはどうだ?』
『あー、なるほど。……それなら違和感ないな』
ちゅうじんからそう提案されると、多田は一通り辻褄が合うか考える。多田は少し間を置いてからゴーサインを出した。だが、ちゅうじんはそれで良いのだろうかという疑問が湧いてくる。
『でも、ちゅうじんはその設定で良いのか?』
『おう! 今のうちに擬態できるモノを増やしておくのも、悪くないからな』
『な、なるほどな……』
ってことは、ちゅうじんは人間の他にも擬態したことがあるってことだよな……。
多田はちゅうじんの言葉を聞いて内心、複雑な気持ちになる。だが、取り敢えずの方針は決まったので、多田は食べる手を再開させようと箸で麺を掬った。すると、ちゅうじんから念話が飛んでくる。
『そういや、ベンジャミンどこに行ったんだ?』
『あー、それはな。この状況が怪しまれないように、わざとリビングから遠い場所、つまり俺の部屋の前に移動させたんだ』
ちゅうじんからそう訊かれると、多田は口を開いて説明し始めた。多田は自分の部屋とちゅうじんの部屋に鍵をかけに行くついでに、寝ているベンジャミンをリビングから離れた位置に配置しておいたのだ。そうしておけば、必ず家の中を探索している亜莉朱たちの目に留まる。つまり、ベンジャミンは時間稼ぎのために駆り出されたということだ。
『ベンジャミンが可哀想……』
『仕方ないだろ。時間稼ぎのためにはこうするしかなかったんだ』
多田からベンジャミンがいない事情を訊いたちゅうじんは、多田の部屋の前にいるベンジャミンに向かって憐れみの感情を向ける。多田は流石に可哀想になってきたので、後でベンジャミンにおやつをあげることを決めるのだった。
◇◆◇◆
多田とちゅうじんの作戦会議から十分後。蕎麦を食べ終わったちゅうじんは器を洗い、多田はお茶出すのを忘れていたことを思い出して、テーブルにお茶を並べている。二人がそうしていると、亜莉朱たちが戻ってきたのか、リビングの扉が開いた。
「お兄ー! 犬見つけたんやけど、いつの間に飼ってたん⁉︎」
「名前は何て言うんだ⁉︎」
「お、おお……。取り敢えず二人は落ち着け? んで、母さんは少し力を緩めたらどうだ?」
「そ、そうね」
多田は亜莉朱と一郎からの質問攻めにあうが、そういうことには慣れているのか一旦冷静になれと返した。そして、何故かキラキラした目で力一杯ベンジャミンを抱えている祥子。
ベンジャミンが苦しそうに顔を歪めているので、多田は祥子に対して力を緩めるように助言する。すると、祥子は自分が力を入れすぎていることに気づいたようで、ベンジャミンを抱っこする手を緩めた。多田はそれを確認すると、家族をソファへと座らせた。それに続いて多田とちゅうじんも向かいの椅子へと着席する。
「よし。取り敢えず、その母さんが抱えている犬のことは一旦置いておくぞ。まずは隣に座ってるやつの説明からだ」
「その人ってお兄の彼女じゃないん?」
「違う違う。こいつは海外からの留学生で、性別も俺と同じ男だよ」
「あ、そうなん⁉︎」
多田の説明に驚きの表情を浮かべる家族。多田はその反応を見て内心、そりゃそうなるよな……と思いながらも、隣に座っているちゅうじんに自己紹介をしろと声をかける。多田にそう言われたちゅうじんは緊張しているのか、顔を強張らせながら話し始めた。
「エ、エット、宇丹ッテイイマス」
その緊張度合いは過去二回の自己紹介よりも大きくなっており、話し方もロボットのようにカタコトになっている。多田はちゅうじんの緊張ぶりに口をポカーンと開けている。ちゅうじんは普段こういう場では緊張しない方なので、今のちゅうじんを見てどうした? と多田は思ってしまう。すると、ちゅうじんを気遣うように一郎が話し始めた。
「うーさん、そんなに緊張しなくても大丈夫だからな」
「そうそう、何ならタメ口でいいわよ」
「そ、そうか?」
「うんうん!」
そう家族に言われると、ちゅうじんは緊張がほぐれたようでいつもの表情に戻った。その後はベンジャミンについて話したり、普段ちゅうじんが何をして過ごしているのかといった話で盛り上がった一同。
いつの間にか十五時になっていたようで、一郎がそろそろ帰ろかと言い出した。
「亜莉朱は明後日からテストだからな」
「定期テストの勉強嫌や……。マジで滅んでくれへんかな」
「おいおい」
一郎からそう指摘されると、亜莉朱は頭を抱えて唸った。多田は妹の発言に苦笑いする。その様子を見ていたちゅうじんは、学生は大変そうだなと憐れみの表情を浮かべた。
一郎は先に帰る準備を終えると、多田の方を向く。普段はおちゃらけているのに、やけに改まった表情を浮かべている一郎を見て、多田は不思議そうに首を傾げる。
「どうしたんだ?」
「たまにはこっち帰ってこいよ。うーさんとベンジャミンも連れてきて良いからな」
「まあ、考えとくわ」
「来いよ?」
一郎の圧に押されて、多田はコクコクと頷いた。それを聞いたちゅうじんは、多田の実家に行けるのかと目を輝かせている。一郎は多田にそう言うと、荷物をまとめ終わった亜莉朱と祥子と共に家から出て行った。それを見届けると、多田はまた面倒なことになったなと遠い目をする。
「最後の最後に爆弾落として行きやがって、あの親父……」
「多田の実家楽しみだぞ!」
「後でまた日程調整するか……。俺の有給がどんどん無くなる……」
多田はため息をつきながら、空になった湯呑みを片付けるのだった。




