第45話 実家からの手紙
十月上旬。例のスイーツコンテストから甘野に料理を習っていたちゅうじん。今では一番最初に作った鍋よりも、大幅に料理スキルが上がっている。これも甘野に教えてもらったおかげだろう。今は、夕食の準備をしている最中で、手慣れたように包丁で食材を切っていく。
「よし、これで下拵えは完了だな」
「ねえ、何作ってるの?」
ちゅうじんが包丁を流水で洗っていると、ベンジャミンが傍に寄ってきた。暇なのか単に興味が湧いただけなのか、シンクの台に前足を引っ掛けながらそう問いかけるベンジャミン。
「ベンジャミンか。キノコの和風パスタだぞ。って、ここは危ないからあっち行ってろ〜」
「はーい」
ちゅうじんは横のモフっとした気配に気づくと、ベンジャミンに注意する。ベンジャミンはつまらなそうな表情を浮かべて、リビングの方へと戻っていく。そうしている間にも、ちゅうじんは包丁を洗い終わり、水の入った鍋に火をかける。次第に鍋のお湯が沸騰してくると、ちゅうじんはパスタを投入した。後は茹で上がるのを待っている間に、具材を炒めるだけ。フライパンに火をかけようとした時、玄関のポストから音がした。
「ばふばふ!」
「ん? なんだ?」
ベンジャミンがポストの音に気づいたのか、ちゅうじんに知らせるために吠え出す。ベンジャミンの鳴き声に気づいたちゅうじんは、急いで玄関の方へと向かった。ポストの蓋を開けると、そこには一通の手紙が。
何だこれ?
ちゅうじんはそう思いながら、手紙を持ってリビングの方へと戻る。すると、ベンジャミンがまたしても吠え出した。今度はなんだと思いつつ、ベンジャミンが吠えている方向を見ると、鍋からお湯が溢れ出しているのが視界に入る。
「あ、やべっ!」
ちゅうじんは鍋の火を止めずにそのままにしていたことを思い出すと、近くのテーブルに手紙を置いて慌てて火を止めに行く。どうやら麺は無事なようなので、そのまま具材を炒め始めたちゅうじん。
数分すると、パスタと具材をお皿に盛り付けて完成だ。後はベンジャミンのご飯を準備し終わると、ちゅうじんとベンジャミンは夕食を食べ始めるのだった。
◇◆◇◆
夕食から三時間後、玄関の扉が開いた。どうやら多田が帰ってきたようだ。
「疲れた……。帰ったら帰ったで企画書作りしなきゃならんし。せめて人手がもう少し欲しい」
「あ、おかえり〜」
多田はリビングに行くと、鞄を床に下ろしてソファへと座った。だいぶお疲れのようで、長いため息をついている。すると、ちゅうじんはリビングのテーブルへ向かい、ポストに入っていた手紙を多田へと渡した。
「これは?」
「今日、ポストを覗いてみたら入ってた。中身は見てないぞ」
「なるほど。えっと送り主は……」
多田は手紙を受け取ると、ちゅうじんの説明を聞きながら封筒の裏面を見る。すると、多田の顔が酷く歪んだ。
「マジかよ……」
「何だ何だ?」
ちゅうじんは何が書かれているのかを見るために、多田の手元にある手紙を覗き込む。犬小屋の方でくつろいでいたベンジャミンも、様子が気になったのかこちらへとやってきた。手紙の裏面には『多田太郎様』と書かれた隣に『多田祥子』と書かれた文字が。ちゅうじんが見た感じ、特におかしなところは何もないはずだ。
「ただ、住所と名前が書いてあるだけだけど、どうかしたのか?」
「これ、実家からの手紙なんだよ。一々送ってこなくても良いってのに」
ちゅうじんがそう問いかけると、多田が面倒くさそうに送られてきた手紙が何なのか話し始める。今、多田の手元にあるのは実家から送られてきたものらしいが、多田はそれがどうにも気に食わないらしい。
実家からの手紙って嬉しいものなんじゃないのか? と、ちゅうじんは疑問に思う。ちゅうじんが前に調べた情報ではそう書いてあったのだ。だが、何故そんなに嫌がっているのだろうか。気になるちゅうじんは多田に訊いてみることに。
「? そんなに悪いものなのか?」
「俺にとってはな」
多田はちゅうじんにそう言うと、ちゅうじんに家族のことを話していなかったことを思い出す。この際だから話すのも悪くないだろうと思った多田は、ちゅうじんにキレテツ荘に来る前のことを話し始める。
「んー、それじゃあ簡単に俺の家族について話しておくか」
「おお〜」
「まずは親父からだな。名前は多田一郎。某野球選手の名前と一緒だが、そこは置いておこう。あの人は――」
多田の父である一郎は、簡単に言えば、多田たち家族を何の前触れもなく海外に連れ回すクセの強い自由人。その自由人っぷりはキテレツ荘の大家と同等かそれ以上だ。
ちなみに一郎の仕事はコンサルタント業で、その影響もあってか、多田家は長期休みになるといつも半強制的に旅行に連れて行かされる羽目になる。キテレツ荘に引っ越したのもそれが原因だと言えるだろう。最も、他にも引っ越した理由はあるのだが。
「と、まあ親父はそんな感じだな。ちなみに、今の旅行会社に入ろうと思ったきっかけも大半は親父の影響だ。そこだけは感謝してる。そこだけな」
「お、おう。つまり属性としては大家と似てるのか?」
「そうだな。何やかんやでうちの親父と大家は親友らしいし」
うちの親父と大家が親友だと前々から分かっていれば、キテレツ荘に入居することもしなかったんだけどな……。企画課の課長とも知り合いらしい。人脈広すぎだろ。
多田は内心、そう思いながら続きを話そうと口を開く。
「よし、次はお袋――母親だな」
「多田のお母さんはどんな感じ何だ?」
「んー、一言で言えば、天然の皮を被ったゲテモノ製造機だな」
「ど、どういう意味だ?」
多田の母親の名は、多田祥子。今多田の持っている手紙の送り主だ。祥子は普段はほわほわした雰囲気を纏っている優しい人なのだが、こだわりが強く、センスがずば抜けて酷い。特に料理を作らせた暁には、祥子以外の家族がまずさで失神するほどだ。多田が幼い頃から料理をするようになったのも、それが原因。
だから、多田の表現は正しいのだ。そんな祥子が手紙を送ってきたのだから、多田の顔面が歪むのも仕方ないと言えるだろう。
「多田の言った言葉の意味が分かった気がするぞ……。そりゃあこっちに引っ越したくもなるだろうな」
「分かってくれるか……ちゅうじん。んで、そんな母親は一体なんで手紙を送ってきたんだ?」
多田はそう言うと、封筒の中身を開けた。中には、二枚の便箋が入っている。
あれ? 思ったよりも少ない。あの母親のことだからもっと書いてるのかと思ったのに。
さっそく中に入っている手紙を取り出して読んでいく。手紙の内容はごく一般的なものとそう変わらず、体調を気遣う言葉や最近、実家の方で起きたことなどが書かれている。
しかし、ラストの一文を見た瞬間、多田は手紙を目の前のテーブルに置いて、頭を抱えた。ちゅうじんは突然どうしたのかと思い、テーブルに置かれた手紙を読んでいく。
「えっと、近いうちにそっちに行くって書いてあるけど……。ってことはここに来るのか?」
「ああ、そうなるんだよな……。マジで来なくて良い。てか来るな」
「そうなると、ボクがいるとヤバいんじゃ……」
「確かにそうだ……。どうしろってんだよ」
ちゅうじんが冷や汗をかき始める一方、多田は家族がこっちに来た際にちゅうじんをどうするか考える。十分間、頭をフル回転させた結果、今まで通りの設定を貫こうということになった。
「つーわけだから、余計なことは言うなよ?」
「お、おう」
多田はそうちゅうじんに忠告すると、手を洗いに洗面所へと向かうのだった。
というわけで、第三章が開幕しました!
第三章では多田の家族とのお話になります。
引き続き当作品をよろしくお願いします。




