第44話 夏祭り (その肆)
境内に上がると、本殿の横に社務所が見える。チラリと多田がそこを見てみると、夜宵が死んだ魚の目をしながら頬杖をついていた。彼女はいつもの洋装とは違い、紫の袴を纏っている。多田はちゅうじんたちに声をかけた。
「あそこにいるのって……」
「ありゃ、夜宵先輩だ」
「あれ? 禰宜の服着てる……」
「行ってみようぜ!」
多田たちが社務所へ歩みを進めていくと、夜宵がこちらを見てきた。近くに寄ってみると心底嫌そうな顔をしているのが分かる。一体何がそんなに気に食わないんだ、と思いながら多田は彼女に話しかけた。
「どうも久しぶりですね。先輩」
「おー、来てたのか。一々、顔出さなくても良かったのに」
「久しぶりだな!」
「何だうーさんも来てたのか」
多田が挨拶すると、夜宵は不機嫌そうな口調でそう返した。
こっちは先輩が来いと言ったから半強制的に来てやったというのに……。
多田は内心そう思うも、決して口には出さずに黙っておく。一方のちゅうじんは久しぶりに夜宵に会えたことに喜んでいる。
「お久しぶりです! 禰宜姿似合ってますね」
「ありがとな。それとジュリアの浴衣姿も似合ってるぞ」
ジュリアと夜宵が会話をしていると、奥の方から明るい髪色をした長髪の女性が出てきた。多田たちがその女性を見ていると、夜宵も不思議に思ったのか後ろを振り返る。すると、その瞬間夜宵の表情がこれでもかと言うぐらいに歪んだ。
「げっ……厄介なのが来た」
「こら夜宵、厄介とは何よ。……あら、この人たちが夜宵の会社の人?」
「え?」
夜宵が嫌そうな表情をしてそう言うと、長髪の女性が夜宵に拳骨を落とした。夜宵はかなりの威力の拳骨を喰らったのか、呻きながら頭を押さえている。一方、長髪の女性は多田たちのこと知っているのか、そう口にした。
だが、多田やちゅうじんは勿論、ジュリアや王子もこの女性に見覚えがないので、首を傾げる。すると、長髪の女性は咳払いをしてから口を開いた。
「ゴホン、私は伏瀬朝姫。夜宵のお姉ちゃんです!」
「ええ⁉︎」
まさかの発言に一同、驚きの声を上げる。夜宵は仕事場で姉がいると言ったことは一度も無いので、驚くのも当然だろう。
それじゃあ、この前の葵祭で言ってい先輩の姉ってこの人だったのか。
目の前にいるのが夜宵の姉だと分かると、内心そう思う多田。そして、多田は呟くようにこう言った。
「ってことは大東の同僚の……」
「あら、海希くんの知り合い?」
「あ、はい。一応幼なじみで、多田太郎って言います」
朝姫にそう聞かれた多田は、軽く自己紹介する。夜宵先輩と違って優しそうだなと感じる多田。本当に姉妹なのかと疑ってしまうほどには、性格もその気性も真反対だ。
俺もこんな人の元で働きたかったな……。
ここに来て、自分の運の無さを実感する多田。すると、朝姫が手を差し出してきた。握手をしたいのだろう。
「へえ〜、海希くんの幼なじみか。これも何かの縁、よろしくね多田くん」
「はい。よろしくお願いします」
多田がそう言いながら朝姫と握手し終わると、他の皆も名乗り始めた。朝姫は全員の顔と名前を一致させると、再び喋り出す。
「改めて、皆よろしくね。夜宵は会社ではどんな感じなのかしら? この子ったら全然話してくれないのよ」
「あー……えっと」
朝姫が困ったような表情をしてそう話す。多田が返答に困っていると、夜宵から絶対に言うな、言ったら殺すという目でこちらを見てきたので、言うに言えない。他のメンバーも気まずい表情をしている。
さて、どうするべきか……。
多田がそう思っていると、奥の方から朝姫を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あのー、朝姫さん。そろそろ花火の時間なので準備を……」
「あ、分かったわ。それじゃあ悪いけど、この辺で失礼するわね。またお話聞かせてちょうだい。それと、良ければおみくじやっていってね。後、うちの神社のグッズもおすすめだから〜」
朝姫は謝罪と神社の宣伝をし終わると、奥の方へと消えていった。姉が居なくなるまで見届ける夜宵。これだけ離れたらもうこっちの話は聞こえないと思った夜宵は、閉ざしていた口を再び開ける。
「やっと行ったか……。全く、姉貴は余計なことを言いやがって」
「夜宵先輩でも、姉には弱いんですね〜」
夜宵は頬杖をつきながら、仏頂面でそう話す。すると、今までのやり取りを見ていた王子が夜宵に向かってそう言った。それを聞いた夜宵は面倒くさそうな表情を浮かべながら、言葉を発し始める。
「まあな。あいつシスコンだから困るんだよ、本当」
「夜宵なんか言った〜?」
「な、何でもなーい! てか早く行けよ!」
夜宵がそう話していると、社務所の奥から朝姫の声が聞こえてきた。まだ社務所を出ていなかった朝姫に向かって、夜宵は早く行くように急かす。朝姫が出ていった頃を見計らうと、夜宵は再び口を開いてこう言った。
「それじゃあ、花火まで時間ないからさっさとおみくじ引いて、グッズ買っていってくれ。これでもうちは貧乏な方だからな」
「了解だぞ!」
「そこに木の筒が置いてあるから順番に取ってけ〜。んで、引き終わったら私に渡せ」
夜宵の説明に対してそう返事をしたちゅうじんは、木の筒を発見すると中に入っているおみくじの棒を取り出すために、振り始める。番号の書かれた棒を取ったちゅうじんは、そのまま木の筒を多田に渡す。その後ジュリアと王子も棒を取り出すと、順番に夜宵へ渡していった。
「はい!」
「お願いします」
「うっし、お前らの今後の運勢はっと……。はいどうぞ」
棒を受け取った夜宵は社務所の窓口から離れると、奥の方へと消えていった。少しの間待っていると、夜宵が四枚の紙を持って戻ってくる。夜宵は窓口の椅子に再び腰をかけると、紙を多田たちに渡した。
「おお! 大吉だぞ!」
「私は末吉ですね」
「えーっと……中吉。まあ、凶とか大凶よりはマシか」
さっそく紙を開けて、おみくじの結果を見ていく多田たち。ちゅうじんたちが結果を見て一喜一憂していく中、多田は口を閉ざしていた。多田がおみくじの結果について、一言も喋らないことを疑問に思ったのか、ちゅうじんが声をかける。
「ん? 多田?」
「……大凶だった」
「あははっ! 面白っ!」
多田は憂鬱な表情でそう述べる。すると、案の定王子が笑い出した。ジュリアとちゅうじんは気遣うような目で多田を見る。その様子を見ていた夜宵が、珍しく慰めの言葉を口にした。
「まあ大凶でも後、半年あるんだから取り返せるって。何なら大凶の方が伸びしろあるらしいからな」
「先輩……。初めて先輩のこと良い人だって思いました」
「おい、しばくぞ」
夜宵にそう言われて何故か感動している多田。それに対して夜宵は頬を引くつかせながら、そう返した。
おみくじを引き終わった一行は、神社グッズのブースを見て回る。狐のご朱印帳を始め、ストラップや御神水の入った小さな容器などが並べられていた。各自、好きなものを選んで社務所の方へと持っていくと、夜宵が順番に勘定していく。ラストに持ってきた多田の分の商品も勘定し終わると、夜宵は商品の入った袋を多田に渡した。
「はい。毎度あり」
「ありがとうございます」
「おう。花火の時間まで五分もないから早く行けよ〜」
「分かりました」
多田は夜宵から商品を受け取ると、待っていたちゅうじんたちの元へと向かう。夜宵の言う通り、花火開始まで後三分を切っているので、一行は急いで花火会場の方へと走っていった。
「さて、私も姉貴んとこ行くか」
夜宵は走っていく多田たちを見送ると、窓口の窓を閉めて社務所を出ていった。
◇◆◇◆
花火の開始時刻まで、残り一分となった頃。会場にはたくさんの人が花火を楽しみに待っていた。どうやら間に合ったようで、息を整える多田たち。すると、一発目の花火が上がった。夜空には赤色の大きな花火が見える。
「おお〜! めちゃくちゃ綺麗だぞ!」
「……花火なんて何年ぶりだっけな」
ちゅうじんが初めて生で見る花火にはしゃぐ。多田は懐かしそうに頬を綻ばせながら、次々と上がる花火を目にする。周りにはこの光景をカメラに収めようと、スマホを構えている人がチラホラと見受けられた。絶え間なく打ち上げられる花火に、周囲からは歓声が上がる。
すると、夜空に文字が浮かんだ。そこには『ご来場いただきありがとうございました』の文字が。
「花火で文字が表せられるなんて凄いぞ!」
「へえ、こりゃあ来て正解だな」
ちゅうじんが打ち上げられた花火を見てそう言った。始めはちゅうじんの付き添いで来ていた多田も、文字の花火を見て、来て良かったと口にする。
その後も花火は上がり続け、ラストに『またのお越しをお待ちしております』と再び、文字花火が夜空に浮かび上がった。会場全体が拍手に包まれる。
花火が終了して少しすると、ほとんどのお客さんが境内の階段を降りて、神社を出ていく。多田たちもそれに続いて神社を出ると、それぞれの家に帰っていくのだった。




