第36話 温泉の後の牛乳は美味い (後編)
「マジで何やってるんだよ……」
「おーい! 何のゲームやってるんだ?」
多田が目の前の光景に頭を抱える一方、ちゅうじんは二人が何をしているのか気になったようで、二人に声をかける。すると、夜宵のサーブが決まって夜宵の方に一点のポイントが入った。
「よそ見は厳禁だぞ」
「分かってますけど、つい……」
ちゅうじんの声に気を取られてしまい、一点を逃してしまう下条。審判である課長が一時中断の指示を出す。夜宵と下条はそれを聞くと、ラケットを卓球台に置くとちゅうじんたちの方に駆け寄った。
「いや、何やってるんだよ……」
「見りゃ分かるだろ? 卓球だよ卓球。有給休暇一週間分を賭けたな」
「お昼のビーチバレーで、僕と同じく負けた夜宵先輩と卓球で勝負してるんです」
どうやら話を聞く限り、多田の予想は当たっていたようだ。またやってるのかと思う多田だが、ちゅうじんは何やら楽しそうという理由でまたやってみたいと言い出す。ちょうどその時、温泉から上がってきた王子とジュリアも合流し、どうせならダブルスでやろうということになった。
「卓球なら任せてください。これでも俺、元卓球部に入ってたんで」
「おお! それは凄いな」
王子がそうドヤ顔で発言すると、ちゅうじんが感嘆の声を上げた。
「ジュリア先輩に続いて王子先輩も運動系の部活だったんですね」
「……組分けによっては悲惨なことになりそうだ」
王子が元卓球部だと知って下条と夜宵はそう述べた。さて、そうわけで組分けを決めていくことになったちゅうじんたち。今回参加するのは、ちゅうじんと王子、夜宵に下条だ。ジュリアは卓球が苦手らしいので辞退、多田も先のビーチバレーで有給休暇書をもらっているので不参加だ。ビーチバレーの時と同様にじゃんけんで決めることに。結果はちゅうじんと王子、夜宵と下条という形になった。
ちゅうじんは簡単なルールやラケットの持ち方など、基本的なことを王子から教わる。
そして三十分後、試合が始まった。今回は時間の関係上、一セット先取で勝敗が決まる。一セットは公式試合同様、十一点。課長からそのように説明を受けた参加者たちは、さっそく自身の持ち場についた。
「それでは始め!」
課長がそう告げると、先にサーブ権を勝ち取った下条がサーブを打つ。それを難なく返す王子。続いて夜宵がちゅうじんのいる方向にピンポン玉を打った。
「うおっ⁉︎」
その速度はかなりのもので、ちゅうじんは反応しようとするが、上手くいかない。先に一点を取ったのは夜宵チーム。課長が得点板の点数を変更する。それが終わると今度は夜宵がサーブを打つ番だ。今度は絶対に返そうと意気込むちゅうじん。
夜宵はボールの目線の高さまで上げるとピンポン玉を打った。すると、玉は回転しながら卓球台ギリギリに着弾し、大きく跳ねる。ちゅうじんはその玉をなんとか返すも、大きく卓球台を超えて飛んでいってしまった。
「あ゛ー、やってしまった……」
「まあ、ビーチバレーやった後に卓球やったら距離感バグったり、力加減間違えるからな。仕方ないって」
「そうだな。よし! 次は絶対点取ってやるぞー!」
ちゅうじんは再び気合いを入れ直す。現状、ちゅうじんチームは一点も点数をゲットできていない。これ以上離されたらそろそろまずいので、次は絶対に取らなければならないのだ。下条がサーブを打つと、王子がスマッシュで返す。が、夜宵が何とか拾ってちゅうじん側のコートに玉が飛んでくる。
次はちゅうじんが打つ番だ。今度は力加減と玉を飛ばす方向を考えながら、ちゅうじんはラケットを振った。すると、見事相手側のコートギリギリに着弾し、そのまま台の外へと飛んでいく。下条が慌てて拾おうとするが遅く、ちゅうじんは一点を取ることに成功する。初めて点を取れたちゅうじんは喜びの声をあげた。
「うぇ〜い! やったぞ!」
「うーさんって飲みこみ早いよな〜」
「そうかもしれないな!」
その後、王子とハイタッチするちゅうじん。ちゅうじんは王子に褒められて調子に乗り始める。その様子を外野から眺めていた多田は、何やら考え込む。
ちゅうじんってビーチバレーの時もそうだが、適応能力がやけに高いんだよな。これも宇宙人の能力なのか? それとも長年の勘なのか……。
多田は以前、ちゅうじんがいくつなのか聞いたことがある。その時、ちゅうじんは軽く三百歳は超えてるんじゃないか? と曖昧な返事をした。まあ、少なくとも多田たち人間よりかは長く生きているのだろう。宇宙人というのは謎が多いし、何ならちゅうじんがどんなところに住んでいたのかも多田は知らない。機会があれば聞いてみたいところだな、と多田が思っていると、試合がいつの間にかかなり進んでいた。
「おお〜、結構接戦じゃないですかね」
「確かにな。案外ちゅうじんと王子っていいコンビなんじゃ……いや、それはないか」
多田は、そうなると最悪なコンビが誕生してしまうではないかと頭を横に振った。王子だけでも厄介だというのに、そこにちゅうじんが加わるなんでたまったもんじゃない。だが、試合を見ている限り、上手く連携が取れている。
初めて組むのに大したもんだなと思っていると、あっという間に両者十点のマッチポイントになった。後、一点で決着がつく。多田たちが固唾を飲んで見守っていると、王子が高速サーブを打った。それを下条が見切って返す。
その後、五往復の長いラリーが続くと、ちゅうじんが覚えたばかりのスマッシュを打った。ピンポン玉は相手側のコートに着弾すると、大きく跳ねる。あんなの誰も返せるわけがない。そう皆が思うも、夜宵は素早く反応して打ち返した。
「おお〜!!」
夜宵のナイスプレーを見た観衆が歓声の声をあげる。周りが騒がしくなるが、有給取得を賭けた試合はまだ続いていた。更に三往復ラリーが続く。すると、王子が強烈サーブを繰り出してきた。ピンポン玉は見事、相手側のコートギリギリを掠って外野にいる多田の顔面目掛けて飛んでいく。ピンポン玉が飛んでくるとは思っていなかった多田は、咄嗟に近くにあった掃除用のモップを手に取る。多田が、飛んできた玉目掛けてモップの棒部分で振りかぶると、ピンポン玉が真っ二つに割れた。
「え……?」
「あ、やべ……」
周囲にいた人たちが声を漏らす。つい、条件反射でピンポン玉を割ってしまった多田は、思わずそう呟いた。スマッシュを打った王子は状況を理解した瞬間、腹を抱えて笑っている。ちゅうじんは多田のしたことに若干驚きながらも、凄いと感嘆の声を上げていた。
ひとまず試合が終わったので、課長が終了の合図を出す。すると、さっきまで試合を見守っていたお客さんは自分の部屋へと帰っていった。
「えっと、取り敢えずおめでとうございます!」
「おう!」
「あははは! 何やってんの多田くーん」
「条件反射でついやっちまったんだよ。てか、さっきのスマッシュ、あれわざと俺の方に飛んでくるようにやったな⁉︎」
多田がそう突っ込むと、バレたかと小声で漏らす王子。企画課の皆がわいわい話していると、課長が懐から有給休暇書を出して王子に渡した。王子はそれを受け取ると、さっきの多田に向けた態度はどこに行ったのかと思うほどに明るい声でお礼を言う。
「よし。それじゃあ渡すもんも渡したから、皆明日に向けてちゃんと休めよー」
「はい!」
課長がそう締めくくると、一同は各部屋へと戻っていった。
ちなみに真っ二つに割れたピンポン玉は劣化していたため、弁償代は払わなくて済んだ。
部屋に戻ると、一日動き回って疲れたのか多田はすぐに眠りにつく。ちゅうじんも、ベッドに潜ると多田の真似をするように目を閉じるのだった。




