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第16話 葵祭 (その肆)

 

 葵祭の開始から数分が経った。京都御所の中では平安貴族の衣装を纏った人々が、ゴールである上賀茂神社を目指して歩いていく様子が見られる。次々と目の前を通り過ぎていく行列を見るたびに歓声を上げているちゅうじんは勿論、他の人達もスマートフォン片手に行列の写真や映像を撮っていた。

 馬に乗った検非違使を先頭に、牛車や葵祭の本来の主役である勅使が歩いていく。だが、観客のお目当ては勅使ではないようだ。すると、やけに豪華な輿が奥の方からやってくるのが見えた。

 

「なあ、あの豪華な乗り物に乗ってるやつは誰なんだ?」

「あれは斎王代って言ってな。簡単にいうと、葵祭における準主役……まあヒロイン的立場の人だ」

「へえ〜! なんか凄い綺麗な人だぞ!」

「そりゃあ、斎王代に選ばれる人は京都市の未婚女性かつお嬢様が多いからな」


 斎王代が乗る興が目の前を通ると、観客たちがこぞって写真を撮りだしていた。よく見てみると、斎王代は十二単を羽織っている。


 十二単なんて重いもんを長時間羽織っている斎王代も大変そうだ。加えてこれだけ多くの人に見られながら正座をキープしなきゃならないなんて、俺なら絶対無理だ。ほぼ例年この光景を見てるが、改めて女性って凄い。


 斎王代に対してそんな感情を抱きながら、見ているとあっという間に斎王代の乗った輿が通り過ぎていった。その後ろをたくさんの女人たちが、馬に乗りながらついていっている。

 ちゅうじんはそんな光景を見て、またしても目をキラキラさせていた。


「あ! また牛が車を引いてやってくるぞ」

「お、そうだな。ということはそろそろこの行列も終わりに差し掛かってるな」


 この行列の最後を締めくくる牛車が目の前を通っていく。その後ろを交代用の牛が進んでくる。すると、交代用の牛が不意にこちらの方向を向いた。視線の先にはちゅうじん。急にどうしたのだろう、何か物珍しいものでも見つけたのかと多田が思っていると、隣にいたちゅうじんが声を上げた。


「な、なんか知らないけど、牛がこっちに向かってきてるぞ!」

「はあ⁉︎ おい、どうすんだよ!」

「ど、どうするって言われても……」


 どんどんこちらに向かって突進してくる牛を見た周囲の観客が、突然の出来事にその場から離れ始める。どうやら牛を引いている人が握っていた手綱を引きちぎったようで、牛を引いていたおじさんが慌てて牛の後を追いかけてきた。

 このままでは衝突事故を起こしてしまう。どうするべきかと多田が考えるが、すぐ目の前まで牛が来ていたので多田もその場から離れる。ちゅうじんはというと牛が突っ込んでくるのに突っ立ったままだった。突然のことで思うように動けないのだろう。


 どうにかして助け出さないと……!


 そう多田が焦っていると、突然牛が急ブレーキをかけて止まった。その瞬間、あたりは沈黙に包まれる。当のちゅうじんは何故か牛に手のひらを向けたまま、やってしまったと言わんばかりの表情で固まっていた。多分、その表情から察するに牛に向かって念力を発動させてしまったのだろう。

 多田の額から冷や汗がダラダラと流れる。


 これどう説明すればいいんだ……。しかもこんな大勢に見られるとなると記憶の消去も危ういのでは。


 そう内心焦っていると、誰かが雄叫びを上げてこう言った。


「うおおー‼︎ と、止まった!」

「す、すげえー! あいつ何者だ⁉︎」

「あー、良かった……」

「あ、あはは……」


 周りにいた人はちゅうじんに向かって歓声を上げたり、安堵の表情を見せていたり、何故か盛り上がったりしていた。騒ぎを聞いた関係者および警察官が被害がないか確認に追われる中、多田は慌ててちゅうじんを連れ出すと、群衆から少し離れたところに移動させた。


「馬鹿! 何やってんだよ!」

「い、いや……ついやっちゃった。てへぺろ」

「おい。これからどうするんだよ――」

「――本当に申し訳ない! 怪我とか大丈夫でしたか⁉︎」


 多田とちゅうじんが言い合っていると、後ろから謝罪の声が聞こえてきた。どうやら先ほどまで、牛を引いていたおじさんのようだ。とりあえず、多田とちゅうじんは怪我がないことを彼に伝える。すると、安堵したのかおじさんは、良かった〜とため息混じりの声を出した。

 それにしてもだ。何故こんなことになったのか気になった多田が、おじさんに問いかける。


「あー、それは……誠に申し訳ないんですが、牛の調教不足のせいだろうかと……」

「え?」

「……どういうことです?」

「実は年を重ねるごとに、牛を調教する調教師が高齢化などで不足していまして……。今年の葵祭に参加している牛たちの調教が間に合っていなかったんです」


 まさかそんな理由があったとは知らなかった多田とちゅうじんは、驚きの表情を浮かべる。

 しかし実際問題、年々葵祭の牛の数は減っており、牛自身に牛車を引く力があまりなく、牛車を人の手で動かして進んでいるのが現状だ。これでは近いうちに葵祭が取りやめになってしまう可能性も否めない。

 取り敢えず、多田たちの無事を確認し終わったおじさんは再度謝罪をしてから、その場を立ち去った。




◇◆◇◆

 


 その後、例の暴走した牛は行列から外れ、葵祭は通常通り行われた。今は京都御所を出て河原町通を歩いているころだろうか。そろそろバスに乗って次の地点である下鴨神社に向かうために、多田とちゅうじんがバスに乗ろうとしていると、下条が声をかけてきた。


「あの、お二人とも大丈夫でしたか?」

「ん? ああ、特に怪我とかもないから安心しろー」

「なら良かったです」

「えーっとこの人は確か……」


「あ、私は下条大翔と申します。この度は弊社のツアーにご参加いただきありがとうございます!」

「ボクはうーたん! これからよろしくな」

「はい! よろしくお願いします。にしても、先輩に牛使いのお友達がいるなんて驚きましたよ」

「誰が牛使いだよ! こいつはただの居候だし、あの時牛が止まったのもただの偶然だからな⁉︎」


 こいつは宇宙の果てからやってきた宇宙人です。とは言えるわけがないので、必死に否定する多田。その一方でちゅうじんは、牛使いかっこいい! と大はしゃぎしていた。褒められるとすぐに調子に乗るのはちゅうじんの悪い癖である。そんなこんなで、多田たちは下条の案内のもと、最後まで葵祭を楽しんだのだった。


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