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第15話 葵祭 (その参)

  

 京都御所に着いた一行は下条と夜宵の案内のもと、事前に予約していた座席へと案内された。客として観光バスに乗るのは久しぶりだったので、腰がやられた多田は痛めた部分を摩っている。ちゅうじんはそんな多田を他所に、周りの光景にキラキラと目を輝かせていた。


「おお〜! 生で初めて馬とか牛見るぞ! やっぱりかっこいいな」

「そうかそうか。良かったな」


 ちゅうじんが初めて見た馬や牛に感動している姿を見て、棒読みで返す多田。例年この観光ツアーは多田の会社が担当している。加えて、新人の誰しもが通る道となっているため、多田の内心は憂鬱な気分になっていた。


 初めてこのツアーでバスガイド担当した時は、ミスり過ぎて先輩によく怒られてたな。マニュアル通りにやると固くなるからオリジナルも加えろ、とか言われたりしたっけ。


 そう過去のことを振り返りながらぼーっと目の前の光景を見ていると、ちゅうじんがとある方向を指さして言った。


「わあ! あれって昼ドラとかでよく見る警察官だよな⁉︎ え、すごい本物だ〜!」

「あー、はいはい。凄いなー」


 どうやら皇后陛下の警備にいる警察官のことを言っているようだ。多田はまた適当にちゅうじんの話に相槌を打っていると、またしても見覚えのある顔を発見した。じっと見ていると何だかこっちに近づいてきている気がする。

 不思議に思っているとまだ距離があるにもかかわらず大声で、おーいと声をかけられた。しかもよく見ると背も高くイケメンである。


 あんな顔の良い知り合いなんていたか? 誰だ……マジで思い出せない。てか、なんでこっちに来るんだよ⁉︎


 そうぐるぐると頭の中で考えていると、後ろから肩を叩かれた。


「やあやあ、久しぶりだな。多田」

「あんた誰ですか」

「多田どうしたんだ? って誰だよあんた」

「え? そこの灰髪の子はともかく、もしかしてお前も覚えてないの?」


 そう聞かれた多田は、首を縦に振って頷いた。それを見た若い男はガーンと効果音がつきそうなほど、ショックを受けている。そんな男に対して多田は、名前教えてくれたら思い出せるはずだと言う。

 すると、さっきまでの動揺が嘘のように、明るい笑顔で自己紹介をしてきた。


大東海希(だいとうみき)だよ。小学校からの幼なじみのこと忘れるとか流石にないわー」

「あー! お前かよ! 高校まではチビだったから気づかなかった。すまん」

「チビって言うな! まあ、あれから結構身長伸びたからな。分からなくても当然っちゃ当然か」

「えーっと?」


 大東という苗字を聞いた多田は、すぐにチビのやつで思い出したようだ。チビと言われた瞬間、大東がツッコミを入れるが、昔のようにネチネチと言うことは無くなったらしい。これも百五十六センチから百八十センチまで身長が伸びたおかげなのだろう。 

 多田が思い出したことで一気に話が盛り上がる中、ちゅうじんは何が何だか分からないまま不思議そうにしていた。それに気づいた多田がすぐフォローに入る。


「あ、えっとこいつは大東海希って言ってな。俺がちっさい頃からの幼なじみなんだよ」

「あ、なるほどな! ボクはうーたんって言います! よろしくな」

「おお、これはまた元気な子だな。俺は大東海希。こいつ(多田)とは幼なじみで中学の頃、剣道部の主将だったんだ。これからよろしく、うーさん」


 そうして簡単な自己紹介を終えると、大東からちゅうじんとの関係を聞かれた。多田はお花見の時に考えた設定を思い浮かべながら話していく。ある程度の説明が終わったところで大東は納得してくれたようで、多田とちゅうじんは安堵の表情を浮かべる。


「へえ〜。にしてもまた面白い子を迎え入れたな」

「まあ、俺もここまでのやつが来るとは思ってなかったよ。でも、それなりに仲良くはやれてるしこの先も大丈夫だろう。にしても、なんでこんなところに大東がいるんだ?」

「確かに。しかも腰に装備してるのって日本刀だろ?」


 ちゅうじんの指摘で多田も気づいたが、よくよく見てみると大東の腰に装備されているのは日本刀だ。先ほどまでは大東のデカい身体に隠れて気づくことができなかった。ちゅうじんはよく見ているなと思う一方で、多田はこうも思った。


 そんな高価で危ないものをどうしてこいつが持っているんだ? 何か理由があるんだろうか。


 そうこう多田が考えていると、大東が人差し指で頬をかきながら話し出した。


「えっと、あんまり詳しいことは言えないんだが――」

「あ、いたいた。なんでこんなところにいるんだよ、多田。今日は休みじゃなかったのか?」

「せ、先輩⁉︎ あー、それはですね。実は自分が住んでるアパート大家さんに日帰りツアーのチケットを貰ったので、参加したんですよ。し・か・た・な・く」

「ほおー、なるほどな」


 大東が話そうとしたところで、ちょうど会社の先輩である夜宵がやってきた。何やら多田を探しにきた様子で、手には何やら書類の入ったファイルを持っている。多田は夜宵から聞かれたことに応える。

 

 それにしても先輩は一体何をしに来たんだ。また面倒なことを言ってくるんじゃないだろうな。


 今までの多田の経験から踏まえて、夜宵は厄介ごとしか持ってこないので警戒していると、ファイルから二枚の用紙を取り出して見せてきた。


「それは?」

「これはアンケートだよ。今日の日帰りツアーがどうだったかの。お前もよく知ってるだろ? てか、なんでそんなに警戒してるんだ?」

「い、いやなんでもないです。でも、なんで今更? その用紙って本来バスが出発する前に渡しておくものですよね?」

「下条がまたやらかしたんだよ。だからこうして私が動いてるんだ」


 あー、そういうことか。ここまで抜け目なくやって偉いなー、なんて思った俺が馬鹿だった。どうやら話から察するに、下条が配るのを忘れたらしい。


 休日にもかかわらず、後輩のやらかしに胃を痛めそうになる多田。とりあえず、夜宵がカバーに回っているようなので、ひとまずは安心だ。

 多田とちゅうじんはそれぞれ一枚ずつ夜宵からアンケートをもらうことに。そして、彼女からもちゅうじんとの関係を聞かれたので、大東に説明したように話す。


「なるほどな。バスの中でも紹介されたが、私は伏瀬夜宵だ。うーさんこれからも多田をよろしくな」

「もちろんだぞ!」


 なんでちゅうじんが世話焼いてるみたいな感じになってんだよ。


 と、内心でツッコむ多田。そんな三人の会話をしばらく見ていた大東が口を開いた。


「へえ、仲良さそうで何よりだけどさ。俺のこと忘れてないか?」

「あ、ごめんな。つい」

「まあ、良いけど。にしても夜宵ちゃんの後輩が多田だったとはびっくりだよ」

「え、まさか二人って知り合いなのか⁉︎」


 ここに来て衝撃の事実を知った多田は、思わず驚きの声をあげる。ちゅうじんもこれにはびっくりしているようで、口をあんぐりと開けていた。


 今まで、と言っても高校の途中までだが、一緒にいたはずなのにそんな話は一度も聞いたことがない。もしかしたら大東が別れた後に出会ったのかもしれないが、それでもそんな情報は先輩からも聞いたことがなかった。


 どこで知り合ったのかとても気になるので、多田は素直に聞いてみることに。すると、意外な答えが返ってきた。


「知り合いと言っても、私の姉と大東の職場が一緒なだけでそんな深い意味はない。会ったことあるのも二、三回ぐらいだし」

「な、なるほど。てか、先輩にお姉さんがいたなんて初耳なんですけど⁉︎」

「まあ、言ってなかったしな。それに姉の話をするとどこからか飛んできそうだから、敢えてその話は避けてんだよ」

「流石に飛んでやってくることはないよ。朝姫(あさひ)さん、今東北の方に出張中だし」


 それを聞いた夜宵は安堵する。流石に東北の方から京都まで来るのは無理のようだ。話を聞いている限り、夜宵の姉は朝姫というらしい。


 先輩のお姉さんってどんな人なんだろうか。あの先輩が嫌がるなんて少し気になるな。


 多田がそんなことを思っていると、会場のアナウンスが鳴った。アナウンスの内容からするに、後五分で葵祭が開催されるようだ。


「それじゃあ俺はこれから仕事なんで、お先に失礼するよ」

「私も早くチラシを配り終えなきゃならないからな。まあ、たまには観客として葵祭を楽しんでこい。それじゃあ」


 そう言い残すと、二人は足早に去っていった。多田はさっと目の前の光景に視線を向ける。

 観覧するところは来た時よりも満員で、こうして観覧席に座っていなければまともに見ることができないほど、人で溢れかえっていた。既に行列の準備は終わっているようで、今か今かと観客たちもそのスタートを待ち侘びている。


 葵祭の開始まで残り一分。

 


 


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