100分の1の魔法
俺の名前は明石恭吾、高校2年生だが、絶賛引きこもり中だ。
引きこもりの原因は人によりけりだろうが、俺の場合は人間関係でトラブルがあり、1日、2日と休むうち段々行きづらくなり、あとはズルズルと…といった感じだ。
そんなニートな俺にも、情熱を注げる日課、ライフワークと呼べるものがあった。それは、PCゲームの中でも、いわゆるギャルゲーというジャンルに分類されるゲームだった。いつか、ゲームの中に登場する都合よく主人公のことが好きになる美少女ヒロインに囲まれ、ハーレムを作り上げることが俺の夢であり、生きる理由だった…()
そんなある日、滅多に外に出ない俺が、1000年に一度駆られる「罪悪感」という名の義憤に苛まれ、ひさびさにクローゼットの中からクリーニングに出したまま汚れのない状態の制服を取り出し、着替えて約半年ぶりに学校に向かおうとした道の途中だった
俺は、信号待ちをしながら向かいのJKの胸を見ているのに夢中になって、背後からやってくる黒尽くめの男に気づかなかった…!!!
なぜ真夏の何の変哲もない街の交差点で、白昼堂々黒尽くめの男が、善良な一般市民である俺を襲うのか想像もつかなかったが、どうやら俺は本当に死んでしまったらしい。死んだ後は意識もなく"無"そのものになると思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。俺は、目の前のありえない出来事に現在進行形で驚愕していた…!
そこは、まるで深夜の空の上にいるかのように、薄暗い闇に実態のない雲のようなものが混ざった空間で、下を覗いてみても足場は用意されておらず、俺は思わず身震いした。
「なんてこった…俺は本当に死んじまったのか。クソっ俺にはまだやり残したことが…まぁそんなにねぇか」
俺は非現実的な世界の中で、上下も左右も先の見えない虚無感の中にいて、投げやりな気持ちになっていた。その時、眩い光が空から降ってきた…!
「志半ばで死んでしまった人間よ…今こそ異世界でチート能力を使って人生をやり直す時です。さぁこの能力を受け取りなさい。死した人間には、万の強力な特殊能力のうち、ランダムで一つのチート能力が与えられます。さぁ、お行きなさい!」
突然現れた光は(多分女神か何か)、流れ作業のように俺に言葉を挟ませる余地なく、手に持った光のような何かを、俺の体に入り込ませてきた…。
「いや…なんか展開早くない?普通死んだことに対する慰めとか、異世界?の説明とかちょっとくらいあってもいいんじゃないすかね…」
そんな言葉は、突如吹き荒れた風に飲まれ、俺は足元にひらけた光のなかへ自由落下していた、流れ作業のように与えられたチート能力と共に…
目が覚めると、俺はファンタジーの世界にいた。それは、多くの人が見たら「ファンタジーって言ったらこんな感じだよね!」と言うであろう要素が散りばめられた、いかにもなファンタジー世界で、耳が長いトンデモ人間や、重装備や魔法使いのような奇怪な格好をした者たちで溢れている街の中にいた。
「そういえばさっきの女神?みたいな人チート能力くれるって言ってたよな…たしか、1万の種類の中からランダムで配られるんだっけ。まぁそら、いきなりこんな異世界飛ばされて特殊能力の一つも無しに生き延びるなんて無理ゲー…」
俺がそんな調子で、あんまりにも急すぎる展開に苦言を呈していると、目の前に空中に描かれるように、デカデカと文字が現れた。
「あなたに与えられたチート能力は、『100回に一度どんな存在でも破壊できる魔法攻撃を放てる杖です。』」
文字は、現れるとそのまま徐々に薄れ、フェードアウトしていった…。
「………外れってレベルじゃねーぞ。」
異世界に転生してから数日が経ち、俺はこの世界のことを少しずつだが、理解してきた。まず重要な問題は金や言語についてだったが、金に関してはモンスターを狩り、報酬として手に入れるか、商人になり、取引で稼ぐことが一般的なこと、言葉に関してはご都合主義的だが、問題なく日本語で通じることがわかった。そこで一文なしの俺は、そこら辺のフィールドで雑魚モンスターでも狩ろうとしたのだが、驚くことに女神様から与えられた杖は、本当に100分の1でしか魔法を放たないらしく、奴らの前ではただの棒切れと化していた。本当にこの能力でどうやって生き延びればいいというのだろう。能力がなければ、運動部でもなければ漫画やアニメの主人公のように明晰な頭脳を持って工夫して生き残れない俺は、このままのたれ死ぬしかないのだろうか。というか、あの女神は万の強力な特殊能力のうち一つを授ける、ようなことを言っていたが、これでは詐欺ではなかろうか。
というわけで、1日目で辛うじて棒切れでひたすら殴り続けなんとか討伐に成功できたスライムで得た金もとっくに尽き、俺は腹が減って死んでさらに転生先の異世界でも死ぬという何かのパラドックスみたいな状況に陥りつつあった。
「誰か…食いもんをくれ…」
俺が血走った目で当たりに助けを求めて歩き回るが、周りは引き気味で距離を取るばかりだった。やはり、どこの国も自分達と見た目のちがう外国人には自然と厳しい態度をとってしまうものなのだろうか…。もうダメかと思い、金は持ち合わせていないが近くにあった喫茶店に入り、うなだれていたそんな時、
「ねぇ君、大丈夫?かなりお腹を空かせていそうだけれど、よければお金あげようか?」
俺はその天使の声を聞くと顔を上げ、声の主を見つめた。俺は唖然とした。
それは、俺がよくやっていた美少女ゲームで登場するような、金髪の髪に碧眼の目、幼い顔立ちをした美少女だった…が、下半身を見て俺は絶句した。彼女は、顔より下からグロテスクなサソリの足が生えていた。
「ギャアアアアアアアアア!!命だけは!命だけは勘弁を!」
俺が必死な形相で目の前で手を合わせ懇願すると、彼女は俯いてこう言った。
「私、生まれつき他の人と見た目が違って…それで、周りの人から避けられていることに気づいたのは、10歳の時でした…。」
彼女は、俯いたまま独白を始めた。
「かけっこをしても、他の人より足の多い私はすぐに追いついちゃうし…お店でご飯を食べてお金を出す時も、店員さんがどの足にお釣りを渡せばいいかで困惑しちゃうし…。でも、だからこそ他の人と違うからって避けられる悲しさは理解できるかなぁ…っていうか、だからこそこうやって声をかけたんだけど、やっぱり、私じゃダメだよね。だって、いろんな人がいるこの国でも、こんなに足の多い人間種なんて、私くらいだもんね…。」
彼女はそう言って、足をゴソゴソさせながらテーブルから去って行こうとした、その時
「待てよ。」
「えっ。」
「同じあぶれ者どうし、俺たちは仲間だ。俺は絶対にお前を見た目のことで差別したり、嫌ったりしないよ。だから、せっかく助けようとしてくれたんだし、メシ、奢ってくれよ。」
俺は、笑顔を作ると、彼女に親指を上げて見せた。…逃げ出したそうに震え出す足を必死に押さえながら…。
彼女は、これ以上なく嬉しそうに、
「うんっ!私、セナ!よろしくね」
顔いっぱいに笑顔を作ると(下半身も嬉しいとそうなるのかガサガサしていた)嬉しそうにテーブルの反対側についた。
俺は、半泣きでメニューを取り出し、ハンバーグを注文した。ちなみに店員も泣きそうになっていた。
そんな事から、俺はセナと行動を共にするようになったが、そうそう悪い事ばかりではなかった。彼女は、戦闘においてその力を遺憾なく発揮した。サソリの足は毒があるらしく、セナにハサミで攻撃されたモンスターは、みな時間が経つと徐々に動かなくなり、やがてその命を絶った。この世界でも、相当腕の良い戦力を手に入れたのではないだろうか。
現在俺は、貯めた金を使い安価な宿を転々としていた。ちなみにセナとはモンスター狩りに向かう時にギルドで待ち合わせをし、共に周辺で戦う、いわゆるパーティーメンバーのようなものになっていた。
ある日、俺たちはすばしっこい足と手にした鋭利な刃物が特徴の、カマイタチと戦っていた。セナと順調に経験値を貯めていたため、今の俺はスライムくらいなら素手か棒で叩くことによって狩れるようになっていたが、このモンスターは中級モンスターに分類され、俺たちは苦戦していた。
「くっ…やはり俺たちにはまだ早かったか!」
「早すぎて私の足じゃ追いつけないよ〜!」
「くそっこうなったらこの杖本来の力を使うときがきたか、出でよ!攻撃魔法!」
しかし、何も起こらない。ちなみに、こっちにきてからこの杖が棒切れ以上の役割を果たしたことはない。
「万事休すか…?」
かまいたちの刃物が迫ってきたその時…!
「あなたたち、下がって!」
可憐ながらもはっきりとした高い声とともに俺たちとモンスターの間に割って入り、かまいたちの攻撃をモロに喰らった何かがいた!
「キャッ!だ、大丈夫ですか?」
「俺たちを、身を挺して…!怪我はありませんか!?」
俺とセナが心配して詰めようとすると、その声の主の正体俺は気づいた。
それは、俺たちよりも数個年齢が上であるだろう、お姉さん…の声を放つ真っ黒な直方体のAIだった。
「平気です!私、硬いことには自信があるんですよ!今まで戦闘をしてきて一度も戦闘で血を流したことはありません!」
彼女は、ニッコリと微笑み、(そんなように感じられた)こちらに振り向いた。
「いや、あんた機械じゃん、流れる血ないじゃん」
俺が、すかさずツッコミを入れると、彼女?は、悲しそうにうつむき、言った。
「そんな…酷いです!私、どこかの悪趣味な科学者が作った、人間の心をインプットされたAIなんです。私は生まれてからこのかた自分をロボットと自覚したことはなく、21歳の成人女性だと思って生きてきたんです。私は鏡が嫌いです…頭の中では私はこの声にあった姿形の人間の成人女性なのに…鏡はいつも現実を見せてくるんです…それと、水たまりと反射で自分が見えてしまう服屋のガラス窓も嫌いです。オシャレだってしたいのに…私のサイズに合った服が売ってないんです…」
AIの彼女は悲しそうな声で、そう語った。人間のこころを生み付けられたAI、良かれと思ってつけたのかもしれないが、生み出され、生きていく方はたまったもんじゃないだろう…。俺は彼女に、以前セナにそうしたようにサムズアップすると、
「お前、名前はあるのか?」と聞いた。
「いえ、名付けてくれる親もいなかったので。強いて言えば、型番がNo.27です。」
「そうか、じゃあお前の名前は今日からニーナだ。お前は俺たちの知り合いで、こうして命を守ってくれた命の恩人だ。これから友達としてやっていくんだから、ちゃんと名前があった方がいいだろう。」
そういうと、彼女は
「……はいっ!私はニーナ!あなたたちの命の恩人であり、友人です!」
そう、嬉しそうな声で言った。
ちなみに、かまいたちはニーナが背から出した無数の機関銃によって知らぬ間に処理されていた。恐ろしや。
それから数ヶ月が経ち、俺たちは出会った時よりもレベルが数十単位であがり、それと同時に、絆を深めていった。
俺たちはあぶれものとして気が合い、戦闘時のパーティーバランスも良く、お互いに信頼を寄せるようになっていった。そして、年頃の男女が同じ目標を持って集まり、切磋琢磨していたら当然、思いも募るわけで、セナは最近サソリのハサミで俺を挟もうとしてくるようになった。図鑑で調べたら求愛行動に当たるらしい。ニーナは、「あなたと一緒にいると、バグが発生してしまいまふ!」と、頭から煙を出すようになった。オーバードライブというやつだろう。2人は日々を過ごすうち、互いに俺に対して持つ感情に気がつき、睨み合い、突っつき合いを始めるようになった。
そしてある日、俺は2人から同じ日の同じ時間に別々の場所に呼び出され、大事な話がある旨を告げられた。とうとう2人はお互いの心に決着をつけようとしたらしい。セナは俺たちが初めて出会った喫茶店、ニーナはカマイタチを討伐した森に、それぞれ俺に来るように言ってきた。
俺は、、、、呼び出されたよりも30分早くに、喫茶店に来ていた。しかし、驚くべきことにそこにはセナがいた。セナは、モジモジしながら
「えへ、約束よりもだいぶ早くきちゃった。そしたら、恭吾君も居るんだもん。びっくりしちゃった…。今日こそ私の本当の気持ち伝えるって、ちゃんと受け取ってくれたんだね…」
そう、無数の足をモジモジと組み合わせながら言う。そんなセナは、首より上を見ればまさに俺の理想の女性と言えるだろう。
「おう!今日は俺からもお前らに言いたいことがあってきたんだ。…だからな、さっきから店の外でコソコソこっちをみてるニーナも、こっちに入ってきて欲しいんだ」
!?
ニーナは人混みに完全に隠れていたつもりなのだろうが、一体だけ黒い直方体がその中にいれば見つかるのは当然の帰結だ。
「ほら、2人とも…集合」
セナとニーナはお互いの姿を見て驚き、そして何を言うつもりなのだろうかと並んで俺の言葉を待っていた。喫茶店の周りには、おかしな姿の集団が集まっているものもあり、奇異の目を向けている者が多いように思われた。
「まずは、2人が決心して、俺に伝えようとしてくれたこと、嬉しく思う。俺のことが、好きなんだよな。」
!?
2人がまさか知っていたとは、と驚愕の表情を浮かべる。いや、すごく分かりやすかったが…。
「だけど、俺は2人に言わなきゃいけない。2人が今までパーティメンバーとして身寄りもない俺のことを助けてくれたこと、感謝してる。それに、お前らとするたわいない会話も、楽しかった。…主に俺がツッコミを入れる形だったけども」
二人は、俺の言葉を一語一句漏らすまいと、じっと俺を見つたまま黙っている。
そこで俺は、スゥーっと息を吸った。
「ふざっっっけんなよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおぉ!!!!!!!!」
!?
2人の目に、先程とはまた種類の違う驚愕の色が浮かぶ。
「お前らっ、お前らはなぁ!イロモノ過ぎんだろおおおおおお流石にいいいいいい!!!!」
「」
「いや、分かるよ、分かる。たしかに、女の子はちょっと他と違う所がある方が魅力的というか、抜けてるとこがあるとか、変な所があるけど元気ーみたいなのが俺のよくやるギャルゲーにもよく出てきたし、そういうキャラは好きだよ。でも、でもよ、お前ら人外じゃん。
「」
「いや、分かる。分かるよ。俺はお前らと会った時言ったよな。人間は見た目じゃねぇ!みたいな感じのこと言ってカッコつけたよな。それは本音だし、今でもそう思う。人間心が惹かれあっていれば、愛し合っているのだみたいなことが綺麗だし、良いのもわかる。でもさ、お前らと仮にいいとこまでいったとしてヤれねえんだわ!!!」
「ちょっ」
「えっ」
「ギャルゲーはストーリー進めて好感度高めたら普通そのヒロインと手繋いだり、抱き合ったりキスしたりするもんだろうが!でもお前らはどうだよ!セナとかお前どこが手でどこが足かわかんねぇよ!ニーナ、お前を抱きしめても機械独特のひんやりした心地よさしか感じられねぇんだよ!!!そんなんでどうやって俺の子を産むんだよ!」
「えっ、ちょっとあの人最低なこと言ってるんですけど。」
「なんだ、セクハラか?変質者か?止めた方がいいのか…?」
周囲の人たちが、引き気味になりつつも、市民としてこの現場を見過ごせないというかのように、俺たちを包囲しているのを感じる。一方で、俺に数々のクズ発言を聞かされた当の2人は、ただただ呆然と立ちつくすだけだった。
「恭吾くん…?いつもの冗談だよね?私のこと、お前はサソリじゃない。人間です!って言ってくれたよね。私のハサミで挟んだ時も、嫌な顔せず受け入れてくれたじゃない…!」
「そんな求愛行動は人間にはねぇよ!」
「そんな嘘よ…私がギルドで報酬の分け前を計算して出した時、恭吾くん、お前が俺んちの家計の計算してくれたら、ミスもなさそうだし、節約できそうって言ってくれたじゃない…」
「それは便利だよ!!一家に一台欲しいわ!」
俺が叫びすぎてゼーゼー言っていると、周りの大人たちの視線は段々と奇異なものを見る目から、変質者を見る目、そして犯罪者を見る目に変わっていったのは言うまでもなかった。
「公衆の面前でそんな単語を吐くなんて…」
「こいつもう取り押さえたほうがいいんじゃないかな…多分」
そんな中、防犯用だろうか、縄を店内から持ってきた店員が俺の方に近づいてきて、大人たちも彼を通すように道を作った。
「やめ、やめろ!俺を逮捕する気か!やめろ!ただでさえ異世界に飛ばされてこんな非道な目に遭わされてる俺に、まだ悲劇を与える気か!くそぅ…ふっ、かくなる上は、お前ら全員、恨むなよ。」
俺は、こちらに向かってくる大人たち、そして、共に時間を過ごしたセナとニーナ、この場にいる全員を巻き込む覚悟で、取り出した杖を振り、魔法攻撃を唱えた。
「おらぁ!楽しかったぜ異世界生活!思ってたのとは違ったけどな。まぁ部屋でヒキニートしてるよりは楽しめたわ!サンキュー女神様!」
だが、振り下ろした杖は、100分の1の壁を越えられず、ただ空を切っただけだった。
「でねぇのかよ…!普通ここ出るとこだろ…空気的に!」
「逮捕ーーーー!」
かくして俺の異世界生活は、異世界留置所編へと突入した!続く!