番外編:宮廷魔術師
※番外編です。視点変更あり
ユナ召喚時の話
最初それを見た時の胸中は驚愕なんていう生易しい気持ちでは無かった。
勇者の仲間にヴィトゥス・バランドが選ばれたと聞いた時、若手の魔術師の一部は魔術師協会に落胆したと思う。
その名前を知らぬものはいないと言えば大げさだが、魔術を研究している者にっては有名な男の名だった。
圧縮魔法を劇的に進化させた男は、その手法の所為で伝統を重んじる人間たちからは疎まれていた。それは知っていた。
けれど、こんな中途半端な時期にまるで使いつぶす前提での招集をされるのを目の当たりにするとは思わなかった。
魔術師として彼はいらないということなのだろう。
だが、能力が高いわけでもない自分が大っぴらに何かをいう事はできなかった。
最初にその話をし始めたのは、弟が魔力量が少なく彼の圧縮魔法のおかげで魔術工房に就職できたと言っていた魔術師だった。
「せめて、彼に何かしてあげたい」
と言っても、俺らの様な下っ端にできることは限られていた。
装備品は魔術師協会のものを彼が着ているという事実が広く知られることを上は許さないだろうし、金品をそのまま渡すのも許可は下りない。
そこで考えたのが召喚施設の貸し出しと召喚陣を書くための顔料の提供だった。
バランドは召喚魔法においてもいくつか論文を発表していた。それは戦うためのものとは明らかに違っている様に見えたが、それでも彼の得意な分野のひとつであろう。
顔料は個人の趣味で買うには高額なものだが、数十人程度の宴会費用と同額程度だ。
本来は救国の為に旅立つ魔術師の為に宴席の一つも用意するはずなのだが今回はそんなものもない。だから、逆に言うとその程度の金であれば俺達でも動かせた。
申し訳ない気持ちで、召喚の準備について話すと、無表情に見えた彼の顔に笑顔が浮かぶ。
弾んだ足取りで、召喚の為の塔に向かう。
だが、一緒に手伝うことはできない。彼の知己であると思われることが今後の自分自身の立場を悪くしてしまうのだ。
せっかく大がかりな魔法が使えるのにも関わらず、協力もできず一人にしてしまうのだ。
気にした様子も無く、バランドはもうこちらを見てもいなかった。
外に出て、塔を見上げる。
旧態依然とした馬鹿みたいな体制に嫌気がさす。それに逆らうこともできない自分に腹が立つ。
そこから一歩も動けないままただ塔を見上げていた。
* * *
それからしばらくして塔にいくつかしかついていない窓からまばゆいばかりの光がもれた。
それから、総毛だつ様な魔力の流れを感じる。
これが、バランドの魔力なのだろうか。
同僚が慌ててこちらにかけてくるのが見える。そりゃあそうだ。はっきり言ってこの魔力は異常だ。
外にいてもこれだけ分かるのだ。
とてもじゃないけれど一人でこんな魔法が使える魔術師が居ることを知らない。
同僚と二人で顔を見合わせる。光はもうやんでいた。
「勇者様を呼んだ方がいいんじゃないか?」
同僚に言われ、慌てて勇者様が滞在している部屋へ急ぐ。
運のいいことに勇者様は部屋にいらっしゃった。
しどろもどろに話をすると、自愛に満ちた表情で案内するように言われる。すぐに向かってくださるのはとてもありがたい。
まるで後光がさしているかのようだった。
勇者様とすぐさま塔の前に戻ると、恐る恐るドアを開ける。
まず、目に入ってきたのは、真っ赤な魔法陣だった。
思わず息を飲む。
「あんた誰?」
その魔法陣の中心には人型の精霊が浮かんでいた。
精霊は普通一人でおいそれと召喚できるものでは無かったはずだ。
正に国を救うため、何人もの魔術師が協力して命がけで呼ぶこともあるという存在だ。
「アルク。所謂勇者ってやつだ」
へえ、貴方勇者なの。どうりで。蠱惑的な表情を浮かべ精霊は勇者様の元へ近づく。
「じゃあ、私を召喚したのは貴方達なの?」
勇者様の顔ギリギリまで顔を近づけて精霊は問う。
「お前を呼んだのは、そこの男だろ」
恐らく魔力切れだろう。真っ青な顔をして倒れているバランドを指差して勇者様は言った。
「まさかあ、そこの男一人が私の契約主ってわけじゃないでしょ?」
精霊はこちらを見る。自分たちに答えられることは何もなかった。
「ちょっと、まさか」
そう言った後、精霊は黙り込んだ。それから「ふうん」と独り言の様な言葉を口にした。
「貴方いい男ね。それに良い匂いがする」
精霊が笑った。
それから、勇者様にしなだれかかった。
「貴方、そこの男と仲間なの?」
「仲間……。一緒に旅をする予定だ」
「そう。なら私も一緒に行ってもいいわ」
ふわりと精霊は浮かび上がって、キラキラと光る火の子が舞い散る。
勇者様はバランドを抱き上げる。
「これは医師に見せたほうがいいのか?」
「いえ、恐らく魔力切れ、過労の様な状態なのでよく眠れば回復するはずです」
勇者様はバランドを抱えたまま塔を後にする。
その場所には自分と同僚だけが残された。
「どうする?」
同僚がおずおずと聞いてくる。
一人で精霊を召喚した魔法陣だ。
見たことも無い文字が何か所にもあり、その組み合わせがまるで芸術のように床一面に広がっている。
恐らく今までの魔法陣と出力の仕組みから言って違うのだろう。
けれど、ここに伝統を重んじる誰かが来た瞬間これは全て消されてしまうだろう。
自分が一生かかっても到達できないかもしれない魔法陣が消されてしまうのはただただ惜しかった。
「せめて記録だけでも残そう」
伝統に縛られず、俺より能力のある人間が今後何かの役に立ててくれるかもしれない。
同僚を見ると、同僚もうなずいていた。
転写の準備に取り掛かる。
二人がかりで何とか魔法陣の全容をうつし終わった頃、上司がやってきて全てを消すように指示をされた。
悔しくないと言えば嘘になるが、それでも、彼の、天才魔術師の力に少しでもなれたことが誇らしかった。
数日して、勇者様パーティが旅立ったと聞いた。
見送りは行われなかった。
魔王なんていなければ、もしかしたらあの天才魔術師と違う出会い方ができたのではないか、なんて、あり得ないことを考えながら、宮廷魔術師専用の図書館の奥の奥に彼の描いた魔法陣をまとめた書をしまった。