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適性3

「とは言え、これで突然実践投入は無理だろう。」


 眉間を指で押さえながら、アルクが言う。


「そんな! 今も襲われて困っている人達がいるんですよ!」


 なんとなく、女勇者たちが彼女を置いて行こうとした理由が分かった気がする。

 多分彼女は放っておいても突っ込んでいってしまうだろう。


「弓をこっちに」


 ナタリアはおずおずと弓をこちらに渡す。

 弓はあまり詳しくはないので正式名称は知らないが、グリップの部分に魔力を込める。浮かんできたのは所謂神代文字と呼ばれる魔術用の文字で、即席ではあるがこれでこの弓を引くものには魔術的な効果が付加される。



「この弓には、氷結呪文をあらかじめかけてある。

ナタリアの飛ばした矢が当たったものが凍るという呪文だ。」


 それであれば、力は関係ない。当たりさえすればその部分は凍るし、範囲が広くなればその生き物は死ぬ。死なないまでも、動きは確実に遅くなる。

 まずくなったら逃げる際にも役に立つだろう。


「後は……」


 射るための矢だ。

 現物を射てもいいが、それだとどうしても限りがある。

 それに現物だとしても、呪文を発動させるための魔力は乗せなくてはならない。


 今、適正を確認したばかりの彼女は、魔力の供給器官に魔力を貯めていない状態だ。

 エネルギーが無くては何もできない。


「魔力を使って矢を射るんだけど、ナタリアは今魔力切れと大して状況が変わらない。

だから、俺から供給しようと思う」


 事情を知らないナタリアは、ぽかんとした顔で俺を見ている。


「で、その一般的な方法なんだけど、まあ、なんだ、口移しになる訳だけど」


 眉根を寄せて睨みつけるナタリアの表情は想定済みだった。


「まあ、普通にかんがえて嫌だろうから、別の方法を取るから」


 魔術師のローブの中、ズボンのベルトにくくり付けてある短刀を取り出す。

 それで左手の人差し指に刃をたてる。

 力を入れていないので皮が一枚切れただけだ。血がぷくりと浮かび上がって滲む。

 ナタリアの手を取ってその甲に血を使って文様を書く。今回の場合弓を引く手に魔力が集中すれば充分なのでここにする。


  他人の血を塗りたくられるのも普通に考えて気持ち悪いが、キスを強要されるよりはいくらかマシだろう。

 供給のための文様を書くと、試射のを行う。


「ナタリア、弓を構えて、さっきの的に向かって」


 再び弓を構えたナタリアの肩に手を置く。


「矢は無くていい。

イメージすれば効果は一緒だから」


 パントマイムの様に、ナタリアが弓を引く。恐らく型の稽古で矢が無い状態で撃つ練習をしていたのだろう。

 弦から手を離した瞬間。そこに光の矢が現れる。

 それは一直線に先程の的、岩に向かって飛んでいく。

 ぶつかった光は青白い光となって弾けた。岩は氷で覆われていた。


「何とかなりそうだな。」


 とりあえず今の感じだと、数時間打ち続けたとしても俺の魔力に問題はなさそうだった。


「兎に角少し離れて、撃ちまくれ」


 サポートはするからと伝えると、アルクは呆れたように息を吐いた。

 ナタリアに甘い自覚はあった。


 「行くのか」

「まあな」


 完全にやる気がなさそうに言われ応える。


「仕方がないな」


 戦線に参加しないと思っていたアルクが言う。

 どうやらアルクも一緒に向かってくれるらしい。


「ユナ、悪いな。戦えそうか?」

「何言ってるのよ。私はそのために呼ばれた生き物でしょ?」


 腰に手を当てて、ユナがばっかじゃないの?と言った。


「そうか」


 転移魔法を発動させながら言う。

 妨害さえなければ目で見えている範囲なら座標指定ができる。街の近くまで、一瞬でつく。



 光が消えた時見えたのは、空一面の龍の群れだった。


* * *


 その街は、所謂要塞都市というやつだった。

 四方を壁で囲まれていて、強固な門で守られている。

 けれど、その壁も空飛ぶ生き物には意味が無い様ですでに街の中まで入り込み始めていた。


 魔術師が放った攻撃であろう。青白い光がワイバーンを直撃する。

 けれどいかんせん数が多すぎる。


「ユナ!」


 俺が声をかけた瞬間ユナが赤く輝く。

 一気に魔力を持っていかれたのが感覚で分かる。

 ユナが手をあげるとそこに火球が現われて、ワイバーンめがけて飛んでいった。

 刹那、ワイバーンが黒こげになって墜落していく。


 この街には来たことが無いので墜落地点に何があるのか分からない。

 幸いなのかどうかは知らないが、すでに地面に降り立った個体はいなさそうだ。

 慌てて、街の壁ギリギリに結界魔法を張る。

 墜落したワイバーンは俺の作った壁に阻まれて街には落ちなかった。


 中からは攻撃の出来るタイプの筈だ。それに、すでに外に兵隊が出てきている。

 問題ない筈だと思いたい。


「なあ、あの結界、俺が乗ることもできるか?」


 アルクは静かにたずねる。

 そこでようやく気が付く。足場があったほうがアルクが戦いやすいという事に。


「足に魔法をかける。

届かなくなったら俺が飛ばしてやるから存分に切り捨てろ」



 俺が答えながら魔法をかけるやいなや、アルクは街を守る壁にできた小さな傷に足をかけて跳んだ。

 魔法を使っていないことはわかっているがまるで魔法の様に、壁を登っていきすぐに結界の上に降り立った。


 マジで勇者は人間離れしている。なんだよあれ。訓練でできるとかいうレベルを超えている気がする。


 「あの!」


 ナタリアに声をかけられて、ようやく我にかえる。


「私は、何を……」


 不安そうにもごもごいうナタリアに空にいるワイバーンを指差す。


「とりあえず片っ端から撃ちまくれ。

防御と回復は気にしなくていい。俺が何とかするから」


 そういうと、ナタリアは頷く。

 今度は俺は肩に手は置かない。あれは、魔力の流れのコツを手っ取り早く教えるためにやったからだ。


 ナタリアがワイバーンに向かって弓を構える。

 弓を引いた瞬間、ワイバーンの右足が凍り付く。

 けれど、一撃でというわけにはいかない。


「もう一度」


 俺が言うとナタリアは頷く、弓を構え、見えない矢を射る。

 今度は胴体部に当たり羽ごと凍った。


 ナタリアはようやく息を吐いた。


「できそうだな」


 俺が聞くと、無言のままナタリアはもう一発ワイバーンに向かって矢を放った。


  当たった部分が霜が降りたように白く色が変わっていく。

 次々と放たれる矢に、ナタリアが今までどれだけ弓の練習をしてきたかが分かる。


 血文字で結ばれた回路から俺の魔力が抜けていくのが分かった。


「ワイバーンに位置を補足される前にいどうしろ」


 俺が言うともう一度ナタリアは頷いた。

 隠匿の為の魔法をナタリアに念入りにかける。これでしばらくの間はナタリアはワイバーンから認識されない。



 空を見上げると、ユナがもう一頭ワイバーンを消し炭にしているところだった。

 防御魔法を唱える。


 いつもは一人で行動するのだが、妖精ちゃん達にかけることにはなれている。

 ユナの周りに光帯が巻かれ、ワイバーンの攻撃から身を守る。

 たまに傷なのはあれは案外重いということだ。


 まあ、彼女の場合、契約者である俺がその重さを肩代わりできるため関係ない。

 恐らく、ここがものすごい要所で必ず落とさねばならぬという状況ではないだろう。

 事実指揮を取っていそうな魔族は見当たらない。であれば、ある程度数を減らせば這う這うの体で逃げていくだろう。

 半数もへらせれば充分なのだ。


  それならば、俺が直接攻撃すべきではない。より重要な任務を与えられるつもりもないし、国をあげての開戦までただひたすら逃げ回りたいだけなのだ。

 それであれば、本来の魔術師の仕事をしよう。

 戦うものを鼓舞し、守るための壁を作り、傷付いたものを癒す。


 今俺がすべきことは多分それだ。


 杖でもふればそれっぽいのだろうが、生憎あの手の物は高額でまともなものを持ってはいない。

 幸い結界自体が一つの魔法発動装置になっている。


 要は内側からの攻撃を強化して外側からの攻撃を出来る限り減らしてやれば良いのだ。

 ナタリアが凍らせて落とした龍たちがそのまま二度と飛べない様に、ユナの火炎攻撃の威力が増すように、それから、必要かは知らないけどアルクの素早さが増すように、一つずつ呪文を唱える。


 それが終わると、ナタリアを遠見の魔法で確認する。

 休みなく打ち続けているナタリアはまだワイバーンには襲われていなかった。

 けれど、弓を引く指は血が滲み出している。


 そんなに無理をしなくても、ユナとアルクの無双っぷりは見えている筈だった。

 慌てて、ナタリアのところへ戻る。


「大丈夫か?」


 声をかけると、ナタリアは視線だけをこちらによこす。


「はい。まだまだ戦えます!」


 ナタリアは答える。


「まだ、魔法になれていないんだから無理すること無いんだぞ」

「でも、早くちゃんと戦えないと……」


 ナタリアはそこで言葉を詰まらせた。


「分かったから」


 元気づけられる様な事は何も言えない。

 けれど、無理をしろともいえない。

 一瞬悩んでから、ナタリアの横に立つ。


「あんまり上手くないから、適当に聞き流せ」


 そう前置きしてから口を開く。


 それは歌の様なものだ。祝詞だと俺に教えてくれた先生は言っていた。

 神代の祝いの言葉だと、現代のルールをすべて無視して対象に届く古のまじないだと教えられた。


 酷い音痴の俺が歌うとかなり調子が外れているが、最低限の音階は守れているらしく術は発動している。

 ナタリアの傷が癒えていく。


 彼女の魔術回路を補強して安定させる。強化系の呪文の類と違うところは効果が永続する点だ。

 幸い副作用は存在しない。しいて言うなら、気持ちの悪い男が気持ちの悪い歌を歌っているのを聞いてしまった精神的ショック位だろう。


「まるでわらべ歌みたいですね」


 隣でナタリアが言う。

 その表情は、穏やかで先程までの気負いは見えなかった。


「いや、一応呪文なんだけどね」

「それは分かってますよ。胸の奥のあたりが弓を引くたびに喪失感があって、またすぐにそれが埋まる感じがしていたのが落ち着いたので。」


 ナタリアがまた弓を引く。今度はワイバーンの頭部に命中した。

 そのままワイバーンは墜落していく。


 多分、この喪失する感じが魔力だったんですね。ナタリアは言った。

 すぐに元に戻るのは貴方がなんとかしてくれてるってことですよね。私の力じゃない。

 ナタリアに言われ、肯定の言葉も否定の言葉も出てこなかった。


「大丈夫ですよ。これから絶対に強くなりますから」


 ナタリアは自分に言い聞かせるように言う。

 俺は何も答えず、再び歌い始めた。


 まもなく、空にいたワイバーンの群れは撤退を始めた。

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