適性1
翌朝、もう一羽の鳥も帰ってきた。
そちらは、怪我をしていて、持って帰ってきた書簡の内容も簡素なもので、状況を察し、怒りがこみ上げる。
こんなに可愛い妖精ちゃんをこんなひどい目にあわせるなんて、人の心は無いのだろうか。
人型をした妖精ちゃんも、生き物の形をかたどったものも、光球の形をしているものも皆可愛いのに。
妖精は自分を構成する物全てを召喚時こちらに転移させるのではないことは研究の結果広く知られている。
だから、一度元に戻ればこの子の傷もある程度は癒える筈だ。
けれど、恐らく全てでは無い。
書簡を渡したことにより、契約が終了して元の世界に戻っていこうとするのを魔術で強制的に介入しストップさせる。
そのまま、治癒系の魔法陣を展開させる。
正直言って治癒魔法は苦手だ。事実、魔法陣のあちらこちらがガタガタとしている。
もっと練度を上げておけばという、たらればを今考えても意味がない。
駄目な箇所は魔力量で補うしかない。
黄色の鳩全体を魔力の光が覆う。一気に魔力を食われる感覚がするが気にしてはられない。
ナタリアに言うと、無言で頷く。
「魔術師……、通信用の魔石だ」
名前を知らないかったので、一瞬詰まるが必要なものなので渡しておく。
いつでも俺に連絡が取れる通信用のものだ。
「アスナといいます。必ずいつか連絡します」
泣きそうな笑顔で魔術師、アスナは言った。
アルクと、金髪ちゃんはニ、三言何かを話していたが聞き取れなかった。
勇者同士何かあるのだろうが、それこそ勇者では無い俺にはなんの関係も無かった。
* * *
目的地は当初の予定通り。ただ、もう一つ目的ができた。
ナタリアの戦闘能力強化だ。
「肩、触ってもいいか?」
休憩中、アルクがナタリアに聞くと、彼女は顔を真っ赤にして頷いていた。
アルクがナタリアの肩を撫でる様に触る。それから渋い顔をしている。
弓兵は肩が資本だと聞く。肩を鍛えられなければどうしようも無いのだろう。
「矢を射てみるか」
アルクが言った。
「あの木のあたりに的をだせ」
人使いが荒いアルクに言われるが弓の射方なんて知る訳がない。大体は魔術で投擲出来てしまうのだ。
弓の的といっても良く分からないので、土属性の魔術で岩を発生させた。
「ああ、それで充分だ」
アルクはあの岩を狙う様にナタリアに伝え、ナタリアは弓を引き絞る。
放たれた矢は見事に的に当たった。
だがそれだけだった。
得意げに的を見るナタリアを視界の端に捉えながら、アルクと顔を見合わせる。
そして、アルクと顎でどちらが事実を伝えるか押し付け合う。
結局アルクが折れる形で、ナタリアに言った。
「それは、誰かを倒すための技じゃない。
いくら的に当たっても、殺傷能力がなければ実践では意味がないんだ」
ナタリアは下唇を噛む。恐らく彼女自身も気が付いていたことなのだろう。
けれど、他の選択肢が無かった。
「だけど、目は良いようだから、例えば短剣に持ち替えて戦うのはどうだろう」
アルクに言われ、ナタリア不満げな表情でアルクを睨みつけた。
「……それは私にアサシンに転向しろってことですか?」
語気こそ荒くは無かったが、その声は不満がありありと浮かんでいた。
「どうせ魔王退治なんてもんは暗殺みたいなもんだろう。相手が魔王だってだけで」
俺が口をはさむと、ざっと音がしそうな音でこちらに顔を向けてそれからナタリアは叫んだ。
「暗殺なんかと一緒にしないで下さい!
卑怯者になるために二人と別れた訳じゃないんです」
睨みつけられ、失言だったと気が付く。いつも俺は気が付くのがワンテンポ遅い。
しでかしてしまったが、魔術でどうにかする訳にもいかない。洗脳したり忘却呪文をかけたりはしたくは無かった。
というか、それを始めてしまうと、俺の周りの人間は廃人になるか、記憶喪失にしかならない。
「じゃあ後は、魔術と組み合わせて魔法剣士あたりか」
アルクが、面倒そうに言った。
恐らくアルクは今よりもマシになれば何でもいいのだろう。
「あの、私、魔力の適正検査受けたことありません」
話を聞くと、彼女が住んでいる村ではあまり魔法は生活には溶け込んでおらず、ほとんどの人間が魔力適正を測ったことが無いらしい。
「魔術師なら、見ることができるんだよな」
アルクに言われ、たじろぐ。
一般的に魔術学校を卒業している人間は簡易な検査であれば皆可能だ。
かなり細かい検査となると専門家に頼むべきだが、今回の様に戦闘にどの程度使えるか程度の話であれば魔術師でさえあれば誰にでも出来る。
あくまでも一般的にはである。
「まあ、そうなんだが……。
ああ、そうだ。次の街で見てもらおう」
アルクに訝し気に見られ、思わずたじろぐ。
所謂オールラウンダータイプなので大体の魔法は使える。だけど、適正確認として使われる同調呪文それだけは、使いたく無かった。
「昔ちょっと色々あって、それだけはホント勘弁してくれ」
半ば祈る様な気持ちでそう言うと、ユナが呆れたと言わんばかりに溜息をついた。
「同調魔法なんて、基本中の基本でしょ。向き不向きなんてあり得ないんだからすべこべ言ってないでやったら?」
「そうだよ。じゃあ、ユナがやればいい!」
「バッカじゃないの?種族が違うのに同調できる訳がないでしょ?」
何言ってるんだこいつとばかりに言われるが、無理なものは無理なのだ。
「一体なにが駄目だっていうのよ」
ユナはこちらを真っ直ぐに見る。
目を合わせることも苦手だというのに、ユナは視線を全く外そうとしない。
「……自分の適性検査の時に事故があって」
それで、一人怪我をして奇異の目で見られて二度とやりたくないだけだ。
多分、俺がコミュニケーションができないという以上に、人の魔力と合わせることが難しいタイプなのだと思う。
あれ以降一度もやっていないからわからないが、簡単な他の同調魔法でも使用後は酷く体内の魔力回路が揺らぐので今も変わらないのだろう。
自分で使うのも怖いし、ましてやナタリアを巻き込むのはもっと嫌だった。 誰でも出来ることなのだから俺以外がやればいい。
「でも、そうはいかないみたいよ」
ユナが指を差したのは次の街の方向で空にはくろい塊が浮いていた。
遠目で見ても分かる。それはワイバーンと呼ばれる翼竜だった。