勇者アルク1
視点変更注意です
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世界には、美しいものも尊きものもあまりにも少ない。
自分が勇者として不完全な存在になったという自覚はある。
普通は勇者はこんなことを考えないものらしい。
◆
きらびやかな舞踏会や華やかな酒宴といったパーティーは昔は好きだった。
新たな出会いが広がる上に、上等な美味しい料理も食べることが出来る。
仲間も喜ぶし、俺も自分の努力が認められている様で嬉しかった。
けれど、今は正直うんざりだ。
上手くやらなければならない事は分かっている。魔王なんていう者を人間のために倒してやる義理は無いのだ。
できるだけ時間稼ぎをすることが目的。
それは同じチームとして勝手にパーティを組まされた魔術師も同じ意見だったようだ。
しかし、もう一つの方法があることを俺は知っている。
魔術師は一人で生きて来たみたいだから、人を使うということが根本的に思考における選択肢にないが、普通に時間稼ぎができて運が良ければ魔王討伐の任から解放される方法がある。
簡単なことだ。
パーティメンバーが再起不能に陥ればいいのだ。
俺を助けてしまった魔術師はそれを多分考えたことすらない。
あの場で俺を見捨てていれば、あれは悲劇のヒーローだったのに。
ちらりと魔術師に視線を向けると、相変わらず上ずった声で何か専門的なことをペラペラと話しかけている。
当座の目的だったこの国の魔術についての巻物を見て、魔術師は興奮気味に思えた。
魔術を覚えた少女も興味がありそうに巻物を眺めているが、正直俺には巻物にも魔術にも興味が無い。
舌打ち交じりに遠慮したものの、思慮深い勇者様が気を使われたという扱いを受けてここまで一緒に来ることになってしまった。
面倒過ぎて、腹が立ってくる。
「砂糖菓子と乳茶でももってこさせて休憩するわよ」
ユナと名乗っていた精霊が俺にだけ言う。
あの巻物が精霊にとってどういう扱いかということも、どうでも良かった。
精霊はいつも高圧的に話す生き物だが、特にここではこの国の精霊が偉い地位にあるらしくそういうものとして扱われている。
最初からこの精霊はそうだった。
勇者様と俺の事を呼びながら、いつも値踏みするようにこちらを見る。
勇者のカリスマ性なんていう馬鹿らしいものが効いている様にも見えないし、魔術師の様に「目つき悪いな」と言うことも無い。
精霊というやつは人間の理の外で生きている。
そんな話も聞いたことがあるのに、基本的にこの精霊はまるで人間の様にふるまう。
優雅にお茶会よりも鍛錬をしたかったが、それでも、意味不明な巻物を見るよりも大分マシだ。
ぼんやりと腰をかけて茶を啜る。
魔法使いの類が圧倒的な力を誇るこの世界で、ただ勇者というだけの俺の存在はきっと些末なものなのだろう。
いくつかの勇者としての特性はあるものの魔術の検査で俺は適正ゼロと判定されている。
けれど――
目の前の精霊は勇者というものの捉え方が違うように思えた。
とはいえ、祝福されしものだと、選ばれた血なのだと言われたことはあるが勇者が何なのかは自分自身本当に知っているのかと言われても分からない。
よく分からないものに祝福をされて、そのよく分からないものの力がある日突然なくなって、それでまた勇者になったから世界を救う旅に出てくださいと言われるような曖昧な定義しか自分の中には無い。
なのに、それと違うなんてちゃんちゃらおかしい。
「結局、アンタにとって勇者ってなんなんだ?」
「さあ、あそこの魔術師が調べてくれてるでしょ?」
答えるつもりは無いらしい。
「じゃあ、あそこの魔術師はなんでそんなに『気持ち悪い』んだ?」
精霊はまるで人間みたいな笑顔を浮かべた。
「だって、普通にあれ人間基準でも『気持ち悪い』でしょ?」
精霊に言われるが、別の意図があって言っている様にしか思えなかった。
女性の良く言う“生理的に受け付けない”の気持ち悪いであれば、召喚に応じない事もできるらしいのに。
あの魔術師がこの精霊を力で押さえつけている様には思えなかった。
精霊がふう、とため息をついた。
「ねえ、知ってる? こうやってアタシと勇者様がお話できているのは、あの魔術師が翻訳のための魔術をアタシにかけているからだって」
剣を見た時に不思議な発音の言葉を精霊が放ったことを思い出した。
「本当は全く別の言葉を話しているのよ。
それをさも同じ言語を話している様に見せかけてる」
馬鹿よねえ。無駄な努力だわ。と精霊は言った。
「一つだけ教えてあげる」
精霊は、早くその蟻地獄から抜け出せるといいわねえ。といって笑う。
「勇者っていうのは、アタシ達の世界では『選ばれし者』と訳すわ」
もったい付けて言う割に普通の言葉で拍子抜けする。
「それは、ここでも似たようなものだろう」
血に選ばれた者、神に愛された選ばれし者、そういう風に言われたことは何度もあった。
「勇者様も察しはアレなみに悪いのね」
面白そうに精霊が笑った。
「何故あなたが剣士ではなく、勇者なのか」
ふわりと精霊が笑った。
その笑顔は一般的に見てみとれる位美しいものだったのだろう。
けれど、全く心は動かないし、それほどの興味もわかない。
自分にとって他人は、というよりも世界はそういものになってしまっている。
積み上げてきた常識が、ここはこういう場面なのだろうと判断できるのに、心はまるで動かない。
しかし、自分が何故勇者なのかという話は少しだけ興味があった。
「言えないんじゃなかったのか?」
精霊は笑顔を浮かべたままだ。
「なんで今まで、自分で調べなかったのかしら?」
アレだって、旅を始めて大した期間も経ってないのに疑問に思って調べようとしているのに。
あれが魔術師を指していることは分かる。
それに遠回しに自分の事を批判していることも、勿論分かっている。
この精霊は自分の事を勇者様と呼び、慕っている様に見せて別に俺に好意を抱いていない事もよく分かっている。
何故調べなかったのか。
何故調べようとするのかが、分からない。
調べてその意味を知って何になるというのか。
勇者であることから逃れるということがどういうことか知っている。
勇者でなくなった自分のみが知っている感覚なのかもしれない。
何故自分が男であるか調べようという感覚に近いのだ。
どうせ逃れることの出来ない運命である確認をしても意味が無いだろう。
魔術師にしたって同じだろう。
魔術師の適正検査をして判別をする意味はあるだろうが、何故自分が魔術師適正があったのかを調べようとしないだろう。
そんな事、聞いたことも無い。
あの魔術師が普通ではないというだけの事なのに、何故精霊はそこにこだわるのだろう。
「自分で調べて、それであのバカが何をしたのかをちゃんと噛みしめなさい」
精霊はめんどくさそうに言う。
明らかに何かを知っている物言いだ。
「じゃあ、図書館にでも行ってくる」
魔術師達は巻物を見たままだし、この謎かけの様なお茶会も居心地が悪い。
図書館に行って、その後鍛錬をした方がマシだ。
魔術師はこちらをちらりと見ると、こぶし大のものを投げてよこす。
渡されたものは、魔石と呼ばれるものだった。
高価らしいとは聞くし、実際旅の費用に充てたこともある。
それをぞんざいに投げてよこして、それから視線だけずずっと横にずらして「何かあればそれで連絡する」とだけ言った。
何かが何だかはお互いに多分分かっていないが、一応魔術師なりの気遣いなのだろう。
投げ返すのも面倒で上着の内側にしまう。
ついて来ようとしたこの城の従者を笑顔で制止すると、街の方へ向かう。
魔術師の様に、不思議そうな顔も何もしないでぼーっとこちらを見ると、慌ててどうぞと言って図書館の場所まで軽く教えてもらえた。
いつもの事だ。
勇者というだけで信頼され、勇者というだけで親切にされる。
けれど、その親切をもう親切だとは思えない自分もいる。
また勇者でなくなったらどうなるのか。考えても意味が無い。
調べろというのなら調べるが、本当に知りたい事がそれなのかは自分でも分からない。
勇者をやめたいのか、勇者であり続けたいのかさえ自分でも分からないのだ。




