ルールを守るということ3
「パーティーやっぱり出たかったですよね」
二つ目の葡萄パンを口に入れたあたりでナタリアに言われ、一瞬何を聞かれたのか分からなかった。
普通はそういう場に行きたいのかも知れない。かわいい恰好をしているナタリアを見て、美しい服に袖を通すことを楽しいと思う人間も多いのかもしれないと思う。
「足の治療をしたときに、ちゃんと覚悟はしているから」
普通の、どこにでも入れる義足を作るという選択肢もあった。
魔術で浮かんでしまえば足が片方なくても別に生活はできたかもしれない。
全部知っていて先生にも聞かれて選んだことだし、そもそもパーティというものはあまり好きではない。
魔術学園の時も、簡易なパーティーは何度も開催されていて、一度だけ出たが、もう二度と行きたくはないと思っただけで終わった。
ルールを守らないものに恩恵はない。
そういう事なのだろうけど、そもそもルールの意味が分かってない気はする。
別にどうでもいいルールと、それによって与えられるどうでもいい恩恵に興味は無いのだけれど。
心底残念そうな顔をしているナタリアに微妙な気分になる。
アルクがぐしゃぐしゃと整えられた髪の毛を雑にかき上げる。
足の話をアルクの前でしたくはなかった。
「そうだ。こういうのはどうだろう」
話を変える為でもあった。それにナタリアが気に入っていた魔術を見せたくもあった。
スペルの灯りに新たな魔術を組み込んでいく。
ランタンの様だった灯りの一つ一つが色とりどりの蝶の形に変化していく。
歓迎会なのかなんなのか、興味が無さ過ぎてよく分かっていないけれど、知らない人達と話しをするよりこうやって魔術を使う方が楽しい。
妖精ちゃんも召喚すればもっと楽しいのかもしれないけれど、それは駄目らしいので諦める。
ナタリアは目を輝かせて蝶を見ている。
その中の一匹がナタリアの頭にとまる。
髪飾りの様でキラキラと虹色に光る蝶を見ている方がよほど気分が高揚する。
「アンタ、そういうとこだけは超器用よね」
今日初めて見たスペルと魔術を混ぜていることを指しているのだろう。ユナに言われるが、他にできる事が無いのだから魔術くらいはと思わないでもない。
向いているというのがどういう状況か分からない。世界のルールでは同調魔法も碌に使えない自分は決定的に向いてないのだろう。
「まあ、魔術はどれも美しいから」
この美しいものの研究をできることは喜びだ。
心からそう答えたつもりだったのにユナは「そういう事じゃないわ」と言った。
仕方が無く、肉を取って食べ始める。
羊は好きだ。少し酸っぱいタレがかかっていて美味い。
ナタリアはメロンを食べているし、アルクは室内から椅子を勝手に持ち出してくつろいでいる。
やっぱり、パーティーに出るよりよほどいい。
「俺の事より、ユナさんは旧友と話しはできたのか?」
ここに来たのは、あの鎖の妖精に会いたかったからなのだろう。
「まあ、それは追々ね」
ユナは感情が読めないニッコリとした笑みを浮かべた。
別にこの場所にずっといられるのであれば、それはそれでよかった。
スペルの研究資料は面白すぎるし、ナタリア達の扱いも悪くない。
足の事に気が付いている魔術師達には遠巻きにされるが直接何かを言われる様な事も無い。
自国に対する報告さえ適当にやり過ごせればここに居続ける事が一番いい事のように思えた。
◆
翌朝、スペルで作られた障壁を見た。
彼の遺した研究結果からもやや旧式のそれの修復はまだ終わっていない。
応急処置的に直されている箇所は、この国の研究が後退していることを物語っている。
あんなにも美しいものだったのに。
そんな思いがあったことは確かだ。
勝手なことをしてともめ事になるかもしれないということも分かっている。
だけど、あの鎖の妖精がやったことにしてしまえばいいと思った。
早朝であたりには誰もいない。
あの鎖の妖精はこの障壁を作り上げた魔術を愛している様に見えた。
だから―――
発動するスペルは、元々あった壁と同じものだ。
アレンジは加えられる。進歩しているスペルに合わせることもできる。
けれど、それだと多分この国の今の状況だともう二度と修復すらままならなくなるだろう。
それはこの障壁を作った人の望んだものと違う。
手をあげて、空中に文字を描く。
スペルの為だけに作られた文字は美しい。
普段あまりこうやって魔術は発動しない。
理屈が分かっているものを態々計算しなおすような詠唱も杖を振るうこともあまり好きでは無かった。
けれど、こちらの方が効率がいいのと、美しい文字をなぞるのは楽しかった。
それは召喚用の魔法陣を描く楽しさと少しだけ似ている。
淡く光を放つスペルが六角形の形になって、それから壁の形に綺麗におさまっていく。
緑色の光が壁にはまる瞬間、淡く黄色に光るのは壊すときの見え方と違ってとても興味深い。
勢いで壊さなきゃよかったと思わせる位、緻密な魔術だ。
こんなものを自分も作ってみたい。
勿論、魔術の研究自体は好きだが、それを使って何かをと思う事自体はまれだったのかもしれない。
結果として出来上がるものじゃなくて、目的として何かを作り出す事が羨ましいと思った。
ナタリアの魔法の時も同じ様な事を思ったかもしれない。
何故、彼女がここまで魔術適正検査を受けてこなかったのかという歯がゆい気持ちと、少しばかりの選ばれしものへの羨望。
そんな昔、というか子供の頃に置いてきてしまった気持ちが再燃する。
たられば、なんてものが世の中にない事位もう分かっている。
足にしたってそれ以外にしたって、別に自分の選んだことに後悔はない。
だけど、何かこんな大がかりな物を作ってみたいと思った。
「朝早くから勤勉ですねえ」
鎖の妖精が修復に気が付かないとは思っていない。
「たった一日でもうここまでスペルを習得しているとは」
妖精が目を細める。それはどこか懐かしそうでけれど、異質な危険要素としてこちらを警戒している様にも見えた。
「だから、鎖を引きちぎる位ならいつでもできるぞ」
本当に妖精がそれを求めているのかは知らない。
機微の様なものを見分ける力は俺には無い。
「魔術や魔法との融合はできそうですか?」
鎖の話を無視して妖精は聞く。
「魔術となら試した。魔法は……」
魔術から変換した魔法とスペルを融合できるかはすぐに試すことが出来る。
けれど、本物の血で動く魔法と混ぜた時にこの魔術がどう動くかが分からなかった。
できたとして世界との契約が祝詞がどうなってしまうのかは試してみなければ分からないだろう。
「理は、行為とは別に常に世界に存在しますよ」
答えを知っているのだろうか。妖精はそう言った。
「それってどういう――」
「さあ?」
にっこりと笑った妖精は「朝食の後、陛下と謁見をしていただいて、巻物をお見せしましょう」と話をそらした。
「この足で高貴な人に――」
できれば面倒な事はしたくなかったので、足の話を持ち出したのに「陛下は寛容なかたですから」と言われてしまって言葉に詰まった。




