番外編:xxx 2
自分でもどうしてそうなったか分からないものを研究するのは、骨が折れる。
「それは貴方自身で破壊はできないのですか?」
恐る恐る聞いたことはある。
けれど、精霊は曖昧に笑っただけだった。
それであれば魔術師協会の力を借りようと思った。
そちらは精霊も、この国の魔術師も強固に反対した。
驚いた。協会の魔術師になることは憧れなのだと学校で教えられた。
未知の魔術を無作為に広めるのは危険だと魔術師達は言った。
精霊は、異端として迫害されるだろうと答えた。
どちらも僕には真実味が無かった。実際協会の人には会ったことは無い。
だから、精霊の言う事が本当の事なのかどうかも分からない。
だけど、僕に一つだけ分かることがある。
この力は戒めだ。拒絶だ。
ならば、せめてこの国を守るための物を作ろう。
この国に対する全ての悪意からこの国を守れるものを作りたいと思った。
◆
それからしばらくの時が過ぎた。
少しずつ精霊様もこの国を慈しむ様になってくださっていた。
この国の砂漠を、青い王宮を少しずつ慈しんでいることが見て取れる。
「当たり前でしょう。
この国にはこれを通して俺の力が流れ込んでいますから」
少しずつ丁寧な言葉に変わった精霊様がそう言う。
手のひらに握られているのは相変わらず解除できない僕の魔術の鎖だ。
「この土地に縛られているも同然だよ」
だから、彼が言う通り、彼がこの土地に縛られてしまったのなら。
彼の力の一部がこの土地の力となっているのなら。
僕の魔術の本質が少しだけ分かった気がした。
精霊との日々はかけがいの無いものだった。
鎖の術式の除去の仕方こそ分からないものの、スペルは少しずつ完成に近づいている。
何よりも、精霊が作ってくれる結界のおかげで術の暴走を気にしなくてよいのだ。術の生成に集中できる。
盾が壁にまでなった頃、精霊は言った。
「増幅器が必要ですね」
おそらく精霊はスペルの全容を知っている。そこまで協力して教えてくれと請えるほどの関係は築いていない。
それに、精霊と人とでは理が違うのだ。
その者を作り上げているルールが違うのだから、同じものを同じように使えるか、ましてその方程式を共有できるかという問題があるのだ。
魔術師が杖を使うのも、魔法陣を描くのも増幅器だ。
魔石やアクセサリーにその役割を担わせている人間も多い。
けれど、この魔術は壁だ。
敷石として、並べるのがいいだろうか。そう考えたところで精霊は「塔を作るのがいいでしょう」と言った。
寒村の一部に火の見やぐらはある。避雷針として塔を建てる場合もある。
けれど、王都に塔があるなんて話は御伽噺の世界だけだ。
戦になれば塔なんて高い建物は恰好の的だ。
魔術師の攻撃の的になる様な高さの建物なんてあり得ない。
備蓄用の倉庫にしたって、魔術師の術発動用の建物にしたって、今塔と呼ばれている建物はどれもそれほどの高さは無い。
けれど、精霊が言っているのは円柱状の建物ではなく、見上げる様な高いシンボルの事だと分かってしまった。
「無理ですよ。そんなの……」
そう返すのに精霊は「最終的には王都に壁を張り巡らせるんだろう?それであれば別にどんなに高い塔があっても変わらないでしょうに」と言う。
「的にされようが、なんだろうが破壊されない壁を作ればいい」
精霊は穏やかに笑う。
「この鎖を切るための研究の時間をそちらに回せばいくらでも可能でしょうに」
間違いで結ばれてしまった縁だ。だから彼を自由にしてやるのが、まず先決に思える。
「国と契約をする精霊を守り人と呼ぶんでしたっけ?」
土地との契約のし直しは恐らく無理でしょうね。と精霊は言う。
「だけどね――」
この鎖がそれの代わりになっていること位もう気が付いているでしょう?
別の術の途中解除はした事がある。スペルの破壊の研究も勿論進めている。
けれど、今のままでは精霊の鎖は破壊出来ない。この土地とがっしりと結びついてしまっているのだ。
「幸運なことに、私の寿命はあなた方のそれより遥かに長い」
それに、と言った後一瞬精霊は言葉を止める。
しかし、その先の言葉は出てこない。言い直す様に「私はこの魔術が完成するところを見てみたいのです」そう締めくくった。
だから、精霊の鎖はそれからもずっとそのままだった。
精霊に望郷の念の様なものがあるのかは知らない。
聞いても答えてはくれなかった。
それよりも、魔族の侵攻があったことの方が大きな出来事で、魔術師としても人としても優先順位が王都の、それよりも宮殿の防衛が重要になった。
壁の事も塔の事も、精霊の口添えで皆が賛成した。
精霊は守り人も同然だった。
塔は細いものが僕が見たことがない位、高く高く王宮の隣に立った。
避雷針をそのまま高くしたようなもので、実際は土地のエネルギーを逆に放出している。
塔の石柱一本一本に至るまで術を描き込んだ。
スペルは術者が死んだからと言って効力が切れる類の魔術ではない。
そうであれば鎖の件は時が解決してくれたというのに、それも難しい。
自分の死後もこの精霊はこの国に縛りつけられる。
彼は恐らくそれを知っていて、そのエネルギーの使い道としてこの塔の件を助言したのだろう。
壁はできた。実際に国でも能力が高いと言われている魔術師に試し打ちもしてもらった。
障壁は自分で言うのもおかしいが見事に発動してびくともしなかった。
僕ではなく、精霊が誇らしげに笑ったのが見えた。
◆
僕と精霊の関係はおかしなものだったと思う。
事実、年老いていく中で召喚の事情を知らないものは、初期の契約が僕と彼個人では無く国家と結ばれているものだと思っている様だった。
忠誠を誓われたことは無い。友と呼ぶのも少し違う。
恋をするにも遠すぎる生き物だった。
衰えていく体力に対して、魔術は日に日に冴えわたっていく様に思える。
それに、長い年月をかけてスぺルというものの仕組みも解明しつつある。
「なあ。なんで召喚に応えてくれたんだ?」
執務室とは名ばかりの研究用に宛がわれた部屋で精霊に聞く。
精霊は目を細め、しばらく逡巡している様に見えた。
――空に魔法陣が浮かぶんですよ。
精霊は懐かしそうに目を細めた。
それは縁を結ぶための糸の様なものだ。
二つの世界を繋ぐ魔法陣は私たちの世界にも恩恵をもたらしてくれる。
だから、応えるんですよ。精霊はそう言った。
「勿論魔力的な利点もありますよ」
こちらと違って魔力があちらにはほとんど無いですから。
「あなたの魔法陣はそれはそれは綺麗だった」
こちらとあちらで見る魔法陣は少し様式が違うから、多分あなたは同じものは見れないんでしょうね。
だから応じたというのだろうか。
僕の作った魔法陣が美しかったというだけで?
「あなたの魔術は我々の世界では完成されていた」
まだ今は道半ばと言ったところですが。じゃらりと音を立てた鎖を撫でる。
せめて鎖を見えないようにしてやりたかったがそれすらも目途はたたない。
「どういう風に見えたんだそれは?」
向こうの世界を垣間見ることは出来ないまでも完成形があるのならそれを教えて欲しい。
精霊は「今の君なら少しは理解できるかもしれないですね」と言った。
鎖がこすれ合う音がする。
精霊の周りが淡く光ると魔法陣が現れる。
それは見たことの無いものの筈なのにスペルなのだと分かる。
けれど、恐らくこれを発動させても何も起きないどころか、そもそも発動すらしないものだと分かる。
今の自分だから理解できる。
だから、精霊は見せたのだろう。
何らかの変換が起きて自分の作った魔法陣は精霊の世界ではこう見えているのだろう。
彼が美しいと言ったのが分かった。
確かにこの魔法陣は美しい。
僕が見たどの魔法陣より美しかった。
それでも、それはこの世界の魔術も魔法も似たようなものだ。
圧倒的に強固な壁が作れたという以外スペルと魔術の違い等無いのだと思っていた。
けれど、精霊が発現させた魔法陣を消そうとした瞬間、少しばかりの揺らぎを見つけて思わず叫んだ。
久しぶりに出した大きな声に精霊が驚いた顔でこちらを見る。
「も、もう一度!!」
術が発動こそしないものの、これは疑似的に展開自体はされていたので、それに見つけた揺らぎは、エネルギーの流れが魔術の消滅する瞬間と違うことを物語っている。
いかに変換されたものとは言え入り口であるこちら側から変換されたものを、精霊は見ている筈だ。
循環して少しずつ世界に吸収されていくのが魔術だ。
だから、驚く。
揺らいで、そこで消えてしまう。
失敗した魔術でも粒子が爆発するだけでそこにとどまるのだ。
じゃあ、こちらの世界では流れはどうなのか。
循環している筈だった。それは一度調べている。
スペルの適正を持った人間の数は極端に少ないので効率的に術を発動する方法はもうすでに模索している筈だった。
だからこそ、精霊の世界で揺らいで消えていくスペルの残渣に驚く。
根本的に思い違いをしていたのかもしれない。
自分の魔術がよく崩壊していたのは、循環していなかったからかもしれない。
「もう一度、発動を!!いや、それよりも壁で試した方がいいか……」
やりたいことが沢山ある。
右手でこの世界の一般的な魔術を発動する。
昔よりもマシになったものの、魔術はぐにゃりと歪んで崩れ落ちる。
それから、今度はスペルを発動する。
鈍い色でひかるそれに目を凝らす。
「観測器を用意したほうがいいですね」
精霊は満足げに笑った。




