温泉3
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温泉の脇で適当に服を脱ぎ散らかす。
横で同じ様に服を脱ぐアルクの体を見てぎょっとした。
勿論体は恐ろしい位鍛え上げられているのが分かる。それはドラゴンを倒した時の身のこなしからも予測出来ていた。
その話では無い。
彼の体には、無数の刺し傷と思われる傷跡があったのだ。
剣の稽古でついた物だとは到底思えない代物だった。
俺の視線に気が付いたのか、アルクははあと小さな溜息をついた。
「アンタ、勇者の魅了スキルがほとんど効いて無いみたいだな」
「魅了……?」
何を言われているのか分からなかった。
アルクの顔は整っていて、体も均整がとれていて、充分魅力的なのではないだろうか?同性の俺から見てもすげえなと思う。
それとも同性でさえも恋に落とすとかそういう奴だろうか、生憎俺は生まれてこの方同性に対して性的興奮を覚えたことは無い。
「いや、アルクは充分カッコいいと思うよ」
とってつけたように弁明すると、先程よりもっと深い溜息をつかれた。
「討伐の任命の時、俺は碌に話なんぞ、聞いて無かった。
だけどお咎め無しだ。その理由がわかるか?」
アルクは皮肉めいた言い方をした。
俺はそこでようやく、アルクの言いたいことを察した。
「俺ら勇者っていうのは、自動的に周りから、良き者として見られるようになっているらしい」
自嘲気味にアルクは笑う。
要はその自動付与の魅了が俺にはあまり聞いていないという事らしい。
「へえ、魔力量の多い人間には効きづらいとかあるのかもしれないな……」
だとしたらその関連性には大いに興味がある。
俺以外の人間には、アルクのむごたらしい傷を認識しづらくさせられているという意味なのだろう。
「それより、お前の体だって似たような物だろう」
俺の左胸から脇腹にかけての傷跡を見てアルクが言った。
「ああ。これは、まあ、魔術回路が暴走したっているかなんていうか」
正直あまり面白い話でも何でもないので、出会ったばかりの勇者様にするような話では無かった。
「とりあえず、風呂入ろう。」
上半身素っ裸の間抜けな恰好でするような話ではないなと俺は急いで身にまとっていた全てを脱ぎ捨てて、アルクの横を通り抜けて風呂につかった。
ああ、温泉さいこー。ここにきて良かった。
胃が痛くなりそうなことはあるけど、温泉さいこー。
肩までつかるが、温度も丁度良く。遺跡がいい感じの段差になっていて腰が下ろしやすい。
遺跡に刻まれた古代文字もいいアクセントになっている。
隣、といっても少し離れた位置にアルクも入ってきた。
「悪かった」
上手に禍根が残らずに謝る方法なんぞ知らない。ただ、謝らないともっと酷い状況になることは知っていた。
だから謝る。
「何に対してだ、それは」
「お前の傷を見て酷い反応をしたこと、それから俺の傷跡の付いた理由をごまかしたこと。
後、ナタリアのパーティ加入を独断で決めたこと」
早口になってしまったが、伝えるべきことは伝えたつもりだ。
ただ、それを聞いたアルクがどう思ったのかは分からない。
「どれも、大したことじゃない。気にするな」
そう言うとアルクは、顔をバシャバシャとお湯で洗った。
「それにしても、ギイはああいうのが好みなのか?」
ああいうが、ナタリアにかかっていることはすぐに分かった。
「は?いや、そういうんじゃないな。まあ、可愛いとは思うけど」
「あー、違うのか。てっきりユナにあまり興味が無いみたいだから、ああいう感じの女性が好みじゃないのかと思ってた」
ああいうという科白に合わせてアルクはユナのボディラインをなぞるように手を動かす。そういうところなんかおっさんみたいだなと思って笑った。
「いや、そりゃあ好きだよ。おっぱい」
「じゃあ、なんで」
「だって、あんな美しい人が俺のこと好きになる訳がないだろ?
手に入らないって分かってるのは案外気楽だぞ。
まあ、そういう意味だとナタリアも鑑賞する以外何かある筈がないから一緒だな」
俺が言うとアルクは変な顔をしていた。
ただ、それがどういう感情によるものなのか、そういったものに疎い自分ではよく分からない。
「モテようとかって思わねーの?」
「いや、俺に限ってないだろ。実際全くない訳だし」
「能力は高いんだろ。今日聞いた話だと」
「俺は伝統と魔術の歴史を踏みにじったらしいから」
学校を卒業した時に言われたセリフを思い出す。
好き好んでリスクを冒して、俺と居たい人間なんていないだろう。
アルクは「ふーん」と答えただけであとはお互い黙ったままだった。
まあ当たり前だ。俺とアルクは別に友達じゃない。
慰めあったりするような間柄では無いのだ。アルクにすがられたとしても俺だって無理だ。
だから、お互いに絶対に触れて欲しくない部分には触れないで過ごすしかない。それは、今後旅をするナタリアだってそうだ。
国に命令されて集まっているだけのメンバーなのだ。それ以上踏み込んでも多分、誰も幸せにはならない。
無言のまま風呂から上がり、着替え、ユナたちのところへ戻ると何故か、女子同士4人はとても仲良くなったらしく、和気あいあいと話をしていた。
先程までまるで葬式みたいな雰囲気だったのが嘘みたいだ。女って分からない。
何故?と聞こうとしたところで、ユナに遮られる。
ユナは指を頭上少し左側に差して「一羽はもう戻ってきてるわよ」と言った。
それは、ナタリアを魔王討伐に派遣した国へ送った青い鳥だった。
右手を胸の高さにあげると再び鳥はとまる。背につけられた書簡を取り外した瞬間、さらさらと溶ける様に鳥は消えた。今回の命令が完遂されたためだ。
中身は俺では開けないらしい。金髪ちゃんに渡すとすぐに書簡が開く。
「確認通知みたいなものですね。
パーティ変更を受け付けたので以降そのようにとだけ。
陛下どころか大臣の名さえ無いなんて」
淡々と金髪ちゃんが言う。とりあえず、許可はおりた恰好らしい。
許可がおりないにしろおりるにしろ取り乱すだろうと思ったナタリアはとても冷静に状況を受け止めている様だった。
もう一羽は帰ってこない為、ここで野営をする事になった。
* * *
夜、ふと目が覚める。
一度起きてしまうと眠れない質なので、仕方がなく散歩に出る事にする。
夜風呂に入るのもいいだろうと温泉に向かって歩き出す。
魔術で出したランタン代わりの光を頼りに進むと、温泉には丁度ナタリアが居た。
とはいえ、入浴中では無いらしく服を着たままで足先だけ温泉につけていた。
彼女はうなだれた様子で、行かない方が良いことは分かっていた。
今日知り合ったばかりの人間ができることは何もないことも理解していた。
それなのに、一歩、また一歩とナタリアに近づいて行ってしまう。
案の定ナタリアは泣いていた。声を殺して、それでも殺しきれない思いが嗚咽となって漏れている。そんな泣き方だった。
「大丈夫か?」
横に座っても俺の存在に気が付かない位ナタリアは憔悴しきって見えた。
背中を数度撫でる。
そこで、ようやく、こんな気持ち悪いタイプの男に体を触られても嫌なだけだよなと思い至った。
手を離して、それでごめんとあやまる。
ナタリアは泣きはらした目でこちらを見た。
「何で、謝るんですか?私を連れてくのが悪いことだと思ってるんですか!?」
悲痛な叫びだった。
「それは、違う。君をパーティに入れたことは後悔していない。
俺が謝ったのは、俺なんかに触られても嫌なだけだと思ったからだ」
今日は謝ってばかりだ。人付き合いが苦手なので、人と過ごして失敗しない方がおかしい。
ナタリアはこちらを見上げて、それからキョトンと答えた。
「別にいやじゃなかったです」
「そうか」
どうすればベストなのか分からず、手をニ、三度握ったり開いたりした後、ナタリアの背中を彷徨ったが、意を決してもう一度彼女の背中を撫でた。
すると、先程の声を殺した鳴き声では無く、わーわーと声を上げてナタリアは泣き出した。
オロオロとする俺の胸倉に顔を寄せて、泣き叫ぶ。何もしてあげられそうなことはなく、ただただ、彼女の背中を極力優しくなでることしかできなかった。
ローブはナタリアの涙と鼻水とでぐちゃぐちゃになっている気配はしたが、どうでもいいやという気分だった。
ただ、今は泣きたいだけ泣いて、それで少しでも明日から彼女が彼女の思う様に生きられるようになればそれで充分だった。
泣きつかれて俺にもたれるようにして眠ってしまったナタリアを抱きかかえて野営している場所に戻ると、アルクが火の番をしていた。
俺が抱えているナタリアを見て、お前は馬鹿かと少しだけ笑っていた。
何故、馬鹿だと言われたかは分からなかったが、まあ、俺は全体的に馬鹿なのできっと今回も馬鹿なことをしでかしたのだろう。
ナタリアを下ろすと俺も寝ようと毛布を体に巻いた。
眠りにつく前、アルクがぽつりと言った言葉は
「捨てられるって、どう回復していけばいいのか分からないな」
で、俺は「まあな」としか返せなかったけれど、本当にどう、捨てられた自分ってやつを認めていけばいいのか、俺には分からなかった。