延鏡のごしの世界2
一般的に魔術師の適正と呼ばれているものは一つだけだ。
先生は表情からニヤニヤとした笑いを取りさって言った。
体の胴体に魔力を生み出して、全身に送るための器官が発達しているかいないか、だ。
魔術協会が各地で行っている適性検査もそれだ。
「魔術師の魔力は反応し合うんだ」
だから同調と呼ばれている。
けれど、魔法使いに本当に必要な適正は、それじゃない。
「血だよ」
先生は言う。
昔話だよ。おとぎ話だ。
先生はナタリアの方を見て笑った。その時ようやく先生は今、意図的にアルクの顔を見ない様にしていることに気が付いた。
昔、世界はこちら側もあちら側も一つだったといわれている。
大きな争いがあって世界が二つに分かれてしまって、けれどこちらの神官だかとあちらの王がいつかまた手を取り合って、という約束の証として、こちらの人間も魔法が使えるんだ。
約束をした王の血脈だけが、向こう側にある木の力を借りられる。
ナタリアちゃんも見ただろう?
あれはこちらとあちらの堺にある木だ。
そこでこちらの神官としての名を確認している。
まあ、魔法使いに選民思想家が多いのはそういう事だ。
自分が神官の血脈だという自負があるんだよ。
そう言うと先生は一呼吸おいてからこちらをみて、困ったみたいに笑った。
酷く昔の事だから、もう血統としては混ざり合って、ほぼ誰でもその子孫だから検査なんぞしないが、本来魔法はそういうものだ。
「その話しと、ソレの関係性が分からないんだが?」
アルクが親指で俺の事を指さして先生に言う。
同調の話はもう聞いている、と言わんばかりのその態度がアルクらしくて少し笑える。
「同調魔法の暴走による、契約事故だった。と協会側では結論づけている」
最初の同調での事故で自分の魔力回路はズタズタに切り裂かれてしまっている。
原因は、自分の魔力量だとも、かけられた同調魔法の精度だとも、自分の血の問題だともいわれているが、実際のところ“本当の原因”を完全に理解しているものはいないのかもしれない。
「その話しは、もう本人から聞いている。
だから、それの何が問題なんだ。」
先生が驚いた表情で俺の顔を見る。
「なりゆきで」
俺が答えると「惰性で人に自分の生い立ちの話なんぞしないだろ」と二ヤリと笑った。
「ありえない……。」
ナタリアが呟く。
「だって、ユナさんはっ!!
彼女は契約でこちらに来ている筈です」
契約が無ければ、彼の血と契約が無ければ彼女はこちらにいない筈じゃないですか。
ナタリアの顔色が悪い。
認めてしまえれば楽なのにと、まるで他人事の様に思う。
いや、他人なのか。
魔法使いとしての素養があれば見えてしまっているのだ。
「言祝ぎだよ」
俺が言う。俺の使っている魔術は、言祝ぎだ。
昔の神官だか何だかの血筋なのは確かだろう。家が魔術師の一族という時点でそれは事実なのだ。
神官でも王族でも代々魔術師でも、歴史が本当はどうだったのかに興味はない。
「方程式は同じだ。
最後の契約の部分を別の契約と言祝ぎで補っているだけで」
さすがに血で発動させる魔法は大量の魔力でかなり効率の悪い状態でギリギリ発動できるか否かだけれど、魔術は変換の最後の一部分だけだ。
そもそも魔石があれば血筋でなくても、魔術は発動できる。
別に魔術師たちの言う“契約”が必須ではないのだ。違う契約でも充分だ。
「血が薄かったりして別の契約も付加する場合もある。
俺が使っているのはユナたちのいる世界への賛辞と、それから――」
契約の内容を口にしていいのかと悩んで、先生をちらりと見ると先生は大きくため息をついた。
「お前が話すべきは、今どんなイレギュラーな契約をしているかという技術的な情報じゃないだろ」
そう言われて、そういうものかと思う。どうやって契約をしているかの仕組みはとても興味がそそられるものではないのだろうか。
「あー、じゃあ。最初の同調呪文で力が暴走して、魔力回路の一部が破壊。
それから、多分その契約の途中で破損したため名前は与えられているらしいが、自分でも使うことが出来ない」
一気に今の自分の状況を早口で言ってしまう。
端的に言うとそういう事だ。一般的な魔術師の使う名を俺は持っている。それは確実だ。
だけど、それは半ば砕け散ってしまったのだ。
戻るかどうかも分からない。いつまた魔術回路も暴走するか分からない。
そのため、足の一か所が増えたところで変わらないのだ。
最初からそうだった。
だから、そんな悲痛な顔をしないで欲しい。
「そもそも、神様なんていうものを俺は信じていない」
そう言うとアルクがため息をついた。
「とにかく、別の法則にのっとって魔術を使っていて、そこにさらにその魔術回路と足ってわけだな」
「まあ、そういう事、です」
ジロリとアルクに睨まれて、語尾が揺れてしまう。
「で、その法則なんだけど――」
「その説明は必要ないだろ?」
先生が俺の言葉を遮る。いや、普通興味ないのか?俺は、かなり興味のある分野なのだが、俺以外にはどうでもいい話なのかもしれない。
「で、異端者という事以外それは何かこっちの知らない問題があるのか?」
「へ? さあ?
特に自分では、この前話した内容以上には特に……」
もうずっと、この状態なのだ。
悩む様な年頃はもう過ぎてしまっている。
それに、研究をつづけた結果、あながち別の法則という訳ではない事も知っているしそもそもあまりにも別なものを使っていればもっと幅広くばれる。
変換が違うだけで、同じだし、他人と合わせることをしきれないだけだ。
それであれば一人で研究して何とかしてしまう方が早い。
けれど、発動の時の何かが違っているらしい。らしいというのは、魔術師としてそれほど目のよくない俺にはそれは見えないのだ。
「ナタリア。君の信じている宗教とは相いれないだろうけど、どうする?」
言葉にする直前まで、我慢して欲しいと許しを請うつもりだった。けれど口をついて出たのは選択を迫る言葉で、自分のコミュニケーション能力の低さを呪いたくなる。
「おい!」
ある程度事情を聴いているのだろう。先生が怒鳴る。
アルクは何も言わず相変わらずの無表情でこちらを見ていた。
「選択肢が私に無いことを、あなたが一番よく知っているでしょう?」
ナタリアの平坦な声が返ってきて、それでようやく子供相手に何をしているんだと思う。
ナタリアは悲痛そうな顔をさらにぐちゃぐちゃにして、今にも泣きそうだった。
「……そうだよな」
俺たちに、選択肢なんてものは無い。
「悪かった。」
俺が頭を下げると、ユナはけらけらと笑った。
その声に頭を上げると、ナタリアは相変わらずつらそうにしているが、ユナがおかしそうに笑っていた。
今まで碌に話に加わっていなかったユナは、さも面白いといった風だ。
ビクリとナタリアが固まる。
「ああ、そうか。見える様になったのよね」
ユナはナタリアに言う。
「選べないってことはこういう事よ」
ユナの言葉にナタリアはゴクリと唾を飲み込む。
「は?」
選ぶということの意味が分からなかった。
知らないということは拒絶と同じだ。だから俺は調べることも探求することも好きだった。
けれど、愛する妖精ちゃん達の事ですら知らない事があるのかもしれない。
「自分より弱い魔術師と何故、精霊が組むのか。
理由が、ちゃあんとあるのよ」
もちろん私にも、気持ち悪いアンタといっしょにいる理由があるわ。
いつもより平坦なしゃべり方だった。
「……じゃあその理由は?」
くすくすとユナが笑う。
さすがにこれは答える気がないと気が付く。
「で、その遺跡の少女と何を話したんだい?」
仕方が無く元々していた話をナタリアにする。
彼女が女神の様ななにかだったのだろうか。
「先生は何か知ってますか?」
「俺はその遺跡に行ってないんだぞ!?」
分かる訳ないだろと先生が言う。
「さすがに、そっちの映像位は出せますよ」
何のための魔術だ。
道具を作るより、剣を振るうより、ペンを振るうよりも便利だからこそ魔術師は存在意義があるのだ。
「……だからこそ、何故お前が足を失った時だけそれができないんだ?ってなるんだからな」
「知ってます」
魔術で投影した少女の像に、先生はひゅっと息をのんで、それから慌てて荷物をまとめ始めた。
「いいか。
……聞くな。それが答えだ」
先生はすでに転移のための魔法陣を発動させていた。
協会と揉める可能性の高い俺の足ですら気にしない先生の豹変ぶりに驚くとともに、一つの確信めいた感情がわく。
「最後に教えてください。
俺たちがこれから行くべき場所、もしくは、古書の充実した図書館を……」
先生は一瞬考え込む。
それから「君らの仕事は魔王討伐だからね」と前置きしてから言った。
ここから東北に向うといい。
小国だが、悪しき土地と隣接している国がある。
そこの魔術師達の中には協会に所属しないものもいるし、それに……。
とても古い巻物があって、壮観だぞう!と先生は早口に言うと転移魔法が発動した。




