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ひねくれ魔術師とひねくれ勇者の冒険譚  作者: 渡辺 佐倉


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番外編:ナタリア

 追い払われたってこと位ちゃんとわかっている。


「泣かないんだな」


 勇者様に言われて思わずそちらを見る。勇者様の表情は私のことを哀れに思っているのかそれとも何なのかは見て取れない。


 勇者様の表情から慈愛の様なものを感じ取れないのは初めてだった。それはこの方以外の今まで出会った数人の勇者様もいつも優し気でこんな風に何故そう言われたのか分からないことは少なかった。


 厳しいことを言われてもそれが優しさから来ているといつも思えた。

 それが勇者という存在だった。


 けれど、それが今は分からない。


「……泣きません」


 パーティから外れる時には出ていた涙はもう出ない。


 私が足手まといだということも、それから力が足りていないことも、何も理解できていないことも、ただ子供だということも全部ちゃんと知っている。


 だから、今私がしなくちゃいけないことは泣くことじゃない。


「“間違い”は正さないといけないですから」


 今、あの人に分かってもらうことは無理でも、それでもいつか間違いは正さなければならない。

 私を救ってくれたに等しいあの人の為であれば頑張れる。


「間違い?」


 泉に手を入れながら勇者様は聞いた。


 小鳥が一羽、勇者様の肩に止まる。私の様な人間のことを怖がるはずの小鳥が勇者様に向って美しい歌を唄った。


 きっと、あの人には今後一生おとずれないであろう光景だ。

 だって、あの人は決まりを破るのだから。


「神様との約束事です」

「神なんてものはいない」


 低い、低い声だった。

 勇者様の声とは思えなかった。



 神様の祝福を受けたような存在である勇者様が、そんなことを吐き捨てる様に言うことがショックだった。


「もし、神ってやつがいれば、そもそもこんな旅はしていないし、それに……、あいつの足だってあんなことにはなってないだろ」


 それは初めて聞いた勇者様の意志のこもった声だったかもしれない。


 それでも、あの人が選ぼうとしている道は先のない断崖絶壁へ向かう様な道だということだけは分かっている。


 だって、だれも許してくれはしないのだ。


 そんな一人ぼっちのところにあの人を追いやりたくは無かった。


 一人ぼっちは嫌だ。疎まれるのも悲しい。


「多分、アレには理解されないぞ」


 勇者様が静かに言ったけれど、その言葉の意味はあまり分からなかった。



 屋敷に戻ると、何もかもが終わっていた。


 あの人は何度も確認するみたいに足を踏みしめていたし、見た限り足がまた生えたように見える。


 ただ、動きは酷くぎこちなくて前とは全く違うというのが分かってしまう。


「やあやあ、お帰り!」


 ダックさんがいつもの調子で言う。

 彼がここに来てからずっとこの調子だった。


 あの人が意識を戻さないから元気づけようとしているのだろうと思っていたけれど、変わらない様子にそういう人だったのかとようやく気が付く。


 あの人の顔色は相変わらず血の気が引いていて起きていていいのだろうかと心配になる。


 けれど、こういう時の優先順位も、あの人の中での優先順位もまるで分からない。


「さてと、じゃあ帰る前に、この子に魔法と魔術の授業をしてあげようかね」


 あの人は、足を引きずる様にして一歩一歩進む。

 それから「じゃあ、俺はユナさんところへ行ってるから」と言った。




「怖いんだろう?」


 ダックさんはあの人に聞く。

 あの人は「別に、こわ……」と言ったところで口を閉じる。


 それから大きく息をはいて「そうなのかもな」と言った。


 ダックさんは二度、三度瞬きをした後「そんな風に言われたらからかえないな」と言った。


「世界に拒絶されている人間がこの場にいない方がいいでしょ?」


 あの人に言われて、ダックさんは大袈裟に笑う。


「それを言ったら、この部屋に残る今さっきの術の残渣の方が問題だなぁ」


 だから、とダックさんはニヤリと笑って、それから指を鳴らした。


 魔法陣が浮かんだと思ったら、まったく知らない部屋にいた。


「これは転移魔法というものですか?」


 私が聞くと「違う」と答えられる。


「魔術師が持っている専用の空間だよ」


 あいつがこれからずっと言われ続ける筈の場所だよ。とダックさんは付け加えた。

 言っていることの意味が分からず思わず彼の顔をじいっと見てしまう。


「なんで、ここに避難しなかったのか?

そこから何故、転移魔法で逃げ出さなかったのか?」


 私もその言葉には答えられなかった。


「あの場所からあの人は簡単に逃げ出せたってことですか?」


 ダックさんは首を左右に振った。


「あるいは、精霊を犠牲に一人で逃げ出せたかもしれないっていうのが俺の見立てだ」


 普通足を切断されてもあんな状況にはならない。治癒魔法である程度の復元はできるはずなんだ。

 それができないということは、それだけの何かがあったこと位何も聞かなくても分かるもんだ。


 私には違いが分からなかった。


 魔術師には見えてないといけないものが見えてない。

 勉強が足りないし、力も足りない。


 思わず奥歯を噛みしめると、ダックさんは「魔術師皆が分かるわけじゃないよ」と言った。


「だからこそ、あいつは何故を繰り返し聞かれるようになるんだ」


 なぜ出来なかったのか。もっといい方法があったんじゃないか。


 私自身が村を出てからずっとずっと考え続けてきた事だ。それを他者にされるということなのだろう。


「多分あの人は説明をしない」

「だろうね。短い期間だったけどあいつのことをよく知ってる」


 ダックさんはニヤリと笑った。


「じゃあ、そんな君に敬意をはらって、あいつの望み通り、魔法使いの世界をお見せしよう」


 もともと特徴的な話し方がさらに芝居がかる。


「同調魔法は?」

「初めにギイさんが使ってくださいました。よく分からないのですが爆発してしまって……」


 あの時の事はまだ説明が上手くできない。


「それまでに魔術の素養の検査は」

「したことはないです」


 はあ。とダックさんはため息をついた。


 魔術師になるための才能ってやつと、魔法使いになるための才能ってやつは違うんだよ。

 あの人の先生は言う。



「あの人は――」

「あれは、完全に魔術師だ。魔法使いにはなれない」


 そうきっぱりと言った言葉に違和感を感じる。


「でも、あの人は魔法を使えていた」


 私に魔法を教えてくれたのも、あの歌の意味を教えてくれたのもあの人だ。


「……今、幼いころにする適正検査のほとんどは魔術師の潜在能力を感知するためのものなんだ」


 あからさまに話題を変えたのは分かった。


「私は魔術師にはなれないということでしょうか?」

「いいや、その二つは通常では密接に関係しているんだよ。

例えば魔術師が使うこういう円形の陣を“魔法陣”というだろう?」


 あの人がやっている様に手の上に白く発光した陣を浮かべられ思わず見入る。


 それはアスナが使っていたものととてもよく似ていたけれど、あの人の普段使っているものに比べて空白部分が多いように感じられた。


「これが一般的な魔法陣だ」


 この人の言いたいことが、多分分かった。


 あの人の使っている魔術は普通ではない。


「あなたが、私に普通の魔術と普通の魔法をおしえてくださるってことですか?」

「よくできました」


 まるで先生だと思った。けれど、その通り。この人は先生だ。



「今のままでは駄目なんですか?」

「そもそも魔法なんて使えなくても、人間生きていけるさ」


 まあ、普通の環境でならって話しだけどね。ダックさんは困った様に笑う。


「それに、あいつの頼みだからな」


 そうだった。あの人がこの場を作ってくれたのだ。

 ならば、なにか意味があるのかもしれない。


「よろしくお願いします」


 私がそう言うとダックさんは「基本的にはあいつのやった同調魔法に近いものだ」そういうと、魔法陣が足元に表れて視界が何か別のもので遮られた。


 あの人がやってくれた時に見えたのは水の流れの様なものだった。

 今も自分の足元には水が流れていて、それほどあの時と違う様には思えない。


 ただ、一つだけ変わったのは、これが単なる水というだけでなく魔力が流れていることに気が付けている点だ。

 少しだけとはいえ魔術を教わっている成果なのかもしれない。


「目をよく凝らしてごらん」


 耳元で声がした気がする。


 けれど誰の姿も見えない。

 言われた通りまっすぐ前をよく見る。


 あの時はこんな余裕は無かった。けれど見つめたその先に確かに何かがあった。



 木だ。大きな大木がある。上を見上げるけれどどこまで伸びているのかも分からない。


 焦燥感の様なよく分からない感情が芽生える。

 あの人の時と違うのは、この水の流れる空間に自分がきちんと居て動ける部分だ。


 一歩一歩進む、急がなければという気持ちで一歩一歩進んでいく。


 進んでいくごとに木の大きさが分かる。


 なんて大きな木だろう。森にある樹木でもここまで太く大きい木は見たことが無い。


 その根元に、一人の少女が佇んでいることに気が付いたのは次の瞬間だった。



 私はその姿に見覚えがあった。


 だけど、それよりなによりずっとずっと大きな感情はなぜか郷愁に近いもので自分でも戸惑う。


 村が恋しいと思ったことは何度もある。だけどこんなにも故郷への念の様なものを胸に秘めてはいなかった。

 それも多分この郷愁は自分が生まれ育った村へのものじゃない。


 どこか全く別の場所へのものなのだろう。



「初めまして、古の契約者さん」


 少女はふわりと屈託の無い笑顔で笑った。

 私は村でもこんな穏やかな表情で笑えてただろうか。


 少なくとも今はこんな風には笑えない。


 その少女には見覚えがあった。

 あの遺跡にいた少女だった。


 魔法陣の中心に映しだされた淡いグリーンの髪の毛をした少女が目の前にいる。

 あの人はもしかしたら大昔の人なのかもしれないと言っていたのに、目の前にいる。


 これは私の心が作り出した何かなのだろうか。あの時の印象でいもしない少女を目の前に思い描いてしまっているのだろうか。


 少女は木から一歩一歩歩みを進めると「もしかして、あなたとは会ったことがあったかしら?」と聞いた。


「前に、その……遺跡で。」


 もごもごと私が答えると少女は笑う。


「あなたは誰なの?」

「じゃあ、あなたは?」


 私が聞くと少女が同じことを聞く。


「私は、ナタリア。」


 少女が首を横に振った。


「それもとてもいい名前だけど、それはご両親あたりに貰った名前でしょ?」


 少女は歌う様に言った。

 確かに私の名前は父が付けたものだと聞いた。


「魔法使いは魔法使いの名を名乗らなきゃ。」


 それは聞いたことがあった。魔法使いには魔法使いにだけ分かる名前があると。

 だから、普段は名前を呼び合わないし、必要な時はあの人やあの人の先生みたいに偽名を使う。そういうものだとアスナからも聞いた。


 アスナというのももちろん偽名なのだけれど。

 勇者様はアスナの本当の名前を知っていたのだろうか。


 私はアスナの魔法使いとしての名前も、あの人の魔法使いとしての名前も知らない。


「もしかして、あなた世界に貰った名前知らないの?」


 少女は不思議そうにナタリアに聞いた。


「あなたは知っているの?」


 ナタリアは少女に聞いた。


「魔法使いには皆、世界からもらった名前があるわ。

それは古の契約の証だから。」


 少女は言う。けれど私にはそんなもの無かった。


「多分気が付いていないだけで、もう貰っている筈よ?」


 私が手伝ってあげるから、一緒に世界に聞いてみよう。

 気軽な口調だった。


 そもそも、魔法使いはこの世界の力を借りて力を行使しているとアスナは誇らしげだった。

 まるで世界という概念がそこにあるような言い方にずっと魔法使いでは無かった私は少し違和感がある。



 けれど、多分、これが魔法使いの常識なのだろう。


 あの人の先生がやりたかったことも多分、これなのだろうか。魔法使いの名前が必要だったのだろうか。


「じゃあ、どうぞ?」


 少女は木に向って手を差し伸べる。


「え?」


 私は思わず聞き返す。


「え?じゃないわ。

あれ?あなた魔法使いなのに、世界に触れたことがないのね」


 ちゃんと回路があるのに珍しい人ね。

 最初に必ずここに来るはずなのに。


 少女の言っていることは、良く分からなかった。



「あなたたちのいう、確か同調魔法だったっけ?を初めて使う時に必ずここに来るわ。

まあ、私が必ずいるか、というと違うけど」


 私は初めてここに来た。

 あの人の使ってくれた時はここにはこなかったことは確かだ。



「まあ、珍しいケースってだけよ。

世界との契約を確認するために、この木に触れてみるってだけ」


 後はあなたの魔法使いとしての血が何とかしてくれるわ。少女は優し気に微笑んだ。



 大きく息を吐いてから、大きな木の幹に触れる。



 声がする。威厳のある父の様な、暖かな母の様な、懐かしい、とても懐かしい声だ。


 名前を呼ばれる。初めて呼ばれる名なのに、それが自分の魔法使いとしての名だと分かる。


 自分でもその名を口に出す。


 木の中を繊細に編みこまれた魔法が流れて上へ上へ登っていくのが分かる。


 あたりを見渡すと、何もかもが綺麗に編まれた魔法の結晶がきらめいている。

 先ほどの少女も、世界と魔法でつながっているのが見える。


「世界と契約はできたかしら」


 少女に聞かれ私は自分の胸元をみて頷く。

 魔力の供給機関には、世界が名とともに教えてくれた契約の印がある。


「それは大切なものだからちゃんと隠しておいてね」


 彼女のいうそれが、名の事なのかこの契約の印の事なのかは分からないけれどどちらも大切なものだということが、何も話しをしていないのに分かる。


 それが当たり前だとさえ思ってしまうのだ。


 見える世界が違うというのはこういうことだろうか。

 あの人に魔術を教わった時も同じ気持ちだった。


 けれど、今見えているものはそれとは全く異質なものだということか分かる。


 あの人は何故これを教えてはくれなかったのだろう。

 教わっている立場でそんなことを思ってはいけないのかもしれないけれど、疑問がわいてしまった。


「根源は見えたかしら。」


 少女は言う。魔力の源流の事だろう。

 見えている。頷くと少女の満足げに笑う声が聞こえた。


 何故、この少女はこれほど訳知り顔で聞けるのだろうか。


「あなたは誰?」


 私が尋ねると少女は、「あれ言ってなかったかしら」と答える。


「私は古の契約の履行を見守るもの」


それから――


 もう一言彼女は何かを言っていたはずなのだ。それなのにその言葉は聞こえなかった。

 ふわり。


 意識が浮上するみたいな、目が覚めるみたいなそんな感じがする。

 目の前が少し白くなっていって、急に今いる場所から引きはがすみたいに大きな木がどんどん遠くに見える。




「おい!!大丈夫なのか!?ナタリア!おい!」


 大きな声がする。それは私を助けてくれた人の声だった。

 けれど、いつもと声が違う気がする。どこがと言われても分からないけれど兎に角、先ほどまでと声が違うとしか言いようがない。

 皮膚がざわつく様なそんな声な気がしてしまって、思わずその考えを打ち消す。


 けれど目を開けて、心配そうにこちらを見つめるあの人をみて思わず息を飲んだ。


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