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ひねくれ魔術師とひねくれ勇者の冒険譚  作者: 渡辺 佐倉


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宗教上の理由により

 目を覚ますとそこは病院で、目の前には何故か学生時代の先生がいた。


「……俺アルクに先生の話してたっけ?」

「いや」

「じゃあ、協会にでも助けを求めた?」

「いや」


 アルクはどれも否定してしまう。


「じゃあ、なんで先生が?」


 先生は大きく溜息をついた。溜息をつくことが癖の様な人だから仕方がない。


「ギイさん!目を覚ましたんですですね!」


 ナタリアが部屋に入ってきて俺をみて、それから大きく目を見開いて涙をにじませてこちらへ駆け寄る。


「心配かけたね」


 彼女には何も説明できなかった。だから、何も知らないまま随分心配をかけてしまったのだろう。


 ナタリアは左右に首を振った。


 思わず手を伸ばしてしまいそうになったところでゴホンと先生の咳払いが聞こえた。


「お前、変わったなあ」


 しみじみと言われるが変わったとは思わない。


「で、何故先生はここに?」

「よばれたんだよ」

「誰に?」

「シンシアに」


 何を言っているんだ?冗談にしたってたちが悪い。


「何いってるんですか。シンシアは死んだんですよ」


 シンシアは俺の所為で死んでしまった、殺されたと言ってもいい妖精の名前だった。


 シンシアは俺が学園で召喚した最初の妖精だった。けれど自分の浅学と想像力が足りなかった所為で消滅させてしまった哀れなこの名前だった。


 その名前を口にするなんて、冗談にしても性質が悪い。


「まあ、そこはどうでもいい」


 抗議しようと口を開く前に先生は、その事をばっさりと切り捨ててしまう。

 言い返せるほどの体力も能力もない。


「どちらにせよ、俺が来た理由はお前のその足だ」


 どうせ呼ぶつもりだっただろ?先生は悪い顔で笑った。

 治療のためと言わないあたりは、あい変らずに見える。


 俺の魔力器官を塞ぐ手術をしてくれたのもこの人だ。

 さすがに現在のメンテナンスは自分一人でできるが、それもこの人が最初に編み出した技術だ。


 しかも、今の世間ではそれは推奨されていない方法だ。


 誰にでも頼めるという技術ではない。


 それを分かっていて、足も同じ方法で直そうとしているのだ。


「ちなみに今回は見える場所になるから、確実に色々言われるだろうし、宗教施設への立ち入りは難しくなるけどそれは分かってるるのか?」

「色々聞こえるほど近くに誰もいないし、そもそも礼拝すらしたことがない人間に何言ってるんですか?」


 あまりにも自分の人生と関係ない心配を先生がしていて思わず笑いそうになった。


「必要があるから、足を修復する。

それ以上でも以下でもないですよ」


 俺が先生に言うと、先生は溜息をついた。

 

 言葉の通り、特に宗教だのなんだのに興味はないし、直せるものは直す。それだけだ。


 勿論、怪我の治療のためパーティごと魔王討伐が延期されればそれは万々歳だがその辺はもはや運だろう。


「治癒魔法で、どうにかなるんですか!」


 ナタリアの表情が笑顔になる。


「そんなわけ無いでしょう」


 いつからそこにいたのだろう。ユナが吐き捨てる。


 実際そんな訳が無いのだが、魔術についてナタリアに知識が無い事くらいユナだって分かっているはずだ。何をそんなにイライラしているのかが分からなかった。


「魔術を使った治療というのは一種類じゃないんですか?」


 ナタリアが強張ったこえで聞く。


「やめておいた方がいいわよ」


 ユナが口を挟む。それで、なんとなく周りが何を意図しているのかが理解できた。


 けれど皆を納得させられそうな話しはできそうに無かった。

 もっとも、話術とやらがあったとして、周りが共感してくれる内容とも思えない。


 世の中には常識があって、道徳があって、倫理があるのだ。

 それに反する行為を言葉で理解してもらうのは難しい。


 俺が言葉を探していることに気がついたのだろう。先生が「その、胸のときとは違う。『仕方が無かった』は多分効かなくなるぞ」と静かに言った。


「今回も仕方が無かったですよ?」


 俺が言うと先生は「残念ながら一般的に、“仕方が無い”は他人が判断するもんだ」と返した。


「相変わらず世間様は謎な事で」


 まあ、その世間とやらで皆生きている。

 だから、これからする話しを、ナタリアに受け入れてもらえるかは分からない。


 特にナタリアが生まれ育った地域は敬虔な宗教観で生きている。


 だから、ユナも先生も分かっていて、決定的なことは口に出さないのだ。


 言わないで濁す事もできるから協力してくれているのだろう。


 けれど、言わない選択肢は自分自身には無かった。

 それについての見通しの甘さも、昔の自分ならまだしも今の自分には無い。そんなものはアルクの体にあった無数の刺し傷の跡をみれば吹っ飛ぶ。


 俺はナタリアに視線を向けると努めて冷静に話しはじめた。


「俺がこれからしようとしている事は治療なんかじゃない。

もっていかれた足を治すことはできないから。

だから代わりに、その部分に魔術を編んで足にするんだよ」


 メンテナンスの必要な機械の足をつける様なものだ。

 それが魔術で作られて動く。


 完全に本物の足の様にはいかないけれど、それでも欠けてしまった今よりはマシだ。



「……血肉を魔術に支配されるべからず」


 ポツリとナタリアが言う。いってから目を見開いて自分の唇を手で覆う。

 それは有名な道徳律の一部だろう。


 多分きっと無意識だった。それは俺にもわかっている。けれど、それがナタリアの答えで、分かりきっていた事だ。


 彼女は毎朝の祈りを欠かした事は無かった。そういう人間なのだ。


 けれど、あの白い街で約束したのだ。後で説明すると。


 ナタリアは、ハッと自分の言った言葉に驚いた様子で「ち、違います」と訂正した。


「まあ、当たり前の反応だな」


 先生が言う。


「その当たり前を崩す事の難しさ。知らない訳じゃないだろう?」

「まあ、そうですが。でも仕方がなかったんですよ」


 他に方法があったのなら教えてほしい。


「あの、ダックさん」


 ナタリアが話をさえぎる。


「あの街は、私も最初は魔法を全く発動できなかったですし、普通じゃなかったとお話したじゃないですか」


 ああ、やはり試していたのか。何も聞きもしなかったナタリアの行動が一部分かってなおさら申し訳ない気持ちになる。


 けれど、今はっきりとさせなければならない事はそこではない。

 ナタリアにはきちんと説明する。それは約束をした事だけれど、今は先生と足について話すのが先決だった。


「まあ、ダックだのキティだのよく訳の分からない名前が浮かんできますね」


 この人は昔からふざけた偽名ばかりを名乗っている。


 “本当の名前”とやらを言わないのが魔術師の鉄則だ。だから、それ以外に名乗っている名前がある。

 俺が使っているものもこの人とつけた様なものだけれど、それでも今この人が名乗っている名前よりマシだと思った。


「いい名前だろう?」


 先生がニヤリと笑いながらいう。

 この人はワザとやっているのだ、俺と違って。


「で、本当にいいのか?」

「まあ、そのつもりで足くれてやりましたから」


 俺が即答すると先生は溜息をついた。


 それから「戒めと、誠実を」と呟く。

 それが彼の魔法の発動の合図だという事をよく知っているので思わず舌打をしそうになる。

 けれどずっと寝たきりだった体は禄に唾液すら出ておらず音になって出はしなかった。


『本当に他の方法は無かったのかい?』


 先生の声は低く反響している。

 それは狭い病室だからじゃなくて、先生の魔法の所為だと知っている。


 これは、事実を判定する魔法のはずだ。

 病室全体を魔法陣が覆う。


「あったら、こっちが教えて欲しいですね」


 そう正直に答えると、先生は『本当に?』と聞き返した。


「はい」


 魔法陣は青白く光ってそれからはじける。


「これ、なんの意味があるんですか?」

「お前が、これから繰り返し聞かれ、蔑まれ、罵倒される最初の一回になれる以外だと、もし俺が協力したことがバレた場合の言い訳の材料になる」


 これから、ずーっと聞かれるぞ。他にも方法はあったはずだってな。と先生は笑った。


 そんな事はわかっている。


 気が付かれる回数こそ少ないとはいえ、今までだって胴体にある修復の跡で何度も言われてきた。

 それこそ、学園に入学するときだって、引っかかって散々言われた。


 それが増えるだけだ。


 ナタリアが信じているものでは、既に俺は道徳に反する存在なのだ。

 今回の選択の所為で道が違うわけでは無い。最初から遠くに居たというだけだ。


 先生の術式が魔術師としての契約の呪文だという事は知っている。

 魔術師の間で真正であることを証明する類のものだ。


 だから、曖昧な返事ではないものを求められたしそれに応じた。


 少なくとも自分の中で、他に方法が無かったことは事実だった。



 多分先生もわかっているのだろう。でなければ、そもそも質問はしない。


「あと、先生」


 ナタリアにあった事を説明するためにも必要な事がもう一つある。


「ナタリアに魔術の基礎を教えてあげてください」


 ナタリアの喉がひゅっと鳴る。しかし、ナタリアの想像しているものとは違うだろう。

 魔術の適正さえあれば学園に入れた時代もあったらしいが今は無理だ。


 それにナタリアには元のパーティに戻るという目的もあるのだ。


「お前に習っていると聞いたが?」


 先生は不思議そうに俺を見る。


「同調魔法も俺がやってしまったんですよ」


 先生が目を見開いたのが分った。


「それで大丈夫だったのか!?」

「まあ、暴発しましたが……」


 俺が返事をすると、ユナも訝しげにこちらを見ていた。


「別に普通だったわよ?」


 ユナに言われるが、それは違う。


「そっちの世界では問題ないのかも知れないけれど、こっちの世界じゃ駄目なんだよ」


 私がこちらの事を何も知らないとでも?と憤慨した様子で言っているが事実は事実なのだ。


「じゃあ、それはサービスで。

でも、いいのか? お前の状態を知られてしまうってことだぞ」

「別に、俺のことは彼女とは何の関係もないことでしょう?」


 隠しておいたら、みたいな希望を持てる関係性なんて俺は築けないのだから、分ってしまおうがしまうまいが関係ない。

 最低限の挨拶だのは、ナタリアのパーティの魔術師と話したときの様にできるのだ。


 それで充分だったし、ナタリアの今後の事を考えれば他に選択肢は無いように思えた。


「あー、わかったわかった!

後で、しこたま後悔すればいい!」


 それができればお前だといい。ときっぱりと先生は言った。


 それからナタリアに「じゃあ、後で正統なる魔法についての講義をしてあげよう」と伝えた。


 先生は俺にここじゃあ駄目だろうなと言ったので、アルクに「今はどこに泊まってるんだ?」と聞いた。


「街のはずれの一軒家を借りている」


 アルクはそっけなく言ったがその事実に少し驚く。


「医師の話だと7日以上は目覚めないだろうって話だったからな」


 アルクに言われ思ったよりも意識が戻るまでに時間がかかっていた様だった。


「ちなみに魔王討伐の任は?」

「……続行だと返事が来ている」


 ああ、なら時間はそれほどないだろう?


「庭付き一戸建てってやつか?」


 それであれば誰にも干渉されずに術を行使できる。


「すごいぞ、なんと池まである!」


 先生が得意気に答える。

 

「それ、なんかすごいんですか?」


 なんて答えたら良いのかまるでわからず思わず聞き返すと「相変わらずノリが悪いな」と返される。

 もうなんて言ったらいいのかわからず、アルクを見る。


 アルクは少し疲れた様な表情をしていた。

 勇者の魅了の効果がもし本当に俺以外には効いてしまっているのであればそれに気が付いている人間さえいるのか怪しい。


 あれだけやる気の無い態度で陛下の話を聞いていたのに何も無かったのだ。多分今の異変にも誰も気が付いていないだろう。


「ありがとう。

なんか、迷惑かけたみたいだな」


 俺が言うとアルクが不思議な表情をした。

 けれどそれにどんな心の動きがあったかを察する事ができるような能力は持っていない。


 何もアルクは答えないまま、俺も言葉を重ねられず先生が「さて、じゃあ退院の手続きするか」と言うまで無言で見つめ合ってしまった。

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