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ひねくれ魔術師とひねくれ勇者の冒険譚  作者: 渡辺 佐倉


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別視点:孤高の魔術師2

 ナタリアが自分のポシェットから短刀を取り出して手のひらを切る。

 ナタリアは眉根を寄せたものの、動きに迷いはなかった。


 精霊が「あの馬鹿、ほかの方法まだ教えてなかったのね」と呟いた。


「……これが、一番確実な方法ですから」


 ナタリアの話し方にも迷いがあるようには思えない。

 地は魔術師にボタボタとかかると淡く発光して、それからローブにしみこんでいった。


 顔にかかった血液はそのまま赤く残っている。


 ナタリアの作業を横目で見ながら精霊がこちらに話しかける。


「この街を出たら、現在位置が分かるでしょう。

そうしたら、近くの町に行くわよ」


 精霊は黒猫に視線を移す。


「アレが使っていた転送陣アンタもつかえるわけ?」

「今は無理」


 転送陣というのは遺跡で使っていた魔術の事だろう。

 やっぱりという声と溜息が聞こえた。


「ホント、アンタ使えないわね。

なんのために出てきたのよ」

「あんただって、長距離人間を運ぶのは無理じゃない!」


 黒猫が言い返した。


「迷い込んだ地点に戻る予定なんだな?」


 何もかも分かった風の一人と一匹に確認をしなければならなかった。


 そもそもここが、地図上にない場所だという事位は分かっている。ただ、この街を出たときどこに着くのかは知らなかった。


「そうよ」と精霊は答えた。


「ならば、野生の馬がその辺にいるはずだ。

それに乗って一番近い医者に会う。

それで良いだろう?」

「馬を手懐けるのは勇者様の力で何とかできるってことね」


 勇者の力なのだろう。動物にはとにかく好かれた。

 だから、目の前の黒猫は動物ではなく、妖精のたぐいなのだろう。


「終わりました」


 ナタリアが言ったのが合図だった。


 俺は魔術師を担ぐと、街の境を目指して走り始めた。



 白い街は、あっけないほど簡単に出ることが出来た。

 白い街の人々は、まるで糸の切れた操り人形のように自分達のことをぼんやりと眺めているだけだった。


 人々の服装も、建築様式も今のものとは全く違ったし、明らかに異質なものは感じていた。

 ただ、本当に出られなかったのか確認した訳ではない。経験上の勘とそれから勇者の力が警笛を頭の中で鳴らしていた。自分自身で感じたのはそれだけだった。


 けれど、あの魔術師であれば確認済みだろうと考えて、まるで信頼しているみたいだと苛立ちそうになる。



 街を出た先は草原だった。


「時間の狂いは?」


 聞き忘れた事を、太陽を見上げながら聞く。


「無い筈よ。

時間の経過が同じだからこそ、時間稼ぎに自分の足を生贄にしたんだから」


 精霊が話し終えたところで、ナタリアに腕を軽く叩かれる。

 彼女の指差した先には馬の群れがいた。


 神のご加護とやらは信じない事に決めている。

 だから今回も単なる偶然なのだろう。


 ナタリアは多分この年齢にしては頭のまわる方なのだろう。

 大きな声で知らせると、馬が驚いて逃げてしまうという事を知っている。


 血の匂いが今もしている魔術師をつれて馬をなだめに行っていいものか一瞬悩んだが、結局乗せなければならない。


 諦めて、馬の元へと向かった。


 それからは、順調だった。

 一人足を失っている状況で、順調というのはおかしいかもしれないが、馬は懐いて全員を乗せることができたし、街もすぐに見つかった。


 街に入ったところですぐに医者も見つかった。

 呼び込みの宿屋の男が魔術師の体を見た瞬間、「ひいっ」と叫び声を上げて顔面を蒼白にして走り去ったのだ。


 それで、その男が慌てふためきながら医者を呼んできてくれた。


 黒猫はその間ずっと、猫のフリをしていた。


「出血が多い。今日の夜がヤマですよ」


 神妙な顔で医者が言った。


 その時は、支払いだとかあの白い街のこととかそんな事を考えている余裕は無かった。


「ちょっと魔法陣を描くからどいてくださらない?」


 医者の出て行った病室で黒猫が言う。


「何のために?

療術が使えるならもっと早くやればいいだろ」


 黒猫が何をしようとしているか分からなかった。


主様ぬしさまのお知り合いを転移させるだけですよ」


 黒猫はそれだけいうとにゃぁと、まるで猫のように鳴いた。


「誰を?」


 思わず聞いてしまう。

 特定の仕事にはついていないと出会ったときに説明を受けている。それにギルドだの魔術師協会だのに入っていない事は遺跡の街で分かっている。


「貴方の知らない方ですよ」


 黒猫は尻尾で器用に魔法陣を描いていく。最後にどこから取り出したのだろうか紙切れを魔法陣の中心に落とした。


 次の瞬間現れたのはローブを着ていかにも魔術師といった格好の、中年の男だった。


「……人間?」


 ナタリアが思わず呟いてしまったのも分からなくもない。どうせあの魔術師の言うところの“妖精ちゃん”が現れるのだろうと思っていた部分は確かにある。


「おいおい、人を喚び出しておいてその言い草はないだろ」


 かなり砕けた言い方をした後、現われた男は室内を見回して、黒猫で一瞬視線を止めた。

 しかし、すぐに室内を見回す作業に戻って最後に寝ている魔術師で視線の動きが止まった。


「おい、こりゃあどういうことだ?」


 男は自分達ではなく明らかに黒猫に聞いた。

 足に掛け物はしていない。失ってしまった足は残っている部分に包帯が巻かれていた。


 何かあった事は誰が見ても明らかだ。


「見てのとおり。主様がそこの勇者をかばったのよ」

「……はあ?」


 先ほど魔法陣から人間が出てきてしまったときの困惑に似た声が男から聞こえた。

「い、いやすまない。

俺は王立魔法学園で講師をしている“ダック”と言いますが、勇者様は“ギイ”のお知り合いで?」


 魔術師は偽名を使う。恐らくこの人間が名乗っている名もそうなのだろう。


「陛下よりのご命令で、魔王討伐の旅をしております」


 俺が答えると、ふう、とダックと名乗る魔術師は溜息をついた。


「で、なんで足をもぎ取られてる。これ魔族に食われたっていう跡じゃないだろ」


 ちらり、ダックは黒猫を見た。


「アンタがついててこのザマか?」

「主様は私の存在を認めておりませんから」


 黒猫が答える。


 俺が精霊を見ると精霊は「かいつまんでになるわよ」と説明役を引き受けてくれた。


 精霊は白い街のことそこにあった魔法陣のことをダックに伝えた。

 この男がこちらにとって得になる人間なのかは分からない。魔術師が目を覚ますのを待ったほうが良かったのかもしれない。


 それは分かってはいたが、説明したほうがいいと判断した。


「で、俺にギイの足を補修しろと?」

「はい。その通りです。恐らく主様もそれを望まれるとおもいまして」


 黒猫はにゃぁと鳴く。


「でもそれじゃあ、こいつは宗教的に苦しい立場になるぞ」

「そんな事、主様が気にすると思っているのですか?」


 はあ、今度はこれ見よがしに大きな溜息をダックはついた。


「どちらにせよこいつが起きてからだ。」


 ちらりとこちらを見ながらダックは言った。


「あの、貴方はギイさんとはどのようなご関係なんですか?」


 ナタリアが遠慮がちに聞く。


「ああ、俺はこいつの所謂“師匠”ってやつだな」


 今度こそ、変な声が口から出てしまいそうになった。

 あの一人が、一人で訳の分からないことを考えているのが好きそうなあの魔術師に師匠がいるということ自体想像ができなかった。

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