世界との楔8
煙の様な嫌なにおいがする。髪の毛の焼ける独特なにおいはしないので丸こげまではいってないのかも知れない。
落下していく光の魔術師をみて追撃をかけようとしたところでそれは起こった。
「これ、魔法陣の発動の反動よね」
ユナの声に感情が乗っていたのかいなかったのかは覚えていない。
ただ、地鳴りの様な音がしていた事は覚えている。
「まだ、今なら介入できる」
「ちょっ?!アンタが何を狙っていたとしても間に合わないわよ!」
魔力はまだ充満していないし誰かが引きずられたような流れも感じられない。
その手の流れを追うのは苦手ではあるが何かが起きて気が付かないほど目は悪くは無い。
地面に激突しようとしている魔術師の件はもはやどうでもよかった。
魔法陣へと急いだ。
アルクの元へともナタリアの元へとも考えられなかった。今ここにいるユナへの指示も何もかも全部すっ飛ばして、魔法陣の干渉できる基盤箇所へと急いだ。
予想が正しければ何箇所か基盤箇所があるはずだ。
そこはすぐに見つかった。
起動した後だったため、基盤箇所は魔力を強く放っている。だからすぐに分かった。
あの光の魔術師がこの魔法陣を発動しているとは思えなかった。だから他にも魔術師がいたのだろう。こちらの動きも監視されているのかもしれない。
でも、そんな事はもうどうでも良かった。
基盤箇所の上に座る。それからローブの下に持っていた縄の残りで右足を縛る。
恐らくこちらの足が利き足なのだが、こちらの方が作業がしやすいことと、実際は全く変わらないのだろうが心臓から遠い方が気持ち的に楽な気がしたのだ。
採集作業用のナイフを取り出してズボンの太ももから下を切る。裂けたようになって布が開けた。
格好は悪いがもう時間が無い。そのまま足に呪文を血文字で書いているところでユナが追いついた。
「ああ、やっぱり。
悪趣味な事を考えてると思った」
ちらりと俺の脚を見るとユナは言った。
「他に良い方法があるとでも?」
「勇者を切り捨てる以外ではアタシもしらないわ」
「だろうな」
脚に呪文を書き終えたので、魔法を発動する。魔術ではなく魔導に属するものだ。使うのというか試すのはこれがはじめてのものだ。
「巻き込まれる可能性があるから、ちょっと離れて」
ユナに声をかける。
「アンタ、あの勇者と自分の足を天秤にかける事自体頭がおかしいけど、自分の命まで秤に乗せる気?確証があるならまだしも、無いのなら今すぐ諦めなさい!」
その時、最後に聞いたのはユナの叫び声だった。
確証があって、魔術を発動している事はもしかしたらあまりなかったのかもしれない。
理論が正しい事は自信を持っている。確認もしているし、そのための研究も、準備も、自分の何もかもをつぎ込んできているのだから当たり前といえば当たり前だけれど、それがどういう結果を生むのかという部分にそこまで思い入れはなかった。
その所為で失敗をした事もあったし、二度と会えなくなってしまったひともいる。
それでも、この魔法の結果がどんな事になったとしても、理論的には可能なのだ。この魔法陣が発動している今であればその流れを利用して、生贄をアルクではなく自分の足にする。
勇者がなんなのか、ユナは教えてはくれなかったが今の認識とは違う何かで且つその中の魅了は俺には効いていない。それだけわかれば充分だった。
魔法陣が、送られた何処か別の世界が、しばらくの間、勇者と単なる肉の塊を勘違いしてくれさえすればいいのだ。
間違えに気がついたときにこの場から離れていればそれでいい。
魔力をこめて魔法を発動する。
世界に嫌われている自分では制御は難しい。足以外も持っていかれるかもしれないが、その辺はもう仕方がない。
ユナを召喚したときもそうだが、極端に魔力を使う場合、妙に気分が高揚してしまう。
鼻歌でも歌いたい気分だ。というかもしかしたら何かのフレーズを口ずさんでしまったかもしれない。
流行歌なんて何も知らないからうろ覚えの意味のないメロディだったかもしれないけれど。
けれど、次の瞬間激痛に襲われる。
気分が高揚していたり、戦闘中であれば致命傷に近くても痛みを感じないなんて嘘だ。
うめきながらも、意識を飛ばさないように魔法に集中する。
不恰好なものだ。ナタリアの美しい花とは正反対のものだと思った。
近くで、ユナが何かを叫んでいるの聞こえた。けれど何を言っているのかはわからない。
自分の足元を確認すると足がなくなっていた。
それを見て少しだけ安心してしまったのがいけなかったのかもしれない。
意識が徐々に解けはじめてしまった。
けれど、この場を支配していた魔法陣は少しずつ収束を始めているのを感じ取れた。
アルクがこの魔法陣に飲み込まれていない事を確認したいのに、別の術を発動するだけの余裕はなかった。
ユナの叫び声が段々と遠くなる。
後でこれは怒られるかなあなんて、馬鹿みたいなことを考えてしまった。




