世界との楔5
小屋の中は酷く埃っぽくてかび臭い。
窓を開けながら空を見る。
やはり先程までの嵐が嘘の様な穏やかな空模様だ。
ただ、可笑しく見える部分もあって、この季節にあるはずの無い形の雲が見える。
遺跡に続いて幻術にでもかけられているのかと思い確認するもその気配はまるでなかった。
さすがにこう立て続けに幻術の餌食になっていたら恥ずかしいのだが、それはなさそうだ。
警戒されるかと一瞬悩んだが小屋に魔術結界をはる。
魔術師は癖の様に結界をはるものも多いから
「部屋の片づけしますか?」
ナタリアに聞かれ「まず、使えそうなものや、ここがどこかを示すものを探そう」と答えた。
後者の期待はあまり無いが、まあ仕方が無い。
「あいつらの恰好で思い当たる節はあったか?」
「恰好ですか?」
ナタリアはテキパキと片付けを始めながら聞く。
「ナタリアの出身地域は宗教とか、ほら盛んだろう。
多分ここも宗教都市だ。だからさっき見たやつらの特徴から祀っている物でもなんでも思い当たることがあれば教えて欲しい」
今のままでは、ここで騒ぎを起こして混乱させた方が得策なのかさえも分からない。
アルクが行動を起こせば、ユナも同調するはずなので俺にもそれは伝わる。
兎に角、情報収集をしてここから去る方法を考えるべきだ。
ナタリアは暫く逡巡した後「関係あるかは分からないのですが……」と前置きして話始めた。
「白の大国の話を聞いたことがあります。
古い昔話です。昔戦争があった時に白の大国は神々の手助けを受けたのですが対価の支払いを求められた。
山の民を生贄に差し出そうとしましたが上手くいかず、白の国王は契約を違えたとのことで神々の世界に幽閉されてしまいます。
それを取り戻そうと今も白の国は機会を窺っているというお話です。」
白で思い浮かんだというだけのおとぎ話なんですが他には何も思い浮かばないのでと言ってナタリアは微笑んだ。
「おとぎ話の中に出てきた白の国民はあんな真っ白な服を着て不思議な魔法を使うそうですよ」
煙の魔法を使うお話なんですよ。
それだけ言うとナタリアは「何も役に立たないですよね」と言って片付けを再び始めた。
神々との契約という言葉ば妙に引っかかりはしたが、それ以外は特に普通のおとぎ話に聞こえた。
偵察の妖精ちゃんを召喚して妖精ちゃんに何かあったらと思うとそれをする気にはなれなかった。
そっと小屋のドアを開ける。
思った通り見張りが二人ドアの前に張り付いていた。
「腹が減っちゃったんだけど、なんか食べ物分けてもらえないかなあ」
気持ち悪いと評判の愛想笑いを浮かべて聞くと、怪訝そうな顔で男が二人ともこちらを見る。
自分が片付け係でナタリアに聞いてもらった方が良かったかと思ったが仕方が無い。
「勇者様が帰って来るまで直ぐなら我慢して待ってるけど、時間がかかるなら食事をしちゃいたいんだけど、駄目かな?」
露骨すぎるか?とも思ったが見張りは二人でヒソヒソと話た後「少し待ってろ」とだけ言った。
見張りのうち一人が報告に行ったのだろう。
今が狙い目なのは分かっている。
ナタリアの肩をそっと叩くと、ナタリアがこちらを向く。
声を立てないで欲しいという意味で唇の前に指を置いた。
ナタリアは無言で頷く。
怖くて妖精ちゃんを出せないのであれば別の方法で探索すべきだろう。
結界が機能していれば中を確認できない筈だが、念のため術を地中奥深くで発動させた。
隠匿術は得意だった。
自分にかけておけば誰の目にも映らないのだ。
奇異の目で見られることも無ければ、自分が一人で浮いていると思い悩むことも無い。
居ない扱いを作り出せるという事は案外便利なのだ。
その技術がこんなところで役に立つとは思わなかった。他のどの魔術師にも見つからない自信がある。
それがこんなところで役に立つとは思わなかった。
知りたいことはいくつかあるが、ここがどこなのかと俺達にとって害があるのか。
まともな状況でない事は確かだろうけれど、今の状況がどのくらい危険なのかを測りかねているのだ。
だからこそ調べなくてはいけない。
探査用の魔術に隠匿術を何重にもかけて飛ばす。
飛ばすといっても術自体は地中なので少し意味合いが違うかもしれないけれど、放ったことは確かなので他に良い言葉は思い浮かばない。
少し悩んで二か所を調べることにする。
一つはこの街の境界を調べるためのもので、もう一つはアルクが連れて行かれたであろう白い神殿を調べる。
幸い術はきちんと発動をして自分の頭の中に様子を送ってきてくれている。
飛ばした魔術の位置の地上にあるものを術が拾ってその様子を送ってくれていた。
目を開いていると自分が見ている物と術が送ってきている物とが混ざって気持ちが悪い。
近くにあった椅子を引っ張りよせるとそこに座った。
ナタリアが「顔色が悪いですよ?」と心配してくれたであろう内容を伝えるが今の自分の状況を説明するのは難しい。
「大丈夫だから」
そう返すので精いっぱいだった。
瞼を閉じているとそれぞれから送られてきた街の姿が見える。
外との境界線を見に行った術が送ってきたものを見て思わず唾を飲みこむ。
びっしりと練られた術式の文言が街の外れで渦を巻いている。
時間があれば解析をしたいとおもわないでもないが、恐らくそれは叶わない。
こんなものを境界線にひいているのだ。普通じゃないどころの騒ぎでは無い。
待つ、という事は多分マイナスにしかならないだろう。
内と外を完全に分離するためであろう術は魔力がうねっている。魔術師一人や二人の力でどうにかなるものでは無い上に、術式が見たことの無い古代魔法でぶち破るにしても骨が折れそうだ。
遺跡の比では無い術がこの街にかけられている。
そもそも、自分達があった人間は本当に人間だったのか不安になって外に居るであろう見張りを透視した。
結果としては、残念ながら人間で、行動を起こすとしたら人間と戦わなければならない事実に溜息をつく。
ただ、びっくりする位普通の人間であろうことが術式を通して分かるのだ。
魔法都市といって差支えの無い魔法がかけられているのに普通の人間が魔術師の見張り役についている。
正直、奇妙に思えた。
その疑問を口に出そうとしたところでもう一つの術から送られてきた建物内部の姿に呼吸をするのを忘れそうになる。
先程の街の境界の魔法もすごかったがこちらは凄まじい。
内部の壁面にびっしり書き込まれているのは魔法陣だ。
適正のある者にしか見えないそれは、恐らくアルクには見えておらず、ユナには見えているだろう。
これだけの魔法陣を作り上げた組織だ。これ以上の探索は気が付かれるかもしれない。
だが、だからといってやめたところで対応策を立てられるとは思えない。
勘違いの可能性はもはやないのだ。
それから穏便に逃げ出せる方法が今のところ見つかっていないのも事実だ。
せめて相手の目的が分かるものを探し出さないといけない。
集中すると術をさらに先に張り巡らせた。




