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ひねくれ魔術師とひねくれ勇者の冒険譚  作者: 渡辺 佐倉


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酒も煙草もやらないって何が楽しみなのかと言われましても1

 買い物をあらかた済ませて宿へ戻る。

 ローブを脱いでベッドに寝ころぶと取り出した髪飾りを眺める。貝ボタン以外に小ぶりな金属でできた月のようなものがくくり付けられている。


 ナタリアのイメージはもっと……。思わず手に魔力を込めてしまって月が結晶化していく。

 それは冬の空みたいな淡いブルーの石になって固まった。


 完全に金属が飲みこまれる前に魔力の供給を止めたので金属がぼんやりと真昼の月の様に見えている。

 まあ、どうせ渡さないものなのだ。勢いで元のデザインを崩してしまったとしてもどうってことは無い。


――コンコン


 ドアがノックされて慌てて髪飾りをしまい込む。起き上がって「どうぞ」と声をかけて部屋に入ってきたのはアルクで少しばかり驚く。

 用事もないのにわざわざ俺のところに来るようなタイプでは無いし、今思い浮かぶ用事もない。


 思わずぽかんと口を開けてしまう。


 それに対して、文句もそれ以外も出ずまるで何も見て無かった様に抑揚の無い声で「これから少しいいか?」と聞かれる。

 本当に何の用事かよく分からない。


「だって、これから飯だろ?」

「ユナとナタリアには言ってきてある」


 アルクがユナを人と同列に扱っているところは好感を持っている。

 さすがに物扱いする人間は少数派だが契約妖精を格下扱いする人間は一定数いるため、一緒に旅をしている人間がそうでないのは素直に嬉しい。


 断れそうな状況とは思えなかった。もしかしたら勢い余って彼を焼いてしまったことに関してかもしれないと思い至った。


「分かった」


 ローブを羽織ろうとしたところで、アルクに止められる。


「魔術師は目立つだろう」


 脱いだとしても、自分で適当に切ったボサボサの髪の毛は目立つだろう。ただ、それを言ってどうにかなるものじゃない。

 諦めてアルクの後に続いて部屋を出た。


「そう言えば、アンタ酒は飲めるのか?」

「いや」


 飲んだことがないわけでは無かった。自分の金で物が買えるようになって買って家で飲んでみたことはある。

 多分それなりに酔いもしたのだろう。

 けれど、友達がいる訳でもなく、有り余る時間は魔術の研究に使っていたので正直利点が分からなかったので最初に飲んで以降は特にどこかに出かけて飲んでみたいと思ったことは無い。


「どうせ煙草もやらないんだろう?」

「まあ……」


 魔術師で煙草を吸っている者は多い。術を構成する瞬間の緻密な作業のストレスだからとも言われているが実際は知らない。そんな話を誰かとした事が無いのだ。

 自分としては煙草も必要性を感じたことが無いのでやらない。魔術の関係で部屋で香をたく事はあっても自分でそれを吸って楽しいみたいと思ったことが無いのだ。


 無表情で周りの人間が信じられなくなっているアルクだって対して変わらないだろう。

 誰かと楽しく飲みたいと思っている人間があんな風になる筈がないのだ。


 それにアルクが煙草を吸っているところを見た事が無かった。


「楽しみの無い人生とでも言いたいのか?」

「いや。

であれば夕飯は包んでもらってあそこで食べよう」


 アルクが指さしたのは街の東にある高台だった。

 せっかく野宿しなくていい日にわざわざ外で飯を食わなくてもと思わなくもないが、恐らく誰にも聞かれたくない話をするんだろう。


「じゃあ、夕飯は薄焼きのパンと羊がいいな」


 俺がそう言うと、アルクは無言で頷いた。


 高台に行くと人気は全く無く、とても静かだった。

 街を一望できる場所で街灯が薄ぼんやりと見えている。


 適当に座り込むと隣にアルクが座る。

 近くではないが問題なく声が届く、そんな位置だ。


 渡された夕食を受け取って包みを開ける。

 誰かと一緒に食事をする機会なんて碌にないから、話を切り出す前に場の雰囲気を良くするための雑談に何を話せばいいのか分からない。


 それに多分、横で無言で食事を口に運ぶアルクと自分の共通点なんてほとんどないだろう。

 自分の事を話しても多分アルクが楽しいと思える話にはならない。


 今まであまりこんなことを考えたことは無かった。

 飯は一人でも美味いものは美味いし、人と食べて場の空気を悪くして嫌な気持ちになる位なら一人の方が楽だと思っている。


 仲間だと思っているということなのだろうか。

 自分でもよく分からない。


 考えても無駄な気がして自分も食事を食べはじめる。


「なあ、魔術が使えなくなるってどういう事だ?」


 食事中にするべき内容だとは思えなかったし、ここまでいきなり直截に聞かれるとは思わなかった。

 思わず口に含んでいたパンを喉に詰まらせそうになって水を流し込んだ。


「あ、あ゛ー。なんて説明すればいいのか……」


 せめて食べ終わってからにして欲しかった。

 横に座るアルクを見ると食事にはほとんど手を付けていない。


「ナタリアに魔術適正があるか確かめた時があっただろう。

あれと同じようなことを小さい頃俺もやってもらってるんだ」


 少なくとも魔術師のうちに生まれた人間は皆やっている。

 親が行うか、上流階級であるなら家庭教師に呼んでいる魔術師が行う場合が多い。

 うちは母親だった。


「その時に魔力が暴走して、体内の魔力を生み出す器官とその経路がズタズタに壊れたって感じなんだけど」


 別に魔術を発動する詳細な原理を聞きたい訳じゃない事は分かっている。

 そこはいくらでも説明できそうなのに、自分の事となるとてんで難しい。


「母のおびえた顔がいまだに目に焼き付いててさ……」


 普通同調程度で部屋ごと滅茶苦茶になるほどの魔力は放出されない。

 切り裂かれたカーテンと窓、砕けたテーブル、それから尻もちをついて顔面蒼白でこちらを見る母の顔はこびりついてしまって忘れられない。


「それは“普通”のことじゃないんだよな」

「まあ、ほとんど聞かないんじゃないか」

「その時の怪我の所為で魔術が使えなかったってことか?」

「怪我って言い方が正しいかは分かんないな。魔力器官は破壊されれば二度と治らない筈だから」


 怪我をしても傷跡は残るかもしれないが、きちんとした治療をすれば治る。

 けれど魔力の経路関係は寸断されればそれでおしまいなのだ。

 幸い目に見える体とは違うらしくいくら体に普通の傷を負ってもほぼ損傷することは無いので問題になることは少ない。


 唯一問題になるとすれば、魔族の中に魔力供給器官を破壊するタイプの奴がいるらしいって点位だ。


「じゃあ、なんでアンタは今魔術を使えてるんだ」

「生体兵器の技術の応用なんだけど。生体兵器って分かるか?」


 ざっくりというと人や動物を戦うための兵器にする研究だ。

 実用化はされていない。ただし、研究はもう100年近くしている技術だ。


 その技術を使って本来人の一部でも何でもない魔術で作られた薄い膜で魔術供給器官とその経路を覆っている。

 器官自体は今も壊れたままだ。


「ほら、体に異物を入れるのは戒律に反するって話だろう」


 子供のころ誰でも聞いたことのある話だ。特に山の民あたりは厳格に戒律を守っているという話しだ。だから多分ナタリアも――。


「だってそれは、不可抗力じゃないか」


 アルクに言われるがいまいちピンと来なかった。

 不可抗力と自業自得の間に対した差なんてない。一応名門と呼ばれた実家において、きちんと一族として魔力を制御出来ていれば起きていなかった事故だというのが父の、いや父だった人の意見だ。


 母もあの日から酷くよそよそしくなって、このままでは魔力流出で消耗して死ぬか、戒律を侵したと言われても措置をするかとなった時俺が生きる方を選んでくれたとはいえ、終わった後「汚らわしい。どこにでも行ってしまえばいい」と言って放逐されたのだ。


 それからは魔法学校に身を寄せて実家の事を一言たりとも話す事は無かった。


「厄介者払いだよ。

後ろ盾のない者、リスクを抱えた者をを真っ先に切り捨てるのは当然だろうよ」


 今回の魔王討伐だってそうだ。俺のリスクとアルクのリスクが国にとっていらないと判断されたというだけだ。

 いわば俺とアルクは厄介者同士という訳だ。まあ、完全に勇者に戻っているらしいアルクは俺と一緒にしては可哀想なのかもしれないが。


「あれを拾ったのは、自分を重ねたからか?」

「あれ?」

「ナタリアの事だ……」


 正直自分でもよく分からない。

 だけど……。


「そうなのかもしれないなあ」


 彼女に何があるかは知らないけれど、特にものすごく戦闘スキルが高い訳でもない彼女が魔王討伐に選ばれたのは彼女が彼女の所属するコミュニティからいらないと判断されたということだろう。

 その上、捨てられた先のパーティから脱落しようとしていた彼女に自分を重ねてしまったのかもしれない。


「それで。お前が彼女を育てて何か変わるのか?

可哀想なもの同士末永く暮らしましたっていうのがお望みなのか?」


 アルクの険のある声に溜息を付く。


「無理だろ。

ナタリアは敬虔に戒律を守る様に教育されているし、そもそも最初に言っただろう。」


 見ているだけで俺には関係の無いことなのだ。

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