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旅立ち

 目が覚めて飛び起きると、魔力欠乏症状でぐらりと視界が揺れる。


 眉根を寄せて、頭を押さえる。あたりを見回すとそこは魔法陣を描いた塔では無く狭い小部屋のベッドの上だった。

 まあ、概ね目の前にいる勇者とそれに絡まる様に抱き着いている精霊ちゃんを見て状況を察した。


 ぶっ倒れた俺を心配して、なんていう夢は見ない。概ね宮廷魔術師がいつまでたっても塔から出てこない俺を心配して中を確認すると俺が倒れていて慌ててここまで運び勇者に伝えた。勇者は俺の状況の確認に来て精霊ちゃんに気に入られた。きっとそんなことだろう。

 勇者のカリスマ性ってやつは精霊ちゃんまで虜にするらしい。別に羨ましくはない。ないったらない。


 勇者と精霊ちゃんを見ながらため息をつく。

 まあ、こんなものなんだろう。


 精霊は、高位の妖精の一種である。人間に好意的な精霊が呼び出せたのだ。召喚魔法の研究は成功した。それをまず喜べばいいのは分かってるのに、分かっているに悔しい。


「ああ、起きたのか」


 相変わらず死んだ様な目をしている勇者に声をかけられ「迷惑をかけて、悪かった」と伝える。


「魔術師達、お前の書いた物見て絶句していたぞ。あれは一体なんなんだ?」


 勇者は魔術の心得がほとんど無いらしい。しかも、とても馴れ馴れしい。

 勇者という生き物は皆こうなのだろうか。


「召喚魔法ってやつだ」


 その召喚魔法で呼び出された当人は勇者ばかり見ているから恐らく契約破棄して異界に帰ることは無さそうだった。



* * *


 城を出発したのは翌々日だった。

 主に俺の魔力の回復が遅くまともに動けるようになったのがその日だったというだけだ。

 国から支給された資金はごくわずかで、ああ、やはりやる気はないのだと確信する。どう適当に魔王を倒す準備をする振りをして、のらりくらりと時間を稼ごうか考える。


 魔王軍との緊張は徐々に高まって、まあ数年以内に全面戦争になる。

 それまでにどうやって時間を稼いで無駄死にしないかを取り合えず考えなければならない。


 それに、俺の意見に勇者がのってくれるかは分からない。

 まず、人目が無くこれからのことをゆっくりと話せる場所に行きたかった。

 街道を国境に向かって3人で歩く。といっても、ユナはふわふわと浮いて付いてきているだけだ。兎に角このままあてもなく歩いても仕方がない。


「や、薬草摘みにいかないか?」


  挨拶も苦手だが、誰かを何かに誘うのもまずい位苦手だ。

 アルクが訝し気にこちらを見ている気がする。そうじゃない。そうじゃないんだよ。



「い、いや、そうじゃなくて、旅の準備をしないとならないから薬草は必要だし、兎に角人目の無いところで一度ちゃんと話をしたほうがいいと思うんだけど。」


 なんていうか、訳が分からなくなって兎に角、人目の無いところに行きたくて、もうどうにでもなれと右手の人差し指をくるりと回す。

 俺と、アルク、それからユナの足元に青く光る魔法陣が浮かび上がったのは直ぐだった。


「ちょっ!?転移魔法!?詠唱無しで発動させるなんて!」


 ユナが悲鳴を上げる。そんな事を言われても術はすでに発動して、ここからふた山向こうの山の中腹と繋がっている。

 一秒後にはもうそちらに転移が完了しているだろう。


 まばゆい光に飲み込まれる感覚に思わず瞬きをすると次の瞬間、そこはもう街道ではなかった。


 しかし、山の中は山の中ではあるのだが、これは想定外だった。

 目の前には小型のドラゴンがいてこちらを威嚇している。こんな場所にいる筈の無いモンスターの出現に思わずたじろいでしまう。


 はあ、と静かに溜息をつく音が隣から聞こえた。

 刹那、アルクが一歩前にでる。


 正に一閃。剣を鞘から抜いたことにも気が付かなかったが、龍が目の前で両断される。


「すげえな……」


 思わず呟くと、横でユナがフルフルと震え出す。


「アンタ達一体何者なのよ。」


 いや、引きこもり魔術師としか返しようが無く、思わずボリボリと頭を掻いた。


 ユナは、顔に手を当て溜息をついた後手をを下ろし、こちらを睨み付ける。俺はアルクと顔を見合わせて肩をすくめる。


 ドラゴンは切断されてもビクビクと痙攣を繰り返している。この手の生き物は大体そうだ。心臓を取り出してもまだ脈動を続ける個体も珍しくない。

 こういう時に全然違うことを考えてしまって、それで時々それを口にしてしまうから空気が読めないとか気持ち悪いって言われるのだとさすがに気が付いている。

 でも今はそんな話じゃなくて、ただ、静かな場所で話をしたほうがいいんじゃないかってことだ。


 けれど、アルクはまるで気にした様子も無く、相変わらず淡々と「勇者というのは、この位のことが出来る様に教育をされる」と答えた。

 はっきり言って異様に見える。俺自身、異様な奴と過去かなり言われてきたが彼もどっこいなのではと思う。


 教育というものは遅効性の劇薬だ。勇者としての教育の成果が今の死んだ目をしたアルクであるというのなら、正直笑えない。

 ユナは昨日までの様に勇者にベタベタと触れることは無いものの、多分今まで一番優し気な顔で言った。


「アルク様はいいんです。だって勇者様なんですから」


 その瞬間、アルクの表情が完全な無表情になる。空気の読めない自分でも分かる変化だった。

 それなのにも関わらずユナは気が付かない様で俺に話をふる。


「今の転移魔法もそうだけど、私を召喚した時のアレもアンタが一人でやったって本当なの!?」


 魔力だけで描いた魔法陣は術の発動が完了すれば即座に消えるが、顔料を使って描いたものは残骸が残る。

 俺が魔力切れで倒れた後、ユナは俺が描いたものを見たのだろう。

 気持ち悪いものを見たという顔で俺を見るユナの顔が昔みた母親の顔とだぶる。


 自分が異質だという事はよく理解している。集中しすぎて創り出す魔術はマニアックすぎるということも知っている。

 多分今回のあれもそれもそういうことなのだろう。

 俺に言わせてもらえば何故目の前にこんなに熱中できるものがあるのにそれに手を付けないのかが分からない。

 魔術の素質が無いのなら分かる。魔術が嫌いならばそれも仕方がない。


 けれど、魔術を行使するための素養があって、魔術が好きだからこそ学んで、そして職業にしている人間でも、俺の魔法研究を見るにつけ嫌な顔をする。

 ユナも多分一緒だろう。魔術論を語っても多分意味は無い。


「あー、ほら、俺人と協力してとかって苦手だから」


 一番の理由はそれだった。他人と何かを協力して作り上げるとか、呼吸を合わせてとか無理だし、そもそも、他人と同じ部屋にいなくてはならない上に休憩と称して、魔術と全く関係の無い話をしなければならない事も苦痛だった。

 だから、ずっと一人で研究している。


「ちょっと待って、人とコミュニケーション取りたくないからって理由だけで、あの超絶技巧を生み出したっていうの?」

「ああ、まあ……」


 体ごとこちらに来られて目のやり場に困る。

 美しく構成された魔法陣から現われた美しい精霊であるユナは、少なくとも見た目においては俺の理想そのもので、普通に話かけられたりこちらに歩み寄られたりするとどうしたらいいのか分からない。


「それでも、魔王討伐には遠く及ばないと思うけどね」

「そうだろうな」


 考えるまでも無くその通りだし、だからこそ城から後をつけていた人間たちの目が届かないところに行きたかったし、きちんと話をする必要があった。

 それで、付き合いきれないとユナが契約解除を求めて来たら応じるつもりだ。


「恐らく、なんて言葉をつけなくていい位、俺らは国にとって単なる捨て駒だ」

「だろうな」


俺が見解を述べると、勇者が同調する。謁見の最中床ばかり見ていたからある程度予測はしていたが、やはり俺と同じ見解だったのだ。これは助かる。なまじ正義のためとか人のために魔王を俺がというタイプだったりはしないらしい。


「話が早くてありがたい。どうせ、後数年で世界は戦争になる。だからそれまで国の機嫌を損ねない程度に、討伐活動をするべきだというのが俺の意見だが異論はあるか?」

「いや、俺もそれでいいと思う」

「そうか」


 良かった。知己が魔族に殺されていてそれの復讐をしたいとかいうタイプじゃなくて本当に良かった。


「という訳なんだけど、それでも俺と契約をつづけてくれるかなあ?」


 俺が聞くとユナは


「アンタだけなら正直お断りするところだけど、アルク様が一緒ならしばらくこっちにとどまってもいいわ」


そう答えた。


 それじゃあ、とりあえずこの横たわったドラゴンから売れそうな部分を切り取って近くの街で売って軍資金を稼ごう。

 勇者も同じことを考えていたらしく、目くばせをしあう。

 そんな事するのは生まれて初めてだった。


 ドラゴンを売ったら、そうだな。魔王に目をつけられず且つ討伐活動をしている様に見せかけられるものといったら伝説の武器でも手に入れに行こう。

 ああいうものが封印されている場所は大体において、古代魔術の見本市の状態だ。研究には最高の場所の一つだ。


 ニヤニヤと笑う俺に、アルクは怪訝そうな顔をしているが何も言って来ないので気にしないことにする。直接気持ち悪いって言われないものまで一々気にしていても身が持たない。



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