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魔術師ギイ

 俺は、極度の引きこもり体質である。一応魔術師ではあるが家のなかで研究が出来ていれば充分だ。

 魔術学校はそれでもなんとか通って卒業したのに、今ではほぼ引きこもり生活だ。


 親しい友人は居ない。

 暮らしは国の登録魔術師の支援金が少しと、それがどうしてもそこをついた時だけ仕事を受ける。

 ギルドにはどうしても入ることが出来なかった。


 兎に角コミュニケーションというもの全般が苦手だという自覚はある。

 しなくて済むのならしたくないとも思っている。


 別に魔導書が読めて、最低限の食事ができればそれで充分だったのだ。

 できれば可愛い赤髪の精霊ちゃんの召喚チャンスが巡ってくれば最高だったが、あんなもの運がなければ無理だ。

 だから、適当に引きこもっていられれば良かった。



 なのにも関わらず、国王からの招集命令を受けたのはつい数日前のことだった。



「なんでだよ。俺が何をしたっていうんだよ」


 魔王が復活して、戦争になるかもしれないという噂は知っていた。

 実力のある魔術師が招集されて戦になるという話も聞いた。


 けれど、全く実績の無い自分の元にまで招集がかかるとは思っていなかった。


「来月の月刊魔術師の『可愛い水性妖精ちゃん』特集が!!」


 誰もいない村はずれの一軒家で泣きそうな声を上げる俺は傍から見てかなり哀れな生き物に見えるだろう。

 けれど、妖精オタクを辞めるつもりは無かった。

 可愛い妖精ちゃん達を見ているときだけが生きがいだった。


***


 呼び出しに応じて向かった宮殿で迎えたのは貴族たちおよそ数十人と、陛下、それから、勇者と呼ばれる少年だった。

 俺より数歳若いであろう勇者は綺麗に磨かれている大理石の床をただただ見つめていた。


 その様子から、勇者も俺と同じ様にここに連れてこられたことが不本意であることが察せられた。

 きれいに磨かれた大理石の床も、美しい装飾が施された調度品も、煌めく金糸で彩られた美しい貴族たちの服も何もかも、これから魔王討伐へ向かう人間のためという建前なのだろうが、肝心の勇者様には何も響いていない様だった。



 勇者というものは生まれつき備わっている資質だと魔術学校時代に聞いた記憶があった。

 それが、授業であったかうさわ話の類であったかは思い出せないが恐らくそれは事実だったのだろう。


 丹精な顔立ちをした勇者様は、死んだ魚の様な目をしていたがそれでもあふれ出るオーラは常人のものとはまるで違っていた。

 同じ死んだような目と言われる俺とは、えらい違いだ。


 持てるものを全て持っている様に見える勇者はうつろな目で陛下ではなく床をただぼーっと眺めている。空気の読めない自分ですら分かる異様な光景だった。

 ただ、魔王軍は強大で勇者の資質があるといっても、事実上死にに行くようなものだ。まあ、生きる気力を失ったとしても納得できる。


 それにその方が、俺としてもたった一人のパーティーメンバーとして話がしやすい。


 官僚が読み上げる言葉はお決まりの文言ばかりで、勇者として魔王を倒して欲しいというものだ。協力は惜しまない(金は惜しむ)というのが文面にも表れていて思わず吹き出しそうになるが、その馬鹿げた内容にまだ国は切羽詰ってはいないのであろうことが分かる。

 貴族の体面を保ちたいのと、国として一応の役割を果たしているというアリバイ作りのためだけに俺と勇者様は魔王退治の旅に出発させられるのだろう。

 パーティーメンバーは当座は二人きり。やる気のなさはお墨付きだろう。


 目の前では陛下が、玉座から立ち上がり、世界情勢を憂いている。耳の右から左へ聞き流しながら、これからどうするのか考え始めた。


* * *


「本当ですか!!」


 事実上の生贄の様な状況で、魔術師の中から選ばれた俺に対して負い目があるのであろう、宮廷魔術師数人が城にある召喚用の設備を貸してくれると申し出てくれた。


 極力、できれば全く働きたくない俺にとって、この提案はありがたかった。 魔力の流れを完全に制御できる空間は民間のものを借りるにも結構な金額を取られるし、魔法陣を書く為の専用の魔石を砕いた顔料も使って良いそうだ。

 戦闘時などは即効性があるのでそのまま自分の体内魔力で魔法陣を形成するのだが、契約を結ぶための召喚魔術は数秒で呼ばないとならないということは無いため、より良い出会いのためにできるだけのことはするべきだ。

 とはいえ、魔石はそのままでも護身用などの需要がある為高価なものだ。

 自分で魔力を石に込めれば作れるのだが、そもそもここにあるのは石自体にそれなりの価値がある宝石を使っている筈だ。


 顔料を使って描くということにあまりいい思い出は無いのだが、こんな機会は今をおいてもうないだろう。

 ありがたく話を受ける。


 馬鹿げた話だが、準備期間を設けるつもりもないらしく明日出発させられるらしいので今日中に、もっと言うと夜は晩さん会に招待されるらしいのでそれまでにということらしい。

 まず、それとは別に魔術師用のローブを作るのでその採寸をと言われたが断る。


 今着ている黒い物で充分だった。

 戦う時も、魔法薬の調合をするときも、研究をするときも大体において汚している気がするので、それを覆い隠す黒が一番なんだよ。黒が。

 ぐちゃぐちゃに汚れて、周りに嫌な顔をされて、最初はそれに気が付かずに暫くしてようやく気が付いて、それでこっちが嫌な気持ちになる位なら機能はおとっても今のままで良かった。


 魔法陣を描く為の場に案内をされながら、確認のために宮廷魔術師を何人か配置するという話も断った。

 人と関わることが苦手なのだ。出来ることならば一人だけでやりたかった。

 人の目があるだけで集中力3割減だ。


 案内された場所は、城の北の端にある棟だった。

 足を踏み入れると棟の天辺から地上に向けて魔力の吹き溜まりになっている。


 ここは魔術を使うために作られた場所だということが嫌でも分かる。


 渡された顔料を使って床に方程式を書いていく。

 力の流れを制御して、自分の魔力がくまなくいきわたる様、世界と世界を繋ぐ様、契約の鎖が繋がる様、切れぬ様に書いていく。


 魔術学校で学んだもの、魔導書に書いてあった物、自分で今まで研究をしてきたもの、狭い床面一面に描いていく。


 場所が足りない。

 せっかくの機会の上、今日俺が殺されるような危険に合う筈がない。

 生きて城から送り出したという実績を作らねばならない為、この国で今俺の足を引っ張るような真似をする人間がいる筈がないし、魔族が城までやってくることも考えられない。

 であれば、俺の魔力は全て使いきってしまって構わないのだ。


 壁にも文様を書く。

 部屋の中心から円を描く様に魔法陣が完成していく。渡された顔料は血の様に赤い。

 純度の高い魔法石の色だ。戦闘に特化した者を呼び出すためのものの筈だ。

 ようやく完成したときには息が切れていた。床に触れる足元から、文様に触れた手から、魔力が吸い取られる様にあふれ出る。


 それは光になって、じわじわと魔法陣が光っていく。

 赤の中に金色の光が混ざって、それがどんどんと強くなって部屋中が光に包まれる。


 俺はこの瞬間がとても好きだった。


 魔術が形成される瞬間、光になって散っていく魔力は儚くて、流れ星の様でこの瞬間のために生きているという気分になる。


 魔力の過剰排出のためもう立てない。

 半ば四つん這いの恰好で魔法陣に魔力を流し込み続ける。

 もはや塔の中はまばゆいばかりに光っている。


 契約のための詠唱を始める。

 これは祝福の歌だ。契約の言祝ぎだ。


 魔法陣はより一層輝きを増して、魔力が渦を巻きはじめる。


 異界への門、といっても実際は門の形等しておらず単なる亀裂だが、それが静かに開かれる。

 俺の体から伸びる契約の鎖があちら側の誰かと繋がった。


 光が弾ける様に飛び散る。


 そこに現われたのは赤い髪の毛が印象的な精霊だった。

 美しい女性の姿をしたその精霊は薄い絹の様な素材のドレスを着ていた。


 胸を強調したドレスは足首まで有りひざ下は透けていてとても扇情的だ。


「なに、アンタ。ニヤニヤほんと気持ち悪いんだけど」


 顔をゆがめながら憧れの赤髪の娘に言われ、魔力が枯渇し何とか保っていた意識がぶっつりと途切れた。


 ホント、人生はままならない。

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