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6 図書委員だった頃


 そもそも、七緒が、『本郷圭太(ほんごう けいた)』という男の子の存在を知ったのは、中学1年のときだった。



 図書委員になった七緒が、初めて貸出係をやったときのことだ。


 カウンターに本を持ってきた、背の高い男の子。ピンと糊の張った真新しい制服と、馴染みのない場所に戸惑うような仕草で、同じ1年生なのだと分かった。


 彼は、カウンターごしに七緒に本を差し出しながらキョロキョロと視線を巡らせたかと思うと、


「あっ…あの!」


 ちょっとオドオドした様子で、


「俺………えぇーっと、……か………貸出期限は、いつまでですか?」


 まるで、ものすごく重大なことを告白するように、カウンターに立てた札に書いてあることを聞く。


 七緒のほうも、まだ係に慣れていない。


「貸出期限は……2週間です。2週間を過ぎるときは、えっと……一旦、返却手続きをしてから、再度、借りてください。」


 答えてから、これで良かったかと、ベテランの先輩の方を見る。先輩が、「大丈夫。」と、指でオッケーマークを作ったので、ホッと安堵した。



 その男の子が貸出手続きを終えて図書館から出ていくと、横に座っていた別の女の先輩が七緒のほうに、キャスター付きの椅子をスススと滑らせて身体を寄せてきた。


「今のサ、1年の本郷圭太だよね?」


 今となっては、顔も思い出せない女の先輩。度々、セーラー服のスカーフを外して着ていたことと、甘い声、甘い匂いだけが記憶に残っている。


「あの子って、帰国子女なんでしょ?」


 その場には七緒の他に、宮迫一花(みやさこいちか)がいて、その先輩は、同じ学年だから知っているだろうと思って、声をかけたようだった。


「そう…なんですか?」


 七緒の中学は、3つの小学校の卒業生が進学してくる。1学年に7クラスあるのだから、別の小学校から来た、クラスも違う男の子など、正直、知るわけがなかった。


「宮迫さん、知ってる?」


 まだ、当時、そこまで親しくなかった一花に話を振ると、彼女も「知らない。」と首を横に振った。


 後々知ったことだが、一花は七緒に負けず劣らず、いや、七緒以上に、その手の話題に興味がない。



 一花は、七緒と同じく読書家だが、いわゆるライトノベル的な小説を特に好んで読む。


 中学の図書館にも、そういうジャンルの本が、数は多くはないが置いてあり、しかも一花の地道な布教活動のおかげで、その冊数は年々増えていた。


 一花にとって、「図書委員は天国」らしく、要は、他クラスの男の子のことまで考えている暇なんてないわけだ。



 女の先輩は、


「えぇ! 知らないのぉ?」


 と、それがさも重大なミスであるかのように声をあげた。


「もったいないわぁ!! 背も1年にしては高いし、今も可愛い顔しているけど、成長したら、めっちゃイケメンに育ちそうなのに。」


 その先輩は、「外れクジ」で図書委員になったと公言していて、図書委員の仕事にはあまり興味がないようだった。

 だから、暇さえあれば、そんなことばっかり言うのだ。


「こら。あんまり1年に変なこと、吹き込むなよ。」


 先程、七緒にオッケーマークでアシストしてくれた、もう一人の先輩が、見かねて口を挟んだ。



 草間傑(くさま すぐる)先輩。



 メガネをかけた、いかにも文学青年風の顔立ちで、その風貌どおり、穏やかな人だった。


 女の先輩は、「ちッ。草間は固いんだから……。」と不満げに呟いたが、草間先輩が間に入ったことで、その話題は断ち切れた。



 先輩たちがいなくなった後、一花が「ねぇねぇ」と七緒のところに寄ってきて、耳元で囁く。


「イケメンに成長しそうな顔が分かるなんて、2年生って、すごいね。」


 大真面目な顔して、そんなことを言うので、七緒は堪えきれず笑ってしまった。


 一花とは、それがキッカケで仲良くなったようなものだ。



 それは置いておいて、ともかく七緒にとって、本郷といえば、「一部の人に、なんか人気があるっぽい人」くらいの印象しか持っていなかった。


 あとは、たまに本を借りに来るくらいで、その後は口をきくことも、なかった。



 

 本郷と初めてまともに会話をしたのは、2年になってからだ。


 2年は、本郷も、同じ図書委員だったからだ。


 七緒は経験者だったこともあり、初めて図書委員をする本郷と、最初のうち、何度か一緒になることがあった。


 同じ学年だったから、それなりに共通の話題は多く、互いのクラスの話、授業の話、行事のことなど、他愛も無い話をした。



 年度の後半は、シフトがかぶることが減ったが、それでも、七緒にとって本郷は、「よく知らない同じ学年の子」から、「会えば挨拶を交わす程度の知り合い」へと変化した。



 図書委員として、最後に、まともに話をしたときのことを、七緒はよく覚えている。



 その年、図書委員長をしていた草間が、久しぶりに図書室に顔を出したときのことだ。


 3年生は、多くの委員会で、秋を過ぎると業務や役割の担当が、ぐっと少なくなくなる。受験への配慮だ。


 図書委員も、9月を最後に、3年生は係活動の当番から外されていた。

 そんな草間が、12月頃、図書室に顔を出した。


 借りていた本を返しに来たのだ。

 その時のカウンター当番が、ちょうど七緒と本郷だった。



「お疲れさん。」



 草間が本を差し出しながら、いつものように七緒と本郷に声をかけた。



「委員長も、お疲れ様です。返却ですか?」

「そう。よろしく頼む。」


 七緒が受け取り、手続きをしながら、


「いいんですか? もう12月なのに、受験生が、悠長に本なんて読んでて。」


 七緒は、草間と家が近い。小学校の頃から知っている気安さで、話を振ると、


「そう言ってくれるな。親や先生にも散々言われてるんだ。後輩にまで責められると辛いよ。」


 草間は苦笑いをした。


「これでも、自重してるんだけどなぁ。」


 確かに、草間はいつも上限の3冊まで借りていた。今日の返却は1冊だけだから、確かに自重しているのだろう。


「責めてなんて、いませんよ。後輩として、心配しているんです。」


 貸出カードの確認が済むと、本を閉じて、返却済みのボックスに入れる。慣れた作業だ。


「今日もまた、借りていくんですか? 」

「ここの図書室に来られるのも、あと少しだからね。思い残すことのないように、気になる本は全部読み尽くしておきたい。」

「3年も通い詰めた委員長でも、まだ読み尽くしていない本があるんですか? 」


 驚く七緒に、草間は、


「もちろんあるよ。宮迫さんの布教活動にも、乗せられたしね。」


 草間はいわゆる本の虫だが、雑食だ。

 古典や名作から、話題の本まで、手を出すジャンルは幅広い。また、食わず嫌いもしない主義で、進められれば、必ず読む。



「読んでみると、設定がぶっ飛んでいて驚かさせるけど、意外と話の筋が良くできていて、面白いものも多いんだ。」

「それは、一花も勧めたかいがありますね。」


 七緒がフフと笑うと、隣の本郷が「ゴホン」と、わざとらしいほどに音を立てて、咳払いをした。


「あの…委員長、俺ら仕事中なんでー。後ろにも人が待ってますし。」


 首を伸ばすと、草間の後ろに、ちょうど女の子が一人、並ぼうとしていた。


 今、並び始めたばかりなのだから、「待っていた」とわざわざいうほど、待たせたようには見えなかったけど、係の仕事中であることは確かだ。


「あ、悪い、悪い。」


 草間は、七緒と本郷に謝ると、


「じゃあ、また後で。借りるときに。」

「はい。」


 そう挨拶は交わしたものの、このあと草間にカウンター越しに会うことはなかった。

 本郷に頼まれて、返却する本を本棚に返しているうちに、草間が貸出を終えて、帰ってしまったからだ。



「委員長、もう帰ったんだね。」

「受験生だから、忙しいんじゃねぇ?」


 本郷が素っ気無く返す。


「まぁ、それもそうか。」


 独り言のように呟くと、本郷が、


「………委員長と話したかったの?」

「え?」


 いつもより低い声が、聞き取りくくて、聞き返す。


「だから、委員長と、話したかったの? あんだけ話しといて、まだ? 」


 妙に突っかかるような言い方をしてくる。


「……何が、言いたいの? 」

「別に……」


 本郷は、無愛想に視線を反らしたかと思えば、小声で、


「女って、ホント、年上好きだよね。いくつになってもさぁ。」


「……はぁ?」


 七緒は、聞き間違いかと、我が耳を疑った。


「なに……それ。どういう意味?」


 自分の声が震えていた。強い怒りを感じている。



 本郷が言っていることは、偏見甚だしい。

 親しく話しているからって、すぐに恋愛感情に結びつけるのも、短絡的だし、七緒にも草間にも失礼だ。


 思わず、手を上げて、頬をひっぱたこうかと思った。が、すぐに思いなおして、やめる。


 そんな戯言をまともに取り合うなんて馬鹿馬鹿しい。


 七緒は、代わりに深いため息をついて、カウンターから離れた。



 その日を最後に、本郷と委員会活動が一緒になることはなく、そのまま、2年生が終わった。

 委員会がなければ、クラスの違う本郷とは、ほとんど顔を合わせることがなかった。



 3年に進級して、同じクラスになるまでは。



 初めは、同じクラスになったことにすら、気が付かなかった。

 貼り出されたクラス分けの紙、七緒の名前の下には「宮迫一花」の名前があって、少なくとも孤立することはなさそうだとホッとしたくらいだ。



 教室に入り、席に座ると、誰かが横に立った。見上げると、背の高い本郷圭太が、


「よう。」


 軽い調子で、挨拶をしてきた。


 まるで、数ヶ月前の出来事などなかったかのように。


「同じクラスだなー。よろしく。」


 邪気なく笑う本郷に、少し戸惑ったが、蒸し返すのも、かえって、こちらが拘っているみたいで嫌だなと思い、


「お………はよう。よろしく。」


 他のクラスメイトにするのと同じように挨拶をした。



 ただ、それだけのはずだった。



 なのに、いつの間にか、毎朝、信号で会うようになり、文化祭委員に巻き込まれ………



 積もり積もったアレコレにトドメを刺すように、放課後の教室で、偶然、最低な台詞ーーー水無は、アリかナシで言ったら、アリだなーーーを聞いたきは、正直、なんだコイツと思った。ハッキリ言って、嫌いになった。



 でも、関わるうちに、本郷の違う面も、知った。



 そして今や、その本郷と、学校の図書室に、()()()()()()()()()()()()いる。


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