5 春の予感
新年2日目の華やいだ神社。
一花は、勉強のしすぎで、ついに自分の頭がバグったのかと疑った。
「えっと……あの……誰が、誰に?」
「僕が、宮迫に」
「何を……したんですか?」
「告白を」
そんなふうにスパンスパンと即答されても、一花には全く記憶にないのだ。
「い……いつの話ですか?」
「秋頃からノートに書いて……やっぱり伝わってなかったか……まぁ、想定内では、あったんだけど」
傑が、ブツブツと呟いている。
「伝わらないのは、想定してたけどさ……まさか避けられるとは思わなかった」
「避け……」
「てるでしょ?メッセージの返信、めちゃくちゃ短いし」
確かに、以前の一花は傑から連絡が来ると、聞かれたこと以上に、あれこれ返していた。
最近、読んだ本や、ハマっているアニメのこと。学校での委員会や七緒のこと。
傑とやり取りを続けたくて、いつも話題を探していた。
「でも私、ホントに、告白なんて覚えがない……」
「もう、いいよ。それは」
打ち切るような短い否定に、一花の心がヒュンと冷えた。告白されたのが本当だとすると、傑は一花に対して、好意があったということだ。
一花にとって、これ以上ないほど望むべきことが起こっていたのに、自分が何か取り返しのつかない失態をして、その機会を潰してしまったのかもしれないと思うと、とてつもない不安に駆られた。
しかし、次の瞬間。傑は、
「僕は中学の時からずっと、キラキラした目で好きな本のことを夢中で語る宮迫のこと、イイなって思ってた」
いつもの物静かで落ち着いた、傑らしい口調で言った。
「宮迫がオススメしてくれた本は、どれも全部、新鮮だった。それこそ、僕に新しい世界を見せてくれているみたいに」
「えっ?!それって……」
前に、自分の好きな人のことを『違う世界を見せてくれる人』と、表現した傑。
じゃあ、その違う世界っていうのは、もしかして……ーーー?
「一年前の夜、塾の帰りに宮迫に会って、本を借りる約束をして……これで、卒業してからも会える理由ができたって思ったら、素直に嬉しかった。宮迫に本を借りたときは、いつでも、最優先で読み終えてた。早く……宮迫と会いたかったから」
傑は、照れた表情をかくすように、手のひらで顔の下半分を覆った。
「結局、あんまり早く連絡しすぎるのも悪い気がして、とっくに読み終わってるのに、三週間くらい空けてたんだけどさ……」
知らなかった。
次に会うまでの三週間に、傑がそんなことを考えていただなんて。
「つまり端的に言うと……」
傑は、仕切り直すように深呼吸を一つ挟んでから、
「端的に言うと、僕は、宮迫のことが好きだ」
言葉はいつもと同じように、揺らぎがなく、静かだ。まっすぐに一花を見つめている。
「あ………う……」
一花の頭は、急展開する事態についていけず、混乱していた。
言いたいことは、山ほどある。
何より、私も好きだと伝えないと。
伝えないと……ーー
頭から言葉を捻り出そうとしている一花に、
「ごめん」
傑が先手を打つように謝った。
「確かに僕は以前、返事がもらえたらいいと思ってる、とは言ったけど、受験前に余計な負荷をかけるつもりはなかった」
「あ、あの………?」
「宮迫は、これから最後の追い込みでしょ?受験が終わるまで待ってるから、何も考えないで頑張って欲しい。それで、できたら……」
傑は、一花と七緒の顔を順に見た。
「宮迫と水無。また二人揃って、僕の後輩になってくれたら、とても嬉しいよ」
この期に及んで、なんの言葉も吐き出せない一花に代わって、七緒が「頑張ります」と頷いた。
傑は、その返事で満足したようで、
「じゃあ、また連絡するから」
一花たちから離れようと、身体を翻した。
そのコートの裾を、一花は咄嗟に掴んだ。
「待って!」
傑がカクンと揺れて、止まる。
「待ってください。草間先輩。あの……」
振り返った傑と、再び目が合う。
余裕がないから、避けたんじゃない。
ただ怖くて逃げていただけだ。傑が、他の女の子と親しくなっていくのが。他の女の子のことを好きな姿を、想いが通じ合うのを、目の当たりにするが辛かったんだ。
一花も、一年前の晩、傑と偶然出会って、話して、嬉しかった。その時からずっと、傑が好きだった。
「私……私も、草間先輩が好きです。好きでした!」
「…………過去形?」
「いえ、あの違います! あの……ずっと好きでした」
心臓は激しく波打って、頬は赤くて熱い。頭の中はグシャグシャで、言いたいことなんて、一つもまとまらない。
「私も、一年前に先輩に会って、いろいろ話して……ううん、それより、もっと前から、先輩と話すのは、すごく楽しくて……」
今まで、小説や漫画で、愛の告白的なものは、たくさん読んできた。
あぁ。それなのに、人に好きだって伝えるのは、全然簡単じゃない。
いざ、自分がその場に立ってみると、頭も心も、まるで嵐だ。
それでも……ーーー
たとえ、ぐちゃぐちゃで上手く言えなくても、ちゃんと伝わらなくても、それでも言わなきゃダメなんだ。
今は人生において、めちゃくちゃ大切な場面なんだと、一花の頭の中が言っている。
「宮迫」
傑に名を呼ばれ、恐る恐る顔を見あげた。
眼鏡の奥の瞳が、微笑んでいる。頬が少しだけ赤い。
「あの、先輩?」
「あ、ヤバイ。嬉しい」
傑はポツリと言うと、口元を覆うように手を広げた。
「ヤバイ、とか語彙力ないよな。いや、でもホントに、嬉しいんだ」
早口で言うなり、前髪をくしゃっと、かき上げた。照れているみたいに。
こんなふうに感情を顕にする傑は、珍しい。いつも淡々として、穏やかな人なのに。
この感情を、一花が引き出したんだと思うと、身体の奥底から喜びがこみ上げてきた。
「私もです」
自然に笑顔が溢れる。
「私も、嬉しくてヤバイ、です」
隣を見ると、少し涙目の七緒が、嬉しそうに微笑んでいる。
それで、ようやく、いろんなことを実感した。自分は、今、幸せの真っ只中に入っのだ、と。
新春を寿ぐ華やかな空気が、三人を包んでいた。
◇ ◇ ◇
「ハイ、どうぞ」
圭太が入れてくれたマグカップの中のカフェオレがトプンと揺れた。
「ありがとう」
七緒は、カップを受け取ると、湯気をふぅーと吹いて、一口飲んだ。砂糖の入っていないカフェオレは、香ばしいミルクの味がする。
「それで?やっぱり宮迫、気付いてなかったって?」
圭太が、七緒の隣の椅子に座りながら尋ねた。
ここは、圭太の家のリビング。冬休み最後の日に、七緒は圭太の家に来ていた。
「うん。全く」
話題は、つい数日前に付き合い始めた親友と先輩のことだ。
「やっぱり、あの謎解きの告白のこと、もっと早く教えてあげたほうが良かったのかな……?」
草間傑が、一花のことを好きなんじゃないかと言ったのは、圭太だ。
終業式の日の帰り、公園でのことだった。
「草間先輩が、一花のことを好き……なの?」
ポカンとしている七緒に、圭太は順を追って説明した。
「まず、さっきの問題の答えがTになるっていうのは、分かる?」
「全然分からない」
ベンチに並んで座ると、圭太は鞄からノートを取り出した。そこにさっきのアルファベットを並べて書いていく。
・・・・・・・・・・・・・・
M F W ② G S D
・・・・・・・・・・・・・・
「えっ?! あの一瞬見ただけで覚えたの?」
「問題を覚えたわけじゃない。解き方が分かってるから、書けるだけ」
じゃあ、その解き方とは何だろうかとウンウン考えている七緒に、圭太がヒントをくれた。
「曜日だよ」
「曜日?」
圭太がアルファベットを指でなぞりながら、
「見て。このアルファベット、7つ並んでいるだろ?この手の問題を解く時、俺の場合はまず、一般的に世の中で『7つあるもの』は何かって、考える」
「7つ……だから、曜日ってこと?」
「あと、よくあるのはドレミとかね。でも、とりあえず、曜日を当てはめてみようか」
七緒は、言われた通り、アルファベットに曜日を当てはめていく。
「これが月曜日からだとすると、MがMondayのMってこと?でも、それなら次はTuesdayだから、T……になるよね?」
だが、実際には、2つ目の文字はF。
その次はWednesdayだから、Wで合っているけれど。
「このMは、MondayのMじゃない。曜日を月曜から漢字で書いてみなよ。あ、『曜日』部分は省略していいからね」
七緒は、圭太に渡されたシャープペンシルで、アルファベットの下に、言われた通りに曜日を書いた。
『 月 火 水 木 金 土 日 』
書き終えると、圭太が、
「それで、それぞれの曜日の意味を英単語に……」
「あぁ!」
なるほど、そういうことか。
「このMは、月曜の『月』ーーーつまり、MoonのMってこと?」
「そう。で、火曜は Fire、水曜日が Water。金曜日のGは、多分 Gold だろうね」
「じゃあSは? 土……って、英語で何だっけ?」
ペンの先をフリフリさせながら考えていると圭太が、
「S始まりだからSoil、かな?で、日は素直にDayだと思う」
「Soilって、習ったっけ…?」
眉間に皺寄せる七緒に、圭太が、
「そんなに難しい言葉じゃないから、辞書を引けば出てくるんじゃない?それに、この一文字が解けなくても、他が分かれば、問題解くのには支障ないし」
作問したのは草間先輩のはず。
それなら、一花に解けない単語は使わないだろう。多分、圭太の言う通り、辞書を引けば分かるのだろう。
「うーん、確かにね。そうすると、隠れている②は、木曜日の木だから……Tree。つまり、Tってわけなのね」
七緒が②の下に『T』と書いた。
これで、この問題は解けた。
だが、まだ分からないことがある。
「それで……どうして、これが告白なの?」
口元にペンの頭を押し付けながら、考えてみたが、七緒にはさっぱり分からない。
「鍵は、②にある。この前に、①があったことは覚えてる?」
「えぇーっと……」
1問目の問題は確か、
・・・・・・・・・・・・・・・
イカすダンス ↔ ①◯◯◯◯◯
・・・・・・・・・・・・・・・
で、答えは、『澄んだSky』。
①は、「澄んだ」の『す』だ。
そして、②は「Tree」の『T』。
①、②を順に読むと……
「すT?」
何が何だか、さっぱり分からない。
「うん。それだと、何の意味か分からない。だから、もしかして、これはTじゃなくて、英語にする前の『木』の方を使うんじゃないかと思ったんだ。で、『木』は、そのまま、音読みで『き』。だとすると……」
①②はーーー
「す、き?」
口に出したものの、七緒には、俄には信じられなかった。
「いえ……でも、まさか…え、どうして?」
確かに、圭太の言った通りに読み解くことはできる。それなら、これは傑から一花への告白ということになる。
でも、どうして傑が、こんなまどろっこしい伝え方をしているのだろう。
圭太ならともかく、傑がこの手のものが好きだなんて話は、聞いたことないし。
「これ、一花にちゃんと伝わっているのかな?」
「さぁ?」
七緒には全く解けなかった。一花にいたっては、解こうとしている気配すらなかった。
「一花に教えてあげたほうがいいかな……?」
「伝わらなかったとしても、流石に草間先輩が何かしら言うだろ、こんな大事なこと」
「そう……だよね?」
告白なのだ。
傑が、どうして、こんな伝え方をしようと思ったのかは不明だが、さすがにこれで終わりってことはないだろう。
そう思っていたのに……ーーー
年が明けて、1月2日に会ったとき、一花の口から傑の話題は一切出なかった。
七緒のほうからズケズケ聞くのも憚られて黙っていたが、ついに堪えきれず、おみくじにかこつけて聞いてしまった。
どうやら、一花は傑の告白を未だに理解していないらしいと気づいたのと、傑本人の姿を見つけたのは、同時だった。
そこからは、あれよあれよという間に話が進んで、なぜか傑の告白に七緒が立ち会うことになっていた。
幸い両想いで、上手くいったから良かったけれど。
一通り事の顛末を聞き終えた圭太が、七緒に尋ねた。
「それで草間先輩は、どうして、あんな問題を作ったんだって? 宮迫に聞いたんだろ?」
「それがね……」
至極真っ当なその疑問は、当然、一花も真っ先に傑に聞いたという。
そして答えは、七緒にも即共有された。
けれど、その答えは、七緒が口にするには、少々気恥ずかしいものだった。
「あのね……一花が、草間先輩に私たちの話をしたらしくて……」
素敵だ、小説みたいだと、それは、それは繰り返し褒めそやした。
幾度となく聞かされているうちに傑は、あろうことか、『なるほど、宮迫は、そういうふうに告白されたいんだな』と、理解したらしい。
それで一花を喜ばせるために、一生懸命考えたというのだ。
問題はやや捻りつつも、伝えることはシンプルに。その結果が、あれだった。
そう説明された圭太は、二、三度、目をパチクリさせた。
「……え?ってことは、草間先輩は俺らの真似した……って、こと?」
「うん。それで一花が喜ぶと思ったんだって」
呆気にとられたような表情を浮かべていた圭太は、やがて「はは」と、苦笑した。
「草間先輩にしては、珍しい読解間違いだな」
圭太の言う通り。七緒と圭太は保育園の時に渡したノートがあり、それが9年越しに解けたらからこそ劇的なわけで、傑が一花にやっても唐突感があるだけだ。
そんなこと、考えるまでもなく明らかだ。
傑がそんな誤解をするなんて信じられない。
でも……ーーー
「草間先輩、それくらい宮迫のことが好きだったてことか」
七緒の頭に浮かんだのと全く同じことを、圭太が言った。
「考えすぎてわけわからないくらい必死になる気持ちは、俺も分かるから」
圭太から注がれる柔らかな眼差しに、七緒の胸が心地よい鼓動を鳴らす。
「あ、あのね……先輩、一花に同じ高校に来て欲しくて、勉強手伝ってたんだって」
「へぇ、そうなんだ? 志望校、七緒と同じでしょ?」
「うん」
七緒と一花は同じ。近くの公立高校。
そして、圭太は違う。少し離れた私立の男子校だ。
「あの……私は、平気だからね」
「ん?」
「高校。圭太と離れても、別に平気」
だって、それが圭太のやりたいことだって、ちゃんと知ってるから。
「わかってるよ」
圭太の手が七緒の頭に添えられ、クシャッと撫でられる。
「だって俺達と、宮迫や草間先輩とは違う、だろ?」
そうだ。
私達と一花たちは違う。
でもそれは、どちらの関係が優れているとか、こうあるべきだとか、そう言う話じゃない。
私たちには私たちの歴史や気持ちが、一花と草間先輩には、二人の距離感や想いがある。
圭太も同じ気持ちをきちんと共有しているのだと、微笑んだ優しい瞳で伝わってくる。
じっと見つめ合っていると、圭太の手が頭の上から、撫でるように頬に下りてきた。瞳がゆっくりと閉じられ、顔が近くに……ーーー
「す、ストップ!!」
七緒は思わず、広げた両手を顔の前に押し出した。圭太の頬が、ぶにゅっと歪む。
「あの……七緒サン?」
「なにッ?!」
「何って……え?……なに?」
圭太が焦って手を離し、両手をバンザイするようにあげた。
「いや、あの……別に、その……この前のクリスマスイブの時みたいな……その………」
確かに、クリスマスイブの日に遊びに来たときに、圭太の部屋で二人になって、そういうこともあったけど……あったけど!
「で、でも、ここリビングだよ。前は圭太の部屋だったし……」
「いや、母さん出掛けて二人きりだから、いいかな、と……」
圭太は七緒から離れて座り直すと、「ゴメンナサイ」と謝った。
しゅんと身体を縮めて、頭を下げる。
その姿が、あまりにも残念そうで、妙に愛おしくなった。
「もう……」
七緒は小さく溜息をつくと、圭太の袖をすっと引いた。釣られて圭太の身体が、自然と七緒のほうを向く。
七緒が目を閉じると、圭太が身体を傾ける気配がした。
ゆっくりと唇が塞がれ、柔らかな感触。そして、同じ速度で離れていく。
目を開くと、直ぐ側に圭太の顔があって、同時に笑った。
互いの照れくささが交差して、リビングが妙に間の抜けた空気に包まれる。
圭太が項をカリッとかきながら言った。
「さ、俺らは俺らで、勉強でもしますか?」
「うん……そうだね」
気恥ずかしさを埋めるように、圭太と七緒は、机の上に、それぞれのテキストを広げた。
満開の桜が咲く春が、静かに近づいていた。
ーーー 番外編(宮迫一花) 完ーーー
番外編も完結したので、またステータスを完結にしました。
ブクマ、評価、いいね ありがとうございました!!




