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17 挽回


 しまった!!ーーーと後悔しても、もう手遅れだ。




 圭太は、口から出てしまった言葉を、何度、取り消したいと悔やんだことか。



 せっかく『仲良い男友だち』くらいになれたはずなのに、これでは振り出しどころか、マイナスだ。


 謝ろうと思っても、クラスが違うと会う機会がない。何度か廊下で見かけて、引き留めようとしたけれど、七緒のほうが、スッと視線を反らして、話しかけられるのを拒否しているように去っていく。



 だから、3年生になって、クラス割の一覧を見たとき、同じクラスに七緒の名前を見つけ、「これが最後のチャンスだ」と、思った。



 あのときのことを謝り、友だちとして、やり直す。

 そして、できれば、それ以上の関係に………



 圭太は、教室に入り、七緒をみつけると、まっすぐ歩み寄った。


 本を読んでいた七緒は、圭太に気づいて顔をあげた。



 謝れ。

 今すぐ、あのことを謝るんだ。



「………よう。」



 しかし、七緒の顔を見た途端、圭太は用意していた謝罪の言葉が出てこなかった。



「同じクラスだな。よろしく。」



 何か言わないとと、咄嗟に間抜けな挨拶を口にしたら、七緒が、



「あぁ…………うん。よろしくね。」



 拍子抜けするほど、アッサリと言った。


 それで、タイミングを逃してしまった。


 いっそ、怒ってくれていれば、土下座しても良かったのに、こうなってしまっては、かえって蒸し返すことができない。



 しかも、同じクラスになったというだけでは、話す機会は、ほとんどない。こうなれば、多少なりとも強引な手でいくしかない。



 勝負は委員会決めだった。



 七緒が今年も図書委員を希望することは分かっている。そして、もう一人は宮迫一花(みやさこ いちか)だろう。順当にいけば、この二人が図書委員だ。



 しかし、圭太には、やりたいことがあった。出来れば、それを七緒に手伝ってもらいたい。そのためには、七緒に一緒に文化祭実行委員をやってもらう必要がある。



 それで、圭太は、ある男に目をつけた。



「湊、ちょっといい?」

「なに?」



 2年のときに同じクラスだった堺屋湊(さかいや みなと)に、圭太はすべてを正直に話した。


 堺屋を選んだのは、たぶん、クールな堺屋なら、変な好奇心を抱いて、必要以上に突っ込んできたりはせず、さりとて、馬鹿にしたり、引いたりもしないだろうと思ったからだ。



 それに、図書委員をやることは、堺屋にとってもマイナスではない。


 案の定、堺屋は圭太の頼みを即答で、引き受けてくれた。


 こうして圭太は、ほとんどハメるみたいに、七緒を文化祭実行委員に引きずり込んだ。



 これで話す機会ができる。イベントの準備を一緒にすれば、仲も深まるだろう。そう期待したのに、なかなか文化祭実行委員の集まりがやってこない。



 しかも、強引に文化祭実行委員に巻き込んでしまったのが仇となり、かえって日常的に話しかけにくくなった。



 5月末にあった修学旅行という一大イベンもまでも、くじ引きで決めた班は、あっさり別々になり、なんの進展もないまま、サクッと終わった。



 このままではダメだ。せめて少しでも接点を持ちたいと、焦りだした矢先、七緒が英語の時間のスピーチで、毎朝、同じ時間に学校に行くことを習慣にしていると言っていたのを思い出した。



 確かに、七緒は毎朝、早い。

 それなら、自分も同じ時間に行けば、話す機会ができるのではないか。



 家の方向が違うから、学校の手前の横断歩道のところからしか会えないが、それでも少しずつ、少しずつ、七緒と話せるようになった。



 そして、満を持して迎えた第一回文化祭実行委員会。



 七緒と話す機会が訪れるのも嬉しいが、それ以上に、圭太には、やりたいことがあった。


 第一回の委員会で提案をすると、担当の糸川は前向きに検討してくれた。企画を簡単に紙に書いて出せと言われたので、自分なりに作ってみた。


 自分の考えをプレゼンするために、こういう資料を作る経験は、アメリカで何度もしたことがある。


 一応、書き上げたものの、もっと良いものにしたいと思った。第三者に見てもらうことで、ブラッシュアップできるだろうと考えたとき、すぐに七緒の顔が思い浮かんだ。


 別に下心があったわけではない。

 なかったことも……ないけど。



 七緒は昔から、状況や人の気持ちを言語化して説明するのが上手かった。



 圭太は、保育園の頃、クラスでも身体が小さいほうで、気が弱かった。

 イジメらている、というわけではないのだけれど、友だちとトラブルになったとき、嫌な気持ちになったとき、何があったのかや、自分の気持ちを先生に上手く伝えられなかった。



 悔しい気持ちがないのでは、ない。むしろ、言いたいことは頭の中で無限に渦巻いていた。なのに、実際に何かを言おうとすると、上手く言えない。


 口から外に、出てこないのだ。



 それで、よく、自分の中に溜め込んで、逃げ出して、教室の隅で泣いていた。



 そういうときに、いつも助けてくれるのが、七緒だった。


 側に来て、話を聞いてくれる。

 圭太の感情的で、支離滅裂な話を一つ一つ確認しながら紐解き、理解して、それを順序立てて先生や周りの友だちに説明してくれる。



 圭太の肩を持つわけでも、相手を責めるわけでもなく、ただ、起こったことと、その時、言葉にできなかった圭太の気持ちを整理して、言語化してくれるのだ。


 七緒と話していると、こちらの頭もクリアになる。


 だから圭太は、七緒にだけは、自分の想いを口にすることができた。



 水無七緒は、圭太にとって、特別だった。



 その七緒の能力は、成長しても衰えていなかった。むしろ期待以上だ。状況を整理して、論理的に相手に伝える。



 彼女の手直ししてくれた文章は、分かりやすく、しかも美しかった。



 だから、つい、素直に口にした。



「やっぱり、水無は昔から、言語化するのが上手いよな……」



 口にしてすぐに、反応を伺ったが、七緒は、この言葉の意味には気がついていないようで、「ありがとう。」と、照れたように笑った。



 気づいてもらえなかったことは残念だったが、その笑顔が可愛いかったから、良しとしよう。




 後日、無事に企画の許可が降りたことを、糸川から知らされた。


 その日は、奇しくも7月7日で、七夕だった。

 すぐにでも伝えにいこうと思ったが、ハタと足を止めた。



 待てよ?

 それなら、明日の朝伝えたほうがいいんじゃねえか?



 だって明日はーーー



 七緒の誕生日なのだから。




◇ ◇ ◇



 誕生日プレゼントは、初めから用意していた。



 どうやって渡すのかという問題はあったが、それでも、今年が最後で最大のチャンスだ。この前のお礼にかこつけてでも渡そうと決めていた。



 七緒が使っていた下敷きに描いてあった、クマのキャラクターのボールペン。


 買いに行ったショッピングモールで、偶然、七緒に声をかけられたときには、驚いた。


 その時、圭太は、飾られていた大きな七夕の笹を見ていた。



 七夕を好きになったのには、きっかけがある。



 保育園の年長組のとき、遠足でプラネタリウムに行った。多分、6月の終わりだったのだと思う。プラネタリウムでは七夕についての講話を聞いた。



 もちろん、織姫や彦星の話は、毎年のように聞いているから、ストーリーは知っている。それでも、プラネタリウムに映し出された、降り注ぎそうなほどに煌めく星々の形づくる天の川は、本物ではないと分かっていても、感動するほど美しかった。



 あのとき、説明をしてくれた係員のお姉さんが言った。



 天の川は、星たちが作る空の川のこと。

 すなわち、水の無い川なのだ、と。



『水の無い川』ーーー水無川。



 まさしく()()七緒のことだ、と思った。


 水無という漢字をその当時、知っていたわけではないけれど、聞いた瞬間から、圭太には、キラキラする天の川は、七緒のことだとしか思えなかった。



 プラネタリウムから帰ってきた圭太は、すぐに、母にその話をした。当時の本郷家は、水無家と近く、母親同士、わりと仲が良かったと思う。



 話を聞いた母は、「そういえば、七緒ちゃんは、七夕より一日遅れの7月8日産まれよ。」と教えてくれた。もともと七夕産まれの予定だったが、一日遅れだったらしい。あの、punctual(パンクチュアル)な七緒に、「一日遅れて」というのが不似合いな気がして、面白いなと思う。



 それから圭太にとって、七夕は七緒の日になった。



 そのせいか、おかげか、毎年、7月7日が来るたびに七緒のことを思い出すし、母も「ナナちゃん、どうしているのかしら?」などと話題にする。それは、多分、母にとっても日本での思い出の一つだったからなのだろう。


 今思えば、こうやって、毎年、毎年、七緒への想いは更新され続けていたのだと思う。



 たとえ、七緒の中で、奥底にしまわれ、埃を被っている思い出だったとしても構わない。

 名前も思い出せないような男の子でも良い。



 だけど、どうか、この思いだけは、否定しないで欲しい。



 ずっと、七緒のことが好きだった。



 そんな気持ちを込めて、圭太は、プレゼントを渡した。


 まぁ、結局、こじつけの理由で、半ば強引に押し付けたようなものだったけど………。



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