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1 幼い日の夢

 水無七緒(みずなし ななお)は、保育園のときに、引っ越していった男の子から、別れ際に、黄色いノートをもらった。そこには、自作のなぞなぞや迷路が、たくさん書いてあって、男の子は小さな声で、何かを告げた。


「この謎が解けたら……」


 それから9年、ノートの最後の謎が解けぬまま、七緒は中学生3年生になっていた。


 同じクラスの本郷圭太(ほんごう けいた)から、騙し討ちのように、やりたくもない文化祭委員に巻き込まれ、憤慨していた七緒だったが、圭太が、文化祭委員の会合で、謎解きを絡めた企画を提案する。


 謎解きというワードに、なぜ今更、9年前のことを思い出すのだろうかと不思議に思う七緒。あの男の子は、最後に何と言ったのか。


 9年間、眠り続けてきた謎と気持ちが動き出す。



※週2〜3回、平日AM11時頃更新。



☆お読みいただく方への大切なお願い☆

 お読み頂いているうちに、主人公より先に「この謎」が解けてしまう方もいるかと思いますが、何卒、答えを感想等にはお書きにならないよう、お願い申し上げます。

 心のなかで、そっと七緒と圭太を応援していただければと思います。よろしくお願いします。



 覚えているのは、濃紺色のワンボックスカー。


 どこからか、時折、気の早い桜の花びらが、風に乗って飛んできて、濃いブルーの車に淡いピンクがちぎり絵のように模様をつける。



 頭上では大人たちが別れを惜しむ挨拶を交わしていた。



「荷物は、これだけ? 」


「粗方、先に送ってしまったからね。この車も、うちの弟に譲るつもりだし。」


「こっちに戻ってくる予定はないの? 」


「どうかしら? 夫の仕事次第。」


「…………寂しくなるわね。」



 しかし、七緒(ななお)は、その会話そっちのけで、ずっと、その子を見ていた。


 母親の影に隠れるようにしがみつき、二つの黒い目をチラチラとのぞかせている、七緒より、ひと周り小さな身体の男の子。



「そんなに、ひっつかないで。転ぶから。」



 母親がちょっと面倒くさそうに小言を言ったが、男の子は、隠れるように、さらに強くしがみついた。



「もう……」



 呆れるようにため息をついた母親は、


「相変わらず恥ずかしがりやで、困っちゃう。これで、あっちでやっていけるのかしらって……」


 と七緒の母に向かって苦笑いして、男の子の頭を撫でた。


「早く、七緒ちゃんに挨拶して。もう会えなくなるのよ。あんた、七緒ちゃんに渡すものが、あるんでしょう?」


 その言葉に促され、男の子が、恐る恐る顔を出した。


「なぁに?」


 七緒が聞くと、男の子は俯いたまま、背中の後ろに回した手を、ゆっくりと前に差し出す。その手に握られていたのは、


「ノート?」


 黄色いチェック柄のノート。


「くれるの?」

「………うん。」


 受け取ったノートをパラパラと捲る。中には、男の子の字でクイズや迷路がたくさん書いてある。


「すごい! これ……自分で作ったの?」


 驚きに目を丸くして顔を上げた七緒の前で、男の子の口がパクパクと動いた。


「え? ごめん、何? 」


 なんて言ったのか声が聞き取れず、思わず問い返すと、男の子は、消え入りそうなほどに小さな声で言った。



「あのね、この謎が解けたら………」




◇  ◇  ◇



 その瞬間、目覚ましが喧しい音をたてて鳴った。



 七緒は布団から手を伸ばし、てっぺんのスイッチを押す。

 それから、時計の背面に手を回し、手探りで小さなレバーを下げた。スヌーズ機能を設定しているから、これを下げないと、また、5分後に音がなる。


 七緒は、ベッドがゆっくりと起き上がると、大きな欠伸をした。



 とても古い夢を見た。



 とても古い……と言ってもたかだか15年程度の人生。しかし、だからこそ、七緒にとって10年近く前となれば、それは『ひどく昔』なのだ。



 引っ越していく、近所の子。同じ保育園だった。

 親同士が仲がよく、たしか、最後の日に母と一緒に、見送りに行った。



 引っ越していったあの男の子のことを、七緒はもう、ほとんど覚えていない。



 彼は最後に、ノートをくれた。



 ノートには、その子が考えたらしいクイズやなぞなぞが、たくさん書いてあって、ノートを渡すとき、七緒に何か告げた。



 ーーーこの謎が解けたら………



 ここまでは覚えている。夢でみた通り。


 でも、七緒は、このあとの台詞を覚えていない。



 あのとき、なんて言ったんだろう……。


 どうしても思い出せない。



 すごく小さな声だったから、ひょっとして、最初から聞きとれてすら、いなかったのかもしれない。



 七緒は、ちらりと本棚を見た。

 あのときにもらったノートは、多分、まだあそこに、しまってある。



 それにしても……



「なんで今更、あのときの夢なんか………?」



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