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千年魔女の森の天幕きままごはん ~古の錬金術風味、隣人の大猫と少年騎士王子さまを添えて~

作者: 織部ソマリ

ひとまず短編で投稿してみました

のんびり楽しんでいただけたら嬉しいです!

*2022/10 改稿しました



 魔女ペトラの耳に、ミシ……ミシッという柱が軋むような音が聞こえた。


「ん? 家鳴り……?」


 ペトラは作業中の魔石を置き、ペン代わりにしていた杖も止め耳を澄ませた。

 今作っていたのは『魔女の風船灯(ランタン)』。その形が鬼灯(ホオズキ)に似ているので、別名『魔女鬼灯(まじょホオズキ)』とも呼ばれる魔道具の灯りだ。


「あ、また鳴った。おかしいな? どこか――……ん?」


 ぐるりと部屋を見回して、ペトラは二度見で勢いよく後ろを振り返った。

 そこにあったのは『万年暦』。百五十年ほど前の修行時代にペトラが作ったものだ。魔素を吸収し自動的に日にちを数えてくれる、名前の通りずっと使える(カレンダー)なのだが――。


「あれ? 故障してる? おかしいな、そんなはずないんだけど……」


 目を凝らしてみると、本日の日付がチカチカと点滅していた。その上には『要注意!【状態保存】魔法切れ!』の文字が赤色の魔石粉(マセキコ)で形作られキラキラ輝いている。


「うわっ!? しまった!」


 ペトラは慌てて使いかけの魔石を引っ掴み、大きな魔法の()()として砕くと杖にその魔力をまとわせる。


「ひとまず器具と魔道具を外へ【転移】【転移】【転移】……それからこっちの素材も! 【転移】!!」


 ミシッ、ビシッ! ビギィッ!! と、部屋の中央を走る(はり)が大きく(きし)んだ。


「わっ、もうダメだ! ええい、この辺まとめて全部【転移】! それから私も……【転移】!!」


 ペトラが外に転移した直後だった。

 屋敷に掛けられていた【状態保存】の魔法が消滅し、動き出した()が一気に押し寄せた。そして森の中の一軒家は『パン!』と弾けて灰へと変わり、サラサラ、サラサラ……静かに崩れていった。


「あーあぁ……やっちゃった」


 ペトラは闇色のローブを灰まみれにして、真っ青な空を仰ぎ呟いた。



 ◆



 この森の一軒家は、ペトラの師匠でもある先代魔女から受け継いだ『魔女の工房』だ。一階と地下室、それから付け足したような二階がある家で、経年劣化を防ぐために【状態保存】の魔法が掛けられていた。


 この魔法、定期的に掛け直すことが必要となっていたが、その周期は十年に一度。良くも悪くもマイペースなペトラがうっかり忘れそうになることは度々あった。だから『万年暦』に魔法を掛けて、数日前から()()を発する仕掛けを作っていたのだが、今回は運が悪かった。


 魔道具の改良と作製で三日三晩、寝食を忘れ没頭してしまったペトラは万年暦を全く見ていなかった。そして、その結果がこれだ。


「は~……天気いいなぁ」


 久しぶりに見た陽の光りは眩しく、ペトラは思わず眉をしかめて目を閉じた。


 深い深い森の中。久しぶりに感じたそよ風は心地よく、鳥が(さえず)る声が高い空に響ている。太陽は頂点よりもまだ手前。日差しは高い木々が適度に遮ってくれるから決して暑くはない。


「久しぶりだなぁ……外」


 ゆっくり目を開けて、ペトラは周りをぐるっと見回した。


『千年魔女の家』と呼ばれていた森の中の工房は、本当に跡形もなく崩れ落ち()になってしまった。だけど周囲の薬草畑やハーブ、ちょっとした菜園は無事だ。水やり用の井戸もあるし、貴重な魔道具や素材、器具も咄嗟に【転移】で避難させた。


 それに家の跡には、灰を被ってはいるけどペトラお気に入りの長椅子やベッドが残っている。それから地下の食糧庫も、家とは五年【状態保存】魔法の時期がズレていたはずだから無事だろう。


「……。とりあえず生活はできそうだし……ま、いっか」


 ペトラはパンパンと、ローブの埃をはらい立ち上がった。


 長い金の髪に日焼けを知らない肌、深い青色の瞳。こんな深い森の中で彼女に会ったなら、一瞬『伝説の精霊か……!?』と思うような見てくれ。二十歳そこそこの娘に見える。


 しかし、そんなペトラをよく観察すれば、指先にはひび割れやささくれが出来ていて、深緑の汁が染み込み荒れているし、髪だってよく見れば絡まり放題。透き通るような青白い肌も、キメは崩れクマがくっきりで、まるで絵本に出てくる悪い魔女のよう。


「ちょっと集中しすぎたかな。今回は二日……? 三日だったっけ? いやぁ~ちょっと籠ったらこれだもんねぇ。そりゃ師匠にも、ズボラすぎる、ズボラで失敗するって言われるわ」


 ペトラは笑って言うと、伸ばしっぱなしの髪を捻り上げ、落ちていた枝で器用に留めた。ほつれた髪が幾筋かこぼれ落ちているけど気にしない。

 ()()の邪魔にならなければそれでいいのだ。


「ふふっ、粉雪が積もったみたい! あはは!」


 崩れた家の灰はフワッとしていて、足を踏み入れるのも何だか面白い。苔でフカフカの初夏の森や、落ち葉が重なった晩秋の森にも似た感触だ。


 さすがは千年の屋敷の残骸。厚みと重みが違う。

 そんなことを思いながら、ペトラは灰かぶりとなったキッチン跡にそうっと足を踏み入れた。


「お、ティーセットみっけ」


 食器類が折り重なっていた小山を掻き分けてみると、普段使いの硝子のポットと大き目のカップを発掘した。家と一緒に家具のほとんどが消え失せてしまったけど、比較的新しいものは個別に【状態保存】が掛けられていたので無事だ。


 次いでキッチンを漁ると、ここを継いだ頃に依頼の報酬として貰ったケトルを見つけた。依頼人は立派な髭をした偏屈な鍛冶職人だったけど、あの老人は元気だろうか? そんなことを思い、ペトラはフッと笑う。


「もう百年近く前のことだもんね。お空の上かな」


 それともあの白髭の職人が、長命のドワーフだったなら今も現役かもしれない。滅多に街に行かないペトラには知り得ないことだけど。



 ◆◆◆



 ――今日も暇だな。


 ここは陽の差し込まない王宮の奥の奥。皆が『裏書庫』と呼んでいる小さな部屋の前に立つ兵士は、そう思いながらあくびを噛み殺した。


 彼の装備は平均的な兵士のもの。だが扉の横には、ここにだけ設置されている『ボタン』がある。硝子ケースに覆われたそれは、『何か異常が起こった場合に押す非常ボタン』だ。


 一度も押された節はなく、ケースにはホコリがかぶっている。


「ここ、何があるんだろうなあ?」


 同じ棟にある『書庫』には、各部署から資料を探しに来る者がいて、その前の廊下には往来がある。だけどこの『裏書庫』を訪れる者は誰一人いない。


 その前に、『裏書庫』と呼ばれているここは、本当に『書庫』なのだろうか? 司書もいなければ、そもそもこの扉が開くところを見たこともない。訪れる者どころか、廊下を歩く者もいない。唯一の人影は扉を守る兵士のみ。


「……入れないかな」


 書庫なら開いているかもしれない。

 そんなふうに思い、堅牢そうな扉を振り返り呟いたその時。ガタタタタッと扉が揺れ、バンッ! という音で扉が一瞬膨らむと、その四辺の隙間からビュォオッ! と強い風が吹き出した。


「うっわあ!!」


 兵士は思わず尻餅をつき扉を見上げると、今度は隙間から強い光が漏れ走り、薄暗い廊下を真っ白に照らした。そしてチカチカと点滅を繰り返す光は、壁に小さな影を落とす。

『何か異常が起こった場合に押す非常ボタン』だ。


「いっ……異常発生! 異常発生!!」


 彼は自分の役目を思い出し、硝子ケースを叩き破りボタンを押した。


 これまで一度も押されたことはなかったボタンだ。しかも設置されたのは遥か昔で、ここに立つ兵士は何を守っているのかすら知らない。惰性と伝統に則って配置されていただけの兵士は、ボタンを押したら何が起こるのかを知らなかった。


 ただ『異常が起こった場合に押せ』と命令されていたから従ったまで。だから、まさか、ここにその人が転送で現われるなんて思ってもみなかった。


「へっ、陛下ぁああ!?」


 壁に寄りかかったまま見上げた先には、この国の王が呆然とした顔で立っていた。



 ◆



「先ほど『魔女の通信石』に発生した異変は、現在、異常な点滅のみとなっているようです」


 王宮奥のあの部屋にあったのは、虹色魔石を使った『魔女の通信石』だ。

 あの石は本当に特別な時にしか使われない上に、決して破損したり、奪われたりしてはならないもの。万が一、千年魔女から通信が入った場合には、王と宰相、魔導師長の持つ腕輪に報せが届くようになっている。


 だから普段は、目立たぬあの部屋に安置していたのだが――。


()()()からの通信はなく、呼びかけにも応答はございません」


 重苦しい空気の部屋で、漆黒色のローブをまとった男が淡々と報告を上げる。が、眉を寄せたその顔は厳しい。

 魔導師長である彼であっても、こんな異変は初めてのこと。代々の魔導師長が受け継ぐ覚え書きにも、こんな事態は記されていなかった。今は憶測でしか事態を量れない。


「陛下。『千年魔女』に何かあったのではないでしょうか。通信石から嵐を転送させるなど、どういう意味なのかは分かりませんが、あの点滅は緊急信号かと思われます」


「緊急信号? あの()()()()が、我らに緊急を伝えていると?」


 同じく厳しい顔で、髭を震わせ言ったのは宰相だ。

 通常、緊急信号といえば助けを求めるもの。だが相手は千年魔女だ。その名の通り千年を生きる魔女が、たかが百年の寿命もない人間に助けを求めることがあるか? 


 しかも、この王国と千年魔女の間には数々の因縁がある。時には敵に、時には味方――というか、王国が魔女に許容してもらっていただけだが――という不安定な間柄だ。現在は緩い友好を結んでいるが、王国が魔女のためにできること、していることはほとんどない。


 魔女が気に入っている森を不可侵とし、関係は切れていないと示すため、毎月物品の取引をしているだけの仲だ。


「何が起こっているのか、森を訪問し確かめるしかない……か」


 それとも、魔女はそれを望んでいるのかもしれない。

 通信石を使った会話ではなく、直接の交渉をしたがっている? いや、それならば転送されたという『嵐』はなんだったのか。怒りを伝えてきたのか、急かしているのか。


「しかし、千年魔女の森に入れるのは王族のみ。陛下が赴くのはもってのほか」

「とはいえ、殿下方に行かせるわけにはまいりません! 危険すぎます!」


 では、前騎士団長の公爵閣下はどうか。経験豊富な彼なら魔女との交渉もできるかもしれない。いいや、魔女の森に入るなら魔力が豊富な方のほうがいい。隠居なさっている先々代の魔術師長様なら……。魔導師長と宰相はそう言い合う。


「――リオンに行かせよう」


 国王の言葉に、臣下二人は一瞬目を見開いた。そして、それが最良かと頷く。


「そうですね。リオン殿下は魔力も高く、騎士団で体も鍛えてらっしゃる。魔女の森にも問題なく入れるでしょう」

「しかし陛下。恐れながら、交渉は難しいのではないでしょうか?」


「千年魔女は幼き人間に甘い。リオンならば大丈夫だろう」


 それに、三人とも口にはしなかったが、リオン王子が最適だと思っていた。


 王族で、魔力が高く、()()()()()()()()()()()()()()()

 それは末の王子であり、まだ何の役目も負っていないリオンしかいない。


 魔力は高いが母親の身分が低く、王子としての格も低い。何の役職にも就いていない見習い魔法騎士で、婚約者もいない。身軽この上ない。


「それに、あの森はリオンにやった試験領地の隣だ。顔を繋げておくに越したことはない」


 もっともな理由も付け足して、王は「リオンをここへ呼べ」と命令を出した。



「陛下。リオン殿下を森までお送りするのは、魔法騎士団でよろしいですね? それと、私の部下も同行させたく存じます」


 魔導師長の言葉に王は頷く。

 王の中ではもう、この件は次の段階に移っていたので細かいことはどうでもいい。

 リオンが向かうことは決定した。会えるか会えないか、どうなるかは分からない。だが、ひとまず様々な可能性を想定し、対策を取る時間稼ぎはできる。末の王子のことよりも、そっちのほうが重要だ。


「それでは、私はこれで」


 魔導師長は礼を取ると、ローブを翻し足早に退室した。


 さあ、急ぎ対策を練らなくては。彼はまず、魔法騎士団長に会うかと算段をつける。そして、リオンのことを思った。


 魔法が好きで、幼い頃からよく魔導師団を覗きに来ていたリオン王子。魔導師になるか? と戯れまじりに魔法を教えてたが、そのうちに隣の敷地で訓練をする魔法騎士に憧れてしまった。


「そういえば、リオンは千年魔女にも憧れていたな」


 魔導師長の口元に、フッと笑みがこぼれた。


 小さな王子に『千年魔女』の絵本を最初に読んでやったのは、黒づくめの冷徹な魔導師と呼ばれる彼だ。女嫌いで子供嫌いと思われてるが、特にそんなことはない。

 ただ、魔導師棟に籠っているのであまり縁がないだけだ。


「リオンが無事に行って帰ってこれるようにしなければ」


 弟子のような、歳の離れた弟のような王子のことを思い、魔導師長、ルシードは呟いた。 



 ◆◆◆



 ペトラは腕まくりをし、ローブの裾を片手で持ち上げ畑にひょいっと足を踏み入れる。


「パパッとね!」


 素手でいくつかのハーブを摘み取ると、傍らの井戸で水を汲んだ。井戸は『魔石式』なので、蛇口に手をかざし魔力を流せば水が出る。


「うーん……と、手頃な石もあるしここでいいか」


 ペトラは何かの残骸であろう、煉瓦(れんが)のように揃った石で簡単な(かまど)を組んだ。

 最近はこの森で事足りていたから、素材採取のための野営なんてしばらくしていない。だけど見習い時代にみっちり仕込まれたその手順は、百年を過ぎても失われてはいない。


「即席竈の中央に、キッチン跡で見つけた『魔石バーナー』を置いて……」


 その上に水を入れたケトルを乗せてやる。


「面倒だから火力は最強でいこう」


 ペトラはバーナーのツマミを最大にして魔石を指で撫でた。するとボッ! と予想以上に大きな炎が上がって、慌てて火力を下げた。


「わ、忘れてた~! これ師匠が改造したやつか! だからキッチンにしまい込んでたんだ」


 たしか野営セットは地下室にしまったはずなのにおかしいなぁ~……とペトラも思ったのだ。

 しかし、そこはペトラ。『地下室を漁らなくても見つかったならそれでいいか』と、あまり気にせず持ってきたのだ。


「ま、早く沸くからいいでしょ。その間に~……サッと洗ったレモンバームにペパーミント、ローズマリーは少しだけ。ついでに薬草畑から採ってきた疲労回復の薬草も」


 ペトラはブチブチっと手で千切ったそれらをティーポットへ入れる。瓶の半分少し上までたっぷりだ。お湯が沸いたら、準備ができたティーポットに勢いよく注いでやる。こうすると葉っぱが踊って美味しいハーブティーになるのだ。


「は~……いい香り!」


 新鮮なハーブがガラスの中で舞う度に、湯が薄い金色にじわりと染まっていく。

 魔女のハーブは特別製だ。魔素の濃い場所で育てたハーブから種を取り、満月の光りを一晩注ぐ。そして魔石を浸した『魔石水』の中に十日間さらし、魔力で整えた畑で育てるのだ。そうすることで何倍もの魔力を持ち、効能も高い『魔女のハーブ』が出来上がる。


 爽やかな香りと共にじわじわ染み出すのはそんな特別な魔力。このハーブティーは心を落ち着かせ、疲労を癒しスッキリさせてくれる。


「は~……。さすがの()()魔女さまも疲れちゃったもんね」


 三日三晩工房に籠っていた中での屋敷の崩壊だ。まあいいかとは思ったけども、明らかに自分の失敗だ。


「ん~師匠が帰ってきたらなんて言うかなぁ? ……ま、きっと帰ってこないだろうけど」


 ティーポットのお湯が透き通った金色に染まり、ペトラはティーカップ……ではなく、大き目のマグカップにハーブティーを注いだ。

 ポットを傾けると、ハーブの瑞々しい香りがフワッと立ち上りペトラの鼻腔をくすぐった。


「この湯気だけでなんだか気持ちが安らぎそう……」


 ペトラは目を閉じ微笑んで、たっぷり入れたお茶にフゥーッと息を吹きかけた。そして、そろりと一口。


「あちっ。……んああ~美味しい! うん! 我ながら良いハーブ使ってる!」


 ここのハーブティーは『千年魔女の魔法茶』として、王宮にも収めている特別なものだ。そのおかげかどうかは定かでないが、王族や高位貴族は長寿で子宝にも恵まれているとか、いないとか。

 ペトラはその辺りにはあまり興味がないので、師匠から引き継いだ契約通りに納品をしているだけだ。


「月一度、決められた通りに収めれば、この森で好きに魔法の研究ができるんだもんね。それだけで『永久手形』もくれるしお金も入るし、良い王様!」


『永久手形』とは、国内のどの領、どの街にでも入れる許可証だ。残念ながら引きこもり気味のペトラはほとんど活用してないが、元祖『千年魔女』である彼女の師匠は今も大いに活用しているだろう。


 この森が属する王国において、ペトラは『千年魔女』と呼ばれている。

 しかしペトラ自身はまだ『百年魔女』だ。前の九百年を担った魔女はこの暮らしに飽きて、弟子であるペトラに魔女を引き継ぎ旅に出てしまった。


「師匠、今はどこにいるのかな~」


 熱いハーブティーにフーッと息を吹きかけペトラは呟く。と、その時。屋敷跡の奥の茂みがワサワサッと揺れ、大きな影がのっそり姿を現した。


「うにゃっ!? 屋敷がにゃい!?」

「あら、ティグレ」


 声を上げた大きな影は、ペトラよりも少し大きな二足歩行の茶トラ猫で、この森に昔から住む大森猫(おおもりねこ)族のティグレだ。

 ティグレは気が向いた時にペトラの元を訪れ、森の恵みのお裾分けをしてくれる心優しき森の(ぬし)でもある。


「久し振りね! 元気だった?」

「ペトラ~!? これ、どうしたんにゃ!?」


 ティグレは大きな体で、とっすとっすとペトラへ駆け寄った。驚きからかその太い尻尾をせわしなく揺らしている。


「にゃんだか魔力が揺れたよにゃ~? って気ににゃって見に来たんにゃけど……にゃにこれ?」

「あはは、無くなっちゃった! ちょっと【状態保存】の魔法掛けるの忘れちゃって!」

「んにゃあ~~……それは、大変にゃね?」


 こんもり灰が積もった屋敷跡を見つめ、ティグレは首を傾げペトラの頭を撫でた。突然屋敷が消滅して外に放り出されたのだ。人と関わることが好きなティグレは、人には屋根が必要だということをよく知っている。


「今日から夜はどうするにゃ? うちに来るにゃ? 木のお家にゃけど」


 少し屈んでペトラの顔を覗き込み、その柔らかな肉球の手で頬に触れた。


 この、ペトラの顔よりも大きな手で撫でられるのは随分と久し振りだ。

 たぶんペトラが幼かった修行時代以来のこと。ティグレのぷにぷにの肉球で両頬を挟まれるのが大好きだったなぁ……と、ペトラは懐かしい感触に目を閉じ微笑む。


「ううん、大丈夫! なんとかなるし、家がなくなってむしろよかったかも……?」

「んにゃにゃ? ほんとにゃ?」

「うん。久し振りに青空と太陽を見れたし」

「にゃ~~」


 にゃんて生活してるのにゃ! ティグレは天を仰ぎ、呆れに怒りも込めてそう言った。


「明日の朝また来るにゃ! おみやげ持ってくるから、ペトラはよく寝るんにゃよ!」

「はーい。おみやげ楽しみにしてるね、ティグレ」


 ティグレはそれだけ言ってさっさと森へ帰って行ったが、ペトラの顔は笑顔だ。

 まあいいか、と言い飄々としていたペトラだったが、やはり多少は動揺していたらしい。だけどあの優しい肉球の掌と森のハーブティーに癒されて、今は自然と微笑んでいる。


「うん! 大丈夫! さて。さっさと片付けちゃお! ――全ての灰を【除去】せよ!」


 ペトラは杖を振り、屋敷の成れの果てである灰を一気に取り除いた。家具の隙間に入り込んだ灰も、備え付けのタンスが消滅したせいで灰まみれになった衣服や文房具も、全ての灰を【除去】し袋に詰める。


「【消滅】させることもできるけど、せっかく長年【状態保持】の魔法が掛かってた家の残骸だもんね。蓄積された濃厚な魔力は、畑の肥料や魔法薬の素材になるし!」


 灰が綺麗さっぱりなくなると、そこには()()()()()物たちと、見慣れた石の床、そしてカーペットに隠れていた見慣れぬ石の床が姿を現した。


「あはは! 部屋の配置のまんまに物がある! あはは! うん、分かりやすくていいね」


 しかし一つ一つ拾って片付けるのは面倒だ。ペトラは『【収納】』と唱え、手首に付けた『収納の腕輪』に全ての物を押し込んだ。

 これに入れてしまえばあとは簡単。必要な時に取り出したいものを思い浮かべるだけいい。ちょっと魔力を余計に使えば収納物のリストも出せるから、あとでゆっくり片付けることもできる。


「よし! 片付いた!」


 がらーんとした石床の上を歩くぺトラは何だかご機嫌だ。

 鳥の声を音楽にして軽やかにステップを踏む。まあ、ダンスなど習ったことはないので、『森の魔女の気紛れ風』といったステップだけど。


 ピチチチ、チチチ。ピチュチチチ。高く澄んだ声は何もない敷地によく響く。


「ふふふ! なんだか清々しいなぁ~……」


 ピチチチ、チチチ。ピチュチチチ……――『ぐぅ~……キュる』――ピチチ!


 囀りの合間に聞こえてしまった無粋な音に、ペトラはピタリと足を止め、自らの腹に手を当てた。


『ぐうぅ……きゅるぅ』


「あー……そっか、しばらく何も食べてなかったっけ……。仕方ない! ごはんにするか!」



 ◆



 ドン。とキッチン跡に置かれたのは少し大きなザックだ。


「ふう。あってよかった地下室!」


 ペトラはローブの裾を持ち上げ、包むようにして抱えていた食材を床に置いた。アレコレ探すのは面倒だったので、入り口付近に置いてあったソーセージと卵、バゲット一本だ。


 地下室の収納物へは【時間停止】込みの【状態保存】が掛かるようになっているので、素材保管庫と食糧庫にもなっている。


 それから、あまり使わない物も保管……という名目で放置されていたので、ひとまずの暮らしに役立ちそうな『野営セット』も見つかった。

 この中には今必要な調理器具はもちろん、屋根のない野外で過ごすために必要なものが全て入っている。これのおかげで、屋敷跡にごちゃっと重なり落ちている中から物を探す手間が省けたので、ペトラとしてはかなり満足だ。


「ほんっと、長年使ってなかったけどしまっておいてよかった~! さて、まずは仮拠点を作っちゃおう」


 ペトラは野営セットの中から、大きな『防水保温布』を出し石の床に敷いた。これは濡れるのを防ぐのだけでなく、冷たい地面から体温を奪われるのを防ぐこともできる野外活動の必須アイテムだ。


 それからさっきお湯を沸かすのに使った簡易竈を元キッチンに持ってきて、ザックの中からスキレットを取り出した。

 スキレットは重い鉄製で、手入れをしなければ錆びてしまうフライパンだ。持ち歩きには少々不向きだし、ズボラなペトラには向かなそうだが、そこは魔女。

 鉄の利点はそのままに、【重量軽減】と【状態保存】の魔法を掛けてあるので、簡単軽量お手入れいらずとなっている。


「ではでは、朝ごはんを作りますか! バーナーに火を点けて……石で組んだ竈にスキレットを置いて十分温める。……うん、いいかな?」


 キッチン跡で見つけたオイルを薄く引いて、教訓を得たばかりの火加減は最強ではなく中~大に間にしておく。さっさと強火で焼いてしまいたいペトラだが、さすがにここはグッと我慢した。


 まずは手首から指先までの大きさがあるソーセージを二本、温まったスキレットに置いてやる。すると途端にジュゥ……ッと焼き付く音がして、ソーセージの肌がほんのり色付いたように見えた。


 このソーセージは、素材採取の旅の最中に見つけた牧場から取り寄せているもの。ソーセージは焼くかスープに入れるか、簡単に食べることができるのでペトラのお気に入り食材だ。

 しかもこのソーセージ、とにかく美味しい! わざわざ現地で空き箱に魔法を組んで『宅配用・転送箱』を作り、定期購入の契約するくらい気に入ったのだ。

 かれこれ百年前のことだけど、牧場は代々続けているようで契約も続けてくれている。


「久し振りの食事はこれでしょ……あ~……もういい匂いしてきた! っと、卵も焼かなきゃね!」


 うふふっ。ペトラは小さく笑い、ぺろりと唇を舐め鼻をクンクン鳴らした。すると、グゥ~……とお腹も再び音を鳴らす。


 お腹をさすりつつ卵を落とすと、今度はジュッ! と一気に焼け付く派手な音がした。これは拙いとペトラは慌てて火力を弱め、水を入れて蓋を閉め蒸し焼きにし始める。


 この卵は畑の向こう、森と一体化している庭で飼育している鶏の卵だ。

 何日も工房に籠ってしまうペトラに世話は向かないので、使役している木製ゴーレムがお世話をしている。ついでに畑に水もやってくれる気が利く可愛いゴーレムだ。


 ジュウジュウ、パン、パンッ! と、焼ける音と脂が弾ける音がして、蓋の隙間からは白い湯気が立ち上っている。


「ああ~いい匂いしてきた! 焼けたらすぐ食べれるように……」


 ペトラはザックから木皿とナイフを出して、バゲットを食べやすい大きさに切った。パンは大量に買い付け食糧庫に入れてあるのだが、少々飽きるのが難点だ。


「あ、そういえば」


 ペトラは突然、ザックの奥底を漁り始めた。

 確か旅の途中、骨董市で面白い書物を見つけごっそり買ったことを思い出したのだ。百年以上前の骨董市で見つけたのだから、今となれば立派な古文書だ。


「あ、あった! 『木になる美味しい木の実の本』そうそう、これこれ!」


 この書物に記されているのは、ありとあらゆるものを『木にならせる魔法』――錬金術だった。

 錬金術は魔法の古い古い形で、今の魔法の元になっているもの。ここで働くゴーレムも、元々は錬金術由来の魔道具である。


「……うんうん、本当に作れるかは分からないけどやってみよう」


 必須素材は魔素が豊富な土壌と木。それならここに沢山ある。載っていた魔法レシピは『パンの木』『肉の木』『酒の木』などなど、眉唾の紛いの面白いものばかり。


 パラパラっとめくり読み、ペトラは今度こそ本の存在を忘れないようにしようと、ローブのポケットに突っ込んだ。

 腕輪の収納に入れてしまうと目に見えないので忘れるのだ。だから忘れてはいけないことはこうして、少し邪魔になるくらい主張させておくのがいい。


 ついさっき、うっかりで家を崩壊させたペトラの忘れないためのやり方だ。妙な説得力がある。


「こんな木を作れたら色んな種類のパンが食べれそうだし、肉もいいよね~! ……ん? でも何の肉だろう? これ、羊だったらただのバロメッツじゃないの?」


 バロメッツとは、()()()()魔性植物だ。採取時に叫び声を上げるというマンドラゴラと同じ魔性植物の仲間だ。


「ま、肉が採取できるならどっちでもいいけど……――ああっ!?」


 ペトラはバッと竈に駆け寄った。

 一瞬、ほんのちょっと、と思って開いた本だったが、面白くてついつい見入ってしまっていたのだ。


「うわぁ~!」


 慌てて火を消し蓋を開けると、ああ、焦げ臭い!


「やっちゃった! あ~も~だから調理中は本を開いちゃいけないってあれほど……!」


 師匠にも言われていたし、自分でも注意はしていてキッチンには持ち込まないようにしていたのに!

 若干凹みつつ、ペトラはフォークでそ~っとソーセージを転がしてみた。すると、ゴロリ、無事スキレットにくっつくことなく寝返りを打ってくれた。


 少々こんがりも香ばしいも、すっかり通り越した黒に近い焦げ茶色になってしまったが。


「大丈夫、この部分だけちょっと皮を剥げば食べれる」


 そして隣の目玉焼きも、白身の縁が茶色くカリカリになっている。


「あ~……。フライ返しは見当たら……ないからスプーンでいいか」


 ペトラは白身の縁からスプーンでそうっと剥がしてみる。チラッと下を覗き込むと、やっぱりこんがりバリバリの焼き具合になっていた。


「これじゃ黄身もホクホクの堅焼きかな~。はぁ。黒焦げじゃないだけマシだけど半熟が好きなのに! ……はぁ。でもまぁ、いいか。食べれるしね」


 見つけておいたクッションに座り、竈に置いたスキレットから直接いただくことにする。目玉焼きには残っていた調味料セットの塩胡椒を軽く振り、ソーセージには粒マスタードを添えた。


「それでは、いただきます!」


 ソーセージにフォークを突き立てると、『プッ』と小気味よい音がして、ジュワッと脂が流れ出してきた。


「ああ、キラキラ煌めく脂がもったいない!」


 ペトラは慌てて一口齧り付いた。プチッ! と皮がはじけ熱い脂が飛び出してくる。


「あちっ! ふぁっ、ちっ……! 『【氷結】極小』!」


 あまりの熱さに一旦口を離したペトラは、さっきのハーブティーをカップごと冷やし、唇も冷やす。今度は慎重に、フーッフーッと息を吹きかけて、熱すぎないことを舌先で確認してからガブリ!


「んん~!!」


 ブチッと皮を噛み切った途端、広がったのはハーブの香りだ。次いで舌を楽しませたのは、粗挽き豚肉のジューシーさ! 


「ふぁあ~! 美味しい~!!」


 セージにオレガノ、ローズマリー……他にもきっと色々入っているのだろう。ハーブとスパイスのちょっと癖のある香りが肉の脂と混ざり合い、これでもかと肉の旨味を引き立ててくれている。


「うん、うん! 次はマスタードをちょっと付けて……ンン~~!!」


 ツーンと鼻に抜ける辛さは、爽やかだったハーブソーセージに強烈なアクセントを加え、美味しさの階段を更に駆け上っていく。


「くぅ~っ! 美味しい!」


 蒸し焼きにしたソーセージは、少々焼き過ぎたとはいえ、皮はパリパリ中はフワッ! その旨味と香りが最大限に引き出されていて、ペトラは一本目をあっという間に食べてしまった。


「ああ~美味しい~……。あ、そうだ」


 ペトラは一旦スキレットを置くとハーブ畑へ走った。そして摘み取ったのは、繁殖しすぎるのでプランターで作っているバジルだ。【洗浄】の魔法を唱え葉の汚れを落とし、キッチン跡へ駆け戻る。


「さて! これをこうして……」


 切っておいたバゲットに手を伸ばし、スキレットに残る脂の上を軽く滑らせた。そこへ半分に切ったソーセージを乗せ、マスタードを塗り伸ばしたら更に目玉焼き乗せ、採り立てのバジルの葉も乗せてやる。


「んふふ」


 いただきます。ペトラはそう呟くと大口を開け、ソーセージと目玉焼きにバジルを乗せたパンを一気に頬張った。

 ガブリッ、パリィッ! パリッ。ソーセージの皮が弾ける音と、パンの皮が軽やかに割かれる音が耳に心地いい。


「んっ、んむ、んん! おいひぃ!」


 唇は脂でテラテラ、頬にはマスタードが付いてるし、服にはバゲットの皮が落ちているけどペトラは全く気にしない。


 だって、どうせこんな深い森の中。周囲にいるのはゴーレムと鳥と、その辺りをチョロチョロしているリスくらいだ。

 彼らはお行儀にうるさくないし、食べこぼしたってお小言が飛ぶことはない。むしろおこぼれを預かりに、そろそろ近付いてくるだろう。魔女と森の生き物は、良い隣人同士なのだ。



 ◆



 食事を終えたペトラはブーツを脱いで、靴下も脱いで地べたに足を投げ出した。ペタンと座って髪をほどくと、心地いい風が頬を撫ぜ、鳥の声と静かな木々のざわめきだけが聞こえた。


 冷めたハーブティーをすすって、予想通り姿を見せたリスに微笑みお裾分けをして、今度はゴロリと寝転がる。


「あ、もう蜂蜜ナツユキ草の季節かぁ……あとで摘み取らなくっちゃ」


 細身の木製ゴーレムが働く野菜畑とハーブ畑をボーっと眺め、ペトラは独り言を呟いた。


(最近はずっと……それこそ何十年単位で工房に籠ってたなあ)


 眠るのも面倒で、食事も疲労回復薬や栄養補給薬で誤魔化して、風呂は【洗浄】で済ませていた。不老の魔女といえども所詮は元普通の人間。数値には現れない疲労が徐々に蓄積し、屋敷の崩壊なんて大きなミスを招いたのだろう。

 温かいお茶と食事を取り、陽の光を浴びて寝転ぶ今ペトラはそう思う。


「は~……。外ってこんなに気持ちよかったのね」


 ペトラの顔に(おり)のように滲んでいた疲労は薄まり、黒々と主張していたクマもマシになり、青白かった顔がほんのり色付いている。

 ゴロンと寝返りを打ったペトラは、汚れたままのスキレットとカップに【洗浄】を掛けた。他には何かなかったかな? ゴロリと転がり見回すと。目に入ったのは大きなザックの『野営セット』だ。


「そうだ」


 パッと起き上がると、ペトラはすぐに思い付きを実行する。


『野営セット』から天幕(テント)を出し張っていく。一人用のこのテントには【形状記憶】の魔法が掛けられているので、畳まれた天幕を広げれば――ポンッ! と、あっという間に白い三角屋根の天幕が出来上がる。

 テントを固定するには端を杭で打ち付ければいいのだが、生憎ここは土の地面ではなく石の床。


「うーん。ならこれでどうかな? 【固定】、こっちも【固定】」


 ペトラは杖でコツンと杭を軽く叩き、魔力を流して【固定】の術を掛けていく。


「そうだ、キッチン跡には日除けの屋根布(タープ)を張っておこうかな」


 大きな防水の一枚布を広げ、こちらも【固定】を使って支柱を立ててロープを張っていく。久しぶりとはいえ慣れた作業だ。ペトラは改めて竈や道具置き場のラック、給水タンク、小さなテーブルに椅子、くつろげる長椅子まで用意して、あっという間に野営場を整えた。


 天幕の中には自室跡から運んだベッドを設置し、少ない衣服もラックに掛けて木箱にポイポイ放り込む。


「『記憶を【再生】その通り位置に付け』」


 杖を振り言葉を唱え、カツン、カツンと机を叩いて魔法を発動させる。すると自室跡にあった本や机、その他残っていた家具や細々した物が一瞬で元のように並び、天幕の中に収まった。


「それから工房か。こっちも設置しなくちゃね」


 ペトラは白い天幕の隣にもう一つ、野営時用の『工房』天幕を設置した。そこへ『収納の腕輪』に仕舞った工房の一切合切――作業台、棚、器具置き場、素材置き場など――を取り出し並べれば、”天幕”工房の出来上りだ。


「ふぅ。ギリギリ収まった」


【拡張】の魔法が掛かっている天幕だというのに物で一杯だ。

 実はこの天幕、外観通りの広さではない。外から見ると人が二人寝転べる程度だが、その広さは見た目の六倍ほどになっている。


「あとはよく使う素材も中に置きたいけど……【収納】しちゃったものの片付けと一緒にあとでやろっかな。うふふ……。しばらくは野営生活を楽しんじゃお!」


 ペトラは天幕を出て伸びをして、心地よい風を浴び青空を見上げた。


「――……でも、何かまだ忘れているような気がするんだよね?」


 疲れが蓄積した脳はまだ本調子ではない。たぶん屋敷を崩壊させるような大事ではないと思うが、ペトラの頭の片隅には何かが引っ掛かっている。


「ま、いっか」


 大切な事ならきっと思い出すだろう。

 ペトラはあっさり思い出すことを諦めると、長椅子にごろりと横になった。



 ――その頃。ペトラの『収納の腕輪』の中では、獅子と薬草の紋章が描かれた『虹色の通信石』が、ピカピカと点滅を繰り返していた。


 そう。王宮では『魔女の通信石』と呼ばれている、あの通信石の片割れだ。



 ◆



「……んぁ? あ、寝ちゃってたか」


 ペトラは胸の上に置いていた読みかけの本を再びポケットに突っ込んで、んん~っと伸びをした。

 青かった空はすっかり紫がかった茜色に染まっている。食事の後に寝転んだらいつの間にか寝入ってしまっていたようだ。


「もう夜か。空は忙しないものね」


 ずっと室内に籠っていてあまり昼夜を気にしない生活だった。それに元々ズボラで面倒くさがりな性格のペトラは、学んだ魔法を好き勝手にアレンジして【快適生活】というオリジナル魔法を屋敷に掛けていた。


 魔力供給さえしておけば、ペトラがやらなくとも適度に換気はされ、暗くなれば設置されている『陽光灯(ようこうとう)』が勝手について、明るくなれば勝手に消える。暑さ寒さも調節されるし、好きな時に寝て食べ、気ままに暮らしていたが……。


「便利だったけど、我ながらぬるま湯に浸かったような生活だったなぁ」


 季節どころが昼夜さえも分からない()()()()だった。煩わしいことはないが、刺激の一つもない。随分とズボラを極めていたものだと、ペトラは苦笑いをこぼし自身に苦笑いを向ける。


 そして『収納の腕輪』に向かって呟く。


「『魔女の風船灯(ランタン)』、五個」


 ペトラの頭くらいの大きさの『魔女の風船灯』がその場に現れた。まだ薄暗い程度だが、早すぎることはないだろう。だって日が沈むのはあっという間だ。


「【点灯】」


 そう言い、魔力を流すとパッと灯りが点いた。灯りの色は好みに設定できるので、ペトラはちょっと考えて、天幕内用は温かみのあるオレンジ色にした。フワフワと浮いたその姿は、別名の由来になった鬼灯(ホオズキ)にますます似ていて可愛いらしい。

 それから屋敷跡に浮かべた灯りは、魔除けの効果もある青白色だ。この魔女の森には結界が張られているが、たまに擦り抜ける何かもいるし、あの色には虫避け効果もあるので丁度いい。


「ま、虫くらい大丈夫だけど、大カナブンにぶつかられると痛いからね」


 あの甲虫は何故か人に向かって突進してくるのだ。ペトラも何度額に傷を作ったことか……!


「はぁ~……眠い。今日はもう寝ちゃおっかな」


 ほんの半日だけど、人間らしい生活をしたペトラの体は睡眠を欲している。


 空にはもう、薄い闇が広がり星が輝きだしていた。



 ◆



 ペトラは天幕へ入りローブを脱ぐ。

 少し小腹が空いた気もするが、まだ探索していない食糧庫を見る気はしないし、食事の用意をする気にもならなかった。


「『栄養補給薬』一個」


 腕輪から取り出したのはここ最近のペトラの常食だ。

 ()といっても、これは必要な栄養素を含んだゼリーだ。古の錬金術師が開発した柔らかい【スライム容器】に入っていて、ちゅーっと吸うだけ。


「お、今日は桃味か」


 この『栄養補給薬』には味にバリエーションがあるのだが、ペトラはいつも適当に取ってランダムに飲んでいた。


「新しい味でも開発しようかな? 味にこだわりはないけど、今度はもっと食事らしい味にしてもいいかも? あ、それならゼリー状じゃなくて、固形の方が食べてる感が出るかな」


 ペトラは昼に食べたジューシーなソーセージと、舌にピリッときたマスタードの味を思い浮かべた。

 あれはスープにしても美味しそうだし、そういえば骨付きの羊肉ソーセージもあった気がする。お籠り中は食べる時に骨が面倒で避けていたけど、野営ごはんに骨付きソーセージはピッタリな気がする。


「魔石バーナーじゃなくて炭火……あ、燻製気分で、香りの出る薪で焼くのもいいかも!」


 そんなことを想像しながら、全身に【浄化】を掛けてペトラはベッドへ潜り込んだ。そして『魔女の風船灯』を消す。


「――ああ、綺麗」


 暗くなった天幕には、一面の星空が映し出されていた。

 ペトラはにんまり頬を染め、夜空を見上げて目を細める。まばたきなどしたくない。だってその瞬間に流れ星を見逃してしまうかもしれないから――。


「あっ! 流れた」


 丁度ペトラの頭の方から足の方へ、一筋の星が流れていった。


 確か夜空は()()()()()()はず。

 ペトラはしばらくぶりの『天幕の夜空』を見上げ、そう思った。


 天幕の天井はもちろん開いていないし、窓も付けていない。この星空は、実際に見えている空ではなく、この天幕に閉じ込めた『星空の記憶』の魔法だ。先ほどここでやった、物の【記憶】を呼び出し整頓をする魔法の応用。


 この星空がいつのものだったかは忘れてしまったが、閉じ込めた星空がどれも最高だったことは覚えている。


 ペトラは、流星群の星空を早く見たいな……と思いながら、ゆっくりと目を閉じた。



 ◆



『にゃ、天幕にゃ! ペトラ~?』


 ペトペト、ペトペト。石床を歩き回る小さくはない足音と驚きを滲ませたその声で、ペトラは目を覚ました。


『ペトラ~この天幕にいるにゃ~?』


 天幕の入り口が軽く揺れている。この『にゃ』の語尾の人物が、天幕に張られた結界をノックしているのだろう。

 この天幕にはペトラの【許可】がなければ近寄ることはできないし、入ることもできない。


「んー……ティグレ? いま開けるよー」


 ペトラは欠伸をしながら伸びをして、ローブを羽織って「【解錠】」と唱えた。



「おはよ、ティグレ」

「おはようにゃ」


 天幕の前にいたのは、昨日言っていた通りに現れたティグレだ。


「んにゃにゃ? ペトラ、にゃんかいつもより顔色がいいにゃ」

「ほんと? ごはん食べてよく寝たからかな? あ、ティグレは朝ごはん食べた? まだだったら一緒にどう?」


 するとティグレの耳がピーンと立って、嬉しそうに尻尾がゆらぁり揺れた。


「いただくにゃ! 朝ごはんは食べてきたけどいただくにゃ!」


 ティグレに長椅子を勧め、ペトラが何を作るかな……と考えていると、そこへ働いていたゴーレムがやって来た。手には生みたての卵を入れた籠を下げている。


「あ、今日の卵か。ありがとう、ゴーレム君。そうだ、屋敷は無くなっちゃったから、今後の収穫物は……ここ! しばらくはこの箱に入れてね」


 ペトラは即席で【時間停止】を掛けた食料箱を作り、ゴーレムへ命じた。


 ――そうだ、あとで素材専用箱も作らなければ。ああ、それよりも個別に天幕を建てて食糧庫と素材保管庫にしてしまったほうが簡単かもしれない? ゴーレムもそのほうが仕事がしやすいだろうし、そうしよう。

 ペトラはそう思い、あとで忘れずにやろうと頭の中のメモに刻んだ。


「あ、そうにゃ。ペトラ~これ、おみやげにゃ」


 ティグレが差し出したのは森で採れた蜂蜜だ。手ぶらに見えたティグレだが、そのモフモフの下には秘密のポケットがあるのだ。多分。


「わ、ありがとう! すごいね、美味しそうな蜂蜜!」


 森の奥でひっそりと咲く花々から集められた蜜は、魔素をたっぷり含んでいてこれを食べるだけで魔力が回復する程。それに魔法の素材にもなる貴重な一品でペトラの好物だ。

 そして掌に乗るこの小瓶一つでも、街に持って行けば金貨数枚に変わる高価な素材でもある。


「せっかくの蜂蜜だしすぐ食べたいなぁ。何にしよう……うーん……あ、『黄金トースト』にしよ!」


『黄金トースト』とは、卵、牛乳、砂糖を混ぜた卵液を作り、そこにパンを浸したっぷり染み込ませて焼いた甘いパンだ。今日は蜂蜜を掛けて食べる予定だが、果物や粉砂糖、ナッツやチーズを乗せて食べても美味しい。旅先で『フレンチトースト』と呼ばれていた庶民の料理だ。


「――ん?」

「にゃっ」


 ペトラとティグレの二人が共に顔を上げ、森の入り口の方に視線を向けた。


「侵入者にゃね~? ペトラ、ティグレが見に行ってくるにゃか?」


 ティグレは耳をピクピクさせて音を拾っている。

 この森は魔女の森でもあるけれど、ティグレの森でもあるのだ。この大きな森全体を守護しているのがティグレ、その中の魔女が譲り受けた一部を管理しているのが『千年魔女』だ。


「そうだね、お願いしていい? その間に私、美味しい朝ごはん作っておくから!」

「任せるにゃ~! 侵入者は一人みたいにゃし、迷子かにゃあ~?」

「うーん……。迷子にしては真っ直ぐこっちに向かって来てるのが気になるけど……」


 この森の浅い部分には【迷路】の魔法が掛けられている。あからさまな効果ではないので、やんわりお帰りいただくのに適した結界だ。だがこの侵入者は迷いもせずに、まるで『千年魔女の屋敷』を目指しているように森を進んでいる。


「ペトラのお友だち…………にゃわけにゃいにゃね~」

「ほっといて。人間の友だちなんて何十年か前に皆いなくなっちゃったのよ」

「ニャッニャッ、見栄張らにゃくてもいいのにゃ~。ペトラに友だちにゃんか元々いにゃかったでしょ?」

「ほっといて」


 ティグレはニャッニャッと笑いながら、太い鉤尻尾を上げてぽてぽてと森の中へ消えていった。



「さて。私は美味しい黄金トーストのために食糧庫を漁りますか」


 ペトラは昨日入り口までしか入らなかった食糧庫へ足を向けた。

 地下への入り口は元キッチンと工房の間にある。階段を下りたところには扉が二つ。右が食糧庫で左は素材倉庫だ。


「うーんと……バター……バター……あ、あった! それから牛乳と……ん? これは何だっけ? ああ、ヨーグルトか! これは蜂蜜と合う。持って行こ! それから~……」


 久しぶりに入った食糧庫は楽しくて、ペトラはあちこちに手を突っ込み覗き込んだ。すると『塩レモンの瓶詰め』が見つかった。

 一時期ハマって沢山作った、塩とレモンを漬けた調味料だ。シンプルにレモンだけのもの、ハーブと一緒に漬けたもの、他の柑橘類も一緒に入れたもの等々。色々と揃っている。


「これ、黄金トーストの蜂蜜掛けに絶対合う……!」


 地下室から上がると、ペトラは日除けの屋根布(タープ)の下で早速下ごしらえを始めた。今日も爽やかな晴天で料理をするにも気分がいい。


「まずは卵液を作っちゃおう。卵二個、砂糖、牛乳を入れてよく混ぜて……うん、溶けた溶けた。やっぱり料理は魔法を使うに限る!」


 ここは魔女のキッチンだ。使うのは混ぜ棒ではなく魔女の杖。ツイっとひと振りすれば風の魔法がボウルの中で渦を巻き、あっという間に滑らかな卵液を作ってくれる。


「で、切ったバゲットを浸して……ちょっと多かったかな? いやでもティグレはよく食べるから丁度いいか。さて。――『じんわり【熱せ】よ』」


 ペトラはパンを浸したボウルを包むように手をかざし、卵が固まらない程度の熱を加えていく。ここで杖を使わないのは掌のほうがやりやすいからだ。

 魔法はイメージが大事。杖はその魔法を向ける位置や、力加減を正確に伝えるためのもの。だからボウルを『包み込み温める』イメージなら、このほうが的確にできるのだ。


 温めながら浸したパンを見ていると、徐々に卵液が染み込んでいくのがその様子で分かる。卵液が減り、パンの色が変わり重たそうにへたってきた。


「うん、いい感じかな」


 ペトラは昨日使ったスキレットを竈に置いて、しかしハタと動きを止めた。


「あれ、これじゃティグレの分が焼けないよね!? どうしよ、二回に分けて焼いてもいいけど……」


 と、侵入者を見に行ったティグレの魔力を探ってみる。どうやら問題は解決してこちらへ向かっている様だ。この距離ならば多分、あと十分刻ほどで戻るだろう。


「よし! もっと大きいのを探そう!」


 ペトラはキッチン跡から大き目のフライパンを発掘し、【洗浄】をしてそのまま竈へ。たっぷりのバターを乗せたら弱火で焦がさぬように溶かしてやる。強火でさっさとやってしまいたいが、ここはグッと我慢だ。


「ああ、バターが溶けていい香りがしてきた~! よしよし、そしたらここに卵液をまとわせたパンを並べて……」


 じゅぅ……っ、と控えめな音が聞こえて、パンの端に垂れ溜っていた卵がじわじわと固まっていく。


「ンわあ! 濃厚なバターと甘い玉子の匂いが暴力的……ッ!」


 これは美味しいしか有り得ない。ペトラはそんなことを確信して、フライパンに蓋をした。こうして五分刻ほど蒸し焼きにしてやると、ふっくらしっとりに仕上がるのだ。


「うん、弱火ヨシ! さーその間に……レモン!」


 ペトラは『塩レモンの瓶詰め』から輪切りのレモンを十枚ほど取り出した。

 塩はすっかり溶けて漬け汁となっている。軽く振って余分な水分を飛ばしたら、全部まとめてザクザク微塵切りにしていく。これは粗くて構わない。


「小さ目のお皿にヨーグルトを入れて、微塵切りにした塩レモンをひと摘まみ。ミントも乗せて……うん、いい感じ!」


 お楽しみの蜂蜜は、食べる直前にお好みの量を掛けていただこう。


「……ん。そろそろかな?」


 甘さにちょっと香ばしい匂いが混じったところで、ペトラはフライパンの蓋に手を掛けた。そうっと開けると、途端にもわっと湯気が立ち上り、バターと混ざり合った甘い香りが鼻腔をくすぐった。


 皿と一緒に発掘したフライ返しを使い、恐る恐る焼き加減を見てみると……まだら模様の絶妙な加減の焼き色が付いている。


「よしよし!」


 あとはもう片方を同じように焼いたら完成だ。

 しかしここで注意。片面しか焼けていないパンはまだ卵液で重い。優しく持ち上げ引っ繰り返さなければ、パンは無残な姿になってしまう。


「そーっとそーっと……パンが切れちゃわないように」


 ペトラはそうっととフライ返しに乗っけると、素早くパンを引っ繰り返す。一つ、二つ、三つ……六つ! 全部を引っ繰り返したら、再び蓋を閉めて数分待つ。


「ふぅ! 珍しく綺麗に焼けてる!」


 自分だけの食事だとついつい適当になるけど、人の分も作るとなるとこんなに真面目に作れるんだな。と、ペトラはそんな風に思いつつ、地下にあったローテーブルを出しクッションを並べた。カトラリーは無事見つかったし、今日は木皿もあるのでナイフとフォークで食べよう。


「飲み物も用意しますか」


 コップに水を入れ摘んでおいたミントを浮かべ、【氷結】の魔法で氷を作ってその中へ。


「大き目の氷にしたから、食べる頃には丁度いいでしょ!」


 すぐにヒンヤリ冷えてきたコップをテーブルに置き、ペトラはそろそろ良さそうなフライパンの元へ。蓋を開ければ、甘い匂いを漂わせた『黄金トースト』が焼き上がっていた。


「私は二切れ、ティグレには三切れ。そして……これはおかわり用の予備の一切れ!」


 黄金トーストを滑らせるようにして木皿に移した。今日はこれに森の蜂蜜をたっぷり掛けていただくつもりだが、ペトラはそれぞれ一切れにだけ、細切りにした塩レモンを乗せた。


「よし! 出来上がり! ……ティグレ遅いなぁ?」


 魔力を探るともう近くまで来ているようだが、何かトラブルでもあったのだろうか? 侵入者を追い払ってすぐに帰ってくると思っていたのだけど……?


「ペトラ~ただいまにゃ~!」


「ティグレ! 朝ごはんできてるから早速食べ――……ん?」

「これ、落ちてたにゃ」


 とてとて歩くティグレの腕には、十二、三歳くらいの男の子が抱えられていた。


「えっ、どこに落ちてたの? ……命に別状はなさそうね」


 目を閉じくたりとしているが、この感じはきっと森の【迷路】の魔法に酔ったのだろう。サラサラの黒い髪に絡まっている木の葉を見て、ペトラはそう思った。

 こういう人間はたまにいる。行く手を阻む木々の間を無理矢理くぐると、更に頑なに阻まれその魔力に酔うことになるのだ。


「森の迷路の(にゃか)一族(うち)の子猫たちに囲まれてたにゃ~」

「ああ、子猫ちゃんたちも見に行ってくれてたんだ。あら? この紋章って……」


 マント留めの金具には獅子と薬草の紋章、そして剣が描かれていた。獅子は王家の象徴で、薬草は魔女の象徴。この二つを組み合わせているこの紋章は、王国の紋章だ。

 それによく見れば、男の子はやけに立派な剣を下げ、しっかりとした布地のマントをつけている。


「王国の騎士……見習いかな?」

「にゃんでそんな子が来たにゃ~? 正騎士が来るにゃらまだしも…………。にゃ? ペトラ、確認にゃけど、屋敷が消滅したあとお城に連絡入れたにゃか?」


 その質問にペトラは目を見開き、金の睫毛を震わせ「ああ!」と思わず声を上げた。

 あの『何か忘れているような気がするけど、思い出せない引っ掛っていたこと』はこの事か!! と。


「…………ううん、入れてない」

「にゃにしてるにゃ!? それにゃ~ん!」


 ポムン! ティグレの肉厚な肉球がペトラの頭に落とされた。痛くはないけど地味に衝撃があるのだ、これは。


「ああ~……大切な事ならそのうち思い出すと思ってたんだけど……!」


 屋敷が崩壊して、百年以上生きた魔女もさすがに動揺していたのだろう。今の今まで、城へ連絡を入れなければならないことを思い出せずにいた。


 『千年魔女』には、大昔にこの国の王と交わした盟約がある。

 強大な力を持っていた魔女を恐れた王国と、面倒事を避けたい魔女との間で結ばれた約束だ。その内容は『対等な立場で付き合うこと』『魔女には自由を、王には恩恵を』という至って簡単なものだ。


 魔女はペトラで二代目だが、王は何代も変わっている。

 その間には険悪な時代もあったという。しかし長い時を生き、強い力を持つ魔女にとっては王だって子供にしか見えない。大抵のことは笑って見逃してやったが、目に余るおイタにはその力を行使し、盟約を結び直させた。


 そして『虹色の通信石』を交わし持ち、お互いに敵意がないことを示し続けている。

『虹色の通信石』は約束の証であり連絡用。『変わりない』ということを淡く発光し続けることで教えているのだ。


「だからかぁ」


 ペトラは目を閉じたままの男の子を見て、溜息をこぼした。


 屋敷が消滅して、王宮にある『虹色の通信石』に異変があったのだろう。

 あの屋敷の崩壊は、魔力的になかなかの衝撃だったはずだ。もしかしたらその衝撃による異変を、王家側は『魔女の叛意(はんい)』か!? と危惧したのかもしれない。いや、歴史を振り返ればそう考えて当然だ。


「にゃ~。それにしたってこんな子供を送るにゃか? 魔女を舐めてるのか、この子が特別にゃのか……」

「うーん……どうだろう? ――あ、あった『虹色の通信石』」


 ペトラは収納の腕輪の中にあった『虹色の通信石』を取り出し、点滅していることに気が付き苦笑した。

 点滅は二種類、一つ目は救難信号のようなものだった。屋敷が消えた魔力的な衝撃で、このような信号を発してしまったのだろう。


 そして二つ目のは、あちらからの通信だ。異変の直後から呼び掛けているものと思われる。


「あー……。面倒なことになりそうだから、この子が起きるまで連絡するのは待ってようかな……?」


 ペトラはチラッとティグレを見上げる。


「そうにゃね。もう一晩放置してるんにゃし、あと数十分ほっといても変わらにゃいにゃ。ところでペトラ、朝ごはん……」

「あっ! 冷めちゃう! とりあえずその子は長椅子にでも寝かせて、食べよ!!」



 ◆



「んにゃ~! ペトラすごいにゃ! 美味しそうにゃ!」


 テーブルに並んでいるのは、木皿に乗せられた『黄金トースト』と刻み塩レモンを乗せたヨーグルト。甘い香りのパンは名前の通り黄金に輝いていて、新緑色のミントが彩りを添えている。


「ふふふ! ここにティグレが持ってきてくれた蜂蜜を……とろ~り!」


 琥珀色のスプーンで掬って左右に振って、縞模様を描くように掛けてやる。焦げ目がついた黄金のパン地に煌めきが加わって、ペトラの目にもキラキラしたものが滲みだす。


「はいっ、ティグレもどうぞ!」

「たっぷりよろしくにゃ~」


 それでは、と。二人はフォークとナイフを持っていざ、黄金トーストへ。


 ――じゅ……ふわっ、ふにゅん。


「ふわあああ! やわらかぁ~い!」

「にゃあにゃあにゃあ~!」


 ナイフがスッと生地に吸い込まれて、たっぷりの卵液で柔らかくなったパンがほどけるように切り分けられた。


「ティグレ、やわふわだから気を付けて。フォークが刺さらない……!」

「んにゃ~!? ほんとにゃ。ペトラ、ティグレ口からいっていいにゃ?」


 ペトラとティグレは頷き合って、柔らかフワフワすぎるパンへ思い思いに食らいついた。ペトラはフォークで掬い上げるようにして、ティグレは大きな手で木皿を持ち上げ牙が可愛いお口でガブリ。


 しゅくっ、じゅわぁ~……! たった一口で甘い香りが口内に広がって、蜂蜜の濃厚な甘さが喉から鼻へと幸せを伝えてくれる。


「んん~! 卵の優しい甘さも美味しいし、ふんわりなんだけど焼けた卵がツルッとした食感にもなってて……美味しい!!」

「ペトラ、ペトラ、このレモンもいいにゃ~! にゃんだろう? 爽やかにゃしょっぱさが蜂蜜と混ざって、益々すっごくおいしいにゃ! おいしいにゃ!」


 ティグレがむしゃむしゃっと塩レモン乗せを三口で平らげ、口の周りをペロリと舐めた。


「私も塩レモンも……! んん~! 美味しさで脳が痺れる……ッ! これ、優しい丸い塩味で……甘い物との組み合わせ最高だね!」

「最高にゃ! あっ、シニャモンもあるにゃ!? 掛けるにゃ~」


 二切れめの少し焦げ目が濃いパンを食べ終えたティグレは、最後の一切れに独特な香りのスパイスをたっぷり振りかけた。


「にゃ~……いい匂いにゃ! 絶対おいしい……にゃ……、くちゅん!」

「あはは! ティグレ掛けすぎたんじゃない?」

「粉が鼻に入ったにゃ!」


 ぐしぐしと手で顔を洗うティグレに、ペトラは【洗浄】を唱えてやる。まだくしゃみが止まらないティグレに笑っていると、視界の隅で何かが動いたことに気が付いた。


「あっ、目が覚めた?」


 長椅子を振り返ると、見習い騎士の男の子がボーっとした様子でペトラたちを見ていた。

 その瞳は(あで)やかな金色で、ペトラとティグレは一瞬顔を見合わせた。なるほど。これが、この少年が森に侵入できた理由か、と。


「気分はどう? ちょっと見せてね」


 ペトラは長椅子の端に腰掛け、彼の額に手を乗せる。

 ひんやりとしたペトラの手が気持ちいいのか、まだ魔力に酔っているのか。男の子はされるがまま、瞳を閉じてペトラに身を任せている。


「にゃ~……まだ酔っぱらってる感じにゃね?」

「うーん。ちょっと熱があるしそうかも。君、ちょっと調()()するよ?」


 そう言うと、ペトラは男の子の額と自分の額をくっ付けて、ゆっくり、ゆっくりと魔力を流した。


「ん……、ン?」


 閉じていた目をパッと開けると、彼はのけぞるように身じろいだ。

 夢うつつのままボーッとしていたら、突然、至近距離に甘い匂いをまとった綺麗なお姉さんがいたのだ。驚くのも無理はないが、実はそれだけではない。


「うゎっ、ぞわぞわする……!?」


 まだ上手く力が入らない腕でペトラの肩を押しのけるが、しがみ付いているようにしか見えない。


「大丈夫。森に酔ってる君の魔力を、私の魔力で整えてるだけだから」


 この森に馴染み切っているペトラの魔力で、森に乱された男の子の魔力を導く。そんな感じの魔力干渉だ。


「いや、だが……っ!」

「はいはい、ジタバタしない。もう少ししたらスッキリするから」


 ペトラは突っ張られた腕を撫で、その手を握って落ち着かせようとしたが――。

 騎士見習いの男の子にとっては逆効果で、酔いは治まっても気持ちが落ち着くわけもなく、耳まで真っ赤に染めている。


「くすぐったいんにゃよね~。魔力が入ってくるんにゃもん! ニャッニャッ」


 魔力とは、身体で例えて言うなら粘膜だ。

 とても敏感で、気安く触れるような箇所ではない。初対面など、普通は有り得ない。


「ほら、逃げないの」


 きゅっと手を握り直され、彼は顔を真っ赤に染め上げる。

 ティグレはそんな様子を上から見下ろしニャニャッと笑うと、残っていたシナモンたっぷりのトーストを一口で頬張った。



 ◆



 長椅子で項垂れる男の子を前に、ペトラは首を傾げていた。


「ねえ、まだ気分悪いの? おかしいな、魔力干渉下手になったのかな。ねえ、もう一回……」

「いえ! 十分です! 回復しましたっ!」


 ペトラを見上げた、その意志が強そうな瞳はやっぱり金色だ。

 見習いの彼が持つ黒髪と金の瞳は、この国では特別な意味を持っている。『黒いたてがみと金の目は強い獅子の証』という言葉があり、黒獅子は王家の紋章に使われている。


 この国では、黒髪金目は王族の特徴なのだ。


「あの、あなたが『千年魔女』殿ですか……?」

「うん、そう。君は? 騎士見習いだと思うけど、どうしてここへ来たの?」

「はい。私は魔法騎士見習いのリオン。ここへ来たのは…………あれっ?」


 リオンと名乗った彼はコテンと首を傾げ周囲を見回した。そして困惑を浮かべた顔でペトラを見上げ、言った。


「あの、魔女殿。屋根が見えないのですが……? 何故ここに天幕が……?」

「あはは! それは屋敷が消えちゃったからだよね!」


「は?」

「消滅したの。あ、私は魔女のペトラ。えっと、リオン? 黄金トースト食べる? ちょっと温めれば十分美味しいと思うし、どう?」


「は?」


 食卓に招かれたリオンは、まずは話を! と、王宮に置かれている虹色魔石の『魔女の通信石』に異変があったことを伝えた。

 ペトラは悟ったように穏やかな微笑みを浮かべ、ティグレは呆れ顔でぺろぺろと顔を洗っている。


「――で、まずは通信をと信号を送ったが、一晩たっても魔女殿からの応答はない。これは一大事かもしれない。誰か森に派遣しよう、となり俺……私が来ました」


「いいよ、俺で。言葉遣いも楽にしてね。だって、私たちは()()でしょう?」

「えっ」


「ふふっ。この森に入れるのは、魔女の他は王族だけよ。極稀に、物凄く魔力が豊富な人が迷い込むことはあるんだけどね」

「本当にそうなんだ……」


 リオンは何か感じるものがあったのか瞳を輝かせ、片膝を突き再び口を開いた。


「それでは、改めてご挨拶を。俺は第三王子で、魔法騎士見習いのリオン。千年魔女殿にお会いできて光栄です」

「ふふ。私は二代目”千年魔女”のペトラよ。まあ、屋敷がこうなってしまって通信石に異常が出たと思うのだけど……。とりあえずは食べましょっか?」


「二代目……?」


 リオンはまた目を瞬く。『二代目千年魔女』とはどういうことだろう? 初耳だと、困惑よりもワクワクした目でペトラを見つめる。だがペトラも、リオンと同じく驚き首を傾げた。


「にゃ~……もしかして、王様に言わにゃいまま代替わりしちゃったんにゃにゃい?」

「師匠ならやり兼ねないわ……」


 先代・千年魔女は、よく言えばおおらか、悪く言えばズボラ。師匠が師匠なら、弟子も弟子なのだった。



 ◆



「さてさて。それじゃ……『じんわり【加熱】』」


 ペトラは自分の食べかけと、おかわり用に余分に作っておいた一切れを魔法で温めると、リオンに「召し上がれ!」と差し出した。


「いただきます…………ぅわっ、美味しい」


 一口食べたリオンが、二つ重ねられたクッションの上で思わず呟いた。

 ペトラはシナモンをたっぷりかけた最後の一切れを食べながら、その声に満足げに微笑み頷いている。


「魔女殿はいつもこのような食事を? こんなにふんわりしたパンは……んっ? 疲れが癒えるような……魔力まで回復してきた!?」

「えへへ……」

「ニャシシッ」


 曖昧に微笑むペトラの横で、ヨーグルトの塩レモン添えを舐め食べたティグレが意味深に笑った。


「いつもじゃにゃいにゃ~。ペトラは立派なズボラ魔女にゃから、いつもは疲労回復薬や栄養補給薬にゃよ。ニャシシッ」


「えっ……、えっ?」


 リオンが信じられないものを見る目でペトラを見た。疲労回復薬も栄養補給薬も、決して食事ではない。


「い、いつもじゃないよ!? 月の半分くらいだけだし!」

「えっ……。あ、それではまさか、この食事にも回復薬が……?」

「ああ。ううん、入ってないよ。疲労回復効果はきっと森で採れたレモンのおかげだし、魔力の回復は蜂蜜のおかげ」


 よかった……とホッとしたリオンだが、「それにしても月の半分も薬で……?」と思わずこぼしてしまう。信じられない不摂生だと思ったし、それでも大丈夫なのはさすが魔女とも思ったが――。


「本当に、月の半分? いつもは他にどんなものを……?」


「えっと……そうだ、この前はミートボールをコケモモソースとバジルソースでいただいたし、チーズたっぷりのガレットのメイプルシロップ掛けとか……あっ、あと、大きなトマトの中身をくり抜いて挽肉とスープに浸したお米を詰めてオーブンで焼いたりとか、ここの野菜は美味しいし、あと、『パンのなる木』とか『肉がなる木』も作る予定だし!」


「……え?」

「にゃ? 『パンのなる木』とか『肉がなる木』ってにゃにそれ?」


「ああ、これこれ」


 ペトラはローブのポケットに入れっぱなしにしていた『木になる美味しい木の実の本』を二人に見せて、古の面白い錬金術なのだ! と熱弁を振るった。


「なんという……非常識すぎる!」

「ええ。にゃにそれ~!? ティグレも一本ほしいにゃ!」


 ティグレは驚きつつも、素材は任せるにゃ! と一緒に作る気まんまんで、リオンは訳の分からない錬金術の話しに戸惑っていた。


「本当、非常識なんだけど、でもほら、レシピも研究の記録もあるし……作れると思うのよね。だって、私は『千年魔女』だから」


 ペトラがフフッと笑う。

 その笑顔にリオンは目をパチリと見開いて、つい、じわりと頬を染めた。


 リオンにとって、『千年魔女』は憧れの人だ。

 幼い頃から聞かされたお伽噺、城に残っている王たちの日記、魔導師長が残した魔女との取引の記録。その中にあった、大きな力を持ちながらも自己の利益は求めない、そんな清廉な魔女の姿に憧れたのだ。


 そして今、リオンの前で微笑む彼女は、憧れ続けた『千年魔女』に見えた。

 さっきまでは『二代目』と言っていたし、この軽くてどうやらズボラで、甘ったるい砂糖の匂いをさせたお姉さんが、本当に千年魔女なのか? と信じ切れずにいたのだが――。


 古の錬金術を復活させてみせると言ったペトラの横顔は、自信に満ちていて美しくて、リオンは思わず見惚れてしまう。


「ねえリオン? 『パンのなる木』と『肉のなる木』ができたら見に来てよ。何か美味しいもの作るから!」

「にゃ。それがいいにゃ! ペトラは一人にしておくと本当にひどいから……ティグレももっと遊びにくるにゃ」

「うん、是非そうして! なんか天幕張って外で食事するのって楽しいし、よかったら子猫ちゃんたちも一緒に!」


 二人はそうしよう、木はどこに植えよう? と、どんどん話を先に進めていっている。


「あの、魔女殿? 俺が来ても、迷惑ではないですか?」

「全然! 好きな時に来て。リオン」


 途端にリオンの顔に喜色が溢れ出す。

 ああ、ペトラの言葉は魔法だ。リオンはそう思った。ペトラの一言はリオンの視界をきらめかせ、その心を心臓ごと弾ませる。


「はい……! 必ずまた来ます! 俺、魔女殿に会いに来ます!」


「うん、楽しみにしてる。あ、そうだ。王様には『屋敷が倒壊しただけで魔女は無事です。しばらく天幕で暮らすつもりだからご心配なく』って伝えておいてくれるかな? 屋敷は野営に飽きたら自分で建て直すから、本当にお気遣いなくってお願いね?」

「え、は、はい。……伝えておきます」


 ちょっと口篭りつつ、リオンはそう答えた。



 さて。口籠ったのはペトラの物言いのせいか、それともリオンの立場が関係しているのか、どちらだろう? ペトラはそんなふうに思った。


 リオンが王族なのは確かだが、何が起こっているのか分からない場所へ、まだ成人していない王子を一人で送り出すのは普通だろうか。


(森には王族じゃなきゃ入れないけど、でも、いい扱いとはちょっと思えないなあ)


 だが、ペトラは魔女。人の(ことわり)から外れた者だ。

 王族には王族の、魔女には分からない複雑な事情があるのかもしれない。どんな事情なのかとペトラが詮索する筋合いはないし、今はそんな気もない。


 でも、いつか焚火でも囲んだらリオンの口から聞けそうだな……なんて、ペトラは思った。



 ◆



「それでは魔女殿、また、必ず訪問します!」

「うん。いつでもいらっしゃい」


 ペトラはティグレと一緒に、リオンを森の入り口まで見送りに来ていた。

 結界の向こうには、馬車とやきもきした顔の騎士の姿が見えている。向こう側からこちら側は見えないので、リオンもペトラの姿にも気づいていないのだ。


「お迎えがちゃんと来ててよかった。ちょっと心配してたのよね」

「そうにゃ~。ティグレが送っていくしかにゃいかな? ってちょっと思ってたにゃ」


 少なくとも、リオンは仲間には恵まれているようだ。ペトラとティグレはホッとした気持ちで少年王子を抱きしめ、もふもふの頬をすり寄せ、荒れているが白く細い指先でその黒髪を撫でた。


 ティグレのふかふかの毛並みに埋もれたリオンからは、「ぅわあ……」と、なんとも表現し難い複雑な感情がこもった声が漏れていた。



 ◆



 リオンを見送り、ティグレも森の家へと帰ったあと、一人になったペトラは青空の下で寝転んでいた。

 ポケットからは『木になる美味しい木の実の本』がはみ出ていて、適当にまとめた金髪はくしゃくしゃ。靴も靴下も脱いで、裸足でのびのびゴロゴロしている。


「は~……人に会ったの、久し振りだったなあ」

「ごはんも美味しかったぁ~」

「リオン、次はいつ遊びにくるかなあ……」


 独り言がポロポロと口からこぼれ出た。


「あー……風が気持ちいい」


 そよそよ、さわさわ。頬を撫ぜる風は、花の香りに土の匂い、水のせせらぎに鳥の声も届けてくれている。この森は、こんなに静かで心地よかったのかと、ペトラは百年を経過して思い知った。

 なんだか楽しくて、ゴロンごろんと寝転がったら足先にスキレットがぶつかった。


「あたた……あー蜂蜜おいしかったなあ。明日は何作ろう? …………あ、その前に夜も考えなきゃか」


 空に向かって呟いて、ペトラはフフッと微笑み思う。

 予想もしていなかった屋敷の崩壊だったけど、こんな楽しい予想外なら大歓迎だな! と。


(ああ。こんなにワクワク、ソワソワするのは一体いつ振りだろう)


 好きに魔法や魔道具の研究ができる気ままな暮らしは楽しかったが、反面、同じことの繰り返しでもあり、気付かぬうちに少々退屈に感じていたのかもしれない。


 長い長い魔女の時。善き魔女がいつの間にか悪い魔女へと変貌してしまうことがある。

 ペトラは彼女たちに何か良くないことが起きたのだろうな……と単純に考えていたが、実はそうではなかったのかもしれないと、今日はじめて思った。


「何もなさすぎて、知らぬ間に歪んでいったのかなぁ……」


 もしかしたら師匠も、その気配を感じて突然旅に出てしまったのかもしれない。ペトラはぼんやりと、そんなことに思い至る


「――まあ、いいか」


 今はそんなことよりも、この暮らしをのんびり楽しもうではないか!


「森にベリーを摘みに行くのもいいな。あ、久しぶりに近くの村に顔を出すのもいいかもしれない。引きこもってる間に新しい美味しいものができてるかもしれないし……ああ、作り溜めちゃった魔道具やら薬もいっぱいあるから修行時代みたいに行商の真似事も楽しいかも……? そのうちリオンに案内してもらって王都にも……」


 これからの展望に想いを馳せ呟いているうちに、ゆるゆると瞼が重くなってきた。久しぶりによく動いたので疲れたのだろう。


「まずは明日……『パンのなる木』と『肉がなる木』……作っってみようかな~……」


 うふふ。

 ペトラはニンマリ笑い、まずは昼寝の誘惑に身を委ねることにした。




 二代目・千年魔女ペトラの、気ままな森の天幕生活はこうしてはじまったのだった。

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