私もフライボックスにしておけばよかったのだろうか
スポーツチームを持つ会社と聞いて、人は皆羨ましいと思うのだろうか。会社内の部としてのチームだったり、スポンサーとして出資していたり、とにかく何かどこかしらのチームと縁がある状態の会社。その競技の経験者や趣味として観戦する人たちにとっては、楽しむ機会が増える訳だから、その人たちにとって良い要素なのだろう。また逆に、興味が無い人からすれば自ら関わりを持とうとする筈もない。つまり結論としては、スポーツチームを持つ事はゼロかプラスでありマイナスにはならない、多くの人にとっては。
その多くの人から外れてしまうのが、今の我々なのだろう。日曜日で休みだというのに、強制的に応援に駆り出された。ウチの会社がサッカーチームを所持しているとななんとかで、しかも年々人気が下がっているとかなんとかで、来客が少なかったら選手のモチベーションに関わるとかなんとかで、応援しにこいとかなんとかで。
とにかく会社側の勝手な都合で強制的に休日を潰されているのがとても腹立たしい。しかも応援しにいくので仕事ではない、つまりは時間外労働の手当も出ない。
私も赤城くんも摂津くんも、サッカーに興味はない。私は卓球経験者、赤城くんは剣道経験者、摂津くんは将棋経験者。
「櫻井さんか岩村さんがくればよかったのに」
「二人とも明日から出張だしな」
「これ電車賃出るんですかね」
「出ないんじゃない?」
「出ないですよね。そもそも勤務扱いじゃないし」
「なんでサッカー経験者が来れなくて僕らなんですか」
「そもそもウチの会社ってやたらサッカー好き多いですよね」
「こないだもフットサル大会あったしな」
我々は観戦をそっちのけで愚痴りあっていた。フットサル大会も祝日に行われ、興味がない社員も強制的に集められた。これも給料は出なかった。拘束するのに給料は出ない、当然こちらとしては不満が溜まるばかりだ。
で、今日の十三時試合開始というのも腹が立つ。こっちに来る前に昼食をとると早すぎる時間になるし、終わってからになると遅すぎる。自ずと昼食はここで摂るのに決定づけられる。また、得てしてこのようなイベント会場の食事は値段が高い。しかも味が濃いものばかりなので飲み物も買おうとすると、これも値段が高い。山奥の旅館に来た気分になる。何もかも腹立たしくなってくる。ただ、流石にこのまま何も食べないので我慢するのも無理だし、この会場の金儲けの仕組みに降伏せざるを得ない。
「ごめん、昼ご飯買ってくるわ」
二人にそう伝えて立ち上がると、
「あ、まとめて僕買いにいきましょうか? 僕も行こうと思ってたんで」
「だったら自分が行きますよ」
後輩が次々に答えてくれた。ただ、自分が食べるものぐらい自分で決めたいので、断っておいた。
スタジアムのゲートから指定席までかなり歩かされた。その間に3件ほどあった筈だ。
一件は通路に出てすぐにあった。フランクフルト700円、たこ焼き800円、お好み焼き900円。看板の記載を見て絶望した。日々のランチでは奮発して600円なのに、一番満足感が少なそうなフランクフルトがそれを上回ってくる。この店は諦めることにした。
次はトイレの側。ハンバーガー600円、ポテトフライ500円、オニオンリング600円、イカリング700円、フライボックス950円、そしてポテトフライSサイズが300円。本日二度目の絶望である。これで昼食と言えようか。栄養バランスがうんぬんの前に、間食感が強すぎる。主菜を張れる実力者が見当たらない。いっそのことフライボックスを買ってみんなで楽しもうか? いや二人とも普通にご飯を買った場合、私がこれを全て食べる事になるのだ、これは案外リスキーな選択だ。次の店を探そう。
最後の店はついに見つからなかった。記憶によるとあそこはゲートすぐそこだったので、かなり遠いのかもしれない。
…仕方がない、ポテトフライSサイズ300円で腹を誤魔化して、晩御飯を早めに食べよう。
席に戻ると赤城くんがいなかった。
「あ、赤城さんもご飯買いに行きましたよ」
摂津くんが教えてくれた。
「買いに行かないの?」
「あー、自分は買わなくていいかなって思って」
彼は遠慮がちに答えた。
「そう。これ一個いる?」
「いいんですか? ありがとうございます」
摂津くんは袋に手を入れてポテトフライを一つ取り出し、すると想像より大きめのものが出てきた。ちゃんと確認していなかったのだが、どうやら先程の店はポテトフライは一個一個が大きいらしい。たまたま取り出した一つが大きいわけではないのだ。
私は摂津くんがポテトを取り出した瞬間、「あ、デカいやつをイカれた」と考えてしまった。…なんて器の小さい男なのだろう。大きいものが幾つか入っているタイプのこのポテトは、すぐに食べ終えてしまった。
しかしそれにしても一つしか渡さなかったのも、器が小さかったのかもしれない。はじっこの2、3個はサイズが小さく「残りいらないからこれあげるよ」ぐらい言ってあげればよかったのかもしれない。そうすれば摂津くんにも「あゝ、器の大きい人だなぁ」と思ってもらえたのかもしれない。
というか、そもそも二つ買ってきてもよかったのではないだろうか。いや私は売店に向かった時点では摂津くんがご飯を食べない決断は聞いていなかった。それは無理だ。…違うな、それもダメだ。私が売店に向かおうとする時点で「いいよ、みんなの分買って来るよ」ぐらい言えなければならなかったのだ。
もうこんな想いをしてしまうぐらいならそもそもポテトフライをあげなければよかった。自分で全部食べればよかった。デカいやつイカれたし。何を言っているんだ私は、何も食べようとしない彼を前にして一個あげるぐらい出来なければそれこそ「ゑ、器が小さいなぁ」と思われてしまう。
最良の選択は、完全に二人で半分こすればよかったのだ。それが一番器を大きく見せられたはずだ。
ただ、摂津くんは謙虚で真面目な素晴らしい後輩だ。もしかしたらそんなふうには思っていない可能性だってある。もはや一個分けた事でさえ彼の中で「優しい人だなあ」と彼の中での私の印象をそのように決定付けてくれたかもしれない。
無駄に悲観的になるのはやめておこう。それと、またこのような機会があった時は豪快に奢ってあげよう。次のサッカー観戦が待ち遠しい限りだ。
赤城くんが戻ってきた。
「点入りました? あ、これ売店にフライの詰め合わせみたいなの売ってたんで、みんなで食べましょ」