表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/26

7・お食事デート(デートではない)

 勿論、怒られた。主にアウロラから怒られた。彼女は冒険者ギルドの窓口職員と折り合いが悪い。いや、あちらと折り合いの良い人は狩猟ギルドにはいないのだろう。しかし窓口職員であるアウロラは厭味ったらしいことを要請の度に毎回言われるらしいので、その厭味の種になりそうなことをするなとかなり怒っていた。



「まあ、聞けば全面的にあちらが悪いから! あたしがキアラに怒るのは違うと思うけど! ユーゴとシーナは絶対許さん!」



 キアラとアリーチェは報告書と始末書を書きながら、アウロラの愚痴に付き合っていた。ユーゴとシーナはギルド古参たちによって事情聴取及びお説教中である。



「まあまあ、どうどう」

「ごめんね、アウロラちゃん。私が付いていながら…」

「いえ、アリーチェさんのせいじゃないです。キアラのせいでもないわ。冒険者ギルドが悪いんです、本当なら弓士二人にも怒るべきじゃないんだけど…! でもまたあっちに何やかんや言われるのは腹立つ! 奴に勝つ為の話術が欲しい!」

「ああ、それなんだけど、もう大丈夫だと思うわ」

「え?」

「あ! ごめんね、二人とも。私そろそろ帰らなくちゃ! お疲れさま!」

「はい、お疲れさまです」

「え、アリーチェさん? 大丈夫って、どういう…早いわ…」



 時計を見たアリーチェは素晴らしい速さでギルドを出て行った。あまりの素早さにアウロラは聞きたかったことも忘れてしまっている。



「アリーチェさんがああ仰るのだったら、何か進展があるのかもしれないわ」

「何かって?」

「そこまでは分かりません。…始末書の枚数減らしてもいい?」

「それは駄目。規則通りにやって」

「アイテムは持って帰ってきたのに…」

「揉め事は基本的に両成敗なのよ。監督不行き届き」

「私、監督者やりたくない…弓士でいたい…」

「残念でした。はい、頑張って」

「鬼…」

「はいはい」



 アウロラは愚痴を聞いて貰ったお礼にと、キアラにお茶を淹れてあげた。キアラはぶちぶちと言いながらお茶を飲みつつ、始末書と戦った。学校の成績は悪い方ではなかったが、だからといって長々と「ごめんなさい、もうしません」という内容を良い感じに仕上げていくのは苦労した。


―――


 やっと始末書を書き終えるともう夜で、どこかに寄って帰る元気もなければご飯を作る気分にもならない。一人暮らしを始めると実家の有難味が分かると言うが、本当にそうである。家に帰っても何もないが、実家のように誰かが世話を焼いてはくれないのだ。否応なくお腹は空くが、今日はもう帰って寝てしまおう。明日は早く起きて朝市でも覗けばいいやと諦めて、キアラは帰路についた。



「キアラ」

「あ゛! レオナルド様! 夜でも素敵なお顔ですね!」



 帰り道の向こう側から歩いて来たレオナルドが、キアラを呼び止めた。ここは往来であるから二人きりになる心配もないので、キアラは安心してレオナルドを褒めたたえられる。



「君ってとりあえず私の顔を褒めないと話し出せないの?」

「そんなこともないと思うのですが」

「丁度良かった、食事に行こう」

「何が丁度良いのか分からないので、お断りします」

「ちなみに拒否権はないんだ」

「最近思うのですが、私のことを緊張で殺そうとしていませんか」

「緊張では死なないで欲しいな」



 帰って寝ようとばかりしていたキアラには、拷問に等しい仕打ちであった。しかし疲れすぎて抵抗するのも面倒で、いつもよりはあっさりとレオナルドに付いて行った。


 連れて行かれた場所は何度か訪れたことのあるリストランテだった。こうなれば美味しくて高い料理を頼んでやると意気込み、キアラはメニューを眺めた。



「何でもどうぞ」

「…」

「どうかした?」

「…何だか疲れて、レオナルド様と同じものでいいです」

「私が重いの頼んだらどうするの」

「レオナルド様と同じものなら食べます」

「随分お疲れだね」



 レオナルドは店員を呼んで、さらっとコースとお酒を頼んでしまった。もうメニューの字を追うのも面倒だったキアラは、何が来ても食べきらなければならなくなったがもう何でも良かった。今日はもう何も考えたくなかった。身体は全くの健康体であったけれど、頭と精神がこれでもかとくたびれていた。



「もう私、冒険者ギルドと合同クエストしたくないです」

「ああ、さすがの君にも言われてしまったか」

「次は病欠します」

「それは困る、と言いたいところだけれど、もう必要ないよ」

「え?」



 前菜と果実酒が運ばれてくる。冷たくて食べやすい野菜中心の前菜を胃に放り込み、レオナルドは話し出した。



「彼らの態度は最近目に余る。ずっとギルド議会でも論点になっていたことではあったけど、やっと証拠が揃ってね」

「証拠ですか」

「前々からずっと色々集めていたんだが、今回アリーチェが決定打を用意してくれたから、次の議会で冒険者ギルドのギルドマスターを解雇することがほぼ決まったんだ。あのギルドはマスターが変われば方針も一変する。それでも、もし同じような結果になってしまうようであれば、狩猟ギルドも冒険者ギルドとの合同クエストを正式に断るさ」



 冒険者ギルドのギルドマスターは特にあくどい人ではなかった。筋肉の可能性を信じすぎているきらいはあったが、可愛い馬鹿というかどちらかといえば愛される類の人間だった。しかし組織の上に立つのに向いているかはまた違う問題である。


 ギルド会議でも何度か剣士や魔法使いギルドのマスターから、ギルドメンバーの態度が悪いと指摘されてはいたが「俺はギルドメンバーを信じている!」と叫んでそれ以上の議論をしないのだ。自身のギルドを守ろうとする姿勢は理解できないこともないが、それで面倒を起こし続けられるのは困る。


 ギルドマスターはギルド内部で推挙されるが、正式なマスターとなるにはギルド議会の賛成が不可欠である。途中で不相応だと見なされればまたギルド議会にかけて、その地位を剝奪することもできる。その為にギルド議会へ出す証拠や根拠、事例などをまとめる必要があり、それに抜擢されたのが狩猟ギルドだった。


 冒険者ギルドの他で様々なジョブのギルドメンバーが在籍する狩猟ギルドは、このようなことをよくやらされるギルドでもあった。その代わりに他のギルドからは便宜をはかってもらうこともあるが、やはり面倒ごとを押し付けられている感は否めない。



「アリーチェさんが? 今回で、ですか…?」

「そう、アリーチェは道具士だからね。我々があまり知らない道具も持っているし、むしろ作れる。良い証拠になったよ、皆には苦労をかけて申し訳なかったが」

「いえ、まあ、今後ないならそれで結構ですが」



 少しだけ気分が軽くなったキアラは、丁寧な所作で温かいスープを口にした。宮廷料理を出されている訳でもないが、少しばかり格式高いリストランテである。平民として振る舞うようになってから身につけた、気軽さを出すにはあまり相応しい場所ではなかった。



「それでキアラには、次のギルド会議に参加して欲しいんだ」

「嫌です…」

「そう言わずに」

「拒否権は?」

「ない」

「嫌だ…」



 あっさりした魚のアクアパッツァを飲み込んで、キアラは項垂れたい衝動と戦った。もう疲れたのだ、気力を大いに使ったのだ。それをまた議会に出て神経を擦り減らさないといけないなんて、間違っている。



「今度、商人ギルドに特殊効果の付いた新しい弓を頼んであげるから」

「仕方がないですね」



 新しい弓の為ならキアラは結構何でも良かった。レオナルドが持って来てくれる弓は、キアラのひと月の給金をはるかに上回る価値のあるものばかりであったからコレクションが捗って仕方ない。勿論、弓は全て使うし基本的には消耗品であるが、キアラの家には弓を飾る為の部屋があった。



「ついでに結婚もしよう」

「お断りですね」

「分かった、弓をもう一本買おう」

「そっ、いや、お断りします」



 一瞬言葉に詰まってしまったことを、キアラはパンをちぎりながら誤魔化した。



「キアラにとって弓の存在大きすぎない?」

「否定はしません」

「どうやったら結婚してくれるの?」

「しません」

「次のギルド会議は明日の正午過ぎだから正装してきてね」

「あ゛、明日…私、明日は寝て過ごそうと思ってたのに…」

「良かったね、明日も私に会えるよ」

「それは、確かに魅力的ですね」



 キアラは神妙な顔で頷いた。結婚やお付き合いを迫られるのは困るが、レオナルドの顔は毎日見ていたって飽きない。本当は肖像画を家に飾りたいのだが、それだけは絶対に止めろとアウロラに言われているのでできない。実際に自分でもちょっと気持ち悪いな、とも思ってもいる。


 何のためらいもなく、素直に頷くキアラをレオナルドは複雑すぎる気持ちで眺めた。



「…美味しい?」

「はい、美味しいです」



 美しく盛られたデザートのシャーベットを突きながら、キアラはやっと一息ついた。そういえば今日のコースはあっさりしたものばかりだった。もしや気を使わせてしまっただろうかとレオナルドを見ると、彼はにこりと微笑んで口を開いた。



「このままいっぱい酒を飲んでしまっても構わないよ。連れて帰ってあげよう」

「結構です」



 これさえなければ完璧なんだけどな、とキアラはシャンパンに口を付けた。心の中で文句をつけつつも彼女が愛してやまないレオナルドの美しい顔は、とても良い酒の肴になった。

読んで頂きありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ