6・冒険者ギルドと合同クエスト
弓を引く時、キアラは世界でたった一人になる。世界には、彼女と彼女の獲物だけとなって、指から離れていく矢が獲物に吸い込まれるように刺さるその瞬間までその世界は閉じない。複数を相手にする時はそうもいっていられないが、その空間をキアラは愛していた。
「弓士あるあるですよねえ」
「(ちょっと分かるが何か嫌)ううん、どうっすかねえ」
「(結構、分かるがすごく嫌)無いこともないですが、そこまででは」
「何をちょっと常識人を装おうとしているんです。中央ギルドに入った時点で既に手遅れなんですからね」
「う゛」
「僕はまだそんな弓に対して変態じゃないんで…」
弓の手入れを行いながら待合室でクエスト開始時間を待つ。今回は冒険者ギルドとの合同で大型モンスター討伐業務だった。
モンスター討伐は基本的に冒険者ギルドの仕事であるが、モンスターからアイテムを採取するのは狩猟ギルドの仕事である。中型までのモンスターであれば狩猟ギルドのみで採取するが、大型になると冒険者ギルドの手を借りる必要がある。冒険者ギルドでも採取を行う場合があるが、攻撃特化型の彼らに難しい場所にあるアイテムを壊さずに採取する技術はない。
今回も討伐ついでにアイテム採取を依頼されたが、それが難しいからと冒険者ギルドから狩猟ギルドに要請があったのだ。
「こら、そこの弓馬鹿トリオ。そろそろクエストに行く時間でしょ、用意はできてるの?」
「アウロラさん! 今日もすげえ綺麗っすね!」
「ありがとう、で? 準備は?」
「私はできてる」
「僕も滞りなく」
「…す、すぐやります」
「出発十五分前! だべってないでさっさとやる!」
「うっす!」
アウロラが叱るとユーゴは矢の追加に走った。筒に補充するだけだからと、いつも出る前ぎりぎりに詰めなおす彼にはアウロラのチェックは恐怖だった。ちゃんと事前準備させたいアウロラ(窓口職員)と、すぐ終わるから行く前でいいと思うユーゴ(弓士)。クエストに支障がないならどちらでも良いが、キアラは毎回こればかりは性格だなあと微笑ましげに見ていた。
「今日はアリーチェさんも来るんでしょう、随分大掛かりなんですねえ」
「大掛かりも何も、冒険者ギルドとの合同クエストだからね。油断して奴らにアイテム壊されないようにしてよ?」
「お約束できかねます…」
「…」
二人の弓士はアウロラから目を背けた。冒険者ギルドとの合同クエストで全て思うままにアイテムを採取できた例はそうない。ベテランのアリーチェがいたとて、それはどうだろう。
冒険者ギルドからの要請であるが、何せあちらは特にこちらに気を使ったりはしないのだ。まあ「どんなになっても倒せればいい」という冒険者ギルドと「倒さなくてもアイテムを採取できればいい」という狩猟ギルドではそもそもの立ち位置が違う。けれどそっちからの依頼であるのだからちょっとは気を使えとも思うのだ。
鱗が必要であると言った癖に、その鱗を破壊してしまっては採取も何もないだろう。それを狩猟ギルドのせいにされては堪らないのだ。そんな風であるから冒険者ギルドとの合同クエストは本当に人気がない。けれど無視もできないので、中堅以上のギルドメンバーで持ちまわって担当しているのだ。
「まあ、その為のアリーチェさんだけどね」
「呼んだ?」
「うわ!」
「どっから湧いて出たんです!?」
「やだなあ、ずっと後ろにいたよう」
にこやかに現れたアリーチェはベテランのギルドメンバーである。多くの狩猟ギルドのメンバーは皆、気配を消すのが得意であるが彼女は格別だ。子育て真っ最中のアリーチェはギルドに来ることも少ないが、出勤日にはこうやって人を驚かせることを楽しんでいる。
「まあいいわ。アリーチェさん、アイテム表これだから全部回収してきて下さいね」
「お約束しかねる…」
「何の為の道具士です!?」
道具士とは、本来は商人ギルドに多くいるジョブである。道具を作ったり効果を高めたり、鑑定を行う為のジョブだ。弓士や剣士のように分かりやすく攻撃に特化してはおらず、盾士のように防御もできず魔法使いのように様々な魔法を使えはしない。
けれどアリーチェのスキルは【アイテム採取】であった。狩猟ギルドの為のスキルである。商人ギルドにもスカウトされたらしいが、アリーチェは狩猟ギルドに入った。「商人ギルドに入るつもりで道具士になったんだけど、狩猟ギルドの方が楽しそうだったの」だそうだ。
「だって冒険者ギルドと合同なんでしょう? あの人たち苦手…」
【アイテム採取】のスキルを持っていようと、冒険者ギルドとの合同クエストは嫌らしい。ベテランのアリーチェでもそんなに嫌がるのであれば、やっぱり今回ももめるのだろうなあとキアラは憂鬱になった。けれど後輩たちの手前そういう顔もできず、少し眉をひそめるだけに留めた。
「まあ我々は我々の仕事をしましょう。彼らには彼らの仕事をして貰っても問題はありませんよ」
「全部、必ず、お願いね!」
「…」
「返事!」
「はあい…」
窓口怖い、と皆でぽそりと言った所に、ユーゴが帰って来た。そろそろ出発の時間である。
―――
大型モンスターは非常に力が強かった上に硬く、そしてしぶとかった。魔法攻撃や特殊攻撃はしかけてこなかったので、近接攻撃のみを気を付ければよかったが装甲が硬かった為に、こちらも近接で叩くのが一番効果的だった。
冒険者ギルドのメンバーは剣士、盾士、槌士、魔法使いである。唯一の遠中距離範囲である魔法使いはまだ駆け出しらしく、上手く攻撃が当てられない。ほとんどを剣士と槌士が削ったので外側はもう滅茶苦茶である。今回は装甲は対象外であるが、そこらのアイテムを取れと指示が出ていたら「お疲れさまでした」と帰りたいくらいであった。
「見学してるだけだけど、いいんすか」
「だって『お前らは大人しくしていろ!』って怒鳴られたじゃなあい」
「装甲潰れたから、もう矢で急所打てますが」
「いいんですよ、余計なことするとまた怒鳴られるので」
「冒険者ギルドも弓士連れて来ればよかったのに」
「いや、弓士も魔法使いも中堅以上がいなかったから、ああなってるんだって」
「魔法使いさんもそんなに腕が悪い感じしませんもの。経験値じゃないですかね」
「すげえ。盾で殴ってる」
「物理がものをいう世界よねえ。あんなんだから、魔法使いは魔法使いギルドに行くし弓士も弓士ギルドに行くのよ」
冒険者ギルドにも色々なタイプの人がいる。本来なら様々なタイプのジョブが集まってパーティーを組み、それこそ一獲千金を狙えるギルドである。しかし残念ながら冒険者ギルド程、その時のギルドマスターの影響が出やすいギルドもない。数年前からマスターになった人はごりごりの剣士で「筋肉こそ正義」というスローガンのもと、様々な改革を行った。そのおかげで冒険者ギルドは確かに強くなっただろうと言われている。ただし。
「さっきから魔法使いの人、ガン無視されてますしね」
「それで物理耐性系のモンスター狩れなくなったら、元も子もないっすけどね」
大型モンスターは後少しだろうと思われる状態で長々と踏ん張っている。冒険者ギルドたちもわあわあと声を上げながら叩き続けている。何とも汗くさ、いや、懸命且つ誠実な仕事ぶりなのであろうか。
本当なら魔法使いに強化してもらったり、道具を上手く使ってモンスターの弱点を突いたりと様々なやりようがあるのだ。今だってシーナが言ったように矢で急所を貫いてしまえばすぐに終わるのだ。それを分かっていても彼らはそれを選ばない。そういったギルドマスターの方針に付いていけないと、冒険者ギルドを去った人は多かった。
「…飽きました」
「こら、キアラちゃん。全員が思っていること言わないの」
「あ、宝石栗鼠いる!」
「魔蝶も…。…ちょっと行って来ていいですか」
「駄目ですね」
「後ちょっとだと思うの、もうちょっと我慢しましょうね」
弓を持って今にも駆けだしそうな若手を押しとどめる。確かに宝石栗鼠の持っている宝石は貴重だし、魔蝶の鱗粉は高価だが現在の採取対象ではない。
冒険者ギルドは声が物理的に大きい、そして鬱陶し、いや、熱心である。それが面倒で魔法使いギルドなどは既に彼らの要請を受けないと正式に表明した。他のギルドもほとんどその方向で動いており狩猟ギルドとしても、そろそろ要請を断ろうかと何度も議論されている。
ただ狩猟ギルドとしても、大型モンスターもアイテムは欲しいのだ。そして商人ギルドにも頼み込まれている。商人ギルドからすれば、アイテムが貰えればそれでいいが状態の悪い物に金銭は出せない。何故か商人ギルドに頭を下げられ、冒険者ギルドから連れて行ってやるとふんぞり返られている状態だ。キアラもそろそろ次は病欠してやろうと思っている。
ああだこうだと言い合っていると、やっと倒しきったらしい。大型モンスターは低く唸って地に伏した。
「ヒュー! さっすが筋肉自慢の冒険者ギルドの皆さん! お疲れ様でーす!」
「(ユーゴくんのああいう所、本当にすごいと思う)」
「(あれは天性のものなので)」
「(本当、羨ましいわあ)」
「はっ、何だいたのか」
「(うっわ、一緒に来たのに忘れてやがる。本気? 頭の病院行った方がよくない?)いましたー! そっち行っていいすかー!?」
「好きにしろ」
「ういーっす」
もう既に倒れているのから、さっさとアイテムを採取すれば良いのであるがキアラはその場から動かなかった。それどころか、動こうとしたユーゴとシーナの襟元を掴んで止めた。
「ぐ」
「おっと」
「どうしたの、キアラちゃん」
「えっと、とても言いづらいのですが」
「はは、何だお嬢ちゃん、もう怖くはないぞ」
「まだ生きてます、それ」
言うよりも早く、キアラは弓をつがえて放った。音もなく立ち上がっていた大型モンスターは今度こそ事切れた。
「えへ」
「えへ、じゃないですね。ユーゴくんもシーナくんも、もうちょっと見る目を育てないといけませんね」
「きゃー、さすが弓士ー」
「アリーチェさん」
「道具士にあれを分かれっていう方が無茶よう。【鷹の目】最高」
「仕方ないですね。さ、もうアイテム取って帰りましょう」
冒険者ギルドのメンバーたちが呆然と立ち尽くしている間に、キアラはアイテム回収を済ませてしまいたかった。面倒なのだ、奴らは。相手をしたくはなかった。
「アリーチェさん、急いで下さい」
「もう終わるわ。私もそろそろ帰らないと、子どもが学校から帰ってきちゃうし」
ここからは道具士の仕事である。大型モンスターの内部から核を取り出したり、骨を取り出すには専用の道具が必要であるがアリーチェのスキル【アイテム採取】があれば一瞬だ。アリーチェさえいれば大抵の狩猟・採取クエストは成功するが、彼女自身には攻撃能力も防御能力も無いに等しいので使いどころは考えねばならない。
「子育てしながら仕事って大変そうっすよね。尊敬します」
「あら、ありがと。でも大変か大変じゃないかは人によるかもね。何でも楽しーって言う人もいれば全部しんどいっていう人もいるし」
「アリーチェさんはどっちなんです?」
「ナイショ☆」
「あの、早く」
キアラの不安は的中した。
「おっ、おい! お前! よくも手柄を横取りしやがって!」
「うっせ…」
「そう言ってやるな、体と声しか自慢がないのだから」
「んだとこのガキ!」
「耳が痛ぇんだよ、この脳筋。叫ばねえと喋れねえのか」
「アリーチェさん」
「はいはい、おしまい。もう帰れるわよ」
筋肉に血管と汗を浮かせながら怒鳴る剣士たちと煽る弓士たち。一触即発の雰囲気にびくびくと縮こまる魔法使いとマイペースにアイテムを採取する道具士。やっぱりこうなってしまったと、キアラはため息を吐いた。
「まあまあ、キアラちゃん。こういった小競り合いは昔からあることなのよ。マスターの教育が行き届いている代だとそうでもなかったりもするんだけど、やっぱり利権とか絡んできちゃうとねえ…。あ、怯えないでいいのよ、新人さん? 大丈夫、大丈夫。むしろこんなことで怖がってたら中央ギルドのどこ行ってもやっていけないぞ!」
「アリーチェさん、追い打ちかけるの止めてあげて下さい…」
「あ、駄目だ。手えだした」
「あ!」
ばきっと鈍い音がした方を向くと、ユーゴが冒険者ギルドの剣士に殴られていた。基本的にギルドに所属している者同士で諍いを起こしてはいけない。そういう規則と法律がある、暴力などもっての外なのだ。
しかし、正当防衛はそれに当たらない。恐らくユーゴはそれを狙った。さすがに盾士が剣士を押さえようとしたが、それよりも早くユーゴとシーナが剣士を蹴り倒した。力ではあちらに分があるが、早さで数を打てば負けないと思ったらしい。
「ああ…」
「あーあ。若いなあ…」
「どっどうしよう、ギ、ギルドマスターに連絡して…!」
「落ち着いて、落ち着いて。その魔道具で呼んだって、君たちのマスターが来るまでに終わっちゃうって」
「でっでっでも!」
「キアラちゃあん」
「嫌です、面倒です、帰りたいです」
「キアラちゃん、今度弓に何かの属性付与してあげるから」
「あ、じゃあ、対物理耐性用の毒的なものを」
「いいよいいよお! じゃんじゃん付けちゃう!」
震える魔法使いをそのままに、キアラは弓をつがえた。アリーチェはにこにこして手をふりながらそれを見ている。
既にキアラの世界には、標的たちと彼女しかいない。この瞬間を愛しているのだ、ただ弓と弦と矢、そして自分と的。後は指を離すだけ。相手が本来のそれとは違うが、まあいいだろう。
「うお!」
「が!」
「だ!」
「…すげえ」
「っ、くそ…」
キアラの矢は殴り合っていた男たちを全員、引き離した。服や防具の合間を通した矢は彼らを体ごと吹っ飛ばしたのだ。近くの大きな木に弓矢一本で縫い付けられた冒険者ギルドメンバーは、また呆然と動かなくなった。ユーゴはきらきらとした目でキアラを見て、シーナは悔しそうに軌道の見えなかった矢を睨んでいる。
「はい、危険なので武器と防具は取り上げまーす。ついでにエルドラド王国ギルド規定に則って弱体化薬をプレゼントしまーす」
アリーチェはたんたんと全員の武器を取り上げ、弱体化薬をぶちまけた。その手慣れた所作は、さすがのベテランである。【アイテム採取】は装備品にも有効なのだ。突如として武器と防具を取り上げられた冒険者ギルドメンバーは、抗議しようと口を開いたがエルドラド王国ギルド規定と言われてはもう何も言えることがない。
「このことは我々、狩猟ギルドから正式に抗議致します。また、この件に関してそちらからの抗議がございましたら教会へどうぞ。教会に裁定を問うことは、ギルド問題の全ての事象にて保障された権利です」
先程までのおちゃらけた雰囲気を消して、アリーチェは微笑んだ。魔法使いに彼らの装備品を返すついでに、呪いのような効果を付与したが些細なものなのですぐには分からないだろう。アリーチェのスキルは何も【アイテム採取】だけではないのだ、まったくもって最近の若い子たちは血の気が多くて困る。けれど自分が若かった頃もまた、年上の世代にそう思われていたのだろうことを思い出して、言葉にするのは止めておいた。
「さ、帰りましょう。貴方たちも帰ったらお説教ですからね」
「うぃっす! ねえ、キアラさん! さっきのどうやったんすか! ねえ!」
「僕にも教えて下さい!」
「お説教が終わって、罰則も終わったら考えてあげますから。もう帰りますよ」
この後の始末が面倒で、このまま直帰したい衝動をどうにか理性で押しつぶしながらキアラはギルドに戻った。予定されていたアイテムは全てアリーチェが採取してくれているので、多少は怒られないで済むかもしれないと淡い期待を抱きながら。
読んで頂きありがとうございました!
サブタイトルにミスがありました。
ご指摘ありがとうございます!




