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5・始まりの求婚

『キアラ、なあ、お前 舞台好きって本当か?』

『ええ、好きですよ。この国ではまだ観たことがないのですが…』

『じゃあこれやるよ。貰ったんだが、俺観ないし』



 レオナルドが自身の気持ちに折り合いがつけられず、もやもやとしている中、初めに業を煮やしたのは古参剣士のジュードだった。兄貴肌でマスターであるレオナルドのこともよく気にかけている彼は、最近のギルドの雰囲気に耐え切れなかった。レオナルドもキアラも何もなかったかのように振舞っているが、古参のメンバーにはマスターの異変が分かる。フラれたことを気にしているに違いなかった。



『え!? いいんですか、是非! …あら、これペアチケットじゃないですか』

『まあそうなんだけどさ、ほら、マスターとかさそ』

『一緒に行きましょう!』

『何でだよ!?』



 ジュードは腹の底から声を出した。レオナルドの誘いには取り付く島もない程であったキアラが、こんな典型的なナンパに自分から食いつくだなどとジュードは思っていなかった。それだけキアラの中でジュードという人が無害であっただけなのだが、これでは色々と台無しである。しかし、焦るジュードに気付かないキアラは目を輝かせて話し続ける。



『頂き物なんでしょう? 一枚だけなら遠慮なく頂いてましたが、二枚なのでしたら一度は観ないとその方に失礼ですよ!』

『いや、だから、な?』



 ジュードは首を掻きながら、弱り果てた。彼は口が下手であったから、ここからどうやってキアラをレオナルドに嗾けるべきか良い案がちっとも浮かばなかった。けれどその心配は杞憂であったようだった。



『大丈夫です、舞台って楽しいから! たまに、ん? というのがあるのは否めませんが、しかしそれはそれでどこかに魅力が落ちているというもの。研究し尽くせとは申しませんが、貰いものなのでしたら一度くらいは!』

『へえ、私の誘いは断るのに他の男からの誘いには乗るんだ』



 レオナルドの登場にジュードはほっと息を吐いた。何となく近くにいそうな感じがしていたのだが、全く出てくる気配がなかったので本当に困ったと睨むが、レオナルドの視線はもうキアラに全て注がれている。



『え、きゃあ! レオナルド様!?』



 暫く前から二人の会話を聞いていたレオナルドは、苛立ちを隠さなかった。顔にはいつも通りの笑顔が張り付いているが、声も目元も笑ってはいない。

 本来、弓士のキアラの方が剣士のジュードより気配に敏感なはずであるのに、舞台の話に熱中しすぎて気付くことができなかった。キアラは驚いて頬をぱっと染めたが、驚き過ぎていつものような軽口が出ない。



『お! 良い所に来たな、レオナルド! 俺やっぱり一時間も二時間も行儀よく座り続けるのはしんどいから、お前行ってこい!』

『え、ジュードさん!』

『てか、俺 今から嫁さんと買い物行くから!』

『ええ…。ご夫人がいらっしゃるなら二人で一緒に観劇すればいいのに…』



 走り去るジュードを見送って、やっとレオナルドはほんの少しだけ目元を緩ませた。



『ジュードはああいう場は苦手だからね』

『ああ、勿体ない…』

『なんで? 私が一緒に行くよ』

『え』

『勿体ないし、私も舞台は好きだし』

『えっと、では、こちらお渡ししますのでどなたかと』

『今から探せって? これ後、数十分で始まる回みたいだけど』



 レオナルドはやはりどうしても断りたいらしいキアラの手首を、紳士らしからぬ作法でがっちりと掴んだ。



『でしたら、お一人でゆっくりと』

『そもそもこれを貰ったのはキアラだよね。それをまた人に渡すの?』

『あ、う、それは、そうですが。むしろ私も頂き物を頂いてしまっただけで』

『ねえ時間が迫ってるから、もう行こう』

『え、え?』



 ぐいぐいとキアラの手首を引きながら、レオナルドは歩き出した。会場は歩いて十数分の場所にある。痛まないように注意しながら、しかし決して離さないように力加減するのは思ったよりも気を使った。


 ジュードがお節介で用意した席は三階の個室席だった。広々とした部屋はきっと十名近くは入れるだろう。舞台の中央から全体がよく観えるようになっており、特別室と呼ばれるそれだ。さすがに良席がすぎるので、次の給料にこの分の上乗せをしておいた。



『良い席だね、ゆっくりできそうだ』

『…』

『キアラ?』

『す、すごい、ですね。音響もすごいし、舞台の装置もあんなの見たことがないです、すごい…すごい…』



 キアラはうわ言のようにすごいすごいと、まだ始まってもいない舞台をじっと見ていた。本当に舞台が好きらしい。始まるまではずっとキョロキョロと舞台や部屋を見回して、始まってからはずっと口元に手を当ててじっとしていた。レオナルドは舞台を流し見しつつ、そんなキアラをじっと見ていた。



『良かったですね、すごく良かったですね。何かもう、本当に良かったですね』

『言葉が出てこないくらいに楽しめたんだね』

『はい、本当に、すごく、すごい、すごくて』

『分かった分かった、来て良かったね』

『はいっ』



 キアラは目を潤ませながらハンカチを口に当て、何度もすごいすごいと言い続けた。それを見ながらレオナルドは特に何も考えず口を開いた。



『キアラ』

『はい?』

『私と結婚しないか』



 何も考えていなかったが、口から零れた言葉は自分でも驚く程に納得のいくものだった。この不思議な人を常に横に置いておきたいのだ。いて欲しいのだ、何なら自分が追って行ってもいい。何に惹かれたのかは自分でも分からない。しかしそういうものであるのだろう、レオナルドは諦めにも似た気持ちで自身の恋を認めた。



『…。…? さっきの舞台にそんな台詞ありましたか?』

『無いね』

『ええと、聞き間違いでしょうか。誰に何を仰いました?』

『キアラに私と結婚しないか、と聞いた。求婚だね、プロポーズだ』

『…脈絡はどこに行きました』

『初めからなかったんじゃないかな。で、どう?』

『お断りします。が、何故そんなことを仰ったのかには興味がございます』

『断っておいて?』



 断られるのは、何となく分かっていた。レオナルドは勝算のない交渉なんてほとんどしたことがなかったが、口が勝手に始めてしまったのだから仕方がなかった。



『お話しにならないなら、結構です。これで失礼致しますね』

『君と結婚したいな、と思ったんだ。それ以外に理由なんてある?』

『…』

『そんな顔しないでくれ、私だって多少混乱している。ただ結婚は方々からせっつかれていたし、君が結婚してくれるならそれがいいなと思ったんだ』



 キアラはものすごく嫌そうな顔をした。初めて見る顔だなとその顔をさせている張本人であるのに、レオナルドは少し楽しくなってきた。



『ご結婚相手でしたら、それこそ沢山いらっしゃいますでしょう。優秀で家柄も良く容姿端麗な』

『キアラがいいんだ。君こそ何故そこまで嫌がる、私を好きだ好きだと散々に言っていたのは嘘だったのか?』

『噓じゃありません!』

『では何故』

『…恋愛も、結婚も、面倒が過ぎます。レオナルド様に望むことなど何もありません、初対面の折にそうお伝えした筈です。貴方は都合が良いと喜んでらしたじゃないですか』

『気が変わった』

『うわ…』



 とうとうキアラは理解不能なものでも見るような目でレオナルドを見た。それにレオナルドももう笑ってしまった。



『君、仮にも好きな人に対して酷くないか』

『もう一度申し上げますね、お断りします』



 にこりと微笑んで断るキアラは、もしかするとこういうことに慣れているかもしれない。確かに黙っていれば綺麗な人だ、声をかけられることもあるだろう。レオナルドはふむ、と顎に手を当てて少し考えた。



『一つ聞いても?』

『どうぞ』

『私のこと、嫌いになった?』

『いいえ、好きです。やっぱりとっても格好良いと思いますし、ギルドマスターとしての働きぶりも尊敬しております。私は見たことがございませんが、魔法使いとしても優秀でいらっしゃると聞きました。いつかクエストをご一緒したく』

『分かった、もういいよ』

『まだあるのに』

『君が、訳が分からない類の人間だということが分かった』



 それだけでも、今日はまあいいだろうとレオナルドは頷いた。少なくともキアラは未だレオナルドに好意を持っているようである。彼女の主張はレオナルドの理解の範疇を超えてはいたが、この反応は想定内だった。


 往々にして優秀な人間程、頑固であることが多い。どれだけ柔らかく見せかけようと、一つの分野で成功する者には何かしらのこだわりがありそれだけは譲らなかったりするのだ。ギルドマスターとして様々な癖のある人間を纏めるようになってから、レオナルドはそのことを度々実感させられていた。



『よく言われます』

『照れるところじゃないな』

『あら』

『今日はもう帰ろう。明日またプロポーズするよ』

『…? は?』

『送ろうか?』

『一人で帰ります』



 レオナルドは連れて来た時とは反対に努めて紳士的に手を差し伸べたが、キアラは顔を赤くしつつも逃げ帰った。


 次の日、レオナルドは宣言通りにまたキアラにプロポーズをしたが、当たり前のように断られた。しかしキアラは当たり前のようにまたレオナルドを褒めたたえ好きだと言う。ギルドメンバーはその異様な光景を初めは怖がったが、それが毎日続くと「ああ、またやっているよ」と慣れていった。


 そう、あの日からレオナルドはほぼ毎日キアラにプロポーズをしては断られている。キアラは毎回うんざりした顔を隠しもしないが、レオナルドとていい加減うんざりしている。初めの内は楽しかったのだ。どんなに準備をしたとして思い通りにならないこともあるのだと、何か遊戯のようにも感じていた。しかしだ、何事にも限度がある。



「キアラ」

「あ! レオナルド様! 今日も素敵でいらっしゃいますね! 見て下さい、今日の戦利品ですよ。モンスターが魔石を落としていったんです、よければお使い下さい」

「ありがとう、貰うよ。結婚する?」

「しません」



 最近よくキアラとクエストに出かけている若手が彼女の後ろで固まっている。他のギルドメンバーは慣れたものでもう何のリアクションもしないから、新鮮な反応だなあとレオナルドは一周回って微笑ましくなった。魔石を渡すとキアラは弓士としての力を存分に発揮してレオナルドから離れる。


 近寄って来るくせにすぐに離れたがるのにも納得がいかない。そう、何事にも限度があるのだ。レオナルドの沸点はもう通りこしていたが、今まではそれを上手く誤魔化してこれた。けれどそろそろ、もう良いのではないだろうか。レオナルドは静かに決意を固めた。

読んで頂きありがとうございました!


『ご結婚相手でしたら、それこそ沢山いらっしゃいますでしょう。優秀で家柄も良く美丈夫な』を『ご結婚相手でしたら、それこそ沢山いらっしゃいますでしょう。優秀で家柄も良く容姿端麗な』に変更しております。ご指摘頂きありがとうございました。

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