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4・レオナルドの過去

 レオナルドは要領の良い子どもだった。母があまりにも要領が悪かったので、それを補おうとしてほんの五、六歳の頃から子どもらしからぬ子どもであった。大人たちからは可愛がられ、且つ一目置かれるように。歳の近い子どもたちからは頼られ、良い友人であるように振舞った。


 母は人に恵まれる類の人であったから、レオナルドにはよく「そんなに一人で頑張らなくてもいい」だの「もう少し人に頼ってもいい」だのと彼女なりに子どもを心配していた。レオナルドは母が嫌いではなかったが、そういった面は許容できなかった。何せ母は未婚の一人親であった。


 父が欲しかった訳ではない。母との二人暮らしは悪くなかった。けれど母の稼ぎだけで満足に暮らしていける程、生活は甘くはなかった。いつの間にか母の友人や近所の人々が食べ物を分けてくれたり、古着をくれたりしたので生きてはいけた。ただ幼い日のレオナルドには、誰に言われた訳でもないのに、それが徐々に卑しいことのように感じるようになった。


 多少、歳をとった今であればあれは本当にただの善意であったのだと理解できる。しかし多感な時期の子どもには、近所の人々に「お腹へってない?」「これもう着なくなったんだが持って行くか?」と聞かれるのは恥ずべきことだった。人当たりの良い笑顔で感謝を述べ、腹の中で「馬鹿にしやがって」と怒鳴り散らしていた。


 転機が訪れたのは、母が死んだ後だ。まだ少年と呼ばれるような年齢だったレオナルドの母は、呆気なく流行り病で逝ってしまった。さすがに一人きりの肉親を亡くして取り繕うこともできなかった。近所の人々がうちにおいでと言ってくれていたが、レオナルドが少し考えると言って母と暮らした狭い部屋に数日籠っていた時だった。


 そこに腹違いの兄だと名乗る男が現れたのである。兄はレオナルドを首都に連れて行き、十分な勉強をさせ、今まででは考えられないような裕福な生活をさせてくれた。兄の言い分も当時のレオナルドには飲み込みやすかった。兄は「私の役に立て」と言ったのだ、お前にはその才能がある、と。


 できる、と思った。自分ならやれる、それを示せるのならばここには自分の居場所がある、それを勝ち取れるのだ。元々の要領の良さと、資質の高さでレオナルドはあっという間に猟師ギルドの統括者にまで上り詰めた。たまに面倒ごとを押し付けられると、あの時の自分は早まったなと笑ってしまうことがあるが、後悔はしていない。


 子どもの頃に世話になった人たちにも十分なお礼をした。レオナルドはやっと満足した。母を嫌悪してはいないが、あの人は自分とは違う考えで生きている人だったのだ。母と同じようには生きられない、自分で身を立ててやっと生きていると胸を張れた。


 若くして成功したレオナルドは勿論モテた。妙齢の女性が放っておく訳もないし、レオナルドとの繋がりを欲しがった親たちからも娘を紹介されることが多くなった。それをそれなりに楽しく過ごし、けれどレオナルドは特別な一人を作らなかった。


 恋人や妻というものは必要ない、と確信していたのだ。レオナルドにとって女性とはやはり母のような人であった。母はいつも楽しそうにしていて、しかし非力で色々な人の世話になっていた。母はそれにいつも笑顔でお礼を言って、躊躇いなく受けていた。


 レオナルドはそれが嫌で嫌で仕方がなかった。どうして自分でやろうとしないのか、どうしてやって貰って当たり前のようにしているのかと苛立っていた。


 今になっても思えば、母もお返しに店番や野菜の収穫、服を繕うのを手伝ったりしていたような気もする。それを理解した上であっても、子ども時代に一度持ってしまった不快感はそう簡単には拭えなかった。それを。



『ああ、もう格好良い。好き』

『神に愛された造形ですね』

『え、字が綺麗。好き』

『意外とがっちりしてらっしゃるんですね。鍛えてるんですね!』

『はあ、笑顔だけで世界征服できる』



 レオナルドに恋慕する女性はそれなりに多い。どれだけ愛しているか手紙にしたためる人もいれば、人目を気にせずに告白してくる人もいた。しかしこれだけ恥ずかしげもなく、当たり屋のように好意を叫んでは去っていく人は初めてだった。初対面で訳の分からないことを言っていたし、すぐに飽きるだろうと思っていた。



『あ、ローブ新調なさったんですか。お似合いです』

『この前、妖精花の花粉が無いって仰ってましたよね。ついでに取って来たのでよければ』

『あああ! 今日もお美しい!』

『何を食べたらそんなに綺麗になれるんです』

『はあ、お声も素敵…。すごく大きな舞台で歌い上げて欲しい…』



 レオナルドは段々、キアラの頭は大丈夫なのかと心配になって来た。いつも当たり障りのない笑顔で「ありがとう」とさえ言えば、満足してさっさといなくなる。騒がしい時には「静かに」と言うと感情をどこにやったのだ、と驚く程にスンと静かになった。


 キアラは黙ってさえいれば弓士用の服を着ていても、どこからどう見ても良い所のお嬢さん、である。レオナルドのいない所で「もう少し、しおらしくしなさい」とアドバイスを貰っていることも知っている。それに彼女が「別に好きになって頂く必要もないので、迷惑にならない範囲で好きなようにやります」と返していたのも知っている。それに苛ついたのが始まりだ。



『キアラ、最近調子が良いようだね』

『え、今、私に話しかけました? すごい、今日も奇跡的なお声ですね』

『ギルドメンバーの調子を気にかけるのも、マスターの仕事だからね』

『素晴らしいです、さすがマスター』

『何か困ったことはない?』

『いいえ、全く。皆さんよくして下さいますので仕事がしやすいです』

『それは良かった』



 キアラはニコニコと嬉しそうに笑いながら、レオナルドを見上げていた。そう、そうだ。ギルドマスターとして、ギルドメンバーのモチベーションを上げるのは仕事の一環だ。



『よく頑張っているようだし、どこかに遊びに連れて行ってあげようか』



 レオナルドは何故かひどく乾く喉をどうにか無視して、そう誘った。これはそう、仕事の一環であるのだから別に他の意図はない。きっとキアラは大袈裟に喜ぶだろうが、これは仕事だ。それ以上でもそれ以下でもない。



『? 行きません』



 レオナルドが声をかけたのはギルドの待合室であったが、キアラが返事をした瞬間にざわつきその後一切の音がしなくなった。



『え、あ! もしかして気を使わせてしまいましたか? お気になさらないで下さいね。レオナルド様のことは好きで好きで仕方がありませんが、今後貴方とどうにかなりたいとかそういう願望はありませんので』

『いや、ああ、分かった。行っていいよ、今日も頑張って』

『きゃああ! 頑張りますう!』



 キアラは黄色い声と共にクエストへ出かけていった。ひらひらと手を振る優雅な左手と対照的に、杖を握る右手に力が入る。レオナルドはまだ理解しきれていなかった。



『あ゛?』

『レオナルド、レオナルド? おい、マスター、しっかりしろ! 今日他のギルドマスターと会合があるっつってただろう!』

『ああ、あるね』

『よし、女にフラれたくらいでしょげてんじゃねえ。行ってこい』

『…ふら』

『戻って来い、俺が悪かった』



 古参のギルドメンバーが肩を揺するまで、レオナルドは瞬きすら忘れていた。そう、キアラは断ったのだ、レオナルドの誘いを。胃がかっと熱くなり、すっと頭が冷めていった。違う、そうだ、別に自分が行きたかった訳ではないのだ。ギルドマスターとして仕事の一環で誘ってあげた、だけであって。



『ジュード』

『お、おう』

『私は今、フラれた、のか』

『…俺には、そう見えた』



 ギルドの待合室はやはり静かなままだ。



『では行ってくる』

『事故るなよ? なあ、誰かついて行った方が』

『一人で、行ってくる』

『おう…』



 レオナルドはとんでもなく動揺していた。レオナルドの人生の中では、彼の誘いを断るような人はいなかった。それは入念な下調べやそれに伴う情報をきちんと仕入れていた場合もあったが、そうでない時の方が圧倒的に多かった。


 レオナルドが誘えば大体の人は彼の要望通りに動いた。基本的には誘われるばかりのレオナルドが誘う側に回るのは珍しかったが、そうであるのも要因の一つかもしれなかった。


 誘いを断られただけで、こんなにも自身は動揺するのかとレオナルドは目を白黒させながら、しかしそれを表面には出さずギルドマスター同士の会合に参加した。


 いやいやいやいや、断られただけで、フラれてはいないのではないか? そう、フラれてはいない。むしろ告白してもいない。そう、別に、自分はキアラに対して何かを思っている訳ではない。


 優秀な鷹の目のスキルを持っているだけのギルドメンバーだ。出て行ってもらっては困るが、出て行かれたとしても代わりはいくらだっている。ギルドとはそういうものだ。入ってくれば出て行くこともある。それだけなんだ。

読んで頂きありがとうございました!

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