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3・平行線の主張

 そんなこんながあって、キアラは弓士ギルドではなく猟師ギルドに入った。結果だけを見ればこれは正解だったのだろう。キアラのスキルはやはり狩猟に合っていたが、それだけではない。彼女が弓士ギルドや冒険者ギルドに入って魔獣討伐を行うには、弓以外にも様々な鍛錬が必要だった。狩猟であっても必要であるが、狩猟は倒すことに特化せず必要な物を必要なだけ採取できれば良かったのだ。その上、猟師ギルドには弓士以外のジョブを選択した人も多く在籍している。補助系も攻撃特化系も選り取り見取りである。その為、キアラは弓と弓関連の技術を存分に磨くことができた。


 今やキアラは猟師ギルドでは上位一桁に入る実力者である。依頼達成で得られる給金は十分であった。狩猟で余ったアイテムは転送魔法局に持って行って生家に送ることもあるが、それでも余る場合は換金することもありキアラは平民にしては裕福な生活を送れている。


 こちらの転送魔法局に送られてくる手紙には、何度も「もう満足しただろう、帰ってきなさい」と書かれてあったが帰る気は一切なかった。狩猟で余ったアイテムを送っているのは、キアラが家を出るまでにかかった教育費や生活費を返しているだけであるので、あちらからの支援が欲しいとか寂しいとかそんなことはひとかけらも思っていない。


 死んだらそれまでであるし、生きている間に好きなことを好きなだけしてみたいのだ。第五子で本当に良かった。長男長女であればこんなにのびのびと生きられなかっただろう。幸いなことに兄も姉も貴族生活が嫌だとかキアラのように突飛な行動を好む人でなかったので、何の心配もなく出奔できた。


 本当は、家族に心配をかけている、と分かってはいる。家族仲は良かったのだ。家族は確かにキアラが弓に興味を持つことに嫌な顔はしていたが、決して取り上げはしなかった。何度も口煩く淑女足るべしと教えられたのも心配からだろう。それは理解しているし、嬉しくも思っている。けれど。



「あああ! レオナルド様!? その服初めて見ます、格好いい! よくお似合いです!」

「ありがとう、分かったから静かにしようか」

「はい」



 この国にはレオナルドがいるから、絶対に帰らない。



「キアラさあ、ギルドマスターが恋人連れて来たり結婚したりしたらどうするの? 生きてられる?」

「何ですかその幸せな事象。想像しただけで舞台台本を一枚書けそうですね」

「何でよ」

「だって好きな人が好きな人と一緒にいるんですよ。もうそこは天国、女神の庭園。…は! もしかして更にお子様までできてしまうのでは!?」

「そりゃそうでしょうよ」

「絶対に天使…。愛されることを約束された存在…。え、レオナルド様っていつ結婚するんですか?」

「前からずっと思ってたけど、キアラって変態なの?」



 ギルド窓口勤務のアウロラはキアラとは同い年だ。ギルドに入った時期も似ているので二人はよく食事に行くくらいには仲が良かった。外の常識を何もしらないキアラを外国育ちであるからと、根気強く物を教えてくれたのは彼女だ。現在、キアラが何の問題もなく生活できているのはほぼアウロラのおかげである。



「私程に冷静で正常な弓士も少ないと思いますが」

「ねえ、その感情の起伏の上下なんとかして。本当に怖い」

「まあ、怖がらせるつもりはなかったのに」

「後、ギルドマスターが呼んでるから」

「ねえ、アウロラ」

「なあに?」

「私、今 死んでも良いわ」

「あたしは困るわ、早く行って来て」

「どうしましょう、緊張する」

「いつものことだから、さっさと行って来て」



 幾度となく繰り返した茶番に、アウロラは飽きもせず付き合ってくれた。キアラからすれば、レオナルドに呼ばれるなんて何度あっても慣れない上にその度に心臓が痛いくらいに高鳴るのだ。正直、丁重にご遠慮申し上げたい。仕事であるので仕方がないが、せめてギルドマスターの部屋に一人で呼ぶのを止めて欲しい。



「キアラ」

「しんどいから、帰ってもいいですか」

「行け」

「…アウロラのそういう所も怖いと思うんです」

「もう一回言って欲しい?」

「行ってきます」



 これ以上はいけない。いつでも茶番に付き合ってくれる心優しいアウロラであるが、あんまりにしつこいと手が付けられないくらいに怒るのだ。


 アウロラは首都のギルド窓口に採用される為に、格闘家のジョブを選んでいた。荒事にも咄嗟に対応する為に、窓口職員は物理攻撃特化型と魔法攻撃特化型のジョブを選ぶことが多い。そしてそんなアウロラのスキルは殴打と失神、そして格闘家には珍しく捕縛である。彼女が出勤の際は大体の荒事は一瞬で鎮圧される。


 キアラは以前、依頼内容が嫌だと駄々をこねすぎて、失神と捕縛のスキルをまともに受けた人を見たことがある。アウロラの辞書には手心というものがない、怒らせたら最後なのである。まだキアラは彼女の拳を受けたことはないが、このまま一生受けたくない。


 仕方がないので、キアラは荒ぶる心臓と熱い頬を引き連れてギルドマスターの部屋に向かった。



「レオナルド様、お呼びとのことですが、どのような御用向きでしょう」

「とりあえず入ろうか」

「ここで結構です」

「入ろうか」

「はい」



 いつものように廊下から扉を少し開けて声をかけたが今日も駄目だった。渋々 部屋に入るとレオナルドが応接用の椅子を示すので、キアラはやはり渋々それに座った。



「キアラ、これなんだと思う?」

「ギルドの案内ですね」

「そう君宛の」

「こりないですねえ」

「全くだよね」



 ローテーブルにバラバラと置かれた魔法紙は魔法効果でキラキラとしていたり、楽しそうに文字が躍ったりして読みづらそうである。最近の流行りではあるようであるが、読み物であるのならばもう少し読みやすさを思い出してもらいたいとキアラは切実に思っていた。じいっとそれらの文字を追うと、何とか「弓士ギルド歓迎!」とか「こんなに楽しい商人ギルド」とか書かれてあることが分かった。



「お手数ですが、断って来て下さい」



 真面目な話が始まると、様々な発作が落ち着く。きっと他に集中できるものがあれば良いのだ。しかし気を抜くとまたレオナルドの格好良い所探しが勝手に始まってしまうので、キアラはいつも神経を使って話をしていた。恋とはかくもままならないものである。しかし悪くない。



「既に断っているのだけれどね」

「さすがギルドマスター! お仕事がお早い!」

「うん、それでね」

「じゃあ帰ります」

「座ろうか」



 薄い靄のようなものがキアラの腕をぐっと押さえつける。散々に弓を引いた、普通の女性たちよりも逞しい腕であるのにびくともしない。無詠唱と無陣で魔法を使用する魔法使いなんて、魔法使いギルドに入るか宮廷魔法使いとして仕官してしまえとキアラは心の中で毒づくが、それだとやっぱり会えなくなるから嫌だとすぐさま否定した。



「二人きりじゃないときに話して下さいよ!」

「二人きりで話したいんだ」

「職権乱用ってご存知でしょうか」

「どうして乱用できる職権を持っている人間に逆らおうとするの? 本当に乱用しようか?」

「す、すごく怖いこと仰ってますが、教会に訴えられませんか?」

「君以外には言わないから大丈夫だと思うな」

「私にも止めて下さい」

「キアラが頷きさえすれば、すぐに止めるんだけどね」



 レオナルドはにこりと微笑んだ。笑顔を作るのは昔から得意だった。笑顔は彼を守る鎧であり、武器であった。万人に効くとは言わないが、このレオナルドの笑顔に絆される人はそれなりにいた。そしてレオナルドもその自覚があった。キアラだって本来ならその一人であるはずなのに、どうしてこんなに頑ななのだろうと疑問が尽きない。



「いつになったら諦めるんですか!」

「こっちの台詞なんだが」

「正気に戻って下さい」

「それもこっちの台詞なんだが」



 二人は同時にため息を吐いた。議論が平行線に走り去ったまま戻ってこない。どこに行ってしまったのか、キアラにはもう後ろ姿さえ見えない。



「キアラ、私と結婚してくれ」

「お断りします」

「結婚を前提としたお付き合いからでも構わない」

「同じことですよね」



 何故いつからこんなことになったのか、キアラは正確な時期を覚えていない。けれど何故かレオナルドはキアラに求婚を繰り返すようになった。返事はいつでも「お断りします」であるのに、何度この問答を繰り返せば気が済むのだろう。


 断る理由はギルド加入の際に伝えた通りだ。キアラは恋の続きを体験したいとは思わない。悲惨なだけであるとは断言しないが、何せ見本が悪かった。元婚約者殿以外にも学校では恋愛を自由に楽しむ人もいたが、付き合ったり別れたり三角関係で浮気がどうのと面倒の極みだった。


 恋を知った今であるならキアラも多少の同情はできたかもしれないが、当時は「学校で勉強もしないで何しているのだろう」と真面目に疑問であるだけだった。あれを、自身が演じるなどと考えたくもない。それがどれだけ好きな人であっても、その思いは変わらないのだ。



「仕方がないな、ではまず君の本名を教えてくれないか」

「レオナルド様だって偽名使ってらっしゃいますよね。大体、私の本名を聞いてどうするおつもりです」

「先にご両親へ挨拶をしに行く」

「絶っ対に、しないで下さい」

「じゃあ結婚して」

「嫌です!」



 ギルド加入の際、キアラは偽名を登録した。これは全員に許されている権利で、登録名の偽称は問題がないのだ。本名で登録するとモルゲンロート侯爵家の人間であるのがすぐに分かってしまうので、彼女はキアラ・ロートとして登録している。


 モルゲンロートはエルドラド王国の侯爵家ではないが、それでも隣国の貴族であることを知られたくはなかった。あまり下準備もしていなかったので、調べればすぐに分かることでもあったがそれはこの国の法律に触れる。


 本当のことを言ってしまえば、レオナルドはキアラの生家にはもう目星を付けていた。しかしそれを確定させては、いかにギルドマスターといえどもややこしい監査を受けなければならない。レオナルドはどうしてもキアラ自身の口でそれを伝えさせなければならなかった。



「…君、私のこと好きだろう?」



 レオナルドがふわりと柔らかく微笑めば、キアラは目をとろかせて頬を赤くさせた。打算も何もなく、ただ好きで仕方がないという目には、最近ではレオナルドの方がどきりとさせられているのだ。



「大好きです、毎時間毎分毎秒生まれて来て下さったことを感謝しています」

「それはしなくていいから、結婚して」

「だから! それとこれとは次元の違う話なんだって、何回言ったら覚えてくれるんです!?」

「一生覚えない。次元も時空も同じ話だ」



 レオナルドは痛む頭を押さえた。レオナルドにはキアラの理屈が理解できなかった。恐らく理解できる人の方が少ないのであるが、しかしその人々も皆、キアラにその気がないのであれば諦めればいいのだろうと片手間に彼を慰めるのだ。レオナルドであれば他に相手はいくらでもいるだろうと。他が欲しいだなどと誰が言ったのか、レオナルドはただキアラだけを手に入れたいだけなのだ。


 しかしキアラはひどく頑なだった。彼女は恋を謳歌してはいたが、信じてはいなかった。レオナルドはキアラの恋そのものの形をしてはいたが、では信じるべきものであるのかと問われれば決してそうではないのだ。



「違うんですって…。もう、疲れたんで今日は帰して下さい…」

「大好きな私と一緒にいられるのに?」

「供給過多なんですよ…。一日の摂取量を超えてるんですよ…」

「私は供給不足なんだが」

「どこかで綺麗なお嬢さん捕まえていらして!」

「君がいいんだ。…そんなこと言わないで」

「どこで覚えてくるんです、そういうの」

「新作の舞台かな」



 ぐったりとするキアラは「舞台」という単語に素早く反応した。子どもの頃から弓ばかりで遊んでいたキアラであったが、婚約をしてからは偽装用の趣味を一つくらい持とうと様々なものを試した時期があった。楽器、刺繍、料理、ダンス、と試し、全てそれなりにできるようにはなったが楽しめるものはなかった。


 その一環で試した舞台鑑賞は唯一、キアラの感性に合っていた。舞台を所狭しと駆けまわる俳優、鬼気迫るオーケストラ、一瞬で世界を塗り替える歌声。これだけは偽装でもなんでもなく、楽しめた。家族もキアラが珍しく令嬢らしい趣味を持ったと喜んで、新しい舞台が発表されるとすぐに良い席を取って来てくれたものだ。



「え、どの劇団の舞台です? 私それ聞いたことないんですが」

「一緒に行ってくれるならチケットとるよ」

「ええ…」



 平民としては裕福な生活をしているが、観たい舞台を観たい席で好きなだけ行ける程でもない。エルドラド王国は芸術も盛んで、首都には幾つもの劇場があるのだ。入れ替わりも激しいので、観たいと思ったものはその時に観なければ永遠に観られなくなることだってある。


 しかし、レオナルドと二人である。色んな意味で集中ができなさそうである。いやしかし、さっきの台詞はどういった状態で出てくるのか、ものすごく気になる。自分がやる分には面倒であるが、人の恋バナを聞くのも恋愛小説を読むのも恋愛物の舞台を観るのも大好きなのである。けれどレオナルドと二人きり。キアラは自分の心臓が持つのかも、心から舞台を楽しめるのかも心配であった。


 けど、でも。レオナルドがどんなコネクションを持っているか知らないが、ものすごく良い席を取ってくるのだ。チケット売り場で普通に買っても売っていない隠れ部屋の様な席もあったし、午前中で売り切れた筈の人気席を開始数分前に手に入れたりできるのだ。まさか既に入手した人から無理に買ったのではないのかと問い詰めたことがあったが、不正はしていない、たまたま空きが出たのだとか知り合いに譲って貰ったのだとかのらりくらりとされている。あれは絶対に何か強力なパイプを持っている。


 …欲望に忠実に言えば観たい。しかし、けれど。キアラは本日何度目かの逆説と言い訳を頭の中で展開させていた。ここまで来ればあとひと押しなのだとレオナルドはほくそ笑んだ。



「結婚する? デート行く?」

「…いや、え?」

「私としては結婚の方を推すが」

「ぶ、舞台に、行きます…?」

「じゃあチケットをとっておくよ」

「…? 何故?」

「楽しみだね、舞台」



 断るつもりであったのが、どうしてだか結局行くことになってしまった。キアラは結婚とお付き合いに関しては一刀両断するが、こと舞台と弓のことになると防御がおろそかになる。「舞台に行こう」と「新しい弓を見に行こう」ならば、押せば大体成功する。…自分以外であったなら、他の誘い文句であってもほいほい付いて行くらしいのが非常に気に入らなかったが、今は仕方がないのだとレオナルドは小さく頷いた。



「え、ええ。え? …いい笑顔ですね」

「ありがとう、君は困惑した表情でも素敵だよ」

「? …? え? …じゃあ、とりあえず、帰りますね」

「送るよ」

「結構です!」



 未だどうしてそうなったのかよく分かっていないキアラは、今度こそ全力で逃げ出した。二人きりでなければ格好良いだの素敵だの好きだのと恥じらいもなく叫ぶことができたが、二人きりの空間はいけないのだ。


 アウロラのように忠告をする人もいれば、またやってるよと呆れる人もいるが結局、キアラがレオナルドに恋しているのは皆の知る所であり揺るぎのない事実である。好きで好きでしようのない人と二人きりなんて耐え切れない。嬉しくて、恥ずかしくて、どうしようもなく疲れる。キアラはこの三年で鍛え上げた脚力を遺憾なく発揮し、ギルドマスターの部屋から脱出した。


 その後ろ姿をレオナルドは剣吞な空気を隠さずに見つめた。どんなに急いでも静かにドアを閉める所にキアラの育ちの良さが見てとれたが、それよりも毎回毎回脱兎のごとく逃げられることの方が気になる。



「何が気に入らない」



 苛立ちを隠さずに盛大に舌打ちをして、レオナルドは目の前の机を蹴り上げたい衝動をどうにか抑えた。

読んで頂きありがとうございました!

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