2・ギルド選び
レオナルド・ドルエは猟師ギルドのギルドマスターである。ジョブは魔法使いでスキルは不明。数年前まではギルドメンバーとして働いていたそうであるが、マスターになってからは運営に専念する為に現場には出ていない。残念ながらキアラはレオナルドがどのように狩猟を行うのかを知らない。
キアラとレオナルドの出会いは物凄くありきたりだった上に、とりたてて特筆すべきもののない普通のスカウトであった。
『ジョブ選択は弓士でお間違いないですか?』
『はい、間違いございません』
『では、女神像の前で跪き弓士になる誓いを』
『はい』
エルドラド王国の教会で女神像に誓いをたて、キアラは弓士となった。
『おや、珍しい。貴女のスキルは【鷹の目】です。単独スキルのようですが、これだけで十分強力なスキルですよ』
『まあ、それはそれは。助かります』
『貴女に女神様のご加護がありますよう』
『ありがとうございます、導師様』
教会の人々の祝福を受け手続きを終え、さあこれからギルドを探そうと誓いの部屋を出た彼女を待っていたのはスカウトの嵐だった。
『君! 今、スキル【鷹の目】って言われてたよね!?』
『勿論! 弓士ギルドに来るよねっ!』
『傭兵ギルドに興味はないか!?』
『そんな怖い奴の言うこと聞いちゃ駄目だよ! 商人ギルドはどうかな、怖いことなんてないよ!』
『冒険者ギルドで一発当てましょう、貴女ならできるわ!』
『国の為に働く気はないかな? 福利厚生はうちが一番だよ!』
『あ、こら! 国家公務員が出張るな!』
『騙されないで、あそこが一番酷使されるのよ!』
『商人ギルドだって【鷹の目】は必要ないだろう!』
『馬鹿言うな! 【鷹の目】は贋作と賭け事にも効くんだよ!』
『…わあ』
誓いの部屋は教会の導師たちと誓いを行う一人しか入れないようになっているが、部屋に入っている者のスキルの読み上げは外にまで聞こえるのだ。教会にはスカウト目的で常時数名のギルド職員が詰めている。当時のキアラはそれを知らなかったので「レアスキルだった、嬉しい」と、のほほんとしていた。しかし【鷹の目】という言葉を聞いた時点で彼らは扉の前に張り付いていたのだ。しかし一口にギルドと言っても本当にピンキリなのである。
エルドラド王国には様々なギルドがあり国民は勿論、外国人であってもそこに所属することで働くことができる。首都の中央には猟師・商人・傭兵の中央ギルドがあり、そこがその三つの総本山である。冒険者ギルドや魔法使い・弓士・剣士などに特化したギルドはそれぞれ首都の東西南北に置かれ、それらも各ギルドの頂点である。その他にも様々なギルドはあるが、割愛しよう。
観光を兼ねて一応首都には来たものの、キアラは正直地方ギルドから回るつもりであったのでこれは想定外であった。喜び勇んで出てきたは良いが、所詮自分は箱入り娘以外の何者でもない。それがいきなり国の頂点でやっていけるのだろうか。
『一度持ち帰って考えさせて頂きます』
『そんなこと言わないで!』
『弓士ギルド以外に選択肢ある!?』
『お願い助けると思って!』
【鷹の目】はレアスキルであるが、そんなに必死になるかと引いてしまうくらいには皆必死であった。キアラはじりじりと下がりながらどうやったら、これをまけるのだろうと考えた。しかし相手はギルドメンバーではなくとも、首都で手練れたち相手に立ちまわっている人々である。「絶対に逃がさない」という気迫を受けて、当時のキアラは既に負けそうであった。安直に決めたくはない、しかし逃げられない。さてどうしたものかと困っていると後ろから助け船が出された。
『そこの貴女、【鷹の目】の』
『え、はい』
『手続きに不備がございましたので、もう一度こちらへ。はい、皆さんちょっと失礼しますよ』
『導師様、ちゃんとこっちから彼女を出して下さいよ!』
『裏にもうちの職員はいますからね、まだこっちに出した方がいいですよ!』
『何のことです、まったくもう…』
導師たちに呼ばれ、キアラはもう一度誓いの部屋に戻った。
『いやあ、最近そういえば【鷹の目】は見ていませんでしたな』
『あんなに食いつくとは思っていませんでした、大丈夫でしたか?』
導師たちは誓いの部屋の横にある小部屋へキアラを通してお茶を出してくれた。扉の外はまだ何やら騒がしいがとりあえず少し落ち着けて有難かった。
『どうなさいます、お嬢さん。すぐにギルド加入を考えていないのでしたら、一度ジョブを返上するというのも手ですが』
『そんなことをしたらスキルも使えない状態で捕まってしまうのでは…?』
『それは違法行為になりますので、一時的には手が出せない状態になりますね。特にあの場には、どこの所属かは知らないが国の士官もいるようですし』
『しかし結局は一時的なものです。貴女はもう顔を覚えられてしまっているから』
『とりあえずどこかに加入してみて、気に入らなければ脱退してもいいのですよ』
『教会では進路相談までして下さるのですね』
『そうですね、希望者には致します。ここまで過熱しているのは滅多にないですから、本当ならもう少しゆっくりするものなんですが』
ここはその為の部屋なんですよ、と導師は微笑んでお茶に口を付けた。スカウトたちの過熱ぶりには少しばかり驚いたものの、導師たちはこれまで多くのジョブ選択とスキル付与を近くで見てきたのだからこの程度では狼狽えはしない。狼狽えはしないが、さてどうしたものかと軽く頭を抱えた。
『裏から出してあげることも難しそうですしねえ、魔法使いギルドに要請してどこかに転移するのもいいかもしれませんが』
『魔法使いを呼んでいる間に時間がかかり過ぎると、もっと集まってくるでしょう。よっぽど鷹の目が欲しいようだし、妨害さえもしかねません』
キアラは目を瞑って数秒悩んだ。導師たちは親身に悩んでくれているが、きっと他にも仕事があるだろう。これ以上は教会にも導師たちにも迷惑はかけられない。扉の外からは圧も感じる。仕方がない、ひとまず弓士ギルドに所属してその後はその後で決めようと目を開けた。
『導師様、ありがとうございました。とりあえず一度ギルドに所属してみることにします』
『そうですか、では』
『もし不当な扱いを受けたら教会は相談所も兼ねておりますので、またいらして下さい』
『エルドラド王国の教会って万能なんですね』
キアラの生国でも教会はジョブ選択とスキル付与をしてくれるが、ここまで就職活動を手伝ってはくれない。そもそもあの国にはギルドという機関も無いので身を立てるまでに時間がかかる。だからこそキアラはエルドラド王国にやってきたのだが、この国の教会がここまで手厚いとは嬉しい誤算だった。
よし、と意気込んでキアラはもう一度、扉を開けた。
『こんにちは』
『…え?』
扉の外に張り付いていた筈のスカウトたちが、何故だか全員薄い膜の向こう側に押しのけられている。口をぱくぱくさせて薄い膜を叩いているが、何を言っているのかは分からなかった。キアラが慌てて挨拶の声を辿ると、そこには杖を持った男性が一人ぽつんと立っていた。
『いやはや、出遅れてしまって。私はレオナルド・ドルエ。猟師ギルドのギルドマスターをやっている。よければ猟師ギルドに入らないか、歓迎するよ』
そこに、キアラの恋が立っていた。
『入ります』
『え!?』
『き、君? いいのですか、そんなに簡単に決めて』
導師たちが後ろで何やら慌てていたが、キアラには何の問題もなかった。
『いいんです、だって』
『だ、だって?』
『顔が良い! すごく良い、大好き!』
キアラは恥も外聞もなく叫んだ。目の前のレオナルドと名乗った人はいとも簡単にキアラの胸を貫いた。柔らかそうな笑顔に底の見えない瞳、ローブに見え隠れしている節くれ立った指、威圧感で卒倒しそうなくらいの魔力! キアラはひどく興奮した。そして自分が一目惚れをし、且つ面食いである類の人間であったことを発見した。
『ええと、まあ、入ってくれるなら何でもいいよ。名前は?』
レオナルドはキアラの理想そのものであったらしい。キアラ自身も自分の理想の形を初めて見つけたので動揺と高揚が治まらないが、人生が反転するくらいの衝撃を彼女にもたらしたのはまぎれもない事実である。恋とはこんなにも心揺さぶり世界を色鮮やかにするものだなんて初めて知った。
何がいいって、顔が良い。ひたすらに顔が良い。その顔にその声は反則技である。どうして笑っているの、その微笑みでどれだけの人を堕としまた幸せにしてきたの。分厚い魔法使いのローブに隠れているが背も高く、靴のサイズも元婚約者殿よりいくらか大きかった。いやもう小さかろうが大きかろうが、何だっていい。好きが溢れるってこういうことなのだ、とキアラは初めての恋に慄いた。
『キアラと申します、ギルドマスター!』
『キアラ、歓迎するよ。君の気持ちには応えられないが大丈夫かな』
『あ、それは全く問題ございません』
キアラはそれまでの興奮した勢いが嘘であったかのように、ひどく冷静な声で言い放った。教会にいた全員が一瞬ぴたりと止まる中、キアラはにっこりと微笑んだ。
『遊んで欲しいとかお付き合いをして頂きたいとか、そういうのは本当に結構です』
声は冷静なままであったが、にこにことしながらキアラはレオナルドを眺めた。レオナルドもにこりと微笑み返しながら口を開く。
『うん、私には特に問題はないが、一応理由を聞いても?』
『理由? ですか、何の?』
『遊ぶのとお付き合いが不要、という点かな。何故だか私がフラれた感があるのが多少気に入らないから』
『え、レオナルド様が人にフラれることなんてあるんですか』
『話を進めてもらっていいかな』
レオナルドはほんの少しだけ口早に話を促した。何も結界の外に押し出した他のスカウトたちの聞こえないヤジに苛立った訳でもなければ、キアラの後ろに見える導師たちの憐れみのような慌て方に腹が立った訳でもない。そう自身に言い聞かせながら。
『恋愛で人に迷惑を沢山かけた人を目の当たりにしまして、ああ、恋とはそういう面倒且つ迷惑極まりない厄介な事象であるのだと学んだ所だったのです。恋愛などせずに弓を引いて生きていこうと思っていたのですが、レオナルド様に会ってしまったので』
『うん』
『恋ってすごいですね。世界が一新すると本で書いてあったのを見たことがありましたが、想像以上で驚きました。確かにこれでは馬鹿を起こしてしまっても仕方がないでしょう』
『へえ』
『ですからこれ以上はもう別に不要かなと』
『うん、よく分からない。まあ構わないけど』
『身を滅ぼしたくはないですし、これ以上はわたく、んん、私も面倒なので』
『そう、まあやはり理解しづらいけれど、それでいいなら私もその方が都合が良い。では、猟師ギルドへ案内するよ』
『はい、よろしくお願いします、マスター!』
にこにこと嬉しそうに笑いながらキアラはレオナルドに付いて行った。その二人を勧誘しそこねたスカウトたちが恨めしそうに見つめ、進路相談を受けた導師たちはぽかんと口を開けて見送った。
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