序章
『キアラ様、もう僕のことは諦めてくれ!』
『はあ』
『僕は、僕は! 愛の為に生きると決めたんだ!』
『さようですか』
『止めないでくれ! たとえ罰を受けようと、僕は彼女と一緒に生きていく!』
『お好きにどうぞ』
思い込みの激しい婚約者殿はそう叫んで走り去った。その場の全員が呆れかえって酷い空気の中、キアラは優雅に一礼して会場を後にした。
館に帰れば祖父が馬鹿笑いをしており、両親はお通夜のように頭を抱えていた。父と祖父は血が繋がっているのに、どうしてこうも正反対なのだろうとキアラはよく思っていたがその日は特に顕著だった。
『では、お父様お母様。賭けはわたくしの勝ちですので、今後は好きにさせて頂きますわ』
『あーはっはは! ようやりおった! それでこそお婆様の孫だ!』
『折角目をかけてやったのに、子爵の三男風情が…!』
『子爵の三男で自由に育てられていたからでしょう? 本来ならどこか高位貴族の館に勤めるか仕官するか起業するかを選ばなければならない人でしたし』
モルゲンロート侯爵家の五人兄弟の末っ子だったキアラと婚約したことによって、自由気ままな子爵の三男殿はこの国の中枢へ高官として雇われることが確定してしまっていた。子どもの頃から学校の成績は常に上位、少しばかり思い込みの気質が激しいことさえ目を瞑れば子どもじみた正義を愛する熱血漢であったのだ。
本来、末っ子といえど侯爵令嬢と子爵の三男坊が婚約なんておかしなことである。それは子どもの頃にティーパーティーで意地悪を言われていたキアラを、彼が庇ったことに原因があった。当時からキアラは貴族令嬢にしては変わっていると噂になっており、婚約者の候補すら中々決まらない時期であったので父はそれに飛びついたのだ。
婚約者さえいればキアラも落ち着くだろうとの思惑は、実際多少当たった。さすがに侯爵家からごり押しされた婚約を断れなかった婚約者殿及び子爵家が不憫だったキアラは、今まで奇行と陰で言われ続けていたことを隠すことを覚えた。止めはしなかったが、まあ表沙汰にならないのならばこれでいいだろうと両親は安心していた。
それがこれである。
『女共々地獄を見せてやる』
何やら復讐に燃えていそうな父であるが、であれば貴方の見る目がなかっただけなのだとは流石に言わなかった。三男であろうと、貴族としての契約に違反したのはあちらである。それ相応の罰は受けて頂こう。
こちらの地位の方が高いので弱い者いじめ感があるが、もし本当にキアラと結婚したくない、できないとするならばあんなパーティー会場で宣言する前に申し入れをするべきだ。侯爵家の地位が怖くてできなかったなんて言い訳するのならば、今回のやり方の方が恐ろしい目に遭う危険性が分からなかったなんて詭弁である。
『ああ、そのことですが、彼女は彼に対して特に思い入れはないようですよ』
『はあ!?』
『友人同席でお茶しただけなのに、何故か運命と言われて困っているようですから。ちゃんと調べていますから、そこも滅多打ちにしてあげて下さいね』
婚約者殿が一緒に生きていくと叫んだ“彼女”であるが、今回で一番の被害者であるかもしれない。彼女は伯爵家の遠縁で、行儀見習いと勉強を兼ねて貴族御用達の学校に通っていた。ここで上位貴族に気に入って貰えれば就職活動もできるのだから、そういった者は少なくない。キアラとキアラの婚約者殿が通っていた学校である。
“彼女”は婚約者殿よりはキアラによく話しかけに来ていた。末っ子であるが、キアラには侯爵家の領地が幾つか預けられることが決まっていたので、良い就職先に見えたのだろう。勿論“彼女”が就職活動をしたのはキアラだけではないが、その中では一番の地位であった為に、力は入っていたかもしれない。そのおまけで話しかけていた婚約者殿が勘違いを起こすなんて、彼女も思ってもみなかっただろう。実はキアラは若干思っていた。しかし止めなかったのだ。賭けに勝つために。
“彼女”には本当に悪いことしたとキアラは責任を感じていた。ただ今回の件に関しては、彼女の遠縁である伯爵家も怒っていると小耳に挟んだので、そこまで悪いことにはならないだろうと信じている。知り合い複数名に口利きはしているので、就職には困らないだろう。
『…キアラ、男性は何も彼だけでは』
ずっと俯いていた母が、げっそりとした顔をそのままにそれでもなんとか笑顔を作ってキアラに向きなおした。キアラはそれに満面の笑みで応える。
『お母様、賭けは賭けですわ。お兄様たちもちゃんと働いてらっしゃるしお姉様たちはちゃんと結婚なさったのですし、一人ぐらい変わり種がいてもいいでしょう?』
『お前は変わり種過ぎます!』
『ですが勝ちは勝ち。約束は果たして頂きます』
わっと泣き出してしまった母に心が痛むが、口角を上げたままでキアラは勝利宣言をする。
『行き先は決まっているのか』
キアラが両親とした賭けとは、学校卒業後の進路である。婚約者殿が何も起こさなければあのまま結婚していたが、近々彼が何かしらをやらかすのは明白だった。それらを察知したキアラは最初で最後の賭けを両親に持ち掛けた。もしキアラが負ければ、両親が嫌がり貴族社会で浮くような言動は二度としない。しかしもしキアラが勝てば、卒業後は貴族としての責務を放棄する、というものだった。
この賭けの親は祖父だ。面白いことが大好きな祖父はいつでもキアラの味方だった。そうであったからこそ、両親は渋い顔をしながらこの賭けに乗ったのだ。両親とて負けるつもりはなかったから、婚約者殿に対して働きかけを行っていた。父は彼と彼の父である子爵を食事に誘ったり、王城へ招待してキアラとの結婚後に働くであろう場所を見せたりした。母は子爵夫人を何度もお茶会に招き「娘をよろしく」とよくもてなした。
それらをキアラは特に止めなかった。そしてキアラは何も特別なことはしなかった。それで婚約者殿が目を覚ますのならば、貴族として生まれた責任を自身も果たさねばならないだろうと覚悟はしていた。しかし、勝った。キアラは勝ったのだ。
『はい、お爺様。隣国エルドラド王国の首都へ!』
子爵の三男坊殿は貴族社会からの追放と公的施設での登用禁止、監督不行き届きで子爵家の領地は三分の一お取り上げとなった。子爵家に関して少しばかり憐れみを感じてしまったが、侯爵家の顔に泥を塗っておいてそれだけで済んで運が良かったと言われているらしい。
これが、三年前に起きた出来事である。
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侯爵家の末っ子として生まれたのにお化粧やお茶よりも弓が好きだった変わり者のキアラは、一方的に婚約破棄されたのをいいことに隣国で弓士として生きることに。恋愛なんてしないと思っていた彼女は、けれど狩猟ギルドのギルドマスターであるレオナルドに一目惚れをしてしまって……。
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