無鉄砲
突然、いなくなってしまったキミ。
何の取っ掛かりもなく、消えていた。
キミらしいと言えば、キミらしい。
思い付いたことは、すぐに行動に移す人だったから。
マグカップを傾けながら、キミのことを思い返す。
海外からキミが取り寄せた、珍しいコーヒー豆で淹れたコーヒーが、身体に染み入る。
キミがいなくなったのは、半年前。
その時は、いつものことだと、それほど気にしていなかった。
一週間、連絡が取れなくなることは、ざらだったから。
でも、二週間目あたりから、ザワツキが生まれてきた。
コーヒーを体内に流し込んでも、何か喉辺りに、へばり付くものがあった。
昨日、キミに逢ったものはいない。
おととい、キミに逢ったものもいない。
その前も、そのずっと前も、キミに逢ったものは、誰もいなかった。
今までは、キミの友達に連絡を取れば、わりと簡単に繋がった。
でも、今はそれがない。
世界各国の、民芸品、お人形さん、骨董品、家具などで、部屋は埋め尽くされている。
もちろん、キミが世界中から買ってきたものだ。
それを見るたびに、無鉄砲なキミを思い出す。
キミはスリルを好んでいた。
ジェットコースターが好きで、何度も一緒に乗った記憶がある。
メリーゴーランドに乗りたいと言っても、いつも却下されていた。
観覧車なんか、見向きもしなかった。
テーブルに置いてあった、リモコンに目が行き、何気なくテレビをつける。
そこには、バンジージャンプを跳ぼうとしている、アイドルの姿があった。
何度も、目の前で跳んでいた、キミのことを思い出す。
スリルが好きで、私生活でも、無茶を躊躇なくしていた。
泳げないのに、川で溺れている子供を助けに行ったこともあった。
その時はしっかりと、まるで泳げる人みたいに、簡単に助けた。
ヒーローみたいな、キミの姿は、カッコよすぎて、あれから、さらに憧れが強くなった。
相談してくれればいいのに、一度もされたことがなかった。
メールのやり取りは、ほとんどが、こっち発信で。
一度も、クエスチョンマークで、返ってきたことは無かった。
相談しているところも、一度も見たことがない。
それが、キミらしさだけど。
それが、キミの特色であり、惹かれるポイントではあるけれど、寂しさがある。
不安がものすごくある。
こっちが、もう少し踏み込んでいたら、変わっていたのだろうか。
でも、キミはそういう人だから、何をしても変わらなかったのかな。
たぶん、変わらなかったね。
テレビのチャンネルを変えると、何度も二人で行った、滝のことが紹介されていた。
ここから、あまり遠くない。
だから、勝手にカラダが動いていた。
可能性があるのなら、やらない手はない。
何も決めないで、デメリットなど考えないで、突っ走るキミが、ずっとずっと好きだったから。
もう、身体は動いていた。
キミには、劣るかもしれないけど、意思や決断力は強い。
鞄に、財布やキミがくれた自由の女神のキーホルダーを忍ばせて、出掛けた。
たとえ、そこにキミの姿がなかったとしても。
どこに行っても、会えなかったとしても。
会いに行くことを、金輪際やめない。
そう、決めている。
キミの一部が、心臓に残り、動力源として生き続けているから。
いつかまた逢える、そう信じていれば、また逢えるはずだ。
絶対に。絶対に。
キミの情報が、どこかに無いか。
誰かが、ネットにあげていないか。
それを、今日も確認していた。
スマホを両手でキチッと固め、ガブリとかじり付くように見ていた。
でも、明日もあさっても、キミに逢えそうな気配すらない。
いくら探しても、逢えないのだから、他の人もずっと、逢うことは出来ないだろう。
キミに逢う前に、こんなに何かを探すことがあっただろうか。
キミに逢う前に、こんな風に待受画面を誰かの顔にすることはあっただろうか。
きっと、なかった。
絶対になかった。
だって、臆病だったから。
一人で何かをすることに、躊躇っていたから。
以前なら、どうせ見つかるはずないと、諦めていたはずだ。
でも、深く考えずに行動して突っ走ることも、キミに出逢って出来るようになった。
誰にも相談せず、これから、キミを探す旅をすることを決意した。
決意した次の日、小さなリュックを背負って、駅にいた。
キミに逢いたくて、仕方がないから。
空は、キミがいなくなったときと同じ、どしゃ降りだった。
突然連絡が取れなくなって、何度も何度も電話を掛けた。
その時にも、こんな激しい雨音が、鳴っていた。
あの日のことを、五感がしっかりと覚えている。
皮膚の冷たさとか、縦縞の透明なカーテンみたいな景色とか。
キミと一緒に過ごしていたときの、胸の高揚感も、まだ残る。
それなのに、キミが少しずつ遠ざかっていっているように感じた。
キミは雨で、全ての事柄を洗い流そうとしているのかもしれない。
駅の中に入り、傘をパッと振り、クルッと畳んだ。
そして、一度息を強く吐き、駅の奥の方へと進んでいった。
現実だけではない。
夢にもキミは、出てこなくなった。
キミは、どんどん現実から消えてゆく。
どんどん、離れていってしまう。
でも、繋がりはさらに深くなっていると、どこかで確信があった。
今日も、見知らぬ場所を、ずっとずっと探し続けている。