二夜:知る日
二週間以上ぶりの投稿です。
初っ端から書くの遅すぎて申し訳ないです…(基本的に遅筆なので許してください)
それでは皆さん、アヤカシナイツ二話に行ってらっしゃい
ここはどこだ
気がつくと上下感覚のない真っ暗な空間を漂っていた。
ここがどこでなぜこんな場所にいるのかわからない。
それに意識もどこか朧気だ。
頭に靄が掛かったように思考がまとまらない。
夢を見ている時と同じ感覚だ。
ぼやけた思考のまま暗い世界を漂っていると遠くから明かりが近づいてくるのが分かった。
最初はとても小さな明かりだった。
それは徐々に大きく、否、近づいてきていた。
それは炎だった。
まるで山火事のように巨大な炎はゆらゆら揺らめきながらこちらに近づき、俺を取り込んだ。
不思議と熱いとは感じない。むしろ心地よい温もりを感じる。
炎の中を進んでいくと奥に何かの影が見えた。
誰だ?
そう言おうとしたが口が音を発する事はなかった。
しかし俺に気づいたのかそいつはこちらを振り向いた。
着物を着た髪の長い女だった。
しかし顔がよく認識できない。
こちらを見ている事は分かるが黒いインクをぶちまけた様に顔だけが認識できない。
「—く—な—?」
女がこちらに何かを言っている。
だがその言葉もノイズかかった音でうまく聞き取れない。
しかし不思議と不快ではなかった。
「そ——ふ———が———の—」
女は尚も何かを言っている。
あんたは誰だ?
どうしてここにいる?
相変わらず口が言葉を発することは無かったがなんとか意思を伝えようとする。
女も女でうまくこちらの事は伝わってないのか困ったような仕草をしている。
そうしていると不意に意識が遠のく感覚が襲ってくる。
女もこちらの様子に気づいたのか仕方ないといったふうに肩を竦めた。
「ま——いま————あい———わ——くと」
こちらに手を小さく振る女の姿を最後に俺の意識は消えた。
***
「あ、起きた?」
「————ん——?」
気が付くと俺の視界には夜空を背景にこちらを覗き込む銀鏡の顔が映っていた。
——?どういう状況だこれ?
目が覚めたらクラスの女子がこっちを覗き込んでいる。目覚めたばかりの頭では理解できず思考停止状態だ。
そうしてしばらく固まっていると銀鏡がくすくすと笑い始める。
「あははは、どういう状況分からずに混乱してるね?四十川くんって結構顔に出るから面白いよ」
「…悪かったな顔に出やすくって。てか、どういう状況——」
さっきから後頭部に感じるこの柔らかい感触って何だ?いやてかこの俺と銀鏡の体の位置関係って——
「——ッ!?!!?」
気づいた瞬間顔に熱が一瞬で集まるのを感じる。すぐさま体を起こして立ち上がる。
突然立ち上がった俺に銀鏡は驚き、「いきなり危ないな〜」などと宣うがこっちはそれどころではない。
「お、お前!なんでひ、膝枕してんの!?」
顔を赤くしながら銀鏡に指をさしてまくし立てる。
年頃の女子がクラスの男子に膝枕って!小っ恥ずかしいじゃん!え、女子にとっては割と普通なのか!?
俺が動揺しているとその様子が面白かったのか銀鏡は更に笑い出す。
「あははははは!ちょっと動揺し過ぎだよ四十川くん!別に膝枕くらいでそんなに慌てなくても良いのに」
「目が覚めて膝枕されてたら普通慌てるもんなの!」
「別にそのくらい良いのに〜」とクスクスと笑っているが生まれてこの方異性と交際は愚か膝枕などされた事のない俺には本当に心臓に悪い…。
「君、路地裏で会った後気絶しちゃったんだよ。そのままにしておく訳にもいかなかったからとりあえず公園まで運んで寝かせておいたんだ」
「それと膝枕の関係性は?」
「起きた時の反応が面白そうと思ったからやってみました♪」
「予想以上の反応で面白かったよ」と再び笑い始めた銀鏡に辟易しつつ気絶する前の事を思い出した。
帰り道で化物に殺されそうになったと思ったら手から火が出て、そんですぐに倒れてもうダメかと思ったら化物が凍りついて…
「…銀鏡が現れた、と」
「思い出した?」
「状況は未だに分かってないけど、まぁ、なんとか…」
いや本当に思い返しても状況が理解できない。
完全に常識の領分を超えた出来事だったし。
「ねぇ四十川くん」
「…おう」
「アレが何か、何が起きたのか…知りたい?」
アレというのはあの化物の事だろう。
「あぁ。勿論知りたい。あの化物が何で、何が起きていたのか。そして…」
何よりも知りたいのは——
「銀鏡。——お前は何者なんだ?」
俺の問いに銀鏡は薄く笑みを返した。
「いいよ。教えてあげる。」
***
「妖?」
「そう、四十川くんを襲ったあの化物の総称。それが妖。」
公園のベンチで座りながら聞いた銀鏡の説明によるとこういう事らしい。
俺を襲ったあの化物。あれは妖という存在らしい。
妖とは古来より日本に住み着く化生達、所謂妖怪と言われる存在なのだそうだ。
昔は伝承にある通り人間と関わりも大きいかったらしいが時代が流れるにつれて人間は妖を見る事ができなくなり、そして忘れてしまった。
妖もまた徐々に人と関わる事も少なくなり互いに必要以上に接触する事は無くなってしまったのだそうだ。
しかし中には今でも人間に危害を加えようとする妖もいるのだそうだ。
理由は様々であり、恨みや人間社会の転覆、はたまたはただのイタズラが目的など大きなものから小さな物まである。
「じゃあなんであの…妖?は俺を殺そうとしてきたんだ?別に今朝見かけたくらいでアイツにちょっかいかけたつもりもないけど」
「あぁアレは単純に捕食する為よ。ああいう妖は本能で動いてるから。四十川くんは運が悪かったね。大方朝くらいにマーキングでもされたんでしょ?体を擦り付けてきたとか」
…ガッツリされましたね。ハイ。
つまり朝の時点既に晩御飯として見られてたのか。
「心当たりアリって顔だね。まぁ、私も朝君と会った時妖力の残滓を感じたからね」
「それで『気をつけて』って事だったのか…。それならそうと言ってくれれば…」
「ふふふ、言っても信じなかったでしょ?『化物なんているわけない』っだったっけ?」
「ぐ…。おっしゃる通りです」
痛いところを突かれ思わずバツの悪い顔になる。
「そ、それは置いといて!それよりも聞きたいんだけど…その、銀鏡も妖なのか?」
居心地が悪くて急いで話を切り替える。
あからさまに逃げたのが面白かったのか銀鏡はまたクスクス笑ってる。
「うん、そうだよ。私は『雪女』。氷を操る妖だよ。あの妖を凍らせたのも私。だから私は君の命の恩人って事になるね」
『雪女』
有名な妖怪だから俺も知ってる。昔話にもあるし、いくつか伝承があったはずだ。
たしか雪山で遭難した男の生気を吸い取って殺してしまう妖怪…だったかな?
「へぇ、銀鏡が雪女か。それなら納得だ」
「?納得って何が?」
「あー…本人を前にして言うのは少し気が引けるけど、俺銀鏡の事ちょっと苦手だったんだよ。なんか近くに来られると気温が下がるような感じがしてな」
「あーそういう事ね。それは私から僅かに漏れ出た妖力を感じてたんだよ。雪女は妖力も冷気として発現するから」
ほら、と銀鏡が膝の上で手の平を上に向けるとそこに冷気が集まり小さな鳥の氷像が生まれた。なかなかの出来栄えである。
氷像の出来栄えに関心していると銀鏡は突然立ち上がりこちらに背を向ける。
「さてさて、クラスメイトが実は人間ではなくて妖だったって分かったけど…。君はどう思う?怖いかな?」
「突然だな」
「そうでもないよ」
どう思うか…か
「そうだな…。なんかすごいなとは思うが特にそれ以上は何も思わないな」
「へぇ?人間じゃないのに?それに私の事苦手なんじゃないの?」
「苦手な事は苦手だけど別に嫌いじゃない。ただ単に寒気の正体が分からないのが気味が悪かっただけだし」
寒気の正体さえ分かってしまえば特には気にはならない。いやまぁ妖力の事も完全に理解したわけじゃないけど。とりあえずは納得できたから大丈夫。
「ふふふ、本当に四十川くんって面白いね」
笑いながら振り返った銀鏡は何だか楽しそうだ。
そんなに面白いだろうか?
「それに人間じゃないって言われても見た目は人間だし特には。——それに俺も人間じゃない。そうだろ?」
「あ、分かっちゃった?」
そりゃまぁそうだ。
妖なんてモノの存在を知った上に自分の手から炎が出てきたんだ。十中八九自分は普通の人間じゃないのだろう。
「四十川くんの想像通り君は純粋な人間じゃない。恐らく半妖って言われる存在だよ」
「半妖…」
「そう半妖。文字通り半分人間でもう半分は妖の存在。多分両親のどちらかが妖なんじゃないかな?」
「…そうなのかな?父さんからはそんな事は聞いたことないし少なくとも父さんは妖じゃない…と思う。父さんが妖だとしたら俺にそれを隠す理由も分からないし」
そうなると母さんが妖…なのかな?
俺は母さんの事はよくは知らない。俺がずっと小さい頃に病気で死んだって父さんから聞いた以外は写真でしか知らない。
「…けどまぁ、四十川くんが自分が半妖だって知らなかったって事はたぶん何か事情があって伝えてなかったんじゃない?君に施されてた術式を見た限り私はなんとなくそう思うけど」
「術式?」
何の話だ?初耳だぞ
「そう、術式。君が寝ている間にちょっと体を調べてみたんだ。あ、別に服を脱がしたりとかはしてないから安心して」
「変な気遣いはしなくていいわ!」
「そう?まぁいいや。実の所私も四十川くんが半妖って知ってびっくりしたんだ。だって四十川くんから妖力を少しも感じなかったもの」
?話があまり見えてこない。妖力を少しも感じなかったのが何かまずいのか?
俺がちっとも話を理解できていないのに気づいたのか銀鏡が補足するように続ける。
「妖力っていうのは妖特有の力なの。これは本来人間は持ち得ないものだし、抑える事はできても完全に妖力を自力で封じ込めるって言うことは普通はできない。どうしても僅かに漏れで出てしまうものなの」
「じゃあ俺も今までは妖力が漏れてたのか?そんな事意識したことないから分からないけど」
「ううん。寧ろ少しも漏れていなかったよ。妖である私が今まで気づかないレベルで」
?けどそれだとおかしくないか?妖力っていうのは抑えようとしても多少は漏れてしまうものだって今言ったばかりな筈だ。
首を傾げていると銀鏡が話を続ける。
「何事も例外はあるって事。私もその術式を完全に理解したわけじゃないけどその術式が四十川くんの妖力を完全に封じ込めていたみたい。術式の中に妖力を抑える式が組み込まれているのは私も分かったからね」
それも今まで見たことも無いくらい複雑な式だけど、と銀鏡は付け加える。
「そんなもんが俺の体に…けどなんで?」
「さぁ?そこまでは私には分からないわ。気になるなら親に聞いてみたら?少なくとも君の両親のうちどちらかは妖なんだから何か分かるんじゃないかしら」
「そうか…」
仕方ない。帰ったら父さんに聞いてみるか。
…そういうば帰り遅いって言ってたけど今何時だ?
ふと思い立ってスマホの時間を確認してみたら時刻は既に10時を回っていた
「やべ!父さん帰り遅いって言ってたけどそろそろ帰ってくるじゃん!…わりぃ銀鏡、色々聞きたいことあるけど今度で良いか?」
「そうね。そろそろ帰った方がいいし続きは今度にしようかしら」
「わりぃな。…ってかこんな時間だ送っていくよ」
さすがに女子をこの時間にひとりで帰らせるのは気が引ける。元々は気絶した俺が起きるのを待ってくれてたのが原因だし。
俺がそういうと銀鏡は一瞬驚いたような顔をしついでケラケラと笑い始めた。
「あははは!四十川くんって本当に面白いね!今日だけで結構笑わされたよ!」
「な、なんだよそんな変な事言ったか?」
笑い過ぎて涙まで流していやがる。心外な。
「あははは!ごめんごめん。けどさっきも言ったけど私雪女だよ?少なくとも今の君よりは身の危険は無いよ。なんなら私が家まで送ってあげようか?」
「いいよ俺は。…一応女子だからと気を使ったんだけどなぁ」
「私より自分の心配した方がいいよ?今は妖力を使い切ってるから問題ないけど明日になったら妖力は回復してるはずだからね」
あー、妖力の抑え方とか分からないから気をつけろって事か…。確かにこのままだと俺の妖力につられてまた妖が襲ってくるかもしれないのか。
「その妖力の事はどうにかなんないの?もう1回封印するとか」
「無理。私こんな複雑な術式組めないもの。とりあえず明日はなるべく早めに登校して。とりあえず私が側にいれば何かあっても助けられるし」
「分かった」
とりあえず明日は早めに登校する事が決まった。話の続きもその時にでもするのだろう。
そうと決まれば早く帰ろう。ベンチに置いてたカバンを持ち上げ公園の出口に足を向ける。
「んじゃ、また明日よろしくな」
「うん。また明日」
***
「…さて、なんと言って入ればいいものなのやら…」
かれこれ自宅のドアの前でこうして立ち尽くして10分弱。未だに家に上がれずにいた。
というのも既に家の明かりは着いており父さんが帰ってきているのは明白だ。
恐らく自分の方が帰りが遅いと思っていた父さんは心配しているだろう。今朝方事件のこともあって気をつけろと言われたばかりだし。
…いや、実際の所その事件に巻き込まれて殺されそうになっていたのだから申し開きできないのだが。
どう言えばいいものかと言い訳を考えるがどうにも良い案は浮かばない。
…あーもうめんどくさい。なるようになれだ!
「…た、だいまぁ…」
意を決してドアを開けたが声は自然と小さくなり何とも情けない風景になった。朝帰りして嫁に怯える親父かよ。
ドアを開けるとそこには玄関で仁王立ちする父さんがいた。
普段温厚な父さんにしては珍しくいかにも「怒ってます」と言わんばかりの雰囲気だ。
…これは相当怒ってる
父さんはしばらくじっと俺を見ているとスリッパを履いてこちらに来た。
そして右手を上げた。
(やべ。げんこつだ)
脳天に響くであろう衝撃に思わず目を閉じる。
父さんは滅多に怒らないけど怒った時のげんこつはめちゃくちゃ痛い。
しかし脳天に響くはずの衝撃が来ることはなく、代わりに頭にポスっと手を置かれる感触がした。
「…心配したじゃないか。今朝気を付けなさいって言ったばかりだったのに」
ため息をつきながら、しかし安堵したように父さんはただただ俺の頭を撫でていた。
「……ごめん。ただいま帰りました」
本当に心配をかけたと思った。だから素直に謝ることにした。
「…おかえり」
***
「——という事があって…」
リビングで父さんと2人でテーブルで挟んで今日の事を素直に話した。
どの道父さんには聞かなければならない事があるのだ。なら正直に話した方がいい。
「——そうか。ついに話す時が来たみたいだね…」
父さんはこんな嘘みたいな話を真剣に聞いていた。そして苦虫を噛み潰したような顔になった。
「なぁ、父さんは俺が半妖だって知ってたのか?」
俺の問いに父さんはゆっくりと頷いて肯定した。
「うん、知っていたよ。何せ育斗の母さん——琥珀は妖だったからね」
!…やっぱり母さんは妖だったのか。
ある程度予想はしていたとはいえ改めて事実を突きつけられるとそれなりに衝撃があるようだ。自分の知らなかった出生を知って思わず頭を抱える。
「昔会社の帰りに道端で倒れている母さんを助けてね。色々あって一緒に暮らすことになったんだ」
父さんは懐かしむようにリビングに飾っている母さんの写真を眺め呟くように話した。
「母さんはとても優しくて綺麗でね。なんというか…一緒に過ごしているうちにこの子と家庭を築けたらどんなに幸せかなって思ったんだ」
そういう父さんの目はとても優しくて、何かを慈しむ目だった。
父さん母さんにゾッコンだったのか。
そりゃそうか。この歳まで再婚をチラリとも考える素振りも見せないくらいなのだ。
父さんは今でも母さんのことが好きなんだな。
そう思いながら父さんの話に耳を傾ける。
「最初は色々大変だったよ。母さんあまり家事をした事がなくって部屋を片付けようとして余計に散らかしたり、洗濯物をしようとして洗濯機を壊したり、料理をしようとして火事になりかけたり…」
——そして何故か遠い目をし始めた…
おいおい、同棲したてでなんで火事起こしかけてんだ母さん。
自分の母の黒歴史を知って若干…いや、ドン引きしてしまう。
「まぁそれでも惚れた弱味っていうのかな?それ以上に母さんと結婚したいって思ったんだ。…例え母さんが妖だって知ってても」
「…父さんは母さんが妖だって知ってて結婚したんだよな?」
俺の問いに父さんは首肯で答える。
「なんで?」
「愛に種族なんて関係ないだろう?」
事も無げに即答する。
父さんは本気でそう思ったんだと思った。
ならそれに対して俺がとやかく言えるわけもない。じゃなきゃ俺が産まれてくることは無かった訳だし。
「同棲を始めて2年かな。母さんと結婚してそして翌年に育斗が産まれたんだ。…母さんは体が弱くてね。育斗を産んでから体調を崩してずっと入院してたんだ。…けどそれから一年くらいで亡くなったんだ。育斗はまだ小さかったから覚えてないけどね」
言われた通り俺は母さんの事は覚えてないし写真でしか知らない。
「じゃあ俺の妖力を封印してたのも母さん?」
「そうだね。育斗が産まれた時に母さんが育斗が危険な目に合わないようにって封印したんだ。…母さんは育斗が成長するまで生きていられないってわかってたみたいだからね」
そういう父さんの目は悲しげに揺れていた。
きっと母さんが死ぬ前の事を思い出したのかもしれない。
なんて声をかけたら良いのか分からずにいると重たい雰囲気を払うように父さんが再び口を開いた。
「そうそう、これは大事な事なんだけどこれからどうするのか決めたのかい?封印も解けて妖力を隠せないんだよね?」
「今は妖力がすっからかんだから大丈夫だけど…とりあえずその事についても銀鏡に相談してみるよ」
「あぁさっき言ってた雪女のクラスメイトの子か。そうするといいよ。…けどまさかクラスメイトに妖がいたとはびっくりだね」
それについては深く同意する。まぁあっちはあっちで驚いてたらしいからお互い様?ではあるかもしれない。
「とにかく明日は早いんだろう?それなら今日はもうお風呂に入って寝なさい」
「そうするよ」
言いながら席を立ちその足を浴場へと向ける。…あ、そうだ。
「なぁ、父さん」
「ん、なんだい?」
「今度時間があったらさ、母さんの墓参りにでも行こうよ。色々報告しないといけないでしょ」
俺がそう言うと父さんは一瞬驚いたような顔になり、ついで嬉しそうに顔を綻ばせた
「——そうだね。今度母さんにもちゃんと報告しにいこうか」
***
時間は過ぎて翌日。早朝でまだ生徒がいない6時過ぎに俺は学校の廊下を歩いていた。
昨日銀鏡に言われた通りいつもよりかなり早めに学校に来ていた。
いつもならちょうど起きたくらいの時間で正直まだ眠気があった。
「ふわぁ…。おはようー」
「おはよう四十川くん」
欠伸をしながら誰も居ないであろう教室をくぐり抜けると先客がいた。
「——おう。おはよう銀鏡」
「約束通りちゃんと早く来たね」
正直返事が返ってくるとは思ってなかった為一瞬面食らってしまう。
まぁ、早めに来るよう言ったのは銀鏡だし居て当然といえば当然ではあるが。
「とりあえずここに来るまでは何もなかった?」
「あぁ、とりあえずは変な事は何も起きなかった」
割と恐る恐る登校したがこれといっていつもと変わった事はなく少し安堵していたところだ。
「なら良かった。それじゃあちょっと着いてきて」
そういうと銀鏡は教室を出ていき慌ててそれに着いていく。
まだ生徒の居ない時間に2人きりというのは不思議と緊張し特に喋る事もなく2人で廊下を歩く。
…き、気まずい。
何か話の種になるものはないかとウンウンと悩んでいると屋上の扉前に着いた。
「…屋上は立ち入り禁止だろ?勝手に入っていいのか?」
「立ち入り禁止だから都合がいいの。誰かが来る心配もないんだし」
「…………え、人目のつかない所で何するつもりなの!?」
も、もしかしてあんなことやらこんな事まで!?と考える俺を他所に銀鏡はニヤリと笑い俺の腕を掴む。
その顔が酷く小悪魔っぽく余計に心臓が激しく鼓動する。
「それは勿論——」
あ、ちょまっ——
***
「はぁ…はぁ…もう、抑えられない…!」
「ダメだよ。もっと我慢して」
朝の冷たい空気が肌を刺す中俺は汗だくになりながら溢れそうになるのを抑えていた。
弱音を吐く俺に無情にも銀鏡は我慢させる。
「そうは…言うが…!もう、無理だ…!」
「ちょっと!だからダメだってば…!」
もう、抑えられない…っ!
「——うぉぉぉぉぉぉおぉぉ…!」
雄叫びと共に抑えていた物が噴きでる
——掌の火の玉が火柱となって
火柱は3mも上がり辺りを明るく照らす。
しかし数秒もしないうちにその火柱は季節外れの吹雪によって掻き消され無事鎮火する。
「もう!全然火力の調整ができてないよ!もっとしっかりやらないとちゃんと妖力を制御できないよ?」
火柱を掻き消した張本人の銀鏡が野次を入れてくる。分かってるやい。けど初めてなんだから感覚が分かんないんだよ!
俺は今銀鏡の指導のもと妖力を制御する訓練、とりあえず火を手のひらサイズに留め続けるというものをしていた。
——あんなことやらこんな事なんて何もなかった。ただの妖力を制御する訓練でした。穴があったら入りたい。
「もう、とりあえず発火のオンオフは一応できるけど今のオフのままじゃ発火しないだけで妖力ダダ漏れだよ。そんなの妖に『ここに美味しい餌がありますよー』って言いふらしてるみたいなものだよ」
「ぐっ…、そうは言うけどさ、その妖力を使う感覚が分かんないんだって。こう、燃えろ!って思ったら火は出るけどさ」
言い訳がましいが本当に分からないのだ。感覚的には今までパソコンを触った事のない人が「ブラインドタッチで一分いないに200文字打て」って言われてる気分だ。
俺が頭を抱えてると銀鏡はため息をつきながら続けた。
「はぁ、やっぱりいきなり制御って方向で教えるのは無理か。…しょうがない、まずは制御の前段階から行きましょう」
「初めからそうしてください…初心者なんで…」
「さっき説明したけど妖力の制御っていうのは強くイメージする事が重要なの。火を操るにしたって火柱をイメージするのと蝋燭の火をイメージするのとでは出力が違うわ」
そう言って銀鏡は指先に小さな雪の結晶を作ってみせる。そして銀鏡が少し念じてみるとその結晶は徐々にその形のまま大きくなり、1cm程だった結晶は1m程の大きさにまでなった。
「小さい火から大きな火へ、大きな火から小さい火へ、これが自在にできるくらいになれば妖力の制御はほぼ完璧って言っても変わりないないわ」
そう言って手元の結晶を元のサイズに戻す。
正直ここまでスムーズにできる気がしない。
「…と言ってもまずは妖力の感覚を掴まない事には話が進まなそうね。という事ではいコレ」
言いながら銀鏡が何かを手渡してきた。
…これは、眼鏡?
見たところ度が入ってる訳でもなく伊達メガネのようだ。
「それは霊視鏡っていうの。とりあえずかけてみて」
よくは分からないがとりあえず霊視鏡?とやらを掛けてみた。
「じゃあそのまま私の方を見ていてね」
「?おう、分かった」
言われるままにただじっと銀鏡を見つめる。
銀鏡は特に何をする訳でもなくじっと立っているだけだが一体なんの意味があるのだろう。
じっと見ていると突然視覚に変化が起きた。
「お、なんだ?このモヤモヤしたのは?」
銀鏡は相変わらず突っ立っているだけだが銀鏡の周囲に、否、銀鏡自身から何かモヤモヤした物が立ち上り始めた。まるで銀鏡が漫画にあるようなオーラを纏っているようだ。
「今ちょっとだけ妖力を解放してるんだけどそのモヤモヤが妖力だよ。その霊視鏡は付けることで妖力を可視化してくれるの」
「へぇ、これが妖力なのか…」
自分の体を見てみると確かに体全体を覆うようにモヤモヤが立ち上っている。
確かに普通にしててこんなにただ漏れでは妖力が分かる妖からは格好な餌にしか見えないだろう事が今更ながら分かった。
「しばらくは霊視鏡を付けて妖力の流れる感覚を掴む事から始めましょう。視覚的情報があった方が最初は感覚も掴みやすいと思うし」
最終的には霊視鏡無しでも妖力が見えるようにはなってもらうけど、と続けられる。
中々難しそうだがまぁここまでしてもらってるんだ。やるだけやってみよう。
「…と、もうそろそろ教室に戻らないと。とりあえず毎日朝はこの時間、昼休み、放課後は屋上で訓練だからちゃんと来てね」
「うへぇ…マジか、休む暇なしかよ」
「また妖に襲われたくないでしょ?なら早く妖力をコントロールできるようにならないと自衛できないよ」
ぐう…正論すぎて反論できない。
仕方ないがしばらくはハードな一日を過ごすことになるようだ。体力が持つだろうか…。
まぁ、これも自分の身を守る為だ。頑張ろうと言い聞かせながら銀鏡と屋上を後にしようとする。
すると銀鏡が思い出したように声をかける。
「あ、そうそう。これ渡しとくからしばらくは肌身離さず持っといてね」
「なんだこれ?」
そう言って渡されたのは白い紙切れだった。
裏面はまっさらだが表面には何やら漢字がびっしりと書き込まれており、正確には何かの御札のようだった。
「それは妖力を抑え込む御札だよ。昨日君に施されてた術式を参考にしながら私が作ったんだ」
「なんだそんな便利な物があるなら別にそんな急いで訓練なんてしなくてもいいんじゃないのか?」
なるべく今の生活リズムを変えたくない俺としてはその方が助かるのだが。
「ダメだよ。完全に式を再現してる訳じゃないから完全に抑え込めてないし私の妖力を使って作ってるからそんなにたくさん作れないんだから」
むぅ、そうなのか。世の中そんなに甘い訳では無いらしい。
「分かったよ、ちゃんと訓練はする。とにかくありがとう。これから暫くよろしく頼むよ。銀鏡センセー」
「先生の訓練は厳しいよ〜。覚悟しててね」
冗談めかして先生呼びをしてみたが意外にも銀鏡は悪い気はしないようでニヤリと笑いながら脅してきた。
…意外とノリが良いんだな。知らなかった。
…尚この後2人で教室に入ったら祐介に「銀鏡さんと一緒に登校してきたのか!?この裏切り者ッ!!」と泣きつかれた。そうはならんやろ。
4月から新社会人として働き始めたのですが世の中甘くないと痛感しながら執筆しています。
新学期を迎えた学生さんや私と同じような新社会人、もしくは新人教育に手を焼いてる先輩社会人の方など色んな方が色んな形で苦労されてる時期だと思いますが自分なり新しい環境で生きていくことを頑張りましょう!