一夜:始まりの日
画面の前の読者様こんにちは。SIZUと申します。
まずはこの作品を手に取っていただきありがとうございます。
妖怪に興味があるという方、学園ラブコメが好きだという方、異能バトルが好きだという方。色んな好みの方がいらっしゃるかと思います。そういった方達に少しでも楽しんでもらえるように、何よりも私自身が楽しんで物語を作れるよう頑張らせていただきます。
それでは皆さん。魑魅魍魎が蠢くアヤカシナイツの世界へ
——行ってらっしゃい。
「ハァッ——ハァッ、ハァッ——ッ」
ネオンライトが彩る夜の中、男は明るい大通りでは無く薄暗い路地裏を走っていた。
男は途中で何度も転けたのか擦り傷だらけだった。
しかしそんな傷だらけの中でも特に目を引くのは男が押さえている左肩の傷だ。
止まらない出血に押さえる右手が真っ赤に染まっており、傷の深さが窺える。
「ハァッ、ハァッ——、あぁ、畜生痛てぇな!!血が止まんねぇよ!何なんだアレ!!」
男は痛みと恐怖に涙を滲ませながら走り己に降りかかった異常な状況を嘆く。
「ハァッ、なんでっ、俺が、こんな目にッ!!————あっ」
無我夢中で走っていた男は脇に寄せてあった瓶ケースに気付かず引っかかってしまい盛大に転ける。
痛みに顔を顰めつつも立ち上がろうとするが、疲れからか足が震え上手く立ち上がれない。
影がかかる。
「——ひっ」
やばい。
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい
追い付かれた。
男は後ろを振り返らなかった。
否、振り返れなかった。
体が竦んで首すら動かせない。
影が大きくなる。
じわりじわりと獲物に躙り寄るように近づいてくるようだ。
そして影が完全に男を覆い隠した。
——グジュリ
肉が潰れたような音がした
***
「——っと、みそ汁はこんなもんで良いか。」
時計の針が7時を刺そうかという時間、グツグツと煮立つ小鍋の前で中のみそ汁を味見をする。
ちょうどいい濃さに満足しながら冷蔵庫から卵を取り出し、温めていたフライパンに卵を2つ割入れ水を少量入れて蓋を閉じる。
その間にレタスを水で洗ってよく水を切りミニトマトと一緒に2枚の皿に盛り付けていく。
時折フライパンの様子を確認しながらご飯とみそ汁を2つずつよそう。
そうしているとリビングのドアが開き、男——父親の宗介が入ってくる。
「おはよう父さん。もうすぐで朝飯できるよ」
「おはよう育斗。いつも助かるよ」
軽く挨拶を済ませながら父さんは椅子に座りテレビを付けてニュースに耳を傾けながら持っていた書類に目を通していく。いつもの習慣だ。
それを眺めながら父さんの分のコーヒーを淹れているとちょうどよく目玉焼きができあがった。
目玉焼きを皿に移してそのままベーコンを4枚フライパンに敷き、強火で焼いていく。
裏表両方焼き上げてそれを2枚ずつ皿に盛り食卓へ運ぶ。
食卓に朝食が並ぶと父さんは書類を片付けて姿勢を正す。そして俺も席に着く。
「いただきます」
「あい、いただきます」
うん。ベーコンも良い焼き加減だしみそ汁の濃さもちょうどいい。
「——うん。やっぱり育斗の作るご飯は美味しいね。いつも助かるよ。僕は料理全くできないしね」
「そりゃ10年以上ほぼ毎日父さんの変わりに作ってるし。今更でしょ」
にべもない返し父さんは苦笑いしつつみそ汁をすする。
やはり朝はバランスの良い食事に限る。そして今日も牛乳が美味い。
「あぁそうそう。明日大事な会議で今日はその準備もあるからたぶん帰るの遅くなるかもしれない。だから悪いけど夜は会社で摂るから夜は僕の分用意しなくて大丈夫だよ」
「うん。昨日聞いた。お昼の分とは別に夜の分も弁当作ってるからそれも忘れんでね。」
「あはは、ほんと助かるよ」
いつもの様に談笑しながら、それでも手早く朝食を取っていると不意にニュースから速報が流れてきた。
《——速報です。昨日未明、國見岳市大野美通りの路地裏で男性の遺体が発見されました。遺体は欠損が激しく最近多発している連続殺人事件とも共通点が見られ——》
「最近多いね。殺人事件」
「そうだね…育斗も学校の帰りとか夕方は特に気を付けるんだよ?」
「分かってるよ。ガキじゃないんだからちゃんと気をつけるって」
「そうは言うけど育斗は昔から危なっかしいからなぁ、困っている人がいたらすぐ危ない事でも首を突っ込むから僕はいつも心配だよ」
「いやだから子供かって!それよりも父さんの方が帰り遅いんだから気を付けなよ!」
分かっているよと笑いながら返すがこっちからしてみれば父さんの方こそ心配だ。
子供の自分から見ても心配になるくらいお人好しだからそれこそ俺よりも厄介事に巻き込まれそうだ。
「それより育斗、そろそろ学校行かないでいいのかい?そろそろいつも家を出る時間だけど」
「っと、マジだそろそろ学校行かないとヤバっ!」
時計を見ると既に時計の針は7:30を指していた。
急いで食器を台所で水につけて自分の分の弁当を持って部屋に鞄を取りに行く。
制服のブレザーに袖を通しながら玄関で靴を履いて家を出る。
「行ってきます!あ、弁当二つとも忘れんなよ!あと戸締りと電気!」
「はいはい分かっているよ。行ってらっしゃい」
もう一度行ってきますと返して通路を走る。
途中誰かの部屋から抜け出してきたのか通路で片耳に切れ込みの入った黒い猫が擦り寄ってきたのに頬をほころばせながら急いでエレベーターに駆け込んだ。
これが四十川 育斗のいつもの日常だ。
***
「おっす育斗!おはよう!」
「…おはよう祐介。この時間に登校してるなんて珍しいな。俺今日傘持ってきてないんだけどどうしようけど」
いつも通りの時間に学校に着き、教室へ向かっていると後ろから同級生の竹本 祐介から話しかけられる。
「人を遅刻常習犯みたいに言うなよ」
「実際そうでしょ」
「いやまぁそうだけど!…今日はバスケ部の朝練があったんだよ」
「あーなるほどね」
流石はバスケ部のエース。練習は欠かさないようだ。
「そういやさっきSwitter見たんだけどさ、お前ニュース見たか?最近起きてる連続殺人事件のやつ」
席に着いて祐介とだべっていると不意に祐介が今この街を騒がせている連続殺人事件の話を振ってきた。
「見たよ。今朝また遺体が見つかったんだってな。SNSでも今色んな推測されてるんだっけ?」
「そうそう!なんでも遺体の状態から同一犯なんじゃないかって話なんだけどさ!これがまた面白そうな記事があってさ!」
「お、おう…やけにテンション高いな。んでその記事ってどんなのさ?」
あーそうだった。コイツ噂話とかそういう類の話大好きだったわ。
興奮した様子の祐介に若干引きながら話を促すとスマホの画面を見せてきた。
「この記事だよ!この記事!」
「えーっと、…連続殺人事件の犯人実は人間じゃない説?」
記事にざっと目を通していくと大体の概要が分かった。曰く遺体や現場の情報からしてとても人間技ではない、仮に人間によるものにしても目撃情報もないのは不自然過ぎるとの事らしい。
「そう!なんでも現場にあった遺体なんだけどさ、まるで食べられたみたいにぐちゃぐちゃらしくてさ、足が見つかってないのとか逆に頭しか見つかってない遺体もあるらしいんだよ!」
「うぇ…マジか。」
人が人を食べる。そういう文化があるということは知っているがおおよそ日本では一般的ではない。まして頭しか見つかってない遺体があるという事は頭以外は食べたということになる。とてもではないが人間技ではない。
というより不自然過ぎるのだ。わざわざ遺体の一部を隠しておいて現場に遺体の一部を残すのは矛盾している。
記事を見たところ内蔵を食い荒らしたような痕や肉を食いちぎったような痕もあるらしいしこれは確かに犯人は化物かもしれないというのも分からなくはない。
「こんなやばそうなことしてたのに誰にも現場はおろか手がかりになるような情報もないなんて犯人は人間じゃないに決まってるって!俺はこの説をすげぇ推してる」
「おいおい…不謹慎だぞ。それに化物なんているわけないだろ」
確かに人間技ではないがそれで犯人が化物だと言うのは荒唐無稽過ぎる。
化物なんているわけないんだから。
「いるかもしれないだろー!UMAとか宇宙人とか妖怪だって物的証拠が見つかってないだけで本当はいるかもだろー!」
「いやいや、だからそんなもんいるわけ——」
「——ねぇ、その話私にも聞かせてくれない?」
——ない。と言おうとしたときだ。
鈴のような声と共に首筋を冷たい空気が吹いた気がした。
「——っ、びっくりした。銀鏡か」
「あ、銀鏡さんじゃん。おはよー」
「おはよう竹本くん、四十川くん」
「あぁ、おはよう」
振り返るとクラスメイトの銀鏡雪奈がいた。
成績優秀に加えて白く綺麗な肌に加えて透き通るような白く長い髪といった容姿の良さ。家は大きな屋敷という噂があるなどと校内で知らない人間なんて居ない程の生徒。所謂高嶺の花というやつだ。
「それでさっきの話なんだけど私にも聞かせてくれない?連続殺人事件の犯人が化物っていうの」
「お、銀鏡さんも気になるの?意外だね」
「まぁ、ちょっと興味あるかなって思って」
「へぇー、まぁいいや。とりあえずこの記事なんだけどさ見てみてよ」
そう言って祐介は銀鏡にさっきの記事を見せる。
それを銀鏡は意外と真剣な顔つきで読んでいた。
——正直俺はこの銀鏡というクラスメイトが苦手であった。
別に白い肌に白い髪といった常人離れした容姿が変だとか嫌いな訳ではない。銀鏡の容姿はそんな常人離れした特徴が見事に合わさっていて人気なのだ。
それに常人離れした容姿というなら自分も大概だ。なにせ両親は2人とも日本人なのに生まれつき金髪だし。
じゃあ何が苦手なのかというと…これがまた自分もよく分からない。
完璧過ぎて敬遠している…というのも苦手な理由の一つかもしれないがそれ以上に銀鏡が近くに現れると…なんというか寒気がするのだ。ついさっき感じた冷たい風のような。
その得体の知れない感覚が不気味で俺はなるべく銀鏡と関わらないようにしているのだ。
「——なかなか興味深い記事ね」
…などと意味もない事を考えているうちに銀鏡は記事を読み終えたらしい。
「ねぇねぇ!銀鏡さんはこの説どう思う?やっぱ化物っているんじゃないかなって俺は思うんだけどさ!」
「——そうね、確かにいるかもしれないわね」
「!やっぱり銀鏡さんもそう思う!?」
「かもしれない、だけどね」
…驚いた。意外なことに銀鏡は記事の内容を否定はしないのか。
正直な所銀鏡はイメージ的にこういうのは信じないとおもっていたのだが。
「ありがとう竹本くん。…だけど2人とも気を付けたほうがいいわよ。——特に四十川くん」
礼を言いながらスマホを祐介に返すと銀鏡は俺達に注意して自分の席に戻ろうとする。
「気を付けるって何を?」
「え、俺?」と思ってしまいつい銀鏡に聞き返すと銀鏡がこちらに振り返った。
「本当に犯人の正体が化物だったら危ないって事よ。ほら、よく言うでしょ——」
「——触らぬ神に祟りなし、って」
***
時間は過ぎて夕方。日も沈みかけ空は茜色と紫が混ざったような色になっている。もうすぐで日も完全に沈み暗くなるだろう。
「にしても朝の銀鏡、なんか凄かったな。なんかこう、凄味ってやつを感じたわ」
「あーそれ俺も思った。」
いつものように駄べりながら下駄箱で靴を履き替え今朝の銀鏡を思い出す。
あの時の横顔は何故か分からないが印象に残った。
というよりあんな雰囲気の銀鏡は初めて見た気がする。
「んまぁ何はともあれ気を付けて帰れよ育斗。なんせ銀鏡さんに念押しされてたしな!」
「いや、銀鏡も言ってたけどなんで特に俺なんだよ?」
「そりゃあお前悪運強いからじゃね?昔っからよく怪我してたし」
「うっせぇ、悪運が強いは余計だ。てか俺よりもお前の方が気を付けろよ。お前の方が帰り遅いだろ」
「部活あるからな。…けどこんな状況だしそのうち部活動も休みになるかもなー」
「あーそれはあるかもな」
祐介の言う通りこんな事件が続いてるのだ。放課後早く帰らせる為にそうなるのは時間の問題だろう。
部活が生き甲斐のような祐介にとってはあまりよろしくない状況のようで苦虫を潰したような顔をしている。
「まぁ何はともあれ気を付けて帰れよ。んじゃ!」
「おう、んじゃまた明日」
そう言って祐介は体育館に走っていた。
祐介も言ってたがこの状況だ。とにかく早く帰ることにするか。
「————」
「——?」
不意にどこからか視線を感じた。
周りには自分と同じように下校しようとする生徒がいたが誰も自分に目を向けてはいなかった。
(気のせいか…?)
特に気にすることも無くさっさと校門をくぐり抜けて帰路に着いた。
——自分を見つめる視線に気付くことはなく
***
(——おかしい。絶対おかしい。)
帰路についてしばらく、得体の知れない不安を感じた。
「——っ!」
視線を感じ背後を振り返る。
しかし視線を感じた先には影一つない。
(気のせいか…?いや、それにしてはさっきから多すぎる…)
祐介と別れてからしばらくした後からずっと背後から視線を感じるのだ。その度に振り返るが毎回そこには誰もいなかった。
不気味に思いながらも誰もいない事を確認して前を向いて再び歩く。
しかし、暫くすると再び視線を感じた。
(もしかして噂の連続殺人犯…?)
心臓がドクリとなり嫌な汗が背中を伝う。
もう一度確かめるように振り返るがやはり誰もいない。
再び歩みを進めると視線を感じた。
「——ッ!!」
ついに不安に耐えられなくなり逃げるように駆け出した。
全力で駆ける。
走りながら振り返るがやはり誰の姿も見えない。
しかしまだ視線は感じる。
それも視線が何処から向けられているかは分からない。
不安から逃れるように小道に駆け込む。視線が何処から向けられているのか分からないのなら視線を遮るような所に入れば良い。
尚も視線を感じる。だがここまで視線を遮られば自ずと視線の主が居るのは前か後ろに限られる。
そう思い走りながら後ろを振り返る
「——ッ!ウッソだろ!?」
しかし思惑とは裏ばらに視線の主はいなかった。視線をまだ感じるのにも関わらずだ。
異常だ
明らかに異常だ
まるで別世界に迷い込んだような気分だ
「異世界転生したなんて冗談にしちゃ出来が悪ぃぞ!?トラックに引かれてもいねぇし!!」
なんなら異世界転生した方がマシだと思いながらも足を止めずに走る。
狭い小道のせいで時々肩を壁や配管にぶつかりながら走る。
今のところ視線の主が何かしてくる気配は感じてない…筈だがそれはそれで不気味である。
視線の主の意図が読めない。いや、そもそも本当に連続殺人事件の犯人なのかも分からない。
(もし本当に連続殺人事件の犯人なら…)
脳裏を嫌な景色が過ぎりゾクリとする。
嫌な想像を振り切るように頭を振る。——それがいけなかった。
「——あ」
体が傾く
頭を降った際一瞬を目を閉じてしまい空き瓶を踏みつけてしまったのだ。
ドシン!と前のめりに倒れ込む。
寸前に手を付いたが掌が擦りむけて痛い。
急いで立ち上がろうとした瞬間——視線の気配が背後で強くなった。
体温が一気に下がった気がする。
恐る恐る振り返る
「ミャア」
黒い猫がいた。
「は?」
猫はちょこんと地面に座っておりじっとこちらを見つめている。
周りを見渡しても他に生き物は何もいない。
そして先程から感じる視線はこの猫から感じる。
つまり。
(俺はさっきからこの猫にビビってたのかよ〜〜〜!?)
あまりにも間抜けな事実に地面に突っ伏す。
いや、猫の視線にビビって逃げ回っていたあげくの果てに盛大にコケるとか恥ずかしすぎる。穴があったら入りたい。
今すごく顔が赤くなってるのが自分でもよく分かる。
そんな俺に猫が擦り寄ってくる。
恨めしげに見つめながらも顎を撫でてやるとゴロゴロと喉を鳴らす。
くそぅ、可愛いなこんちくしょう…
そうやって撫でていると不意にこの猫の耳に切れ込みが入ってる事に気付いた。
「お前もしかして今朝あった猫か?」
今朝登校する時の事を思い出して思わず猫に問いかける。猫はゴロゴロいっているだけだがなんとなく今朝の猫で間違いないと思った。
「もしかしてお前今朝からずっと俺を追いかけてたのか?」
そんなバカなと思いながらも猫に問い掛けてしまう。相変わらず猫はゴロゴロ言っている。
「はぁ…本当心臓に悪いったらありゃしない。いや、自意識過剰なだけかもしれないけど。…ていうかお前なんで俺を——」
追いかけてたんだ——とは続かなかった。
ゾクリと嫌な気配が強くなった。
目の前の猫からだ
猫はじっとこちらを見つめている。しかしそれはまるで獲物に狙いをつけるような目だ
「——っ」
息を飲む。
本能が今すぐここから離れろと叫ぶ。
ゆっくりとしゃがみながら猫から離れようとした瞬間。
——ボコっ
猫の背中が泡立った
泡は連続で膨れ上がり瞬く間に猫は数十倍の大きさに膨れ上がる。
「——ミ゜ャア゜」
猫だったものはものの数秒で自分の背丈よりも大きな黒い泥の塊となった。
大小不揃いな目玉二つが泥の体に埋め込まれておりズルズルとその位置を変えながら揺らめいている。
(——おったわ、化物。)
目の前で起きた衝撃なシーンに自分でも場違いだと思うような感想がでた。
いや、実際の所気が動転しているのだろう。しかし一周回って思考が止まりアホになったんだ。そうに違いない。
思考停止状態のまま猫だった泥を見ていると泥は俺の顔に近付いてきた。
「ミ゜ャアオ゜」
ガバりと泥の中から巨大な口が現れて俺の体を覆う
(あ、死んだ)
即座に自分が死ぬと悟った。
…しかし想像とは裏ばらに泥が俺を完全に覆うことはなかった。
まるで透明な壁に遮られたように俺の目の前でギチギチと牙と泥を突き立てている。
いや、実際のところうっすらと透明な膜が自分を覆っており、泥を遮っている。
(——よく分からんけど、逃げないと…)
しかし、腰が抜けたのか上手く足に力が入らない。
仕方ないので這いずって逃げようとする。
ズルズルとナメクジのようなスピードで這いずっているとミシリと嫌な音がした。
後ろを見ると透明な膜には罅が入っており泥の一部が膜を通り抜けかけていた。
(やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい)
ここに来てようやく思考停止していた脳が焦る。
あの膜が壊れた時自分がどうなるか?
そんなものは考えるまでもない。他の連続殺人事件の遺体と同じようになる。
(——それは嫌だ)
自分はまだ16歳だ。やり残した事がまだまだある。祐介達ともまだ遊んだりして青春を謳歌したい。
——泥の目玉が膜を突き破りこちらを見つめている
(——死にたくない)
俺が死んだら父さんが一人になる。
——もう一つの目玉が膜を突き破る
(——俺はまだ)
パリン
——膜が完全に崩れた。泥が殺到する。
「——生きたいッ!!」
胸が熱くなる。
そして泥から身を守るように右手を突き出した。
——目の前で炎が爆ぜた
「——へ?」
炎は俺の手から発生しており、瞬く間に泥を包み込んだ。
「み゛ぎゃああ゜あ゛あ゜あああ゛!?」
泥は苦しむように身をよじる。
その様子と掌を交互に眺める。
(―え、これ俺がやってんの?)
炎はいまだ俺の掌から火炎放射器のように出ている。
不思議とその炎は熱いとは感じない。泥の様子を見るに俺以外にとっては普通に熱いのだろうが。
「み゛ぎゃあああ゜あ゜ああ゛ああ゛あ゜ああ゛!!」
呆然と炎を眺めてると泥が炎に焼かれながらもこっちに飛び掛かってきた。
「ちょ、こっちくんな!」
よく分からないまま手を振りかざし続ける。
(と、とにかくもっと勢いよく燃えろ!!)
「!?み゜ぎゃぎゃ゜ぎゃ゛あああ゛あああ゛!?」
無我夢中で念じてみると炎の勢いは強まり泥を吹き飛ばした。
吹き飛ばされた泥は地面をのたうちまわりながらゴウゴウとも続けている。
それでも尚、泥は俺に向かって這い寄る。いや、しつこ過ぎるだろ。
(こうなりゃもっと火力を上げて・・・ッ!?)
不意に強烈な脱力感に襲われる。それとともに炎の勢いが見る間に落ちていく。
どうやら体力切れのようだ。泥の炎も次第に弱まりついには鎮火してしまった。
泥は焼かれたことでところどころ固まっているがいまだにこちらに這いずっている。
完全に力の抜けた体は今度こそ本当に動かなくなっている。
(詰んだか・・・)
覆しようのない現実を前に目の前が暗くなる。
泥が覆いかぶさろうとする。ゆっくりとした緩慢な動きだがもはやそれすらからも逃げることはかなわなかった。
(ごめん、父さん、祐介、みんな・・・)
死を目前に自然と目を閉じる。
――ビュウッと冷たい風が吹いた。
あまりの冷たさに閉じかけていた目を開く。
前を見ると泥は頭に触れるか触れないかのところで動きが止まっていた。
―否、正確には氷漬けになっていた
「よかった。間に合ったみたいね」
泥の背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
「だから言ったでしょ?気を付けてって」
そこには手から白い煙を出した銀鏡が立っていた。
「なん・・・で、おまえが、ここに・・・」
微笑みながら俺を見下ろす銀鏡を見たのを最後に俺の意識は完全に暗闇に消えた。
楽しんでいただけたでしょうか?…というにはまだ何もどういった物語なのかはこれだけの話ではわかりませんね笑
また、初投稿というのもあり誤字脱字や変な文になっていたり、矛盾があるかもしれません。
もしそういった事に気づいたという方は優しい目で見守って頂けるか優しく伝えてくださると作者も助かります。
それでなくとも感想を頂けると作者の励みになります笑
次話はなるべく早く投稿できるよう頑張りますので楽しみにしていてください。それでは次のお話でお会いしましょう。バイバイ