表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生した俺は乙女ゲーの隠しボスだった女の子を預かる。  作者: イオナ
一章. 10才、セピア島編
4/35

4. 白き少女は旅立つ。

どこかもわからない絶壁と、その中に隠された洞窟。

その果てには余りにも不思議な大空洞があり、神殿があって。

その中に入ってみると何と、数人の死体ととある少女が祭壇の上に座っていました。


白き少女。

【硝子の夜明け】という乙女ゲームで隠しボスとして登場するあの女の子が。


……うむ。

振り返って整理しても何が一体どうなっているのか全くわからない。


何故この子がここにいるのかな?

隠しボス戦が起きる場所はハルパス王国の最北端にある世界樹というダンジョンの筈では?


「えっと……。」


「?」


俺が戸惑いながらどうしたものかと迷っていると。

そんな俺を見ながら少女、隠しボスの子が小首を傾ける。


あ、可愛い。

まるで小さな兎を見ているかのようだ。

警戒心が全くない白い小動物が静かに、それでいて興味津々に観察するかのような目。


「あ、すみません!僕はその、怪しい人ではなくてですね?実はちょっと道を迷ってしまいまして!ははは……。」


「……。」


少女は答えない。

目を輝かせながらも、それでいて妙に元気がないというか、熱意を感じられない視線で俺を見つめている。


「あの……?失礼ですが、あなたは?この神殿みたいな場所で住んでいらっしゃるのですか?」


「……。」


またもや、無言。


この子、俺の話をちゃんと聞いているのだろうか。

ずっと俺を見ているから、一応俺の存在については気付いている筈だが。


「えっと……すみません。自己紹介がまだでしたね。僕の名はカイルと申します。もし失礼ではないのなら、あなたの名前を伺ってもよろしいでしょうか。」


「……。」


「あ!そうですね。あんまり話したくない日もありますね!これは失礼しました。僕は以前からあんまり雰囲気を読めないと言われてるんですよ~,本当に困ったものです、はは!」


「……。」


「ははは……はあ……。」


やばい、この沈黙は非常に心が痛む。


俺をずっと見つめているのだから、完全に無視している訳ではないのだが。

だったらどうして何も言わないのだろうか。


恥ずかしがっているのかと思い、しばらく黙って待ってみてもあの子からは特に話して来る気配がない。

俺に近付く様子もなく、ただ観察するだけだ。


だからというのもちょっとおかしいが、このままだと特にやる事がないので俺もあの子を改めて観察する事にした。

……いくら何でもこの出会いは突然すぎるからな、少し考えを纏めたいのが本音である。


まず、目の前のこの子があのゲームで登場する隠しボスなのは間違いない。

俺が覚えている姿とは随分と違うし、背も小さいのだが面影が残っているのだ。


不思議な、それでいてどこかか弱き美少女と言える雰囲気というか。


……うん、あんまり上手く説明出来ないな。

一目で'あ、この子はあの隠しボスだ'とわかるのに、正確にとこを見てそう感じたのかはっきり言えない。

危うかさ?それとも印象?


……それにしても、本当にこの子があの隠しボスなら何故ここにいるのだろう。

隠しボス戦が行えるのは王国の最北端の筈、だがここは王国の最南端といえるセピア島だ。

全く正反対の場所では?


「あ、いや。そうでもないな。あの姿に比べるとまだ小さいし、まだ未来の話しだからそれまでずっと同じ所にいるとは限らないか?」


「……??」


「あっ!すみません!つい独り言を!最近はゆっくり話せる相手が無くてですね、ついついと溢してしまうんですよ。いやあ、癖というのは中々消えませんね~。あなたはそういう経験はないのですか?」


「……。」


「あ、そもそも僕と話をしたくないと。すみません、黙っています。」


ああ、誰か俺とあの子の中を仲裁してくれる救援投手は現れないだろうか。


少女の視線が痛い。

そんなに気になるなら何でもいいから話して欲しいものだ。


まさか、話せないわけでもないだろうし、何で……。

……うん?


「あっ、ごめん!君はもしかして……、あ。その、そもそも歳の差はあんまりないみたいだし、もしよかったらタメ口で話してもいいのかな?」


「……。」


「うん、それは良いという意味の沈黙だと受け止めるね。それで、君の事なんだが……」


つい頭に浮かんだとある事実のせいで頭がパニックになってしまう。

自分でも今俺が何を言っているのかよくわからない。

この有り様では相手も混乱するに違いなのだが。


……やっばりというか、白き少女は俺が混乱する様子を静かに見ているだけで、俺が口走る支離滅裂な話に戸惑うようには見えない。


それが余計に気になり、頭の中に浮かんだ答えが正解ではないかと確信を持ってしまう。


「……君は、もしかして話が出来ないのかな?それとも耳が聞こえないとか。」


「……。」


またもや、無言。


さすがにこの質問にも答えないのはおかしい。

答えないところか、体がビクッとしたり、驚いたりの反応もないのはさすがに不自然に思える。


そして、何よりも思い出してしまったのだ。

隠しボスとして現れ、戦闘が起きる直前の会話パート、そこでこの子はただの一言も話していなかった事を。


「……ごめんね、ちょっと近くに行ってもらうよ。」


死体が転がっているのを避けながら少女に近づく。


俺が近づくのを見て少し肩をピクッとするが、それだけだ。

避けたり、悲鳴を上げたり、嫌がる様子などなく、ただ俺から顔を背けるだけだった。


その反応も気にはなるが、それどころではない。

近くに行ってようやくこの子の状態に気付いてしまったのだ。


「……あいつらの仕業か、これは。」


「?」


俺の言葉を理解出来ていないのだろう。


少女は黙って俺を見上げるだけだ。

俺がまた独り言を言っている事も気にしていない。

いや、気付いていないというべきか。


少女の体ははっきり言ってボロボロだった。

顔には手を出してはいないようだが、それ以外が酷い。


今までは距離があって気付く事が出来なかったが、ここまで近くに来ると嫌でもわかる。

服ではなく布で体を隠せたのは単に服がないからではなく、この傷跡を隠す為に違いない。


体のあらゆる所に傷跡と痣が残っている。

殴られた痣はもはや数える事が馬鹿馬鹿しいし、刃物に深く切られた傷すら見える有り様だ。

この少女の皮膚が硝子のように綺麗だからこそ、なおこの傷が痛ましく見える。


「っう……。」


俺の手が顔に近づくと、少女は呻き声を出しながら顔を逸す。


その反応を見てつい言葉を失ってしまう。

一体どういう事をされたらこういう反応がすぐに出てしまうのか、簡単に想像出来てしまうのが辛い。


「大丈夫。僕は君に危害を加える気はないよ。あの連中とは違うからね。安心して。」


「?」


出来る限り優しい声で話しかける。

でも多分、この声も聞こえていない筈なので、身振り手振りで君の敵ではないと必死に伝える。


それを理解してくれたのか。

少女はまだピクピクしながらもまた俺に視線を向けてくれた。


「ちょっとだけ失礼するよ、っと。……。」


ああ、やはりか。


綺麗で細い白金髪を少し触り、耳を詳しく見ると案の定、古き傷跡が見える。


……これは火傷だな。

途轍もない熱で焼いた鉄か、火箸のような金属製で焼き付かれた痕跡がある。

耳全体に至るほどではなく、耳の穴の辺りにだけ火傷があることを見ると、かなり細いもので耳の中を弄ったに違いない。


この火傷はその時、金属棒が耳の周辺に火傷を負わせた痕跡の筈。

おそらく耳の中はもっと酷いだろう。

まさしく、鼓膜が潰れてその奥の器官まで傷付き、聴力を失ってしまう程に。



'あやつは自分自身が只の器だという事を骨の済まで理解しておる。そのように長老達が教育したからな。'



頭の中で先ほど聞いた怪しい人達の会話が浮かぶ。


あの人達は'巫女'という存在について言及していた。

儀式に関して何かのトラブルが起きてしまい死んでしまった神官達の事も。


この神殿の中にはこの少女と、何故か祭壇の周辺に倒れている黒頭巾の人達が十人。


巫女という者が誰を言っているのか、そしてこの人達は何者なのか。

深く悩む必要もない。

ここまで来たら答えは明白だ。


だったら、これがあの老人が言っていた教育と言うのか?


どう見ても虐待と拷問の痕跡にしか見えないこれが?


この十歳にすらなっているかどうかも定かではない子供にやったこの仕打が、教育だと宣うのか?


「……ふざけている。」


本当に反吐が出る。


よりにもよって子供に手を出すとは、あの悪役組織の傭兵共と何も変わらないじゃないか。


「……。」


「あっ、君に言っているのではないよ。あのゴミ共に……って、聞こえないか。」


少女がまた不思議なように俺を見上げるのでつい誤解を解こうとしたが、よく考えたらこの言葉も聞こえていない筈だ。


確に、これならば先から無言なのも頷ける。


聴力を失ったのだ。

相手が何を言っているのかもわからないだろうし、音が聞こえない以上、まともに話せる筈もない。

どうしても発音が間違ってしまうし、会話が成立する事もないのだから。


(……だから原作では何のセリフもなかったのかな。)


隠しボス戦が行える前の会話パートで主に話していたのは、この少女を隠しボスに仕上げた黒幕の魔女アウロラーだけだった。

自分の計画と目的をペラペラ喋って主人公とその相手のイケ面にドや顔をしていたのは今もはっきり覚えている。


その時、この子は魔女の後ろで静かに立っていただけだったが、まさか耳が聞こえず、まともに話す事も出来ない状態だったとは。


「そんな設定があったら、ちゃんとストーリーで明かせろよ、全く。」


つい愚痴ってしまう。

あまりの事態に頭が痛くなり始めた。


よくよく考えたら、俺はこの隠しボスについて何も知らないんじゃないか?


この子が隠しボスである事と、その時の能力やスキル、スペックは全部わかっているのだが。

どういう経緯で隠しボスになったのか、そもそも本来の名前はどんなもので、どういう成り行きであの魔女アウロラーと共に行動をしていたのかもまるでわかっていない。


何しろ隠しボスはあくまで特典みたいな感じのボスだったのだ。


一度メインストーリーをクリアした後、特定の条件を満足するとメインストーリー後の後日談みたいな短い追加ストーリーが現れ、そこで戦うのがあの隠しボス、'魔神 エウペイア'だった。


そう、ラスボスとして戦うと言及した'精霊王 エウペイア'、それが完全に魔神に変貌したらどうなるのか?

そんなIFが叶った時を実感させるボスが隠しボスだったのだ。


と言っても、実際に精霊王が堕落したのではない。

メインストーリーの後なので、どんなルートにしろ既に精霊王は浄化され元に戻っている。


この隠しボスはあくまで力だけを真似し持たせた、言わば'魔神 エウペイア'の紛い物だった。

黒幕である魔女が浄化される前の精霊王から負のエネルギーだけを抜き取り保管していたのだ。

そして最高の素質を持つ生け贄にその全てを注ぎ、紛い物の魔神として覚醒させたのである。


その時の素材、生け贄として用意され、魔女アウロラーと一緒にいたのが今俺の目の前にいるこの少女だった。

まあ、外見は今よりももっと大人っぽかったが。


…………とにかく、この事実ではっきりした事と気になる事が一つずつ出来てしまった。


まず、はっきりした事は今が原作時点からどのくらい前なのかである。


俺が覚える隠しボス、'魔神 エウペイア'としての姿と、今の姿の違いから察するに、おそらく原作スタートからは六年、もっと前だとしても八年程前が今の時点と思われる。


主人公は十六歳に姫、もとい精霊王への生け贄として選ばれ、そのまま魔法学院に強制入学されるからな。


そして全てのストーリが終わるのが三年生の時、つまりは十八歳になってからで、その時この子と出会う事になる。

二人の歳があんまり変わらないと魔女が言及していたから、どう考えても今は原作時点から六年か、八年程前の時点になる。


(これはかなりの収穫だな、計画を立てやすい。)


うん、まずは今すぐにでも死亡フラグが溢れ出す出来事が起こることはない。

それをわかっただけでも大きい。

これでもっと余裕を持って対処する事が出来る。


だが、同時にどうしても気になる事が出来てしまったのも事実だ。


「うんー……。」


「?」


隠しボスだった子が悩んでいる俺を見てまたもや小首を傾げる。


俺が自分に何もしないのが不思議なのか、それともここで見ない顔だから不思議がってるのかよくわからない。


俺を静かに見つめる姿は小動物みたいで凄く可愛いのだが、今のこの子は全ての悩みの種といっても過言ではないから困る。


俺が悩んでいるのはたった一つだけだ。


即ち、俺が知る知識と現状の違いである。


これに関しては以前から気にしてはいた。

このセピア島と'精霊神獣'という存在を知らなかったからな。

ゲームと違うと言ったらそれで済む話ではあるが、ここに新たな事実が現れてしまった。


そう、あの隠しボスまでもが今ここにいるという事実である。


こうなったら俺が知らなかっただけとか、ゲームと違うと結論を出して終わりにする事は出来ない。


もしも、これがゲームと違うのではなく、正しくゲームのストーリーを辿っているとしたら?

俺が知る原作との違いを説明出来る可能性があるとしたら?

ならば、その可能性とは一体何なのか?


決まっている。

そんなの一つしかない。


この少女が原作の隠しボスという事。

そして俺が覚えている姿よりも遥かに幼い事を考えると、もっとも有力な可能性が浮かんでくる。


即ち、これは過去の出来事なのだ。


魔女アウロラーにこの子が隠しボスの素材として回収される前の時点。

原作時点に至る前に起きた事件だけど、設定としてしか存在せず、物語には語れていなかった出来事。


そう考えると色々と辻褄が合う。


隠しボスが幼い事や、シグマがまだ攻略対象の一人であるイケ面と出会っていないことから、今はまだ原作開始の前の時点なのは間違いない。


そして、今の現状がゲームと違うのではなく、ただゲームで描かれていなかっただけで、原作通りに話が進んでいるのならば……。


「……うん、ありえなくはないな。原作では魔女が魔神を覚醒出来る理由とか、どのように隠しボスが成り立つのか、その経緯をペラペラ話したけど、肝心の生け贄、器である女の子については何も話していなかったし。このパートだけはスキップせず全部見たから、何か見落としている筈もない。」


「??」


「だったら神獣や、セピア島も何らかの関係があるのか?原作の時点で島がなかったからこの子が魔女に回収された後、または回収される時に何かが起こって地図から完全に消えた?じゃあ、今ここはかなり危ないのでは?」


「…………?」


「……いや、流石にそれはないか。なら【黒きサソリ】が説明出来なくなる。仮に今の時点で島が消えるとしたら、あの死亡フラグ集団も巻込まれて消える筈。ならば原作時点でシグマが登場する事は出来ない。必然的にあいつらの存在が当分はこの島が安全だと証明する事になるか。だったら……」


「うっ……。」


「ごめんね、ちょっと集中しているから話は後で……うん?」


つい思索にふけていた時だった。


予想していなかった出来事にきょとんとしてしまう。


今まで静かに俺を見上げるだけだった隠しボスが俺が着ている服の袖を引きながら、熱心に何かを伝えようとしている。


「えっと?」


意外だった。

完全に油断していたと言っていい。


この子は耳が聞こえず、話も出来ないから俺に何かのアプローチもしないだろうと考えていた。


しかし、今、この白き少女は俺を真っ直ぐ見つめながら必死に何かを話そうと口をパクパクしている。


「えっと……あそこの人の体を漁ってみろと、そう言うのかい?」


右手で俺の袖を引き、左手では倒れている神官の死体を示していたので半分推測して言った時だった。


それが正解だと言うように少女が頷く。


「よかった、当たったようだね。わかったよ、何故かはわからないが……って、ちょっと!君!僕の声が聞こえるのかい!?」


余りにも自然に頷くから一瞬、スルーしてしまう所だった。


俺が急いで聞いてみると、少女はまたも'知らないよ?'と言うかのように小首を傾げてみせる。


ぐぬぬ、何と可愛い……じゃなくて、何と狡い身ぶりだろうか。


まあ、いい。

ここでこの子と言い争ってもしようがない。


どういう事かはよくわからないが、少女が伝えたように死体に近付き漁ってみる。

少し罰当たりな気分もするが、それでもやってやるしかないと思い、渋々漁ると。


「これは……。」


服の中から取り出したのは地図に見える図面と様々なアイテムだった。


アイテムはこのゲームをやり込んでいた俺としては見慣れた物ばかりだ。

主に戦闘で使う物で、モンスターに小さな魔法ダメージーを与えたり、状態異常をかけたりする玉のようなアイテムである。


それにこの図面は……間違いない。

左の端には大空洞が描かれていて、洞窟の中の構造が全部描かれている。

十中八九、この訳もわからない場所の地図だ。


「これをどうして僕に?」


俺がつい意図を聞きながら少女を見ると。


その子は静かに首を横に振った後、この空洞の出入り口を指で指し示した。


「何も聞かず、逃げろと。そう言っているのか?」


「……。」


頷く。


何も言わず、だがその答えは間違っていないと少女は身ぶりで答える。


……やっばり、この子。

本当は俺の声が聞こえるのだろうか。


だったら言葉で話さないのと、あの耳の火傷は何なのだ?


「君は……。」


再び話しかけようとした時だった。


少女が口を動かせる。


「……あ……め……で。」


「え?何だって?」


「……。」


一瞬、少女の顔が悲しく曇り、ガッカリしたように俺を見ながら握り拳で、ぎゅっとみぞおちを押さえる。


……聴力は完全に失ってはいないが、言葉をまともに出せないのだろうか。


小さく息を吸って吐いた少女は再び俺に向けて口を動く。

今度は声は出していない。

まともな発音が出来ないと思い、やり方を変えたらしい。


声を出さない代わりに、俺が理解できるまで何度も口を動かすと決めたようだ。

口を動いて俺に一生懸命何かを伝えようとしている。


繰り返して口が動くのを見ると、どうやら三文字……いや、四文字の言葉か?

最後のはわかり辛いが、微妙に口の動きが違う。


「'あ'?いや、ちょっと違うな、'ば'か、それとも'か'か。'く'……前のは'れ'か。……'隠れて'なのか?」


「!!……!」


当たりらしい。


少女が熱心に頷く。


そうか、そうか。


'隠れて'か。


俺を心配してくれたようだな。


どうやらこの子が聴力を失ったと考えたのは俺の早とちりだったらしい。


いやあ、恥ずかしいな。

何か真剣に心配したことが恥ずかしいわ~。


「……って、隠れろってどういう事?」


「!?」


今まで無表情だった少女が珍しく慌てる姿を見せる。

どうやら俺の声が誰かに聞こえていないか、心配しているらしい。


今までは綺麗な人形みたいな印象だったが、この慌てぶりを見ると人間味を感じていいと思う。

折角、綺麗な美人なんだからもっと明るく笑えばいいと思うが、流石にこの環境と虐待の痕跡だ。

普通の子供のように明るく育つ事は出来なかったのだろう。


(さてと……)


少女は不安がっているが、俺もそんなに馬鹿ではない。

'隠れろ'と意味を理解した時から、既に足音とかが聞こえないか耳を澄ませている。


……。

…………。

………………なるほど。


確に、微かだが足音が聞こえるな。

そして何か独り言をブツブツ言っているのも聞こえる。

その内容までは聞こえないのだが、この程度なら恐らく大空洞の出入り口にいるのだろう。


……俺もこれからは独り言をあんまりしないように頑張ろう。

ここまではっきり聞こえるならかなり危ないな、主に隠れる時とか。


不安なように俺を見る少女に小さく目礼し、近くの柱の後ろに身を隠す。

柱は成人でも二人は何とか並んで身を隠せるほどだ。

子供の体ならばれる心配はしなくていいだろう。


このまま、静かに事の成り行きを見た後、ここから離れよ。

あの黒頭巾の死体から戦闘用のアイテムも回収したし、これならば俺一人くらいは何とかここから逃げられるはずだ。


(……あれ?そういえば、あの子はどうやって俺より早く近くに人が来ているとわかったんだ?)


一瞬、不可思議な疑問が頭に過った。


あの子は直ぐ俺の言葉に返事をしていたし、聴力を完全に失ってはいないようだが。

それでもあの耳の傷と火傷の痕跡は尋常ではない。

あの子は間違いなく拷問を受けている。


ならばある程度は聴力にも影響がある筈。

まともに話せないのもその影響かと踏んでいたが。


「ふう……、バジル殿も困ったお方だ。シグマ、シグマと。傭兵王だ何だと周りは騒ぐが、結局、頭に酒と戦しか入っていない低能なゴロツキ共の隊長なだけではないか。そんなしようもない奴をあそこまで警戒するとは……全くあの心配性も困った物だ。」


神殿の入り口から足音と共に独り言がはっきり聞こえる。


若い男の声だ。


出来る限り音を出せず柱の後ろから覗くと、黒頭巾を被った青年がブツブツ文句を言いながら神殿に入ってくるのが見える。


「なっ!」


どうやら神殿の中に倒れている人々を見たらしい。


一瞬、固くなり止まりはしたが、やがて何かの祈りのような事を言いながら倒れた人達に黙礼する。


その間に白き少女の様子を見てみたが、あの子は黒頭巾の人には目もくれていない。

つい先は俺をあんなに見つめていたのが嘘のようだ。

出入り口の青年を見たりもせず、だからと俺の方に視線をくれることもなく、ただ夜空だけを見上げている。


……何故だろうか。

あの姿を見ると、またもあの子があのゲームの隠しボスだと改めて強く実感してしまう。

何か特別な力とか、そういうのは全く感じられないのに、この妙な既視感は一体何なのか……。


「巫女殿、バジル殿のご命令です。私に付いて来て頂きたい。あなたは我々一族の大事な役目を全うする事が出来ず、数少ない神官達を犠牲にしてしまった。長老はこの事についてお怒りでいらっしゃる。」


「…………。」


少女は答えない。


何も言わなかったのは俺といた時もそうだったが、何かが違う。

明白な論拠はないのだが、その人が放つ雰囲気というべきものだろうか。

それが違うのだ。


俺との会話では返事はせずとも、静かに見つめながら真っ直ぐ俺と目を合っていた。

少なくともこっちを拒絶する気配はなかった。


だが、今はどうだ。

あの子はあの青年を見ようとしない。

話そうとしない。

そもそも、その物の存在に気付いていないと、そう言うかのように無視する。

まるで子供が駄々をこねるように。


強い拒絶と断絶、拒否の意がはっきり伝わる態度。


「……巫女殿。いい加減にして頂きたい。あなたが聴力を失ったとしても聞く事に何の問題も無いことは知っています。だからこそ長老は、我々はあなたを巫女として選択した。全ての精霊達に愛され、受け入れられる素質、それ故に成し遂げられる数々の奇跡を知っているからこそ。」


少女の態度から俺と同じ印象を受けたか、青年の声が明らかに不機嫌になる。

声が徐々に興奮するかのように荒らくなって、少女を見る目に力が入る。


どうやら、あの子が聴力を失ったのは間違いないらしい。

それでも聞く事が出来るというのは、どういう原理なのかよくわからないが……。


「…………。」


「ふう……あのですね、巫女殿。私も忙しいのです。辛いのは貴方だけではないのですよ?我々一族全員にとっても今はまさしく試練の時なのです。何故それをわからない?自分だけが辛いと、そうお考えですか?ええ?」


「…………。」


「ッ!」


少女の態度は変わらない。


あれ程の傷が残る虐待を受けて来たのだ。

普通なら怯たり、怖がる筈なのだがその様子が全くない。


その態度はあくまでも気にしていないように見え……。


……いや、違う。

違うのだ。


あれは達観したのではない。

関心が無いわけではない。


あの子は間違いなく傷付いている。

それによって反応もしている。

ただ、その反応があれなだけなのだ。


気にしないように振る舞い、関心を持っていないように対応する。

自分に向かってくるあらゆる苦痛をあくまで無視しようとする。


(……何事もすべて無視して、ただ全てが終わる時まで耐えると。)


あれが、あのか弱き少女が選んだ対策。

まだ幼い精神が厳しい現実から己れを守る為に必死に考え、至った方法。

嵐が過ぎ去るまでうずくまり、耐えるかのような。


「ええ、いいでしょう。おわかりですかな?巫女殿、私はバジル殿にこう言われていますよ。事態が事態だから多少手荒でも構わないと。」


「っ。」


小さく、少女の身が震える。


それは余りにも一瞬で、見間違ってしまう程の揺らぎ。


だけと、あの子が鋼のように強い精神を持ってはいないと、あくまで普通の子なのだと気付かせるには充分だった。


それを感じたのか。

青年の口元が加虐的な喜びで歪み、笑みを浮かべる。


「……ようやく理解できたようですね。自分が如何な立ち位置にいるのかを。ええ、賢いのは良いことです。ですが、もっと賢くならないといけませんね。私が微力ながらそのお手伝いをしてあげましょう。」


「ッ!」


何が起きようとしているのか、よく理解出来ていない俺とは違い、少女は直ぐに反応する。

目を閉じ、体を丸くしてうずくまる。


一体どうしたのだと思っていると。


次に聞こえたのは神殿全体に響き渡る程の鋭くもキツイ鞭の音だった。


「ったく!生意気……!!なんだよ!!たかが!!生け贄の……!分際で……!!お前は!!ふっつ!黙って!!付いて来ればいいのだ!!」


「ッッ!……アッ……!」


響くのは容赦無く振るわれる鞭の音と男の荒らい息、そして興奮したかのような声。

そしてそれによって皮膚が傷付き、血が空中に小さく飛ぶ音。


だが、それだけだ。


少女の悲鳴は聞こえない。


男が無差別に鞭を振るい、その布の下に隠されている皮膚と体が千切って、割れて、傷付こうと悲鳴だけは上げない。


それはその少女がこの仕打に耐えるための方法だったのだろう。

先までの無視と同じように、ただ静かに嵐が通ることをただ耐え続ける。


「この!!生意気な!!」


その行動と静かさが頭に来るのか、鞭の勢いがもっと激しくなる。


抵抗の意思などなく、ただうずくまっているだけの子供に向けて余りにも残酷に、容赦無く鞭を振るわれる。


その衝撃で少女が祭壇から転び落ちてしまう。

「あうっ・・・!」と、小さく悲鳴か、嘆きかもわからない呻き声を出しながら。


だが、鞭は止まらない。

地に倒れた少女の背に向けて情けなどなく鞭が振り下ろさせる。


もはや体をうずくまる事も出来ていない。

ただ地に伏せている少女に自分のストレスと鬱憤を晴らすかのように蹴って殴って、滅茶苦茶にするだけだ。


「アッウっ……!」


「ははは!!どうですかな!やっとおわかりか!?自分がただの物に過ぎないと!」


……何だ、これは。


俺は今、何を見せられている。


生々しく聞こえる音と、女の子の呻き声。


地に倒れ、鞭に打たれている女の子の目には小さく涙が浮かんでいる。


当然だ。

無視しようとしても、痛みは消えない。

気にしないようにしても、苦痛はなき物にはならないのだ。

その痛みも、傷も全てあの子の体に刻まれる現実で、本物なのだから。


「……ッッ……!」


もはや、あの子の口から漏れる音は呻き声すら出来ていない。


気絶でもしたかと思うと、次に振り下ろさせる一撃で少女の体がビクッと震え、強制的に起こされる。


……反吐が出る。


生々しい暴力に身が震える。


あの傭兵共のせいで慣れたと思ったがそんなのは勘違いだった。


こんなのに慣れる訳がない。


(どうする?助ける?俺が?あの子を?)


当然だろと、そう言って来る自分がいる。

冷静になれと、そう言って止める自分もいる。


助けたいという気持ちは確にある。


だが、助けてどうする?


あの子を連れてここから逃げるというのか?

ここからあの小さい子を連れて無事に抜け出すと?


冷静になれ。

落ち着いて考えてみろ。

激情に流されて間違った判断をするな。


俺はたった一人だ。

おまけに武器と言うべきものはリュックの中にあるナイフ一本と、黒頭巾から回収した戦闘用のアイテムだけ。


それで戦えというのか?

あの子を助けろと?


あの子はこの場所にいる連中にとって大事な人物だ。

巫女と呼ばれているのだから、間違いない。

その扱いは奴隷に近いんだとしても、奪われるとしたら間違いなく追ってくる。


ここにどれ程の人間がいるかもわからない。

数十人かもしれないし、百人を越えるかも知れない。

それらの大勢の人間を相手にしてあの子を庇いながら、ここから逃げると?


……馬鹿げている、そんなの出来る筈がないだろ。

ただの自殺行為だ。


結末は目に見えている。

俺は掴まれるか、やられて、あの子はもっと酷い拷問を受けるに違いない。


(……でも、俺だけなら。)


……そう。

あの子を庇いながらは無理だ。


だが、俺だけならば。

俺一人だけならば、まだ何とか出来る。


ここの人達は結界とやらを張り直す事へ集中している。

その隙を突いて、今持っているアイテムを全て活用するならあるいは……。


だが、あの子を連れていくとそれすら出来ない。

その少ない可能性すらも消えてしまう。


……そもそもあの子を助けてその後はどうする?


あの子と一緒に帝国へ行くと言うのか?

あの子を育ててずっと扶養してやると?


……俺はあの子の父にでもなるつもりか?



'テメエがガキでも相手が怯える程、非情になれ。そうしないと生き残れないし、俺と共に行く資格もない。'



数時間前に聞いたシグマの言葉を思い出す。


……そうだ。

まさしくそのとおりなのだ。


あの時、俺はどう決めた?


非情にになると決めたのではないか。

チートも、力もなく転生してしまった以上、それしか生き残る手はないとそう頷いたはずだろう。


……確にこれは辛い。

あの子を捨てるのかと罵られても仕方かない。


でもどうする?


俺は弱いのだ。

弱い奴がこの死亡フラグだらけから逃げ込むにはその分、選択の余地もなくなる。

……仕方かないだろ、これは。


(…………。)


許してくれとは言わない、これが卑怯だというのは俺もよく知っている。


あの子は恨むだろう。

俺が助けてくれなかったと憎むだろう。


だが、俺はただのモブだ。

何の力もないからこそ、非情にならねば生き残れない。

あいつの言葉に従うのは癪だが、それは確に正しいのだ。


だから、俺はここから逃げ出す。

あの子は可哀想だが、見なかった事にするしかない。


「……それしかないんだ。」


小さく呟き、俺は動く。


続く鞭の音を無視して、高ぶる男の声も、もはや呻き声も出せない少女も見なかったことにして。


ここから離れようと柱の後ろから出ようとした時。


「…………。」


目があっていまう。


他でもないあの子と。


俺が見なかったとして、放り投げようとした少女と、視線が交差してしまう。


「……。」


……少女は何も言わない。

助けも求めない。


目が合ってしまったのだ。


それならば目で訴えるのも出来る筈なのに。

助けてくれと、この人を止めてくれと、そう叫ぶのが普通な筈なのに。


……でも何も言わない。


何も期待などしていないと。

その青き瞳が、光などない空っぽな瞳がそう物語っている。


'ああ、やはりそうなのだ'とそう嘲笑うかのような悟りがそこにあった。


諦めに近い、全てを放棄して全てを無視するかのような目がそこにあった。


「……ああ。」


……ようやく、理解した。


何故、俺はあの子の姿を始めて見た時から、あの隠しボスだと一目でわかってしまったのか。


面影が残っていると言えども、随分と違う姿な筈なのにどうして俺はあの子こそがあの隠しボスで間違いないと確信したのか。


……あの目だ。


今のあの目を俺は知っている。

以前に見たことがある。


他でもない、あの隠しボスとして戦う直前に見た目なのだ。


どうしてあんな目をするんだろうと、そう思わずにはいられなかった視線。


どうしてあんなにも冷たい、何もかも放棄したような目をするんだろうと不思議がって。


しかしながら、すぐにでも魔神に取り込まれ主人公に殺されてしまい、永遠に答えを得られなかった目。


その目を今のあの子がしている。

姿形は違えども、同一人物だと確信させる程に。


'やっぱりだ'と、言っている。


'わかっていた'と、放棄している。


'そんな事は期待しなかった'と、そう呟いている。


「……。」


つまりはそういう事なのだ。


あの子はこれからも原作が始まる六年か、八年後までずっとあのように苦しみ続ける。


誰も助けてくれず、それが当然だと放棄し諦めてしまってあのような目をずっとし続ける。


そしてやがては魔女アウロラーに捕まってしまい、そのまま魔神の器として利用され、主人公と戦い、死ぬ。


それがあの子の未来。


名前も出ることなく、ただ隠しボスとして現れ、死んでいくのがあの子がこれから経験する人生。


……あの子は主人公にもあのような顔を見せるだろう。


自分とは違い全てを得た少女。

王妃になって、自分を愛してくれるイケ面と共に現れる主人公と戦い、

そして殺される。


魔女アウロラーの望むがままに動かされた挙げ句、無様に死ぬのだ。


「……気色悪い。」


……ああ。

本当だ。

気色悪いのにも程がある。


あの子の目が気に入らない。

あの子が抱いている考えが気に入らない。

あの子の現状も、その先に待っている未来も、何もかもが理不尽で腹が立つ。


そして、何よりも。

……つい先まで冷静になり考えぬいた自分自身も。

そしてその選択を簡単に捨てようとする今の自分も全部気に入らない。



'いいか、カイル。自分の状態を把握して戦うのは結構だが、もう少し非情さも学んでおけ。'



「……うるせえ、よく見ていろよ、シグマ。お前に言われなくても俺はやる時はやる奴だからな。」


覚悟を決める。

リュックを背から下ろし、その中にあるナイフと布を取り出す。


それで終わり。

迷ったりはしない。

非情になるとそう決めているのだ。


ただ、先まではあの子を捨てるために腹を括った非情さが。


今では向かう先を変えただけである。


「……?」


俺を見る少女の目が変わる。

まるで俺が何をしているのか、理解できていないようだ。


上等だ。

そのままよく見ていろよ。


俺はどうしようもなく心からひねくれた人間だからな。


相手の意表を突くのが大好きだし。

他の人が勝手に決めつけているのを否定するのはもっと好きな奴だ。

自分自身でもどうかと思うけどね。


「……ったく。これは全部お前のせいだからな。後で大きくなったら借り返せよ。」


走り出す。

馬鹿正直に真っ正面から突進などしない。

そんなの愚策でしかない。


柱の後ろにいる陰に身を潜め、鞭を振るっている青年の後ろに回る。

奴は体罰を加える事に夢中になっている。

ご都合なことだ。

間抜けているのにも程がある。



'今の奇襲。俺がお前だったら情け容赦などしねぇ。俺の顔に砂など投げる時点で奇襲は失敗したんだよ。'



頭には続いてシグマの助言が浮かぶ。

癪だが、確に役には立つ。

よって、今回はその言葉に素直に従う事にする。


全力で疾走する。

目標は他でもない、あの青年の後ろ姿だ。



'俺なら真っ直ぐ股間か、足首。背が低いのを利用し、素早く相手を地に倒した後、躊躇なく奴の目を指で突っ込んで潰していた。'



「ふふ!どうやら、自分がどんな存在か、ようや……いたっ!?!」


低い背を利用し、男の足首をナイフで切る。


その痛みによって男の体は鞭を振るうまま固めてしまう。


「ぶっ倒れろ。」


膝の裏を蹴る。

足首を切られた男は為す統べなく均衡を失い、前へと倒れる。


だが、それで終りではない。

この程度ではこの男は直ぐにでも起き上がり、反撃して来るだろう。


そんなミスは犯さない。

シグマとの稽古の時のようなヘマはしないのだ。


「な、何者……ぐああああああっっ!!!」


「うるさい、少し黙ってろ。」


リュックから取り出してきた布を男の口に突っ込み、そのまま黙らせる。


その間も奴の右手を貫通したナイフを回し、傷を抉るのも忘れない。


「うううっっ!!うぶ!!!」


「……黙って僕が言うことに素直に答えろ。少しでも反抗したら、今度は目が串刺しになると思え。それともそれを望んで暴れているのか?とんだマゾ変態だな、テメエは。」


不思議なものだ。

こんな事は考える事も嫌だったし、生きてる人を刺すと思うと反吐が出る筈なのに。


男の背の上に乗り、そのまま鞭を握っている右手をナイフでブッ刺す動きに迷いなどない。

それどころか、口から自然に脅迫のセリフが流れるように吐き出される。


まるで、俺ではない誰かが俺に代わって動き、喋っているかのような異質感だ。


「ひっ……!?」


何とか首だけを動き俺を見ると、男の目が驚愕に染まる。


襲撃者の正体がこんな小さい子供なのかという混乱と疑心。


「誰がいつ、僕を見ていいと言った。」


「くがががががあがが……!」


左手が勝手に動き、男の喉の近くに戦闘用アイテムである火玉を寄らせ遠慮なくブッ放す。


小さな爆弾のような物で、ゲームではたかが50の魔法ダメージを与えるだけの代物だが、ここでは充分に脅威的だ。


肌が焼かれる臭いと共に男が苦痛に悶える。


……流石にこれは酷いだろうと、俺がそう心の中で呟くと。


ここまでしないとこいつは抵抗すると、頭の中から何者かが訴えった。


「テメエは黙って僕の質問に答えればいいんだよ。わかったら顔を頷けろ、クソが。余計な声を出すと次は目を潰すぞ。」


「うっ!!うっうっ!!」


「……よし、良い子だ。気になっているだろうから事前に言っておく。僕はあの傭兵王、シグマ様が率いる【黒きサソリ】の者だ。ここまで言ったらわかるだろうな。僕がここにいる理由と、テメエらはもう終わりって事もよ。」


まただ。

また、俺ではない人が喋っているかのように口が動く。


声を低くして言いながら、わざと男の右手を刺したナイフを回し傷を抉る。

そうすると、男が悲鳴を上げながら必死に頷いた。


どうやら、'シグマ'の名を聞き完全に怯えたらしい。

俺が子供だとわかっても抵抗の意思が完全に消え伏せる程に。


「うっぷ!!うっっつううう!!!!」


「じゃあ、楽しいお喋りの時間といこうか。僕は急ぎたいのだが、テメエの対応によってこのお喋りはかなり長く続くかも知れないな。それを踏まえて答える事を期待するよ。」


***


結局、尋問は5分も掛らなかった。


この人間の名前はジャキルという事や、今も張り直している結界とやらの仕組み、そしてこの場所にいる仲間の数や組織の体系と幹部の名前など。


脱出に必要な情報は全て吐き出させた後、麻痺の状態異常を与えるビビリ玉でジャキルを気絶させる。


終始一貫、ジャキルは俺をまるで化け物でも見るかのような目で見て、怖がっていた。


それはそうだろう。

奇襲で一気に倒し、戸惑いなく拷問をしながら的確な情報ばかり聞くのだ。

俺から見てもつい先までの'カイル'という子供は単純な子供とは思えない。


稀代のゴロツキ、または手慣れた少年兵に見えていだであろう。



'テメエがガキでも相手が怯える程、非情になれ。'



「……結局、アイツが言ったとおりじゃないか。」


不思議と、あそこまで酷いことをしたのに手が震えたり、心臓が爆発するような興奮は感じない。

こんな脅迫や拷問は慣れていると言うかのようだ。


それがどうしても嫌と感じる。

まるで、俺が俺ではないような感覚だ。

確にこの男は救いようがないクソ野郎だけど、流石にやりすぎてはないかと思ってしまう。


だからというのもあれだが、リュックの中で回復用のポーションを一つ取り出し、気絶したジャキルの横に置く。

頭の中から'何故そんなことをするのか'と文句を言う声が聞こえた気がするが、気にしない。


確に生き残る為には非情にもなろう。

俺はそう決めているし、それを覆す気もない。

俺は善人ではないからな。


けど、人として決して越えてはいけない大事な一線もあると思う。

生き残る為には必要ないと言ったらそれまでだが、俺はそれを大事にしたいのだ。

俺が俺としている為にも。


頭の中の声が静かになる。

それに小さく安堵しながら、速やかにジャキルを含め、付近に倒れている死体達を全部漁る。


ここから脱出するのだ。

その時に役に立ちそうなアイテムがあれば全て回収する。

必要な情報も全部聞いたからな。


そうやって、十分程度が過ぎ、すべてのアイテムを回収して頭の中で計画を立てた後。

俺はあの少女の前に立った。


「……。」


少女は俺を見上げていた。


放心したように。

驚いて、まるで始めて人を見つけたかのような視線。


その顔と表情はキョトンとする年ごろの子供のようで微笑ましく見える。

だが同時に、つい先まで鞭で酷くやられた傷跡が布の下に赤くできているのと対比され、悲しくもある。


「何だ、その目は。そんなに不思議か?俺が逃げずにお前を助けたのが。」


「……。」


少女はぼーっとして俺を見上げながら素直に頷く。


これはちょっと新鮮だ。

先まではどこか壁を感じたが、今は放心しているせいか、こう見るとやっぱり普通の子供に見える。


「そんなに不思議がる事はないぞ。俺は別にお前を助けたいから助けた訳ではないからな。」


「…………。」


少女は口をすぼめる。

握り拳でぎゅっと胸の辺りを押えながら、顔を下に落とす。


心苦しいのだが、仕方がない。


俺は馬鹿ではない。

どうしても馬鹿にはなれないのだ。

後先など考えず、ただ一時の情に流されて全てを失うのは真っ平ごめんだ。


だから、話す。

本音を隠したりはしない。


「いいか、俺は善人ではない。俺が無事に生き残る為には平然と嘘を吐くし、誰かを裏切ったりもする。目の前にいる奴を無報酬に助けるとかは、まあ、余裕が有る時ならともかく、今のような状態ではそんなの無理だ。だから、俺がお前をずっと助けてやるとか、お前のための正義の味方になるとかそんな事は考えるな。」


「……。」


力なく頷く。

小さく、目のあたりから滴が出来上がるのが見える。


……もし、今の俺を誰かが見たら卑怯だと言うだろうか。

こんな可哀想な子を守らないのは酷いと、必ず助けるべきだとそう言うのだろうか。


ありえない、馬鹿げているのも大概にして欲しい。

俺から言わせたら、そんな事を言う人々の方がどうかしている。


俺は真剣だ。

真面目に考えて、こう言っている。


今この子を助けて、無事にここから逃げたら、それで全て終りだと思うか?

何もかも解決して、めでたし、めでたしと何もかも全部上手くいって何とかなると?


もしそう考えて咄嗟にこの子を助けるべきだと言うのなら、そいつこそ、後でこの子を不幸にする奴に違いない。


この子と逃げたとしても、その後に待つのは厳しくも地獄のような日々だ。

追手から逃げ続けないといかないし、運よくこの島から完全に逃げだとしてもその先に待っているのはこの子を育てて、扶養する生活だ。


聴力を失ったのだ。

どういう原理か、言葉はわかるとはいえどちゃんと話せていない。

真っ当な仕事など出来る筈がないのだ。


結局、まだ十歳でしかない俺がこの子の分まで金を稼ぎ、飯を食わせねばならない。

それは冗談でも楽しいとは言えないし、夢溢れる生活とは言える筈がない。

金と飯は黙っていてもタダで地面から出るものではないのだ。


そんな事も考えず、一瞬の情に絆されて拾ってしまったら。

そして後になってその現実を気付き、その厳しさにこの子を恨み始め、ましてや捨てて逃げるような事があったら。


……それこそ話しにならないほど残酷で、この子が可愛そうではないか。


「何度でも言うぞ。俺はお前の為の救いの使者ではない。一々お前の面倒を見てたまるかよ。」


「……。」


少女は頷く。


この子は馬鹿ではない。

こんな過酷な環境で生き延びているのだ。


自分を連れて行ったら、俺がどんなに苦労するかをわかっているのだろう。


だから、連れて行く理由がないと。

救う筈がないと。

助ける訳がないと、そう認め、受け入れようとしている。


……だが。


「いいか、これはたった一度しか言わないからな。よく聞けよ。」


「……?」


一つだけ、ある。


こんなにも卑怯で、この先の苦難を考えるとこんな子は無視して逃げるのが賢明だと思ってしまう俺でも。


たった一つだけ、この子を預かると覚悟を決められる理由(言い訳)がある。


「……俺は卑怯者だ。平然と人を騙すし、役に立たないなら簡単に捨てたりもする。俺に利があるのならどんなズルも容認するくせに、俺がやられると狡いと相手を悪く言っちゃう奴だよ。君と一緒に行っても、いつも君と仲よく過ごすとは言えない。あくまで普通の一般人だからな、きっと恨みもするだろうし、嫌な事も言うかもしれない。」


この子と一緒に進むのは厳しいだろう。


この子と共に歩むのは平穏とは掛け離れているだろう。


何しろ、今の俺は悪役組織の雑魚キャラで、この子は最凶の隠しボスだ。


幸せというのは俺達にはもっとも遠い話で、勝利もまた主人公や王子様達の物だ。


我々の前にあるのは本来、悲劇しかいない。


「だが、それがどうしたとお前は思うかもしれない。たとえそうだとしても、ここから離れたいと願うかもしれない。もしくはその逆かもな。こんな所でもお前が愛する家族や友人がいるかもしれないし、お前を大事にしてくれる人がいるかもしれない。」


進む先は地獄。


向かえる未来は破滅。


ならば、今更フラグがもう一つ増えようがなかろうが関係ないではないか。


それらを躱すと、生き延びて見せると決めていたのだ。


むしろ、この子と一緒に死亡フラグを乗り越えると、なお胸がすくかもしれない。


ざまあみろ!俺達はちゃんと生き延びた!と。

そうやって、この残酷な運命を用意した神々に言ってやる事が出来るかもしれない。


……俺はひねくれているからな。


理不尽にやられるのは気に入らないし、何も悪い事もしてないのに不条理にやられるのはもっと気に入らない。

一泡吹かせないと気がおさまらないのだ。


そう。


この子が隠しボスだからこそ。


誰もが怖がり、避けて、忌避する者だからこそ。


俺はこの子と共に行ってもいいと、この子を預かっても良いと、全てを考えた上で、未来の苦労を覚悟した上でそう決めている。


「……だから、お前が決めろ。」


故に他でもない、この子に選択を委ねる。


無理やりなどしない、そんな事は俺の我儘に過ぎず、相手の意思を無視する行為だ。


「ここに残ると言うのならそれもいい。元から俺は一人でここから逃げる気だったし、お前にとってここを諦めない理由がきっとあるんだろう。

俺を信じられないと言うのならそれも構わない。何度も言っているように俺はお人好しじゃない、普通の人だからな。お前が他の奴を頼るのならそれを止める理由もない。

諦めるのも、進むのも、誰を信じるかもすべてお前の自由だ。

……だけど、そうだな。一つだけ、約束は出来る。」


少女が再び俺を見上げる。


それは救いを求めるだけのか弱い人間ではなく、全てを放棄して閉じこもろうとする放棄者の視線でもない。


今までとは違う純粋な青き瞳だった。


「俺は約束というのを重んじるのでね。これだけは絶対に守ると決めたものじゃないと、冗談でも約束なんか口にしない。まあ、だからというか、今から言うのは信用してもいいって事だよ。」


「……。」


静かに女の子は頷く。

わかったと、どんな内容でも聞くと言うかのように。


その静けさを纏った少女に語る。


「……もし、それでも君が俺と共にいくと言うのなら。こんな俺でも一緒にここから逃げ出したいと言うのならば、約束しよう。君を守ってやれないかもしれないし、君が俺を信頼することが出来なくなるかもしれないけど。それでも、最後の時まで君と一緒にいてやると。」


これが今の本音。

何の飾りも、見栄もない俺の真っ当な本気だ。


嘘は決して言わない。

大事な約束をした後で、契約書に書かれていない話をこっそり持ち込むとかは論外だ。


俺は弱いし、善人でもない。

主人公でもなんでもない。

生き延びる為には何でもすると決めた奴に過ぎない。


そんな俺を信じるかどうかは全てこの子が選ぶべきもので、俺はただその選択を待つのみだ。


ここに残ると言うのならそうするといい。

それからは君の話であって、俺が関わる事ではない。


俺を信頼しないと断ち切るのならそれも構わない。

元からこの先は厳しい道のりなのだ、自らそれを拒むのなら願ったり叶ったりである。


だが、もし。

それでも構わないというのなら。

こんなどうしようもない俺でも一緒に行くと、行きたいと言うのなら。


それならば、何が何でもこの子を守り通そう。

これからは俺一人が生き延びる為だけでなく、この子も含め、そのために非情になって見せよう。


破滅しか見えない未来を持つ仲間として。

そして、生きる術を知らないこの子を最後まで見守ってやる覚悟を持って。


それが真に一人の人間を預かるというのであり、責任を取るというのだから。


「うん。」


答えは意外と迷いなく出された。


小さく、それでいて綺麗な声。


始めて俺はこの子からまともな言葉を聞いたと思ってしまう。


呻き声も、意味を為さない声でもない、短くも確な意思がある返事を。


少女は傷付いた体を起こし、俺が差し伸べた手を掴み取る。


綺麗で柔らかい手だ。


同時に余りにも小さい。


こんな小さい体で今まで一人であらゆる苦痛を耐えて、そして今ここから逃げ出すために奮い起ったのだ。


……ならば、俺ももう泣き言は言えない。


外見は子供でも、中身は日本で生きてきた成人なのだ。


ここは大人として威厳を見せる時であろう。


「よし、契約成立だ。じゃ、まずはこの基地から逃げ出しながらあの連中に一泡吹かせてやるとするか!」


「??」


「どうした、その目は。お前もこのままやられっぱなしは嫌だろ?せっかく脱出するのなら、派手にしてやらないとな。」


うん、こうなったらもはや自棄糞だ。

この子をこんな目に合わせた連中に報いを与えてやる。


俺は基本やられると、ずっと忘れずにいて、後でチャンスが来る時に数倍返しにする性格だからな。

この子を預かるのなら、この子の分まで借りを返さないと筋が通らないだろう。

何よりも、俺の気がおさまらない。


俺がニヤニヤしている時だった。

どこか不安げに少女が俺の袖をグイグイ引く。


「うん?どうした、不安なのか?そんなに俺って信用ないの?」


「うん。」


「……何で、ここだけは綺麗に即答なんだよ、お前。」


少女が余りにも早く頷くからちょっと心に傷がつく。


俺はお前の為にわざわざ本来のやり方を捨てて派手に行こうとしているのに。

そんなにしたら傷付くではないか。


これが娘に飽きられるお父さんの気持ちなのだろうか。


「とにかく行くぞ!大丈夫だよ。俺はやる時はもうとことんまでやるからな。崖っ縁まで追い込まれたら後は引っくり返すことしか残っていないたろう?」


そう。

既に事態は不利で絶望的だ。

だからこそ、これ以上は悪くなる事もない。


この子を連れていくのなら、計画をより綿密にするだけだ。

泣き言は言わない。


今こそ、大人の底力というのを見せる時なのだから。



***



…………。

…………少し違う線の、それでいて遠くも近い未来の話をしよう。


とある少女がいる。

他の人々はその少女が何者かを知らず、その素姓も知らず、名前すら知らない。

そもそも、少女自らがそのようなものを全て忘れてしまったのだ。


物語の主人公という存在が陽の者であり、常に勝利が約束された者であるとしたら。

かの者はその真逆と言えよう。

陰の者であり、常に敗北が決まっている者であると。


……いや、この説明は少しずれている。

その者は敗北が決まっている訳ではない。

敗北しない限り、その先には行けない存在なのだ。


勝利する事で前へと進むのではなく。

敗北する事でようやく行き止まりではない、真の先へと進められる。


自分に刃向かってくる者に勝利する事は出来よう。

彼らを叩き伏せ、己が力にて勝ちを獲得する事は出来よう。


だが、その先の未来がない。


彼ら、いや、'彼女ら'を倒したとしても何も変わらない。

その勝利の先にあるのは勝利で得られる栄光や、新たな生への祝福ではなく、何一つ残っていない真っ黒な暗黒のみ。


かの少女に勝利した後の展開などなかったのだ。


生き残る為に戦い、勝ち残ったとしてもその後の世界など神々は用意していない。


その力は称えよ、確かにその全てをも踏み潰す強大さは間違いなく最強である。

その奮闘は認めよ、確かに自分以外の全てを握り潰しても生き残ろとするその執着は最凶である。


しかして、結局はそれまでなのだ。


かの者にその先などいない。

いくら戦い、いくら勝ち残ろうと、その後には輝かしい未来はなく、破滅という未来ですらない。


そもそも'未来'と呼ぶべきものがいないのだから。

あるのは強制的に戦いの寸前に巻き戻られる刑罰のみ。


……それを一体、いつ頃に気付いたのだろうか。


十回をやり直され、それでも打ち倒した頃にはまだ希望があった。

百回をやり直され、それすらも勝ち残った頃にはこのまま終わりたくないという執念と叫びがあった。

二百、三百を越え、千回すら越えた頃にはもはや回数など数えていない。


全てを気付き、結局自分は倒されるのが定めたと悟った時は虚しさが沸き上がった。

今まで苦しみ続けた生を見返し、涙を流した。


そして彼女は死んでいく。

何度も倒し、打ち勝ったはずの女に殺される。


魔神として、敗北をしない限り進めない哀れな道化として。

勝利が約束された者を見つめながら息を止める。


その最後の瞬間に頭の中で浮かんだのは、その黒髪の少女に対する羨ましさではなく、妬みでもなく。


ただ、どうして自分は最後まであの人達のようにはなれなかったのだろうという疑問のみであった。



……それが、あの子が本来歩むべき未来。

どうしても、覆すことも出来ない定め。


だからこそ、今の出来事に驚く。

だからこそ、今の出会いに微かな期待を抱く。


一瞬とはいえどあの子と繋がり、あの子がこれから歩む道程を覗いてしまったからこそ。

それに哀れみを抱いたからこそ。


'我'はかの少年に期待してしまう。

かの少年との出会いは、本来の道筋ではなかったものだったが故に。


少年の手を掴み、始めて少女がここから離れる。

ずっと抑え、縛られた牢獄から逃げ出す。

それを遥かなる彼方から見守りながら、我は心から喜びを感じている。


この神殿から離れると、もはや話掛ける事も、見る事も出来なくなるだろうけれど、その行き先に我が見た運命とは違う結末が待っているのならば。


『征け、白き者、約束の子よ。己が自身を縛る鎖を千切れることを。そして、二度とその定めに戻らぬことを。我はこの彼方にて祈るとしよう。』


見守る。

あの約束の子が特異点たる少年と共に決められた運命の輪から離れて行く様を。


己が目で見たのは、白き者が本来歩む筈だった悲劇の未来。


だが、決められていた道筋は今、姿を変えざるを得なくなった。


本来ここに来る筈もなく、約束の子と関わる因縁もなかった筈の少年によって。


……あの者が何者かは問わない。


かの白き者は少年を信じると決めた。

本来の運命ではたった一人も、心を許す相手がいなかったであろうあの子が。


ならば、聞くまい。

我もまたその少年を信じよう。


この運命の流れにいきなり入ってきた、招かれざる者。

しかして、嘘を言わず、約束の子に真剣に向き合ったその高潔さと覚悟を称えよう。


『……約束の子がこの揺り篭から旅立つ記念すべき日だ。我もそれに身を切らぬのならば面目が立たぬ。許せ、エウペイア、そしてジグレイよ。この一時のみ、我は盟約を無視し、かの少年と白き者に祝福を与えるとする。』


虹色のオーロラが夜空に広がり、その光を受け、神殿が今までない強烈な虹色を放つ。

すでにここには、はっきりした意識を維持している者はいない。


いつもここに閉じ込められた少女は、本来出会う筈がなかった少年と共に用意されていた道筋に反発し旅立った。


その先は誰もわからない。


その人生を生きていく少女も、そしてその子をこの監獄から出した少年も。

彼方にいて、もはや彼らを見ることが出来ない我自らも。

あの運命を用意した神々ですらわからないであろう。


ならば、よい。

それならば少なくともかの子があのような過酷な結末を迎るとは限らない。

果たして、それを真に覆す事が出来るかどうかは全てあの少年に掛っているが。


少なくともこのような場所で、その歩みが止まってはならない。



誰も気付くことが出来ないまま、再び時間と空間が固まり、虹色の尾が夜空から舞い降りる。

それは一つの光の玉になり、やがて少年と少女が向かった場所へと向かい飛んでいく。


……これでいい。

特別な贈り物を送ってやったのだ。

特に'別の線'から来た、かの少年には特に役に立つ物であろう。


無理やり干渉したせいで、空にできた亀裂が急速に閉じていく。

後はあの少年に全て任せるしかない。


『……ふむ。だが、もし約束の子を泣かせる事があったらその時は我も考え直さねばならぬか。いやはや、まさかな。』


半分は冗談、半分は本気が混ざった独り言を呟きながら虹色の存在は静かに笑う。

やがで完全に世界の間が塞がり、繋がりが途絶える。


こうして。


もしも少女を途中で捨てたり、酷い仕打をすると決して逆らえない死が訪れるという、特大の死亡フラグを立ってしまうが。


それをカイルが知り、絶望するのはまだ先の話なのであった。


どうしてか毎度長くなってしまう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ