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転生した俺は乙女ゲーの隠しボスだった女の子を預かる。  作者: イオナ
二章. 15才、グランツ帝国編
31/35

1. 自由な少女は怪しい少年と出会う。

長らくお待たせしてしまい、申し訳ありません。


二部の話を全体的にまとめるのに、結構時間を使ってしまいました。


新たな登場人物と共に帝国編スタートです。


「ペンダント?」


白い草原の上で一人の少女が、となりの子供を見下ろしながら首を傾げる。


何かを聞いてくる途中にも休まずおにぎりを食い、頬を膨らませる少女の姿が面白かったのだろうか。

まだ十歳にも満たない、小さい女の子は悲し気に見えた顔に少しだけ笑いの花を咲かせる。


「はい。赤い宝石があるペンダント。半年前に亡くなったお母さんの遺品です。どんなにお金に困っていても、あれだけは売れないとお父さんも売るのをやめさせていて……」


「ふうん、大事な物だったんだね。それ。」


興味など全く無さそうな声で適当に答えながら、茶色の少女はパクッとおにぎりを口に運ぶ。


あくまでもおにぎりを食べるのに集中する少女を見上げながら、'よっぽど困っていたのだろうな'と、

小さい女の子は歳に似合わないおとなびている顔をする。


雪に埋もれている草原には他の人などなく。

そこで座って語らうのはたった二人の女の子たちだけだった。


片方は未だに十歳にもならない女の子で、

見るからにボロボロ、かつ貧相だとわかってしまうほころびだらけの服を着ている。


春がもうすぐとはいうものの、まだ雪がとけていない寒さを耐えきれる筈もなく。

今、会話をしているこの瞬間ですら、子供の顔は寒さで赤く染まり、体も小さく震えている。


一方、そんな子供の隣りで座っている茶色の少女は少し変わっており。

旅人がよく使う比較的に軽く、防御力がある革の軽装を着ている。


ざっと見て、まだ成人にはいたらず。

しかし子供とは言えないその間っ最中にいると言える状態の少女。


長い茶色の髪を適当に一つに結んでおり、

相当に長く旅をしているのか、服が完全に埃や砂まみれの状態だった。


しかし、それでなお。


少女が持っている本来の美貌が消える事は無く。

貴族や姫といった高貴な美しさとは違う部類の個性を持っている。


天性の表われが、よく鍛え抜いた体や黄金の色をした瞳とかみ合い。

明るく、元気よく、どこまでも輝ける星のような印象を与えてくる。


そう、埃や砂によって汚れきった今の姿でさえも、

この少女が持つ天然の輝きを損なえる事はできないと。


そんな不思議な確信をさせる少女であった。


「……お姉さんは寒くないんですか?服、ちょっと薄くみえますけど。」


「うん?ああ、大丈夫、大丈夫~。わたし、結構、鍛えてきたからね~。このくらいはへっちゃら、へっちゃら~。」


適当に片手をふらふらと振るいながら、茶色の髪をした少女は余裕に答える。

既に手に持っているおにぎりは殆んど食い尽し、あと一口だけが残っている。


「で、あんたさ?本当にこのおにぎり、わたしにくれていいの?わたし、こんなにご馳走されても返せる物なんかないよ~?先も言ったけどさ。」


「はい、大丈夫です。どんなに辛くても困っている人を見たら手伝うべきだって、母さんがいっていましたから。」


「ふうん、あのペンダントを残したお母様ね~。」


ぱっと見ても、とても裕福とは見えない、見窄らしい格好の子供を見下ろしながら、

茶色の少女は何かを思うように口を閉ざし。


そして、最後の一口になったおにぎりを全部自分の口に入れて、立ち上がった。


「ご馳走様、大変おいしかったです。本当に助かったよ。ここ三日間、野生の魔獣とかもなくて狩れなかったからさ。正直、倒れる寸前だったんだよね。ありがとう、お嬢さん。わたしはこの通り、なにも返せないんだけど。」


「いいえ!お口に合いましたら幸いです!先も言いましたけど、最近、この付近は本当に危ないですから。姉さんが倒れたりせず本当によかったです。」


「ああ、うん。あれね、ペンダントを奪っていったとかという盗賊団の。」


先ほど、聞いた事を思い出す。


どうやらこの草原の近くには古くからあった大きな山と遺跡があるらしく、

そこに三ヶ月も前からとある盗賊団が住み着いてきたとか。


だから、治安が悪くなり、山の付近にある多くの村達が被害を受け苦しんでいると。

そんな話を聞く途中に、遺品のペンダントすら奪われたとなどの。

そういえば、そんな話の流れだったな~と、少女は思い浮かべる。


近くの大交易都市にいる大きな冒険者ギルドに依頼しようにも、

昨年の農事が凶作であり、それほど大きい依頼額を出せないとか。


「……ふうん。まあ、いっか。じゃあ、わたしはこれで。ありがとね、お嬢ちゃん。本当に助かったよ。」


「あっ、はい!道中、お気をつけて!この付近は本当に危ないですから、近くの都市に行った方がいいです!」


「うん、一応、そこにも寄ってみるつもり。ちょっと行ってみる場所が出来たからさ。まあ、成り行きってコトよね~。」


元気よく背を伸ばし、明るい笑顔を見せた後、茶色の少女は未練無く去っていく。


なにも返せるものはないと言ったからか。

おにぎりを譲って貰ったことに感謝だけを言いながら、本当に後腐れなく、あくまでも自由気なままに消えていく。


どこにも縛られず、誰にも媚びる事なく。

あくまで自分の足が赴くままに進み、自然なままで前へと足を運ぶ十代の旅人は、一時の霧のように消え去り。


その後ろ姿を小さな子供はボッと見送った。

まだ幼いせいで、今感じている感情を上手く表現できず、詳しく説明できなくとも。


その後ろ姿がとても印象的に残った。


まるで、風に身を任し飛んでいく小さな木の葉のようだったと。

小柄な子供は空腹の苦しみすら忘れて。


どこまでも、あの不思議だった旅人が消えた方向を見つめる。



***



「うん……?」


どこか高い天井から滴が地面に落ちる音に、茶色の少女は目を開ける。


そうすると、直ぐに黒い天井が見えた。

壁に掛かっている蝋燭の火が照らしている、暗く、湿った空気で満たされた石の空間。


古くさい建物であると直ぐにわかる程、壁のあっちこっちにはヒビがはいっており、それは天井も同じく。

石で出来ている床は気持ち悪いヌメヌメさがあり、暖房をしていないのか、とても冷たい。


「うう、さむっ!」


横になって寝ていた少女は体をぷるぷるしながら急いで体を起こす。

恐らく、この寒さによって眠りが浅くなり、すぐ目を覚めてしまったのだろう。


……よく鍛えているから大丈夫だと、誰かさんに偉そうに言ったものの、情けないと思ってしまう。


「っていうか、ここ……」


地面に座ったまま、軽装をしている少女は呑気に周囲を見渡す。


ひびだらけの壁。

黒く変色し、とても汚い天井。

変な臭いがする水溜まりが部屋のあっちこっちにある等。


この部屋、どう見ても居心地が悪すぎる。

いや、部屋というよりは牢獄という説明が正しいだろうか。


この部屋は三面だけが壁でできており、残る一面は禍々しい鉄格子が壁の代わりになっているのだ。

鉄格子についている扉も閉ざされ、扉には鎖と繋がった物騒な錠があるあたり、どうみても監獄である。


「ふむ、ふむ。ぐっすり眠った後、気持ち良く目を上げたら、そこはどこかもわからない牢獄の中。わたしは閉じ困られ、体もまた変なロープで縛られているのであった……と。」


縄でぐるぐると縛られていながら少女は少し沈黙、そして黙考。

まだちょっと眠くて、二度寝したいという欲求を抑えながら考えに没頭し。


やがて、一つの結論に至る。


「……なるほど、完全に理解したわ。」


キリっとした表情で茶色の髪をした少女は鉄格子を睨む。


その顔はまだ十代の少女だとは信じられないほどに凛々しく、自信に溢れているような顔。

こんな理不尽な状況でなお、考えるのを放棄しない強い意識を持つ人の目だった。


「つまり、これはあれね。」


もし、この場に誰かがいたのなら、この少女が尋常ならざる者だと思う事だろう。

なにしろ、急に牢獄の中に閉じ込められたにも関わらず、取り乱したりする事はなく、冷静に状況を分析するのだ。


さぞ、頭が切れる人物ではないかと思うに違いないだろうが――


「わたしは今、めっちゃピンチになっていて、もう完全にオシマイな状況になっていると。

うん、これはもう完全に理解した。わたし、ヤバイってコトよね、これ?

……目を開けた途端、ここまで的確に分析するあたり。わたしって、もしかしてかなり有能じゃない?自分で自分の明晰さが怖くなるんですけど!」


「……んな訳ねえだろう。お前の中で有能という言葉はどうなってんの?クラゲと同レベルの人間という意味なの?」


「おっ?」


'これは完全にQ.E.D!'のような顔をしている少女に向けて、そんな叱咤がおくられる。


聞きなれていない男の声。

しかし、どこかちょっぴりだけ、幼さが微かに残っている声だと思い、少女は声がした方向を見る。


そうすると、自分と同じくロープで縛られている一人の少年が、呆れたような顔をしているのを見つける。


「おお、凄い!わたしの他にも囚人がいたんだね!始めまして!わたしはフェイリス!よくわかんないけどここで捕まっていたの!同じ牢の仲間みたいなもんだし、牢の同期ってコトで、よろしくね!」


「…………」


「あれ?どうしたのさ、元気ないね。こういう時こそ、普段より張り切ってやらないといかないんだよう?ほら、ほら。よくわかんないけど、まず笑ってみなよ、囚人さん。」


部屋が暗いせいで、少年の姿がよく見えないものの、

自分とほぼ変わらない歳だと悟り、フェイリスは平然と話しかける。


牢獄に放り込まれ、ロープで縛られているのにも関わらず、ちっとも暗さが見えない少女とは裏腹に、

彼女がはしゃぐ度に少年の顔が暗くなっていく。


まるで、目の前にいる人が想像以上に自分と合わない性格だと悟ったような。

もしくは、またもこんな面倒事と絡んでしまう自分の不運を呪い、心の中から神に向けて怒涛の悪口を飛ばしているような。


そんな、今でもすぐに吐きそうな顔。


「ねえねえ、囚人さん。ちょっと相談なんだけどさ。ここってまずどこなの?わたしね、ちょっと一眠りしようとしたのは何となく覚えているんだけど、それ以前になにやってたのか思い出せないんだようね~。わたし、何か悪いことでもした?」


「……知らねえよ。俺がアンタの事情を知っているはずねえだろう。俺が言えるのは、あれだ。一時間程前にアンタはここに捕まって来て、そんなくせに聞いてもいない自己紹介をした後、'うん~もうやるコトないし、ちょっと寝るね!'と言いながらぐっすりと寝始めた事くらいだな。」


何とか説明はしてやるものの、少年の顔が段々と困惑していく。

自分が自分で説明した内容を、到底理解できていないのだ。


いや、本当にさ。

コイツはどういう神経してんのっと、そう心の中で呟いているに違いない表情をしている。


「あれ?わたし、囚人さんと自己紹介したっけ?」


「……ああ、頭が花畑ではないかと思うくらい明るく名前を明かして、そのまま眠いからちょっと寝ると言っていたな。」


当然、またも少年が自分の説明に納得できない顔をするが。

それを気にする少女ではなく、彼女は元気に笑いながら軽く謝罪してくる。


「なんだ~!ごめん、ごめん!わたしって朝に弱くてさ。起きた後は当分、コトの前後とかよく思いだせないんだようね~。いや、恥ずかしいな!ははは!」


「……朝に弱いって事で済まされる話なの、それ?記憶、飛んでない?」


「え?こんなの別に普通よね?起きたら頭がぼっとして、'あれ、わたし、どれくらい眠ったのだろう'とか、'っていうか、ここってどこだろう'とか。'始めて見る場所だけどもう面倒くさいから、もう一度寝よう'とかさ。」


「前はともかく、後ろは完全にホラーだろうが……。お前、一体どういう人生おくってんだよ。」


「まあまあ、いいじゃん。何故か知らない場所で寝ていても別に死ぬコトでもないし。今の会話をしている内に、ここに来た理由もなんとなく思い出したしさ!」


驚愕している少年を無視し、フェイリスは'よっと!'という気合いと共に立ち上がる。


縛られていようがなかろうが、お構いなしの華麗で鮮やかな動き。


ポニーテールで結んだ長い髪が羽ばたき、よく育った胸が大きく揺れ。

その一瞬、少年は自分はなにも見なかったと言うようにさっと目を逸す。


「さてと、じゃあ、囚人さん?わたし、やるコトも思い出したからもうここから出るつもりだけど。あんたはどう?これも何かの縁だし、一緒に出る?ほら、あるじゃん。こういう時に使う言葉。ええっと……確、頭がぶつかっても多生の縁とか。」


「袖が振り合うとだ、ボケ。頭がぶつかるってなんだよ。そんなの縁どころか炎上案件だろうが。」


「うん、そうともいう。」


「いや、だから……ああ、もうどうでもいい。お前と話すと、どこかの機械オタク()を相手してるようで頭が痛くなる。それより、お前。ここから出ると、結構簡単に言うな。捕まってきたくせによ。」


「うん?ああ、それ?そりゃ、もちろん!こんなのわざと捕まったに決まってるじゃん~。」


少年の顔がつい'?'になっていると、直ぐその答えが現実として現れる。


フェイリスが少し深呼吸をし、体全体に魔力を流らせながら力を入れると。

頑丈なロープがまるで紙のように千切れていくのだった。


絶妙なる力加減。

少量の魔力で一瞬にしてロープを破るほどの手慣れた強化に、少年の顔が真剣になる。


「……やるな。このロープ、並みの一般人では破れないように合金が混ざってる特殊な奴なのだが。主に傭兵共が使う系の。」


「ふふん~!当然でしょう!わたしはこう見てもかなり鍛えているからさ~!どう、囚人さん?わたしがあんたも解放してやろうか~?」


「いや、必要ないね。この程度に苦労するほどやわな鍛え方はしてないんでよう。お前と同じく、こんな拘束、いつでも抜け出せるさ。」


肩をすくめながら余裕に答えると、少年は壁に背中を寄せてため息を吐く。


言葉とは裏腹に、まだここから抜け出す気はないらしく。

むしろ、何かを考え、悩んでいるそぶりが見える。


「え?なになに?じゃあ、囚人さんもわざと捕まったてこと?わたしと同じく、この盗賊団の宝を狙ってるとか?」


「……お前、宝石を盗みに来たのか?よりにもよって、盗賊団の連中の?」


全く想定していなかった理由に、少年は静かに考えに耽けようとするのも忘れて、つい聞いてしまう。


今いるこの場所は、グランツ帝国の大交易都市、エリムの辺境に位置しているとある山。

そこに古い昔からいた遺跡を、拠点として占拠した山賊たちのアジトなのだ。


まさしく、ならず者共の住み処になっているこの場所へ。

まさか宝を盗みに来たと堂々と言う奴がいるとは思ってもおらず、少年は今でも吐きだそうな顔で少女を見上げる。


「まあね~。近くで小さな女の子と会ってね?その子のお母さんが残した遺品をここの連中に奪われたらしくてさ。だから、わたしはそれを取り返しに来たってワケ。」


体に異常はないか確認するらしく、軽く垂直跳びをしながら説明するフェイリス。


やがて拳を握り、試しにボクシングに似た体制をとり、軽く拳を振るう少女を見て少年がツッコミだす。


「いやいやいや、お前、何を言ってんの?遺品を奪いに?たった一人でここまで来たと?このめっちゃ広く、盗賊団のアジトになってる遺跡を?……単身で?」


「うん、だからそう言ってるじゃん。」


「馬鹿か、お前は!?民間人が勝手にこんな危険に首を突っ込むなよ!?そういうことは冒険者に依頼するとか、相談しろ!!なんで、よりにもよってこのタイミングなんだ!?」


何故か、少年がかなり興奮して叫ぶ。

それは目の前にいる少女の間抜けさを叱咤するというより、この状況自体に怒り、心から絶叫するような声だった。


「クソ!!計画に目立った問題点は無かったはずなのに、何でいつもこう……!毎度毎度、最後に厄介なのが混ざってきやがるのはなんでだ!?……神か?やっぱり、神とやらが俺を恨んでいるのか……!?」


「どうしたのさ、囚人さん。そんなによく怒るのは体に良くないよ~?何ゴトも、まずは余裕を持たないとね~。」


「お前のせいだろうが!!こっちは、そうじゃなくても最近、色んな難題で頭が一杯なんだよう!それとも何だ、お前はあれか?一般人ではなく、実は腕利きの冒険者だったりするのか!?だったら是非、俺の仕事を手伝って欲しいんじゃが!」


'っていうか、冒険者だと言ってくれ!'と。

そう嘆願するようにフェイリスを見上げる、少年の絶叫も虚しく。


フェイリスはいとも簡単に、その期待を裏切る。

しかも、目一杯の幸せな笑顔と共に。


「いや、違うよ?別にわたし、冒険者じゃないし。気が向くままに旅するだけで、しっかりした職業は持ってないんだようね~。」


「……は?」


またもや、呆れた顔と言うべきか。

この少女を相手に先からずっと困惑してばかりだが、今回も同じく。


'いち、に'と軽いストレッチを始めるフェイリスを見上げながら、少年はあり得ないという気持ちで語る。


「……お前、たしか、先はとある子供の母が残したという遺品を取り返すためにここに来たって言っただろう?しかも一人で、めっちゃでかい山賊団のアジトに?」


「うん。」


「でも特に冒険者として依頼されたことはなく、旅の者だからその子供とやらと親しい訳でもなく?」


「そうだね~、知らない子だよ。名前も聞いていないし。近くに住んでいるだけで、どこに住んでいるとか、全然聞いてなかったし。」


「……ドライすぎだろ。ま、まあ、いい。つまり、あれか?その子供とやらに、是非、遺品を取り返して欲しいと、個人的に依頼されたって訳か?アンタは。」


「ううん、それもちょっと違うかな。別にあの子、わたしにそんなの頼んでないし。」


「――は?」


流石にこの返答までは予想できなかったらしく。

少年はもはや自分とは違う生き物をみるように茶色の少女を見る。


「あの女の子は別にわたしに頼ったりしてないよ。あの子には昨日、ちょっとおにぎりを食わせて貰っただけ。その時の世間話に遺品を奪われたか言っていたからさ~。ああ、じゃあ、しょうがないじゃんってコトで!」


「どこがしょうがないってんだ!?ふざけてんのか、お前!?そんな理由だけでここに来るだと!?よりにもよって、このタイミングで?!」


「うん?なんの話?タイミング?」


「……っ!うぬぬ……!」


然り気無い質問に、何故か少年は強制的に口を閉ざしてしまう。

心から悔いる顔をしている少年を、フェイリスが興味深そうに見始める時だった。


今の失言を誤魔化すかのように、少年はわざと棘がある言い方で攻め始める。


「とにかくだ。お前、マジで頭どうかしているだろう。つまり、お前は別に頼まれてもいないのに、勝手に人助けをしようとここまで来たって事じゃねえか。わざと捕まるような真似までしてよ。どこかの主人公さんか何かか?」


「むっ、そこまで馬鹿扱いするコトはないじゃん。しょうがないからさ。」


「……しょうがない?」


そういえば、先ほどもそんな言葉を口にしていたと、少年がそう考えていると。

フェイリスと名乗った明るい少女は自信満々な顔で頷ける。


「あんな小さな女の子がさ。金もなく、持っているコトもなく、自分の身すら危うい状態だってのに。それでも見ず知らずの他人に食べ物を譲歩してくれたんだ。

自分の貧しさを顧みず恩を受け、一宿一飯の借りができた。

なら、さすがに黙っていられないっしょ!」


「…………つまり、これはあくまでお前の身勝手な恩返しだと?」


「おっ、そう、それ!そういうコトなのです~。ここまでされて聞かなかったコトにしたら、それこそ女が廃るってコトで!」


どこまでも自信ありげに、健気に笑って見せる茶色の少女を見ては、もはや返す言葉もなく。


知り合ったばかりとは言えど、この子が言葉で説得できるタイプではないと判断したのか。

少年は深いため息と共に、ガックリとへこんでしまう。


「いや、あのさ……受けた借りは返すというのは、まあ……同感できなくもないけど……さすがにこのタイミングはねえだろう。一般人を守りながら作戦遂行とか、裏で動く敵の正体すらハッキリしていないのに……」


「うん?ゴニョゴニョと何か言った?それよりもさ、囚人さん。わたし、もう行くけど。どうする?一緒に行かないなら、本当に置いていっちゃうよ?」


ストレッチも終え、さっさとここから出ようとしながら、少女は少年の方を見る。


どうやら本気も本気、完全にやる気らしく。

少年がここで'いらない'と言うと、'うん、オッケー、バイバイ!'と言いながら去る気100%の顔である。


それを見て小さく'吐きそう'と呟きながら、

少年はちょっとだけ考えに没頭し。


やがて、牢獄に響き渡る程の大声で叫び出した。


「アアアアア!!もう、わかったよ!一緒に行ってやるから、ちょっと待て!!クソが!こうなったらとことんまでやってやる!()()()()()()()が普通の市民を見捨てたとか、後で知られたらこっちのメンツがただ潰れだし……!背に腹はかえられねえ……!」


覚悟を決めた少年の行動は早い。


素早く立ち上がり、先ほどのフェイリスと同様。

まるで紙を千切るかのごとく、いとも簡単に特殊ロープを強化の腕力だけで破ってしまう。


「おお、やるじゃん!そうこなくちゃ!……って、あれ?その左腕の包帯はなに?囚人さん、負傷してるの?」


今まで暗い隅っこにいて、しかもロープで縛られていた為。

よく見えなかった少年の姿がハッキリと見える。


背が高く、かなり引き締まった体つきをしているものの、

少年の感じが残っている男。


子供とは言えないほど大人びており、

成人と呼ぶにはまだ幼さが残っている少年は真っ黒な髪に黒い瞳をしている。


普通な顔付きの平凡と言うべき顔だが、顔の印象がとにかく怖い。

'お前は世界に不満でもあるのか'と言いたいくらいに険悪な顔付きである。

町の路地裏で、'けヘヘ!'と言うような悪い者の顔と言ったらピッタリと言えるだろうか。


とにかく、険しい顔をして、灰色のマントをまとい、革と鉄が合わせた黒くも軽い鎧を着ている背が高い青少年。


そこまで言えば顔が険悪とはいえど、普通な男の子とも言えるが。

何よりもこの少年は左腕が酷く目立っている。


腕全体を白い包帯で纏っているのだ。

中の肌が全く見えないほどに隙がなく、びしっと巻き付けている左腕。


あれほどの包帯をするくらいならどんな傷なのか想像も難しく、

フェイリスはちょっと心配になってしまう。


「うわ、痛そう……。大丈夫?よっぽど酷い傷なら、わたしが守ってやろうか?これも何かの縁だしさ、思いっきり頼ってもいいんだよう?」


「いらねえ世話だ、ボケ。自分の身一つくらいは守れるように鍛えてあるからな。それより、お前。フェイリスとか言ってたな。」


「うん。」


素直に頷く茶色の元気娘を見ながら黒髪の少年が厳しい目付きをする。


ほぼ同じ歳の見た目にも関わらず、

まるでかなり歳の離れた妹さんに言い付けるような視線で少年は指示を出す。


「一人でここに来るくらいなら、よっぽど自分の実力に自信があるようだが。こうなったら俺の指示に従ってもらうぞ。いいか?絶対、一人で突っ掛かったりするな。万が一でもお前が傷を負ったりするような状況は作りたくないんでね。」


「ええ~、なんでさ~!わたし、こう見えてもかなり強いんですけど~~!」


頬をぷくっと膨らませ、反抗するフェイリス。

だが、そんなのを一切受けてやるつもりはないらしく、少年は余裕に無視してみせる。


「冒険者でもなく、どこかの騎士でもない只の一般人を簡単に前線に立たせるか。今は大人しく俺の指示に従え。悔しかったらベテラン冒険者の一人でもなってくるんだったな。」


「あっ!ひっどい言い草!!なによ!そう言う囚人さんは、ここで情けなく捕まっていたくせに!なんの資格があって命令すんのさ!」


「捕まっていたんじゃなくて、高度な作戦だ、馬鹿!!今回はこっちに人を多く使えず、隠密に行動する必要があったからこうしたんだよ!!言っておくけど、今の俺はこの盗賊団の連中が束になって来ても勝つ自信があるぞ!?」


「ええ、疑わしいんですけど~。」


(コイツ……!)


遠い昔、自分に色々と反抗的になっていた妹を思いだし、

少年が久しく忘れていた鬱憤を感じていると、フェイリスが反発する。


それもその筈である。

とにかく、こっちの指示に従えって急に言っても素直に聞くわけがないのだ。


「大体さ!冒険者、冒険者、先からうるさいけど、わたしだって一人で来るつもりはなかったんだからね!仕方ないじゃん!!近くにいる大都市のギルドに行っても、誰も受け付けてくれなかったし!」


「……へ?受け付けてないと?」


「そうなの!あり得なくない!?こういう時、市民の為に奮い立つのが冒険者って聞くのにさ!

'今は急ぎの用件で皆、出ている'と言うんだよ?!お偉いさんと、その守護騎士であるロイヤ……モイラ……?

とにかく、何とかという偉い騎士さんの命令で、冒険者は全員駆り出されているとかで!!何様のつもりよね、本当!!」


「………………」


急に少年が黙り込む。

まるで見えない鈍器で頭を乱打されたような、不意打ちの一撃を股間に当ったような顔。


言葉通り、真っ青になっていく少年の顔だが。

冒険者ギルドで無視された事を思い出し、憤慨するフェイリスはそれに気付く事なく話を続ける。


「お父さんは以前から貴族さまとか、偉いさとかは気が合わないと言っていたけど。わたしもここに来てそれがよくわかったの!危険に立ち向かうべく働く冒険者を全部買い取るとか、なに考えてるのか、全然わかんないよね!」


「……いや、その……。なんといいますか、えっと……その人にも何か事情があるかも知れないし……それは、ちょっと、言いすぎじゃあ……?」


「それでも一人くらいは冒険者を残せるでしょう?どこでも困りゴトは尽きないワケだしさ。……って、うん?」


先より明らかに覇気がない、むしろ目の前の少女から少し距離を置こうとする少年の異常に気付き。

散々激怒していたフェイリスが不思議そうに少年を見る。


「どうしたの、囚人さん。何か顔が真っ白だよ?」


「え?あっ、おう、あ、いいや。別に何でもないです。ハイ、ゼンゼン、ダイジョウブ。」


「……何で、敬語?」


「あはは、何を言い出しますかな~。僕はいつもこんなふう……でしたヨ?」


「???」


明らかに挙動が怪しい少年を見てフェイリスが首を傾げていると、

途轍もない爆発音が遠くから聞こえ、牢獄が大きく揺れ始める。


まるで地震でも起きたかのような揺れにフェイリスが慌てながら外を見ると、

それと同時に少年の顔が真剣な物に変わっていく。


「……時間だな。って事はやはりビンゴだったか。ったく、悪い予想ばかり当りやがって……」


「囚人さん?」


何故か深刻な表情をする少年を見て、フェイリスが不思議そうに見つめるのも少しだけ。

外が慌ただしくなるのが聞こえ、彼女も何かが起きていると判断する。


そうする間。

いつのまにか彼女の横まで来た少年が真面目な声で話しかけてきた。


「フェイリス……さん。心底、申し訳ないですが、暫しこちらの指示に従って貰いたい。ここから先は一般の方にはとても危なく――」


「……ねえ、元の話し方に変えてくれない?なんか、似合わなくて。その、ちょっとキツイけど。」


「…………とにかく、こっちの話を聞け。マジでやばいんだから。ほら、アンタも無事にその子供の遺品とやらを回収したいだろう?」


何とか元の話し方に戻ったりはしたものの。

相変わらず、全然目を合わせようとしない少年を見て、ますます理解できないフェイリス。


だが、事態はこれ以上、考える余裕を与える素振りはなく。

遠くからこちらへ走ってくる足音が聞こえてきて、フェイリスは戦いに向け意識を切り替えていく。


普段は呑気で、自由なままに生きる彼女でも。

戦いにおいては普通の人とは一味も、二味も違うのだった。


「よくわからないけど。これ以上揉めてもどうしようもないし!いいよ、今回だけは譲歩してそっちに従う。それで?あんたの名前って何なの?ずっと囚人さんと呼ぶのはあれでしょう?」


「……俺の名前?」


何故か、凄く嫌そうな顔をして少年が戸惑う。

先ほどまで見せていた自信溢れた勢いはどこに行ったのだろうか。


茶色の少女がそんな考えをしていると、盗賊団の一員だと思われる気配が段々と近くに接近し。

少年も観念したらしく、渋々と名前を明かしてきた。


「……セリック。ドンムレ村出身のセリックというものだ。ちなみにロイヤルナイトとかは全く関係なく。いたく平凡で、普通な一般人なので。そこんとこ、よろしく。」


「へえ、聞いたコトのない村から来たんだね。というか、ロイヤルナイトって何?」


「……お前、頭悪いとよく言われるだろう。」


「いきなり何さ!!まあ、言われるけど!!」


言われるのかよ、と呆れたように呟くセリック君の独り言も虚しく。


二人が閉じ込められている地下に雑魚の盗賊達が到着し、慌ただしい足音が響き始める。


つまりは、今こそ脱出の時。

いよいよかという思いに、フェイリスは戦意溢れる笑顔をみせる。


「じゃあ、行くよ、セリック!これも何かの縁!わたし達二人でこの根性が腐っている奴らをとことん、潰してやろう!!」


「……イヤ、だから俺の指示に従ってね、マジで。」


セリックの切実なる願いを聞いたか否か。

その直後、今までよりも遥かに大きい爆音が地下を揺さぶる。


ただ一発。


魔力を込めた拳で、鉄で出来ている扉と鉄格子を丸ごとぶち抜いた少女は腰まで来るポニーテールを揺れながら、信じられない速度で飛び抜けていき。


それを牢獄の中で見ていた少年は、もはや全てを諦めたような顔で後を追うのだった。





新キャラのフェイリスちゃんが前衛で、同じく新キャラ(偽)のセリック君が後衛。


……ドンムレ村のセリック、彼ならきっと余裕で勝つに違いない。


多分。




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