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転生した俺は乙女ゲーの隠しボスだった女の子を預かる。  作者: イオナ
一章. 10才、セピア島編
21/35

21. 主人公は出会ってしまう。

「このまま海に行かせるな!傭兵共からの知らせ通りなら岬に船があるはずだ!その前に何がなんでも仕留めろ!!」


「相手は子供とは言えどあのモンモランシー家の者!油断してはならない!副団長の命令を忘れるな!」


隠された大空洞で怪物(精霊雲)との戦いが行なえているのとほぼ同時刻。

セピア島の北部に位置する森では、静寂を破る怒鳴り声と激しい爆発音が続いていた。


前方で走っているのは1台の馬車。

ボロボロの、見るからに長く使われたとわかる小さい馬車が森を突っ切りながら走っていて。

その馬車を馬に乗った数名の男たちが決して逃すまいと血眼になって追っている。


「また来ます!恐らく水属性の物かと!!」


風で髪を振り立てながら、後ろを警戒していた黒髪の少女が急ぎ警告する。


直後。

後方の追手達より小さな滴ががガトリング・ガンのように凄まじい勢いで飛んでくる。


一つ一つが全て魔力を纏っているそれらは的確に馬車の車輪を狙う。

だが、そこまでは至らず。


まるで見えない障壁によって邪魔されたように、滴の弾丸達は車輪に当る寸前に軌道が逸れてしまい、地面を粉々に粉砕するのみであった。


「くっっ!!」


「大丈夫ですか、ロネスさん?!もう限界なのでは……!」


後ろからの魔法が外れた矢先、御者台に座っていた灰色の少年が苦しいように小さく唸り声を出す。

そんな少年の状態を案じて黒髪の少女、アリシアがロネスの安否を気遣うが。


「問題ない!君は君の家族と一緒に伏せていろ!いくらオレの魔法で保護していても流れ玉に当るかもしれん!!」


「ですが……!」


後ろすら振り向かず、前方のみを見ながら叫ぶロネスの声にアリシアが苦しいように顔を歪める。

この追撃戦が始まってから既に三十分も経過している。


後ろから追っている人々が何者かは知らないが何故か魔法まで使っているあたり、只者ではない。

そんな人々からの攻撃、その全てをロネスは風の精霊による防御魔法で全て防いでいるのだ。


馬車を見えない空気の障壁で囲み、後ろから飛んでくる攻撃の軌道を無理矢理そらせる。

馬車を馳せながらも、信じられないほどに繊細な魔法のテクニックは凄まじく、最近魔法を使い始めたアリシアはその実力に純粋に感銘を受けていた。


だが。


「お姉ちゃん!!あの人達、また何か撃ってくるよ!?」


「こら、アイリ!危ないから顔を出すなと言っておろうが!早くうつ伏せんか!」


馬車に乗っている小さい子供が顔をピョイと外の方に出して叫び、そんな子供を老婆が無理矢理掴み、馬車の床に俯かせる。


アイリという小さい子供の警告通り。

魔法を使えるアリシアとロネスも気付く。

後ろから追ってくる人達を中心に魔力が激しい変化していくのを。


即ち、またも追加の攻撃が飛んでくるのだ。


「チッ……!もう少し速度を早めるぞ!確り掴め!」


冷たい突風が巻き起こり、馬車の車輪を包み込む。

そして、徐々に馬車の速度が加速し始める。


単純に速度だけでなく、防御術式も強化させ。

一層激しくなった風の障壁が目に見えるほど激烈に馬車の周りを囲みながら、後ろから飛んでくる魔法を手当たり次第そらせていく。


外れた魔法が横の樹に当り、地面を砕き、そのまま爆音を出しながら爆発していく。

まさしく戦場と変わらない状況。


その中で、アリシアは確かに見ていた。

馬車を走らせるロネスが見るからに疲弊している様を。


(このままでは……)


これほどの繊細な風の防御を休み無く三十分も続いて使っているのだ。

魔力の消費がどれほどの物か、想像に難しくもない。


「アリシアや!何をやっとる!お主も早く顔を伏せぬか!」


「その老婆の言う通りだ!床に伏せていろ!危険だ!」


「……。」


隣に座っている老婆とロネスの警告にアリシアは小さく唇を噛み締める。


あの人達が何故こちらを狙っているのかはわからない。

けれど、この状況でハッキリしている事がある。


(私たちが……私が邪魔になっている)


ロネス モンモランシー、魔法を使える灰色の少年。


恐らく、首都で特殊な教育を受けてきたのだろう。

これほどに精巧で細かい魔法を使えるのだ。

彼一人だけだったら何とか反撃も叶えたかもしれない。


だが、今はそれすら出来ていない状態である。

反撃どころか、その攻撃を防ぎ、そらせるだけでも精一杯の状況なのだ。


他でもないアリシアとその家族という荷物を抱えているが故に。


(何とかしないと……、でも、どうやって?)


以前のアリシアだったらこの状況に堪えきれず、自分が囮になるか、自分一人で何とかしてみせると、そんな事を言い張ったのだろう。

しかし、今の彼女はそんな後先考えずの行動、衝動による選択が如何に愚かな事かよく知っている。


他でもないあの少年に気付かれたのだ。

何の裏付けもない言葉などに意味はなく、焦りによる身勝手な行動は全てをしくじると。


弱いからこそ、それを素直に認めるべき。

その上で知恵を絞り出し、状況を打破できる確実たる方法を見つけ出す。


救いたい事があれば。

本当にやりたい事を成し遂げたければ。

そういう考え方と覚悟が必要なのだと。


あの少年を見て、自分は気付いたのだから。


(……そう。カイルさんならば、この状況でもきっと。)


きっと、あの人だったら諦めなどしない。

何とかしようと頭を使い、直ぐ様、行動に移っていたに違いない。


それが如何に奇天烈な方法で、変に思われようと。

必ず目標だけは叶えようとする。

あの少年はそういう人だったのだ。


「……ロネスさん!私に考えがあります!この防御魔法を一時的に弱くしてはくれませんか!?完全に解除するのではなく、出力を最小限にと!」


「はあ!?」


心の整理と共にアリシアが御者台へ座っているロネスへ提案する。

そのとんでもない言葉に、ロネスがつい後ろに乗っているアリシアの方へ振り返った時だった。

お婆さんである老婆が慌てて立ち上がり、アリシアの肩を引っ張る。


「何を言っとるのじゃ!アリシアや、これは村で困っている輩をちょっと助けるのとは訳が違うぞ!馬鹿な話は止せ!」


「その老婆の言う通りだ!わかっているのか?相手は手慣れの騎士。オレだからここまで持ち堪えていると言える。それをーーー」


「ですが、このまま行くといずれ捕まり、終わります。ロネスさんの魔力、そろそろ尽きる頃ではないですか?それとも、あの人達を完全に振り切る方法はあると?」


ロネスが苦しい顔で口を閉ざしてしまう。

返す言葉もない。

事実、アリシアの言う通りなのだ。


この追撃戦も既に三十分も経過している。

集中力も魔力も段々と減っているのが事実だ。


山脈をほぼ抜けてやっとまともな道が出始めたから村で馬車を借りたのはいいものの、その時、思わぬ伏兵と出会してしまったのだ。

逃走しながら、追ってくる奴等の言葉を風の精霊を経由し盗み聞きしたからわかる。


相手は普通のならず者に変装しているが、十中八九、ハルパス王国の王立騎士団。

副団長の命令だと言ってるのがその証だ。

王立騎士団の副団長、つまりあの鼠みたいなシリモンド子爵の命令と考えるのが自然である。


そして、先ほどから聞こえた発言の中で、もっとも気になるキーワードは'()()()()()()()'という言葉。


それを聞いた時、ロネスは全てを察した。

あの者達が何故、あの貧困な村で潜伏していたのか。

何故、カイルはあの時、自分に港には行くなと言っていたのか。

その全てを。


(まさか、事がこうなるとは……)


首都で自身を目の敵にしているのが多いのは知っていた。

だからこそ、後見人としてノルマン宰相とコネを作り、それなりに勢力を作りつつあった。


今回の仕事は他でもないあの宰相殿からの依頼である。

故に、些か油断していたのだろう。

まさか、今回の任務を機会として腐っている貴族共が暗殺を企てようとするとは予想外だった。

しかも、【黒きサソリ】という奴等と繋がってまでも。



ー ピエル、お前はシグマの事をちょっと舐め過ぎだ。アイツはやわな奴じゃあない。ー



昔、カイル(友人)から聞いた忠告を思い出す。


ああ、まさしくその通りだった。

あいつの言葉は正しかったと、まさしく的確な助言だったと今ではそう思わざるを得ない。


あの騎士たちの言葉からして、連中が【黒きサソリ】と結託しているのは間違いない。

そして、その狙いが自分だとしたら、シグマとやらはわざと自分の演技に騙されたみたいに演技して、密かにこっちの出方を監視していたのだろう。


カイルは以前から【黒きサソリ】に仕方なく身を任せ、長くシグマを見ていた。

だからこそ、あの少年は気付いていたに違いない。


シグマは何かを企んでいるのかもしれないと。

サンゴロ港に関して何か危険な事が待っているかもと。


(……あいつ、全部知っていたのか)


追手の少ない数と慌てる様子から見るに、恐らく暗殺の本命は港の方に違いない。

その事実をシグマを観察していたカイルが予め気付いていたと見るべきだ。


ロネスが誰だか知らず傍観していたが。

今日、自分の正体が他でもないあのロネス モンモランシーだと教えてしまったのだ。


だからこそ、奴はそれを知った途端、港へいくのを止めた。

そこへ行くと危ないとわかってるが故に。


夕方、カイルと別れる際に奴が見せたあの慌てっぶりもこれならば全て説明できる。

その反応と提案がこの暗殺計画を知っていた故だと考えると辻褄が合うのだ。


「奴には必ず恩を返さないといけないか……、だが……」


(問題なのはこの状況から察するに、シグマとやらはカイルが用意していた逃げ先も読んでいた事だな。)


魔力を使いすぎて疲弊しているロネスの顔が、更に暗くなる。

シグマを今まで舐めていた付けが回ってきたと言うべきか。


ここまで的確に事を読み、用心深く対策を取る人が相手なのだ。

傭兵王というあだ名も頷ける。

そんな手慣れを相手に、果たしてあの少年と白い少女が無事に逃げられるかどうか心配になる。


「お姉ちゃん、お兄ちゃん!また後ろから!」


「っっ……!」


もう一度、後方から激しい魔力の揺れ。

そして次に飛んでくるのは荒らぶるように猛る風の矢たち。


それを更に展開した突風の防御で防ぎ、馬車に当らないようにしながらロネスが苦しい声を出す。


「ロネスさん!早く!」


後ろから聞こえるアリシアの催促にロネスは少し目を閉じ、そして慎重に瞼を上げた。


「……一つ聞かせてくれ。それは確かな勝算がある方法か?以前のように、無理をして自分を投げ出すかのような事では?」


確かに今は一刻を争う状況だ。

悠長な事は言えない。


だからこそ、本当にこの子に任せて良いのかと灰色の少年は緊迫な顔で問い。

そして、少女は答えた。


「大丈夫です。私はもう間違いません。」


その顔には以前のようにどこか追われているような焦りはなく、自分を貶すような卑屈さもなく。

ただ確固たる意志が宿った凛々しさのみが有った。


「アリシアや……。」


老婆の顔が驚きに満ち、そして感嘆する。

ずっとこの島で苦しんでいて、自分が悪いのだと、何にもかも自分のせいだと、己れを追い詰めていた子がまさかこんな顔をするとは。


子供の成長はこんなにも眩いものかと。

老婆は早くも死んでしまった息子夫婦を思い出し、少し目がしっとりとなってしまう。


「わかった、ならば信じよう。だが、やはり無理はさせない。君の力は知っている。ハッキリ言って、あの連中と正面でやり合うのは無理だ。どうするつもりだ?」


少女の顔付きに以前のような無謀さや危ういさは無いと確信したロネスは小さく頷き、問う。


それを聞いたアリシアは正面を方へと目を移し、その向こうをみた。

既に広闊な海が見えるほど、目的地に近くなっている様を。


「私も自分が如何に弱いかは、ちゃんと理解しています。だから無理はしません。ですが、同時に諦めもしません。弱いなら、それを補う方法を見つけるべきだと教わったから。」


「そうだったな。なら、どうする?」


「ロネスさんの魔法に私が少し細工を加えます。ロネスさんの魔法を元にして一時的に別の魔法へと書き換えるのです。」


「……出来るのか?」


「はい。ロネスさんもわかっていらっしゃると思いますが、私、魔力を繊細に操るのは得意なので。シルフィちゃんにも負けない自信があります。」


「ふむ……。」


ロネスは少し考え込む。

ざっと聞いたらそれが本当に可能かという疑問は感じる。


他人の魔法を書き換えるのは並みの魔法使いでも難しい事なのだ。

だが、今のアリシアが言った通り、この少女は魔力コントロールに関してとんでもない才能がある。


シルフィが精霊との交感について途轍もない才能を持っているとしたら、アリシアはその逆。

内の魔力が大きいだけでなく、それを繊細に操り変化するのに長けているのだ。


「……わかった。具体的にはどのような魔法に変化させる気だ?」


「あの人達が次に撃った時、その攻撃の軌道をこっちの思うまま返せるようにと。防御術式に意図性を加えます。」


「つまり、奴等の魔法を反射させると?」


「はい、私の純粋なる魔法で駄目なら、彼らの力を利用して倒します。」


それがこの少女が考え出した結論だろうと、ロネスは察する。

確かに純粋な火力の戦いになればまだ使える魔法が少ないアリシアが圧倒的に不利だ。


それを補い、その差を埋めるための打開法がこれ。

自分に出来る事を把握し、それを生かして勝負に出る。


以前のアリシアだったら出来なかった方法と言える。


(……どうやら、君が望んだとおり、こいつは一皮剥けたようだ、カイル。)


「了解した。ならば、狙いは当然ーーー」


「馬を狙います。命まで奪う必要はありません。」


「…………うむ。まあ、足を失うだけでもいいか。」


ちょっと甘いと思うが、致し方ない。

内面的に大きく成長しても、やはりその性は簡単に変わらないのだろう。


アリシアの顔は頑固であり、決して妥協しないという意志が見える。

むしろ、以前より自分への確信を持つことになった分、説得するのがなお厳しくなったと言える。


「もうじき海だ。安全に出航するためにも必ず成功させろ。合図は任せる。」


「任せてください。」


それだけで話は終わり、アリシアは堂々と立ち上がる。

見るのは後ろから追っている正体もわからない人々。


「お姉ちゃん。」


「大丈夫だよ、アイリはお婆様の隣にいてね。」


今の会話を理解できずとも不安になったのか。

自分に寄ろうとする妹を優しく後ろへと下がらせながら、アリシアは後尾へと向かい、準備する。


心臓を中心に脈動するは、人の体に在るもう一つの回路。

動かすは無数に広がっているマナの枝。


その枝に流れる魔力という液体を細かく動かし、変容させ、性質を変更させる。


合わせる。

変質させる。

自分の'白いマナ(無属性)'を、ロネスと同じ'緑のマナ(風属性)'へと。


馬車が激しく動き、体の均衡を失わないようにしながら集中。

自分ならばできると確信し、これこそが弱き自身ができる唯一の事だと全身全霊を捧げる。


内側の流れを制御しながら少女は自然に思い出す。

とても楽しかった、今では夢のように思えるこの島での最後の三週間を。


その時間は決して無意味ではなかった。


シルフィとの時間で精霊と交感するようになり。

ロネスとの時間で魔法の理論を学ぶようになり。

そして。


あの少年との邂逅で今までの自分と決別し、自身を愛せるようになった。


そう、これは今までの自分だったら決してあり得なかった事。

けれど。


今の自分だからこそ出来うる、この三週間の経験が全て集った集大成。


「そろそろ来ます!合わせてください、ロネスさん!」


少女の小さい体から白くも綺麗な魔力の光が溢れ出す。

魔力変換の準備が整えた瞬間、追手達もまた、魔法を使おうと手を伸ばし始める。


「行け、アリシア!」


ロネスの声と共に、馬車を囲んでいた空気の帳がその有り様を少し変更した。

今までのように外からの攻撃を屈折させるのではなく、内側からの干渉を全面的に受け入れる為の構造へと。


「撃て、撃て!!何としてもあの馬車を壊せ!」


「そろそろモンモランシーの魔力が底をついた筈だ!火力で圧倒しろ!!」


離れた距離は僅か40から50メータ。

相手側ももうじきロネスが限界だと知っており、これで決めようと一斉に魔法の詠唱を唱える。


「させません。誰一人も、貴方達が傷付けさせはしない。」


遠くから夜の暗闇を照らす様々な色の光を直視しながら、少女の両手が空中で踊り始める。

それはまるで聖歌隊指揮者がタクトを振るうかのように、または見えない線と点を繋げ、描くかのように。


虚空から情熱的に踊る二つの綺麗な手は内からの魔力を風のカーテンに干渉し、その内の構造を変化させる。

ロネス モンモランシーの魔法から、アリシアという少女の魔法へと。

風の帳から、全てを弾き返せ、邀撃するために在る、光輝く黄金の盾へと。


「な、何だ、あれは!?あの光の城壁みたいな魔法は……!?まだあんな余力が残っていたのか?!」


(これは……!)


後ろから追っている騎士団の者も、馬車を走らせているロネスも今まで見たことがない魔法へ動揺し、慌てる。


そう、今一人の少女が行なっているものは、誰もが見たことのない魔法なのだ。

どの属性にも属さない、異質的な魔力の鼓動で編み出されたこの盾の魔法は。


「アリシアや……これは……」


「わあ!!すごく綺麗!!」


馬車に乗っている老婆が驚きに目を丸くし、アイリが馬車を囲んだ光輝く半透明な帳を見て笑う。


その最中。

堂々と立っているアリシアのみがそんな周りの反応などには気にせず。

渾身の力を込めて作った防御魔法を発動する為に、最後に自分が持つ全ての魔力を注ぎ始める。


「術式の書き換えは終わりました。お願いします、精霊の皆さん。どうか、この魔法を発動するための援助を……!」


「っっ!慌てるな!所詮、少ない魔力で作った苦し紛れの我流魔法!話にもならないお粗末なものにすぎん!一気に叩け!!」


追手達の中で一番の大将だと思われる男の指示と共に、今までよりも一番数が多く、大きな魔法の矢と槍の群れが雨のように馬車へと飛んでいく。


そして、同時にアリシアの両手に呼応するように黄金の盾が輝きながら、少女は叫ぶ。


「全てを弾けなさい、《リジェクト・コード》!」


つい先ほどに始めて作り出した、出来るとは思うものの、実際にやったことのない魔法の名前を少女はそのまま唱える。

自分自身すらわからなかったその魔法を、精霊達がこれはこういうものだと頭の中から教えてくれる。


《リジェクト・コード》。

原作ではアリシアのレベルが20になった時、自動的に獲得する彼女だけの固有魔法である。

その能力は一定時間の'無敵状態'と'魔法ダメージの反射'。


本来ならば遥か未来、それこそ数年後に才能を自覚し、経験を重ねて出来る魔法。


しかし、予定よりも六年早く体得するのに成功した少女は誰よりも凛々しく、強い魔力を出しながら防御術式を展開していく。


「な、なんだ!?!あれは!?私達の魔法が全て、弾けて!!!」


「あ、危ない!避けろ!!」


「駄目だ!!!馬がやられた!!馬鹿な、こんな魔法見たこともないぞ!?」


その能力はまさしく原作通り。

馬車に向かって集中砲火された魔法が《リジェクト・コード》によって全て元の使い主へと返っていく。


炎の矢が馬の眉間を居抜き、氷の槍が馬の足に突き刺さる。

魔法を使いながらも、決して人々を傷付けないようにと集中するアリシアの頬には冷や汗が流れ、


「くっ!このまま逃すものか!!」


「!!」


反射されて飛んでくる炎と氷の無数なる矢の雨を避けながら、追手の一人が単身で突破してくる。


他の人々を引率していたその男はかなりの実力者らしく、反射してくる魔法を悉く打ち払い、馬をさらに駆けさせ、馬車へと接近する。


「いかん!風の魔法が解かれたせいで速度が落ちている!アリシア、一旦魔法を止めろ!」


「駄目です!まだ相手の魔法は続いている……!大丈夫、あの人の攻撃も私が全部止めて見せます!」


「馬鹿な事を言うな!これほどの防御魔法だ!今の君の体力では……!」


ロネスの推察通り。

経験を積み上げたお陰で、予定より早く《リジェクト・コード》を体得したものの、まだその体力は子供のまま。

魔力が如何に強く、才能が有ろうと、それを支える体力が足りないのだ。


既に展開を維持するのも難しくなり、天に向けて伸べている手は酷く震え、アリシアの顔からは血の気が急速に引いていく。


「大丈夫……!まだ、行きます!」


「無理はしないと言っただろう!!君に何かあると後で友人に合わせる顔がないんだぞ!?」


「でも……!」


《リジェクト・コード》を止めると今防いでいる魔法の群れが襲ってくる。

だからと言ってこのままだと、先にアリシアの魔力が尽きる。

そして、この防御魔法のせいでロネスが外へ攻撃を飛ばす事もできない状態。


追手の大将は既に10メータ以内まで接近している。

近くに見える馬車を睨みながら、ならず者の姿をした王立騎士が腰から剣を抜いた。


もはや、何かの方法はないのかとロネスが悔しさで拳を握った瞬間。


「その少年の言う通りですよ、お嬢さん。余り無理はしないでくだされ。命を張ってでも守ろうとする心意気は素晴らしいですが。それで自分を害しては、貴方の周りがきっと悲しむでしょう。」


「!?貴様、一体、だれ……くわっ!?」


突然の出来事にロネスやアリシア、馬車に乗っている皆が驚く。


前方にある岬の方面から誰かが飛んできては馬車に接近していた騎士をそのまま殴り倒し。

その反動で飛び上がり、馬車を囲む半透明な黄金の盾に着地したのだ。


「あ、貴方は……!?」


急に現われ、助けてくれた人物をアリシアは驚いた目で見上げる。


老人だった。

お婆様である老婆とほぼ変わらない、見るからにかなりの歳を取ったとわかる老紳士。


執事服みたいな正装を着て、歳を取り白くなった髪を鳥の尾のように綺麗に後ろへと結んでいる。


「私めの紹介は後でゆっくりするとしましょう。今はまず貴方がたを助けろという命令がありまして。とりあえず、敵ではないのでご安心くだされ、才能溢れる魔法使いさん。」


片手では良く整頓された口ひげを擦り、別の片手では飛んでくる魔法の矢と槍を全て打ち砕きながら、老紳士は馬車に乗っている人々へ仁慈な笑みを見せる。


「まずは彼らを倒しておきましょう。そして、お嬢さん?もしよろしければ、この防御魔法は解除しておいてくださるでしょうか。もう直、お転婆な方がここに乗り込むと思いますので。

……ああ、もう魔法の心配は入りません。ご覧のように直ぐに終わらせますので。」


発言が終わるのと同時に、老紳士が黄金の盾を蹴って空中へと飛び上がる。

恐らく、身体強化を使っているのだろう。

アリシアも村の大人達がよく体を強化するのを見たことがある。


しかし、果たして'あれ'をただの身体強化と呼んでいいのだろうか。


「凄い……。」


一飛びで追手達へ着いた老紳士がそのまま瞬時に王立の騎士たちを制圧していく。

拳一つで数人が空中へと飛び上がり、蹴り一つで地面が地震のように震え、砕ける。


その様をぼっと見ている時だった。


馬車が大きく揺れながら、アリシアたちが乗っている場所に誰かか乗り込んでくる。

余りの出来事に呆気になって、《リジェクト・コード》が解除されていたのだ。


「おっと!ふい~、危ない危ない。やはりこの装置は少し調整の必要がありそうですね。着地の調整が不安すぎて、もう……」


「なっ?!」


「ど、どなたですか!?」


急に馬車に乗り込んだ不審者の姿にロネスはもちろん、馬車に乗っている全員が驚く。

突然馬車に飛んで来ただけでなく、その不審者の見た目が余りにも意外だったのだ。


「あら、まあ!すみません!(わたくし)ったら、つい(はした)ない振る舞いを……。って?!アルスったらもう片付けているのですか!?駄目ですよ!折角、実験中のバルス君3号を試そうとしたのに……!?」


まさしく太陽のような少女だと、勝手ながらアリシアはそう考える。


馬車に乗ってきたのはアリシアやロネスと大して歳の変わらないように見える少女だった。

しかも、凄く驚くほどに綺麗な子である。


煌めく金髪をポニーテールに結び、その透明で綺麗な皮膚をなお強調させる白いドレスを着ている。

まるで童話に出てくるお姫様を見ているかのような高貴さと可愛さを感じる外見に、アリシアは田舎娘である自身を少し恥ずかしく思うが。


(……腰にあるあれは何だろう。鉄の……何?)


その高貴な見た目とは余りにも似合わない鉄の塊が少女の腰にくっつけている。

小さく鞄のような鉄だった。


綺麗なドレス姿で姫っぽいけれど、何故か腰には部厚い鉄の塊を着けている少女。

余りにもアンバランスな見た目で、凄く印象深い人と言える。


「貴様、一体何者だ。」


馬車を止めたロネスがそのまま魔法を使う構えを取り、正体不明の少女を狙う。

その姿を見てハッとしたアリシアも急いで家族を庇う為に老婆と妹の前に立つ。


その様を見て少しキョトンとしていた金髪の少女は'あっ'という言葉と共に、空咳をし始めた。


「こほん、こほん!ええっと、どうかその手を下ろしてくださいな。名高いモンモランシー家の子孫と、黄金の盾を編み出した小さい魔法使いさん。(わたくし)は貴方達の敵ではありません。ほら、あそこで(わたくし)の味方が悪い人々をボコボコとしているでしょう?」


「え?じゃあ、いい人なのですか?!」


「……そんなワケあるか。あの老人といい、オレの名を知ってるのもいい、どう見ても怪しすぎるだろう。警戒しろ。」


「は、はいっ!じゃあ、やっぱり悪い人なんですね!」


呆れたように話すロネスと、叱られて恥ずかしいのか顔を真っ赤にしているアリシアを見ては、得体のしれない少女はクスクスと笑う。


白いドレスと、どう見てもおかしい機械を腰に着けた少女は悪戯っぽい笑顔で語り出す。


その様子は殺意が溢れれているロネスに少しも怯むことなく。

あくまで自然に、それでいて天真爛漫に見えた。


「ええ、はい。貴方達が警戒するのは理解できます。ですが、それは杞憂と言えるでしょう。だって(わたくし)はいわゆる正義の味方。悪を倒し、善を成し遂げるために旅する者ですから。」


「は……?」


「や、やっぱりいい人なのですか!?」


「何かかっこいいよ、この姉ちゃん!!」


変なポーズを取りドヤ顔をするお姫様っぽい少女に向けて、三人の子供が各自、違う反応を見せる。


アリシアは少し憧憬する様な眼差しをして。

アイリは目を輝かせてポーズを真似し。


そして。

ロネスはとりあえず殺しておくかと魔法を使う準備をする。


「ふふ、素晴らしいリアクション、ありがとね。ええ、(わたくし)、貴方達にはとっても好感を持てます!あ、でも、そこのモンモランシー家の人は駄目ですね。こういう時はもっとノリに乗らないと駄目ですよ?」


「……貴様は何者だ。素姓を明かせ。」


少女の言葉を綺麗に無視するロネスを見ては、金髪の少女はわざとらしく大きなため息を吐き、揶揄う様な笑みを浮かぶ。

そしてゆっくりとドレスを掴み、首都で貴族と触れ合っているロネスすら驚くほど、優雅に挨拶して見せた。


「ご機嫌よう。(わたくし)の名はアデレイド。先ほども申した通り、ただあらゆつ場所を旅し、危険に陥った人々を助けている旅の者です。

ええ、ただそれだけの、何の取り柄もない普通な人なので?どうか、気兼なく接してくださいな?」


この状況に全員が完全に呆気に取られる。


自分を'アデレイド'と紹介した少女はその反応が楽しみでしかたないように。

近くにいるアリシアに向けて愛想良く、人懐っこい笑みを浮かべるのであった。



最後に噛んでいるアデレイドさん。

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