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転生した俺は乙女ゲーの隠しボスだった女の子を預かる。  作者: イオナ
一章. 10才、セピア島編
18/35

18. それでも俺はあの子を預かる身である。

周りは高い樹達と茂みに囲まれ、まともな道すらない樹海。


目の前にはあの中間ボス、傭兵王シグマが立って対峙している。

刀は先ほど俺の逃走を止めるために投げたため、それ以外の武器はなく、素手の状態。


反面、俺が持つ武器は腰にある短剣と、バックに入っている双銃。

武器だけを見れば子供とはいえど俺が有利に見えるが、そんなのコイツ相手には何の意味も持たないだろう。

魔力による身体強化の力量を考えると、まず勝ち目はない。


「……。」


冷や汗が出る。

手につい力が入る。

俺を見るシグマはあくまでも余裕に溢れて、まるで散歩でもしていたような格好だ。


気になるのは二つ。

何故、コイツが今ここにいるか。

そして、どこまで気付いているか。


先ほど、奴は俺に向けて'一人で待っていた'と言っていた。

もうじき王国軍が波のように打ち寄せてくる切迫な状況で、俺を待っていたと。

……何故?


「なあ、カイル。お互い、場が白ける事は止そうぜ。」


考えが止まる。

ピクッとして注意深く相手を見ると、シグマは相変わらず余裕溢れる笑顔を見せる。


「おめえも、そして俺ももうくだらない演技とか、腹を探るとかは止めようや。その為に他の奴等は他において、俺だけがここで待っていたんだからよ。」


「……何の事か、さっぱりわかりませんけど。どういう事ですか、お頭?」


妙に枯れている喉を動き、何とか卑屈な笑いを見せる。

俺をじっと見る視線が尋常ではないが、今は一旦、白を切るしかない。

シグマがどこまで気付いているかをわからない以上、これがただのハッタリという事もあり得る。


「……なあ、カイル。俺はこの二ヶ月、この島にいながらおめえを見る目が少し変わってよう。」


「へ?そ、そうですか?」


シグマは頭をかきながら舌打をする。

その姿はどこか苛立っているように見えて、耳障りな何かを吹っ切れようとする印象を与える。


「以前のテメエは傭兵らしいといえば、らしい奴だった。命令に素直に従って、殺戮を好み、ちゃんと言う通りに働く。人を殺すのも、奪うのも慣れていて、それはもう立派な傭兵の卵みたいなもんだ。」


「……えっと?それは良いことでは?」


シグマが言っているのは、(石田 栄一郎)ではなく、それ以前のカイルの事だろう。


「つまり、僕は他の先輩方達みたいにいい部下って事っすよね?」


「……そうだな。以前のテメエは確かにその通りだ。そのまま、時間が過ぎたらほぼ間違いなく他の奴等と一緒にどこに出しても恥ずかしくない傭兵だと言えた筈だぜ。」


「そ、そうですか!それは、ありがとうございます!」


一体、何の意図を持ってこんな話をしているかはわからない。

とにかく出来るだけ話を合わせるために礼を言うが、内心不安になる。


どうやら、シグマは以前のカイルをそれなりに高く評価していたらしい。

傭兵らしいと言うあたり、きっとそうなのだろう。


でも、つい先、コイツはその見識が変わったと言っていた。

ちょうど、俺が憑依した頃から。


「……それで、その。じゃあ、今の僕に対しては?どうなんですか?」


やっぱり、密かに俺が逃走を計らってる事や、裏で動く事を全て把握しているのか。

そういった不安を感じて聞くと、何故かシグマは小さく、それでいて気さくに笑い囁やくように呟く。


「カイル。一つ、お前に良いことを教えてやるよ。」


「?」


血のように赤い夕焼け。

どこからか野生の獣が叫んび、その響きが森を激しく揺さぶる。

魔獣の群れが近くにいるのだろうか。


だが、そんなことに構っている余裕はなく。

目の前の男から目を離せる事が出来ず、緊張しながら見つめる。


男の顔は強張っていた。

真っ黒な瞳が冷めて、いつものヘラヘラする顔や、薄ら笑いはどこにもなく。

まるで死の淵まで落ちた屍体の如く暗い顔で。


それでも尚、形容して言えない苛烈さを感じさせる。


「カイル。俺はなーー」


傭兵達の最高峰である男は鬼のような気迫で語る。

静かに、それでいて渦巻いている心の内を隠したりもせず、吐き出すように。


「ーーー傭兵って奴等が大っ嫌いだ。」


「…………え?」


その目に淀んでいるのは激しく蠢く激情。

その全身から沸いてでるのは隠しきれないほどの嫌悪。

自分自身もその一人でありながら、男はそれらの存在を拒否する。


「考える事を放棄し、全部投げ捨てる。そんな頭が空っぽで野天気な奴等を見ていると反吐が出るぜ。砂糖に群れる事しか脳にない蟻と何ら変わりねえぇ。

汚らわしく、低劣で、血に溺れる事でしか救われないクソ共の集合体。虫酸が走るってもんだ。」


「あんたは……っ!?」


全身に響く程の衝撃が走る。

ほぼ反射的に両腕で防御体制を取るのと同時に、体が後ろへと蹴り飛ばされる。


「あっっく!?」


巨木に背からぶつかりそのまま地に倒れる。

頭が落ちつかず、目が回り、腕からは我慢ならない激痛が体を蝕む。


いきなりの事で混乱しながらも、俺は悟った。

今、シグマが俺を蹴り飛ばし、俺は咄嗟にそれを腕で防げたと。


「ほお、よく反応したな。この一ヶ月、ちゃんと鍛えた甲斐があったてこった。お目出とうさん。今のに反応できたなら、テメエももう一人前だ。魔力さえ使えるようになれば、並の騎士にも遅れは取らねぇだろうよ。」


骨が染みるような痛みを堪え、何とか立ち上がると。

三十メータは離れた場所からシグマがゆっくり近付いている。

……今の蹴りでここまで飛ばされたのか、俺。


「お頭……。」


「その呼称はやめとけ。本当は俺の事を微塵もそう思ってないんだろう?いい加減に白状して、さっさと見せてみろうや。テメエの素の顔って奴をよう。」


「っ。」


周りを見渡す。

この騒ぎになっても他の傭兵が出る気配はなく、遠くからは獣の咆哮だけが聞こえるのみ。

どうやら、今この場には本当にコイツ一人しかいないようだ。


ならば、何とか逃げる事も叶うはーー


「行かせるワケねぇだろうが、間抜け。」


「っがあっ!!」


首から重みと共に痛みが走る。

何とか立ち上がっていた体が突然の蹴りに対応できず、そのまま倒れる。


直後に襲ってくるのは息が詰まるかのような感覚と激痛。

上から踏み躙ってくる力に抗えず、地面に横たわってるまま、喉を踏まれた状態で見上げる。

一切の情けなく俺の喉を踏み躙り、見下ろしている男の顔を。


……見えなかった。

ほんの一瞬、瞬きすら出来ず、姿が消えたと思ったらこれだ。

30メータは離れた距離を一息で走り込み、俺を制圧してやがる。


(クソ……!身体強化が上手いと言っても限度があるだろう……!?)


こんなの最早、瞬間移動と何も変わらない。

ゲームでシグマが使う技の種類や効果はよく知っていたが、実際に技を使うのを見るのは今回が初めてだ。


だからこそ、実感できる。

コイツは正真正銘の化け物だ。

今の瞬間加速は絶対、普通の人間が為せるものではない。


「くっっーー!!」


何とか、喉を踏んでいる足を退かせようとするが、子供の力ではビクともしない。

何か手はないのか……?

この状況を脱せる方法は……?!


「さて、カイル。俺がお前に言う事は二つだ。まず、一つ。お前がこの一ヶ月の間、ずっと保護していた'巫女'の居場所を吐け。」


「!!」


つい、喉からの苦しみすら忘れてシグマを睨らむ。

そんな俺の顔を見て、俺の困惑を察したのか、シグマは鼻で笑い渋々と答えた。


「おめえが子供を預かっていたのは結構前から知っていたが、まさかそれが俺が探し求めていた獲物だとは知らなかったんでよう。

いや、さすがの俺も頭が下がるぜ。本当、大したもんだよ、お前は。よくアイツらのアジトを見つけたもんだ。あれが'巫女'だとわかって攫ったのか?」


「くっ。」


まさか、シルフィの存在を予め把握していたとは。

やはりあのブラフでは完全に誤魔化せなかったのだろうか。


……しかし、少しも通じなかった訳でもない。

コイツは俺からアイツの居場所を探ろうとしている。

つまり、シルフィの存在は知っても、その正確な位置までは知らないのだ。


(なら、今すぐ俺を殺したりはしないはず。)


まだ取り返せるチャンスは残っている。

コイツは今、あの小屋にシルフィが来ているのを知らない。


何とかシルフィと合流して一緒に地下通路まで行けばこっちの勝ちだ。

いくらシグマと言えど、あの迷路で俺達を追うことは不可能なはず。


「で、これが二つ目の要求だが……」


勝算はあると気付き、何とかそのチャンスを伺おうとした時だった。

話はまだ残っているらしく、俺を見下ろしているシグマは至って真剣な顔で俺を睨み。


「カイル、俺の元へ来い。」


「……は?」


つい、頭が真っ白になる。

余りの予想外な言葉に理解が追い付かない。


「何を……言って……?」


「そのままの意味だよ。今までのように演技でもなく、嘘でもなく、本当の意味で俺の仲間になれ。お前は他の腑抜け共とは違う。本物の逸材だ。こんなところで死なせるのは勿体ない。」


思い出す。

先ほど、シグマが言っていたあの衝撃的な言葉を。


'傭兵は嫌い'だと。


あの部下達と一緒に馬鹿みたいに騒いでいて。

傭兵王だという二つ名まで持っている男が言っていたあの発言。


「……何故?」


気付けば、俺をそんな疑問を問い質していた。

こんなシグマは見たことがない。

この二ヶ月の間は無論のこと、転生する前、あのゲームをやっていた頃も。


シグマという男はいつも皮肉な事を言って、ヘラヘラと笑いやがって、非道で残忍な悪役。

そして、どのルートでも最後には因果応報を受けて滅ぶ中間ボス、それ以外の何者でもなかったはずなのに。


今、俺を見下ろしている男は。

有無を言わせぬ妙な迫力と覇気を感じさせる。


「何故……ねえぇ。そりゃ、どっちの何故だ?奴等を嫌っている理由か?それとも、そんな事を思いながらも奴等を従わせている理由?」


「……後者に、決まってるだろうが。前者は先、聞いた。」


「ああ。そうだったな。わりい、わりい。まあ、一族の奴らが来ているし、王国軍もあるからな。正直、悠長に語る時間はないが?他でもないおめえの頼みだ、教えてやるよ。」


一瞬、俺は心の内で慌ててしまう。

コイツ、然り気無く言ったけど、今何と言った?


一族が来ている?

あの黒頭巾の奴らが、今この近くに来ているのか?


「なあ、カイル。お前、今の世をどう思う?」


「え?」


あらゆる憂いと懸念が頭の中で渦巻く中、意外な事が聞こえシグマを見る。

相変わらず俺の喉を足で踏み付けながらも、シグマはどこか遠い目をしている。


「'え'じゃあねえよう。簡単な問いだ。飯を食って、家畜を育てて、麦を収穫し、そして生きる。何の心配もせず、誰もが平穏と生きていく。そういった当たり前な生活が出来てるか、どうかって話だ。」


「そんなの……」


口が止まり、動かない。

答えが浮かばない訳ではない。


そんなのを聞いてくるのなら、答えは当然'いいえ'だ。

今の状態に転生してから俺はずっと見てきたのだ。


傭兵達によって食糧を奪われ、殺される人々を。

野蛮で、残忍な事が平気に行われている様を。


「……答える必要もないって顔だな。まあ、そうだろうよ。てめえが食っていく事も足りないってのに、それすら奪っていく畜生どもが平気な顔で暮らしていやがるんだ。当然、こんなのが真面なはずがねえ。」


ずっと凍っていたように固まっていたシグマの顔から感情が漏れる。


それは嘲りだった。

嘲笑い、心底から呆れているかのような、それでいて深い鬱憤を感じさせる顔。


「……本当によ。おかしくて笑いすら出てくるぜ。魔獣や、モンスターから必死に生き延びて、食物と財産を守ったのによ。怪物より力は弱く、屈強な体や牙も持たないたかが人間にやれ義務だの、やれ国民としての責務だのと全部奪われやがる。それはもう、根こそぎ全部引き抜かれるように。」


口をぬらす事がやっとな、ほんの僅かだけを残して奪われる。

数少ない食糧で冬を耐えて、春を向かえ、またも麦を育てて。

必死に魔物や怪物達から財産を守り、家と畑を守り。


そして、またも守り抜いた財産を同じ人間に奪われる。


「で、食っていく方法がなくなった野郎共は生き延びようと武器を取り賊に成り下がる。当然だよな。ただ飢えて死んでいくのを好む奴がいるワケがねぇ。そうやってならず者が出来て、またも他の奴等を襲って、奪われた奴は生き延びる為にまた他を襲って……。

本当クソ愉快な世界だぜ。よく噛み合ってやがる。これが神様の仕業なら、そりゃあさぞいい性格してるだろうよう。」


唖然とする。

今の話の内容はもちろんの事、それを言っているシグマの顔が余りにも見慣れない顔だったが故に。


鬼気。

それしか表現できないほどの、今にでも人を殺してしまうかのような殺意溢れる顔でシグマは睨んでいる。


俺ではない誰かを。

目の前にいるガキではなく、他のもっと違う何かに向けて。


「……王国の話?」


真っ先に浮かぶのは王国で行えている圧政だった。


当たり前だ。

この世界を原作として知っている以上、俺は王国が腐っているのを知っている。

だからこそ、遠くない未来で'革命軍'が出来上がる。


他でもない、あのロネスによって長く続いた暴政と圧政に国民は反旗を翻すのだ。


「はっ、王国ねえぇ。まあ、間違いでもないぜ。あそこも相当腐ってるからよ。でも、それだけじゃあねえ。お前はまだわからないだろうが、全部同じなんだ。」


「全部……?」


「ああ。王国も帝国も、聖国や今では共和国というふざけた事を抜かす国も、全部な。何処も彼処も根本の根から腐り出して、もはやどうしようもねえときた。」


俺の喉を圧迫していた足が引かれる。

それで息をしやすくなって、急ぎ大きく息を吐きながら立ち上がると。


そんな俺を見下ろしながら、傭兵の王と呼ばれる男は語る。


「なあ、カイル。お前、この話を聞いた事があるか?かなり昔の童話だ。」


「……童話?」


「ああ。」


今、俺が向き合ってる人は一体誰だろうか。

顔も、見た目も間違いなく、喋り方や声も、俺が知るシグマに間違いないはずなのに。


しかし、今目の当たりにしている男はゲームでの姿とも、何もかも違って完全に別人をみるようだ。

飢えている狼のような瞳も。

鬼気迫っている気迫も、何もかもが。


「遥か昔に全ての地を統治していた人がいたという。覇帝ジグレイ。

精霊神王と精霊神獣という二つの大いなる存在達すら一目おいたという、大英雄。彼が統治した頃、世は太平の世だったとよ。」


雄叫びが聞こえる。

それはここからそう遠くないどころから聞こえ、確りと自分達の存在を示している。


地面が揺ぎ、尋常ではない気配が近付く中でも、シグマはぶれない。

奴は相変わらず、激しく渦巻く感情を露にしながら語る。


「あれはおとぎ話だ。ガキに聞かされる伝説でしかない。だが、確かに必要な事ではある。わかるか?カイル。英雄が必要なんだよ。この涙が出るほどクソ面白い世の中を変えるには。

子供の頃に夢見た、誰もが描いていた空想の英雄を、本物にする必要がある。」


気付く。

今、俺に見せているこの覇気も、言葉も間違いなくシグマという人物の内側だと。

ゲームでは敵としか現われず、一度も描写されなかったものの。

この男が心の内にずっと秘めていた本音であり、目標だと。


俺が覚えているゲームでのシグマはいつも傭兵団を引き連れて主人公を攫おうとする姿だけだった。

以前にも語った気がするが、シグマは攻略対象であるイケ面の内、一人の部下として動いていたのだ。


そのイケ面は確か、王が昔に捨てた奴隷との子であり、王国を手にいれようとクーデターを起こそうとしていたはず。

精霊王に捧げられる予定だったアリシアを横取りして、自分の力にしようとする野心家だったと覚えている。


建前では気さくな先輩を気取りながら、裏では契約している【黒きサソリ】を使い、アリシアを手にいれようとした影の王子。


シグマはそんなイケ面のビジネス相手として付き合い、どのルートでもアリシアの前に現われ、敗れ去る。

そしてシグマとそのイケ面がどのような経緯で契約したかは、詳しく語られたことなど一度もない。


シグマとの関係がアリシアに知られるのはそのイケ面のルートであり。

その時には既に二人の恋愛が主になっていて、シグマはまたも眼中になくなるのだ。


だからこそ、シグマがあのイケ面の部下だとしか知らず、どんな考えを抱いているかも知らず。

ただ厄介な中間ボスみたいな奴で、契約だから動いたのだと思ったが……


「……英雄にでもなると言うのか、あんたは?」


「いや。俺はそんな柄じゃねえよ。英雄ってのは綺麗でならないといけねえ。誰にも指さされないほどに清廉潔白な、そんな指導者がなるべきだ。その意味でも俺はアウトだ。あのクソ共と変わらない蛆虫でしかない。」


そう語るシグマの顔が一瞬だけ曇る。

ゲームでも、そしてこの二が月の間にも見たことがない、心底から悲しんでいる表情。


だが、その顔も刹那に過ぎず。

次の瞬間、男の目が再び燃え上がる。


「……だが、蛆虫には蛆虫なりのやり方がある。綺麗な言葉だけでは回らないのが国ってもんだ。在るべき王が在るべきままに君臨するためには、その汚さを全て背負う輩も必要だろう。

真の王が正しく国を背負い導くには、当然、それを影から支える汚い奴も必須。

ならば、蛆虫はそれに一番適任と言える。」


「あんたは……」


それは、未来のロネスとは真逆の考え。

同じく、今の世の中を悪く思えながらも行き先が違う思想。


王国に復讐するために、今までため込んでいた鬱憤が全て集めたと言えるのが未来の革命軍だ。

未来のロネスは今の王国を壊し、となりの共和国みたいに新たる政治を取り入れるつもりだった。


でも、シグマは違う。

王国も、帝国も、そしてあの共和国ですらもそれら全てが腐っていると判断したからこそ、そんなやり方では何も変えないと踏んだ。


真に世界を変える事ができるのはまさしく、童話に出てくる英雄が必要だと。

そんな人がないのならば、自分で見つけ出し、育てて、全て捧げると。

それこそが、この男が選んだ道筋と方法。


そして、近い未来。

この男は一人のイケ面と契約する。


その理由は最後まで描写されずとも、それこそ自分の破滅すらも構わずに。

捨てられた一人の王子を、とある傭兵はまさしく死ぬ寸前まで後援していた。


「……コルシオン。」


思いだした。

シグマの内の側の声、その本音を聞いて、ようやく思い出してしまった。


コルシオン。

ロネスやセリっクと同じくアリシアと結ばれる予定の攻略対象の内の一人。


その名が脳裏で浮かぶ。

他でもない今のシグマの顔を見て。

コルシオンルートの内、一つのバットエンドで出るイベントCGを思い出したのだ。


アリシアと愛を深め、国を乗っ取るものの。

もし途中で選択肢のミスを一定回数間違うとそのバットエンドルートに入る。


アリシアの言葉を完全に信じられなくなったコルシオンが、黒幕である魔女アウロラーの諌言に翻弄され、ほぼ傀儡みたいな状態になってしまうのだ。


アリシアの愛による言葉も無視し、力に酔い、元の才気溢れる姿すら失ったイケ面は乗っ取った国で以前の王と変わらない暴君のように振る舞う。


で、このバットエンドの終り方だが。

暴走するコルシオンは殺されて終わる。

他でもない、ずっと部下として従い、後ろから支えていたシグマによって。


やられ団だと呼ばれる【黒きサソリ】。

数多くのルートで無様に終わる中、このバットエンドだけが少し違う終り方を見せていたから、よく覚えている。


契約相手であるイケ面の成功によってシグマも王国の正規軍の最高責任者まで成り上がるが。

アイツはその利益と名誉を捨てた。

他でもない自分自身の手で、線を越えてしまった主の背中を刺し殺す。


会話などなく、ただバットエンドで描かれるイケ面の末路として一枚のCGだけを見せていたが。

その時のシグマがちょうど今、俺の目の前にいるこの顔をしていたと。

今、思い出した。


とても冷たく、底が見えないほど暗い。

だが、確固たる意志を感じさせる表情。


「……だから、あんたはあの時、コルシオンを殺したのか……。」


最後に暴君となったコルシオンを殺すCGの意味が、今ハッキリとわかった。


あの時はただ、暴走するイケ面のバットエンドとしか見てなかったけど。

シグマの内側を、その本音を知った以上、あれは必然だと理解した。


あれは単に暴君となったコルシオンとの行き違いではなく。

シグマが最終的に追い求めた目的との相違だったが故の殺しだったのだと。


「コルシオン?誰だ、そりゃ。」


「……。」


ハッとし、口を閉ざす。

余りにも意外な事を知ったが故に、つい口が滑ってしまった。


今のシグマはコルシオンと出会う前の状態。

仮にあのいけ好かないイケ面と出会い、そこから王者の風格を見て、支えると決めてもそれは今ではない。


何とか冷静さを取り戻す為に体を持ち直す時だった。

先ほどから聞こえてきた激しい足音と共に地面が揺ぐ。


「来たか。」


「なっ!?」


『ゴオォォォォォォォオオ――――!!!』


『カアアアァァァァーーー!』


全身に響く咆哮と共に森の中から化け物の群れが出現する。

種類は大きく二種類。

獅子の頭と熊の体をしたキメラと、大きな翼を羽ばたいている怪鳥だ。


コイツらは見覚えがある。

この要塞の近くに時々現われて、傭兵達がよく討伐していた奴等だったはず。


「でも、この数は……!」


俺とシグマを包囲するかのように化け物共が円を描くように囲む。

その数はざっと見ても十体以上。

しかも、遠くからも化け者共の雄叫びが聞こえるのを考えると、全部で何匹いるのか。


……あり得ない。

この二ヶ月、ずっとこの森で暮らしたが、これほどの大量発生は見たことがないのだ。

いくらなんでも不自然……


「っ!まさか、コイツら、自然の魔物ではなく、あの黒頭巾達の……!?」


「うん?意外だな。巫女の事はちゃっかり連中のアジトから盗んでおいて、この合成魔獣は知らなかったか?」


「知る訳がないだろうが!初耳だぞ!?どうするんだ、これは!コイツら、一匹倒すにも傭兵十人が総当たりで掛かった連中だろう?!」


今でもハッキリ覚えている。

あの獅子の頭と熊の体をしたキメラ、あれを倒すのに手慣れた傭兵たちが散々苦労したのだ。

それが十体を越えるとなると、危機もこんな危機がない。


それにコイツらが本当にあの一族による怪物ならば、

あの黒頭巾共が本当にここに来ているって事ではないか。


(シルフィ……!)


「ほお。言い方がやっと変わったな。それがおめえの素か?いいじゃねぇか。やっとお互いに隠し事はないって訳だ。俺は嬉しいぜ、カイルよう。」


「そんな能天気な事を言ってる場合かよ!?どうするんだ、これ!?いくらあんたでも、この数はーーー」


「いや。それは俺を舐めすぎだな。」


「へ?」


爆風が起きる。

俺が横を見るのと、小さい竜巻が発生するのはほぼ同時だった。


シグマが立っている周りから突風が起こり、地に落ちていた葉っぱが空へと舞い上がる。

それと時を同じく、一番近くにいたキメラの顔面がまるごと潰れ、体と頭が分離される。


一瞬の出来事。

たった一秒で、キメラ一匹をぶっ倒したシグマは血が付いた右手を軽く動かしながら鼻で笑う。

まるでこんなことは肩慣らしにもならないと言うかのように。


流石に、こうなると慌てるのは怪物達のほうだ。

首なき死体が血を吹き出しながら倒れるのを見ると、震えて少し後ろへ下がる。


(こ、コイツ……マジで強えぇぇ……稽古で手加減するのは何となくわかっていたけど、本気だとこれほどかよ……)


ゲームの知識としては、シグマのスペックとスキル()は知っていたけど。

本気で戦うのを実際に見ると流石に迫力が違う。


魔法を使えず、純粋に身体強化にのみを極めるとどこまで昇れるのか。

その生きた証明、凡人が至れる最高鉾が、隣に立っている男だと改めて実感する。


「カイル、もう一度言うぜ。俺の元へ来い。」


「こんな状況でまたそんな事を……、少しは真剣になったらどうなんだ。」


「いや、俺は真剣だ。お前は他の間抜け共とは違う。状況に飲み込まれて、考えを放棄し安住するようなゴミではない。これから俺がやろうとしている仕事には、お前みたいな奴が必要だ。あんなゴミ共ではなくな。」


「……。」


……正直、驚いた。

ゲームでは知らなかったシグマという人間の素顔はもちろん。

俺に対する評価すらも。


コイツ、ここまで俺を高く見てたのかと素直に驚いてしまう。


「それにな、カイル。一応、言っておくが。これはテメエの為でもあるんだぜ?既にお前に逃げ道などねえからな。」


「……どういう事だ?」


一瞬、話を理解できず首を傾げてしまう。

どうして今の提案が俺の為だと言うのか。


「この三週間、確かに俺はおめえが確保していた小娘の正体を見破れなかった。でもよ、それ以外の全部を見逃したりはしない。」


「……は?」


「わからねぇのか?簡単なことたぜ。おめえが予め、港以外の場所に船を用意してるのは知っていたって事だよ。その場所にも既に人を送っている。テメエの逃げ道などすでに途絶えたって事さ。」


背筋が凍る。


コイツ、今何と言った。


俺の逃走経路を知っていただけではなく、そこに人を派遣した?

……よりにもよって、今、あそこに人を?


一瞬、先ほど逃げていた人々が脳裏に浮かぶ。

俺が案内した通り、そこに向かって逃げているアリシアとロネスの事が。


「……ハッタリは止めろ。お前の部下達は昼まで全員ここにいた筈だぞ。いくら傭兵の足が早くても、今から向かわせたところで……!」


「誰があの間抜け共をおくったと言った?」


言葉が詰まる。

全て解決したと、もう考えなくてもいいはずだと思っていた案件が更なる地雷を含んで帰ってくるような感覚。


包囲している化け物から目を逸し、シグマは俺の方を見下ろしながらその言葉を話す。

またも、俺が知り得る筈もなかった事を。

俺の計算を根幹から揺ぐ事案を。


「おめえの言う通り、今更おめえの逃走先に部下共をおくっても間に合うはずもねぇ。王国軍が包囲網をしかけているんだ。そんな余裕はないし、あの間抜けな奴等がそんな命令に素直に従うとも思えねえしよう。」


「だったら……!」


「ああ。だから傭兵じゃなく、別のにそこを教えたって事だ。外の協力者って奴さ。」


(外……?)


瞬時に頭が回る。

今は思考を働かせる時だと言わんばかりに猛烈に考えを走らせる。


その言葉を聞いて真っ先に頭に浮かぶのはとある疑問。

シグマが持っている余裕と情報力の理由。

今まで漠然とそうなのかと納得していただけで、その深くまでは考えなかった案件。


シグマは事前に王国から軍隊が来ると知っていた。

朝、ジャンを偵察に行かせたのはその情報を事前に知っていたから可能な行動だから。


そして、この余裕。

今、事がここまで緊迫になってもなお、逃げるよりも俺を捕らえる事を優先する自信はどこから来たのか。

あの軍隊の包囲と、掌握された港から逃げ出せると確信する理由は?


「まさか……!?」


瞬間、一つの単語が頭に浮かび全てを悟る。

悟ってしまう。


ロネス。

原作では革命軍を指揮する事になる、隠された六番目の攻略対象。


アイツは一族と傭兵団の様子を探るために、今までここに潜入していたという話だった。

そして、ゲームでは子供の頃の任務中、貴族の刺客にやられると。


だからこそ、それを回避させてよろうとあそこを教えたのだが、まさか……


「お前、王国の連中と通じていたのか……!?ロネスを殺そうとする奴等と?!」


「……ほお?あの灰色のガキの事まで知っていたのか。だが、妙だな。王国に通じていた事は充分気付けるだろうが、あの豚共が灰色のガキを目の敵にしていたのはどうやって知った?」


「っっ!」


一瞬、俺を見るシグマの目付きが変わる。

真剣だった目に、疑問と疑念が宿って俺を注意深く見始める。


だが、そんなことは今どうでもいいのだ。

今、改めて知った事実に頭が痛くなる。


いや、痛くなるだけではない。

心臓が、体が押し寄せてくる悪寒に震えて止まらない。


何だ、それは。

一体、何んなんだ、この事態は。


俺はロネスを何とか逃せるために、俺が用意していた逃走経路を渡した。

俺の行動は原作ではなく、それならば回避することが可能だと踏んだからの選択だったのだ。


……なのにシグマは王国、しかもロネスを狙っていた貴族と通じていたと?

しかも、その岬の事を連中に教えている?

よりにもよって、ロネスを逃す為に向かわせた場所に、ロネスを仇に思っている奴らが待っていると?


「馬鹿な……!ふざけるな!何だよ、これ?!あり得ねえだろうが……!?」


つい口から雑言が出てしまう。


あの場所は俺が逃げるための場所だった。

そして、シグマがあそこに人を待機させたのもあくまで、俺を確保するためだったという。

俺という人間を逃さないが為に。


しかし、元の理由などは関係なく、状況は勝手に進んでいる。

とある人物の運命を回避するために働いた策が、その実、何も変わっていないのだ。


変わったと、助けたと思っていたのは全部俺の勘違いに過ぎず、全てが原作の筋書き通りに動いてる事になる。


些細な事を変えようとしても無駄だと言うかのように。

そんな事では大きな流れなど変わらないなどと嘲笑うかのように。


これじゃ、本当に今までやったのが無意味で……


「……わかったか、カイル?おめえも、そしてあの巫女にも生き延びる道などない。俺の元へ来る以外はな。」


「っっ……!」


隣から飛ばされるその言葉が釘になって心臓に刺さる。


その通りだ。

まさしく、その通りなのだ。


今、俺が生き延びる確実な方法は、シグマの提案を乗る事。

奴の願望に付き合う事を誓って、一緒に逃げる事。


だが、それはただ生き延びるだけでなく。

原作通り、俺はクソ雑魚悪役という事を受け入れる事になる。


(……俺だけではない、今の話が事実なら。他の奴等も……)


ロネスを逃した先には、シグマの連絡を貰った貴族の手先がいる。

しかもアリシアとその家族も連れている状況で、だ。


このままだと、完全に原作通りの結末になってしまう。

筋書きが少し変わっただけで、その結末は変わってないのだ。


ロネスは刺客に大怪我を負って帰還が遅くなり、その隙に商会が潰れる。

アリシアはその過程で家族を失い、原作通りにあの老人と妹さんは死ぬ。


そして、あの逃走経路を提案したのは他でもないこの俺だ。

【黒きサソリ】の組織員がその道を教えたとアリシアが知れば、アリシアはまたも原作同様、【黒きサソリ】に対して憎悪と嫌悪を抱く。


(……何だ、これ。)


あり得ない。

信じられない。

吐気がする。


状況を変えようとして、今まで色んな事をやってきたのに。

いざ、この状況まで来てみれば、その実、何も変わっていない。


終りまでの手順を全て読みきって、それを回避する策を出したはずなのに。

過程が少し変わっただけで、結末は何一つ変わっていないと来ている。


……いや、ちょっと待ってくれ。

そもそも、本当に全てが原作通りに進んでいるのならば。


先に逃げた二人の運命が変わらず。

俺も生き延びるには【黒きサソリ】である事を認めないといけないのならば。


……じゃあ、もう一人は?

あの子は……?


この一ヶ月、ずっと一緒に過ごして、救っていたはずのあの子(隠しボス)は?


「……シルフィ!!]


「なっ!?」


走る。

後先構わず、ただ走る。


周りにあの一族がおくったという魔獣達に包囲されているという事も。

後ろからシグマが慌てて叫んでいる事も、今はどうでもいい。


焦りによって足が動く。

焦燥で頭が爆発しそうになる。

先から消えない悪寒が、心臓を握りつぶすかのようで。


だから、それを誤魔化す為にただ走る。


「待て、カイル!!ちっ……!?」


咆哮が聞こえた。

何匹の怪物達が俺を狙って襲ってくる気配がした。


しかし、それが俺に届く事はなく、重い打撃音と共に血の噴水を撒き散らしながら倒れる。


ならば、いい。

今、こんな奴等に構っている暇などないのだ。

怪物達が俺を襲う事は出来ず、だからといってシグマが俺をすぐ追うこともできない。


何だ。

いざ、こうしてみると簡単に抜け出せたではないか。

やっぱり気にしすぎだ、俺はちゃんと逃げだせる。


問題はない。

このまま小屋に行って、中で待機しているシルフィと合流して。

その後、さっさと地下へと逃げればいいんだ。


あそこに逃げ込めばこっちの勝ち。

そこさえ行けば、このくそったれな運命から逃れて、幸せになれる。


そう。

もう後少し、ゴールまで一歩先まで来ているのだから……!


「シルフィ……!」


無我夢中で走っていると、いつの間にか小屋が見える。

魔獣の姿はなく、シグマの手先の姿も見えない。

俺が去った時となんら変わりない姿。


つい笑みが溢れる。

これで大丈夫だと、早く地下に潜ってあの迷路で逃げ込み勝負を決めればいいと。

そう思い、急いで扉を叩き開くと。



「………………あ?」



そこには俺が去っていた時とはまるで変わった風景が広がっていた。


小屋の窓が割れている。

あらゆる家具が倒れ、まるで鬱憤晴らしに全部投げ出したかのように散らかっている。


……嫌な予感を感じながら、奥に向かう。

心臓の音が不快なほど頭に響いて、喉が震えまともに声が出てこない。


「……。」


そして、奥の部屋には誰もなく。

ただ、空っぽで薄くらい部屋だけが残されていた。


難しく考える事もない。

何が起きたのかは自明だ。


今、ここを襲っているのは黒頭巾の一族と、それに応戦している傭兵達。

シグマは真っ先に俺を捕獲しようとした。

それはシルフィの正確な位置を知らないからこその行為である。


だったら、消去法で残るのは一つだけ。


「……ふざけるなよ。何で……」


つい、喉の底から呻き声が出る。


この一ヶ月、シグマは兎も角、あの一族に目立った動きはなかった。

あの連中にばれる要素などどこにもなく、そんな素振りも、兆しもなにもなかった。

何度振り返っても、この一ヶ月の間、俺が取った動きに明白なミスなどなかった。


……なのに、どうして。

あの連中は最後の最後に現われて、あの子が連れ去られてしまうのか。


しかも、よりにもよって、今日。

原作でこの島が滅んだのかもしれない日に、何故。


まるで、お前がどれだけ反抗しても、原作通りに事は進むのだと言わんばかりに。


……これはもはや、認めざるを得ない。

今までの俺の行動は何もかも意味を為さず、結局本来の筋書きで事が進んでいると。


もしや、これはあれなのだろうか。

未来を変えようとしてもそれは不可能で、結局、本来の結末に収束されるとかという、よく見る設定だと……?


だって、そうではないか。

このままだと何もかも変わらない。


ロネスは腐った貴族にやられ。

アリシアは俺という【黒きサソリ】のせいで家族を失って恨み。

俺は生き延びる為にシグマに付いていくしかなく。

シルフィはこのまま、巫女として召喚の儀式に使われ、この島は怒り出した神獣によって滅ぶ。


「……っっ。]


つい、頽れてしまう。

どう考えても理解できないのだ。

何度、検討してもわからないのだ。


シルフィがあの一族にばれる理由を。

この場所をあの黒頭巾共にばれる理由が全くわからない。


なのにも関わらず、こうして何もかも全部崩れ落ちて、奪われてしまうと。

もはや運命といった理不尽な力で何もかもかっ攫ったのだとしか思えない。


(……)


外から、男たちの怒鳴り声が聞こえる。

そして、化け物たちの怒りに満ち哮る音も。

この小屋に向かってシグマが来ているのだろう、俺を捕まるために。


……逃げるか?

一応、それは出来る。


何もかも、全部失ってしまったが。

シルフィは奪われ、ロネスとアリシアを救える方法ももはやないが、せめて。

……せめて、俺だけなら逃げられる。


目の前の地下空間、そこに通じる地下通路へ行けば、港まで無事に行けるだろう。


……でも、そんな事に意味はあるのだろうか。

結局、何も変わらず、変えなかったのだ。


このまま、港に行ったところで、本当に逃げられるとも限らない。

またも理不尽な何かが起きて強制的にシグマに捕まるかも……


「……クソ!!」


床を拳で叩く。

何の力もない今の自分が、何も出来ない現状が涙が出るほど悔しくて。

結局、何もかも無駄だったのかという絶望感に浸って。


だから、'それ'に気付いたのはやや遅れてしまった。


「うおっ!?」


床の一部が崩れる。

何の力もない、ただの子供でしかない今の俺の拳に床が崩れ落ちて、つい地下の小さな空間に落ちてしまう。


大した事ない段差だったから特に怪我はなく、お尻がちょっと痛む程度だが、それでも呆けてしまう。

この小屋は古くはあっても、流石に床が壊れる程でもなかったのだ。


「これは……」


少し唖然とする。

地下の空間が滅茶苦茶だ。


本来、この部屋の下には子供がやっと入る空間があり、その奥の方に地下通路と通じる穴があるのだが。

その空間が爆撃でもあったかのように焦土と化している。


いや、この地下空間だけではない。

よく見たら、この奥の部屋全体がズタズタにされて今でも崩れ落ちそうだ。


窓は割れて、壁には鋭い刃で切り裂かれた痕跡が埋め尽されているし。

床もつい先、簡単に崩れるほど弱まっている。


「魔法……?」


咄嗟に思い浮かぶのは当然、シルフィの魔法だった。

あの一族は魔法を使えるのではなく、呪石という戦闘用アイテムを使うのだ。


そして、俺が知る限り。

アイツらがこの部屋と地下空間をこれほどボロボロに出来るとは思えない。


奴らの倉庫から見たアイテムはどれも痕跡を残せないほど弱いか、それとも力の出しすぎで小屋自体が壊れかねない部類だっだ。


この痕跡はそのどちらでもなく。

ちゃんと小屋を残されるほど、手加減されている。


まさしく、絶妙な力の使い加減。

それが出来るのは一人しかいない。


「……」


何故、あの子は全力で対応しなかったのか。

何故、この小屋ごと、追手の奴等を倒さなかったのか。


あの子の力量は知っている。

この三週間、アリシアとの魔法訓練を隣でずっと見てきたのだ。


アイツは正真正銘の天才だ。

まだ子供で独学でしかないのに、シルフィはもうレベル30あたりの魔法まで使える。

さすがは最強の隠しボスだと感嘆したものだ。


そんな奴が何故、全力で抵抗しなかったのか。

小屋を潰すほどの魔法を使って、自分はそのまま地下通路まで逃げ込めば無事に逃げられたのに。

アイツならば充分出来たはずなのに、何故そうしなかったか。


その理由は一つしかない。

どう考えても、これしかなく。

だからこそ、つい唇を噛み締めてしまう。



『はやくくる?』


『ああ、すぐ帰ってくるよ。傭兵団の様子をちょっと盗み見てくるだけだし。』



小屋さえ壊し潰れ、そのまま追手の追跡を断つ。

それはつまり、後で来る俺とも会えないという事に他ならない。


あの子には今この島が大変だと伝えておいた。

王国軍、一族、シグマ。

もはや戦場と化している状態で、別れてしまうと会う術がないのだ。


シルフィの奴はそれを懸念し、怖がった。

そのまま逃げられたはずを、俺と会えないことを恐れ、全力で対抗する事を放棄した。


あの地獄にまた連れていかれるという恐怖よりも、俺との繋がりが断たれる事をもっと嫌がり、拒否したかったが故に。


今、あの子はやられて。

またもあの神殿に連れていかれてしまった。


……理解できない。

俺ならば真っ直ぐに逃げるのに、アイツは何をやっていたのだ。


だってそうだろう。

自分の命が一番大事なはずなのだ。


誰だって自分が可愛く、大切で。

他人がどれほど大事だといっても、それは二の次にしかならない。

それなのに、自分の危機よりも俺との繋がりを優先するなど頭がどうかしている。


……余りの馬鹿らしさで頭に来てしまう。

たとえ、この小屋が崩れて道が防がれても。

もう俺と会えないかもしらなくとも。


アイツは既に魔法を使えるのだ。

言葉もある程度喋られるようになったのだ。


無力な俺と違い、力もあって、強くて、一人でも充分に生きていけるようになっただろうに。


「……ホント、情けなくて涙が出るな、俺。」


独りでに呟く声が少し、震えていた。

アイツも相当に情けなく、間抜けだけど。


それは俺も同じだった。

あんな小さい子供が、あんなに追い詰められても俺と会いたいと必死に抗ったのだ。


なのに、アイツよりずっと大人な筈の俺は、この現場を見てすぐ挫け、勝手に諦めようとしている。

あんな子供に精神的に負けているなど、情けないにも程がある。


「……ああ。このままやられてたまるかよ。」


……どうやら、次から次へと事態が悪くなって、少し焦ってしまったらしい。

俺らしくもなく、冷静さを失っていた。


最初から事が難しいのは承知の上で、抗っていたはずなのに。

何を勝手に絶望していたのか。


俺は悪役雑魚キャラで転生してしまった。

先に待っているのは破滅で、惨い結末しかいない。


それを避けるために、俺は立ち上がっていたはずだ。

そんな結末は受け入れないと、認めまいと、必死に抵抗しようとしたはずなのだ。


……そう。

認めない。

意地でも認めてやるものか。


フラグは変えないと、破滅からは逃れないと、一体、誰が決めた。

そうやって何もかもが俺を殺しにかかるのなら、俺は全力で抵抗してやる。


そもそも、こんなとこで挫けて、諦めるほど素直な奴なら。

俺はこの二ヶ月、ここまで走ったりなどしていない。


(……シルフィを回収した以上、アイツらは原作通り、降臨の儀式をするはず。)


タイムリミットは残り少ない。

もうすぐ夜になるのを考えると、あと数時間もないだろう。


このまま行くと、どの道、神獣が降臨して島は壊れ破滅だ。

ならば、笑っても泣いてもこれがラストチャンスである。


精神と頭を切り替える。

崩れ落ちていた四肢に力を入れる。


フラグを折る(結末を変える)事が出来れば、俺の勝ち。

この局面を逆転できなければ、俺の負けであり、島の消滅に巻込まれて死ぬ。


頭がスッキリするほど簡単で、わかりやすい条件だ。

なら、もう迷う必要はなく、その時間もない。


ロネスとアリシアの事はもはや俺としては、どうにかすることは出来ずとも。

せめて、あの子だけは助ける。


まだ、手の届く事ができるのならば、最後の最後まで噛み付いてやる。


見に耐えないほどしつこくて、惨めだとしても。


まだ可能性があるのなら、死に絶えるまで抗うのが俺という人間なのだ。


「……やれやれ。やっと追い付いたぜ、どうした。カイル。もう逃げるのは諦めたのか?」


仕切り直す覚悟をして小屋を出ると。

入り口でシグマ達と出会す。


どうやら、あの魔獣共を倒して追ってきたらしく、シグマの手と鎧にかなりの血がついている。

シグマは俺を見て薄ら笑みを浮かべ、その後ろには奴の右腕である巨漢、ジャンが立って俺を睨んでいる。

今までは別のところで交戦していたらしく、ジャンの体にも獣の血で血まみれになっている。


「ちょうどいい。シグマ、俺と契約しろ。これからの計画には俺だけでは正直、力不足だ。」


「はあ?契約だぁ~?おめえ、いきなり何を言っ……」


手についた血をマントで適当に抜きながら話していたシグマが急に黙り込む。


何故、人をジッと見るのかはわからないが、コイツは馬鹿ではない。

先ほどの本音を聞いたのもあり、目標を達成しようとするのならば形振り構わない性格だとわかる。


ならば、俺の話を問答無用で拒否するはずもない。


「先ほど、お前が言っていた事、そのままそっくり返してやるよ。俺の元へ来い、シグマ。お前に絶好のチャンスをくれてやる。」


「カイル!誰に向かってそんな言い方を……!」


後ろでシグマに付いていたジャンが渋い声で怒鳴り出す。

だが、ジャンが俺を殴りにくるよりも先に、シグマが手を挙げてジャンを止める。


「やめとけ。これがカイルの素なんだからよ。」


「だが、この物言いは……」


「いいんだよ、これで。……で?何があったんだ。目付きが変わってるじゃねぇか。」


「一族の連中に'巫女'を奪われた。ソイツを取り返す。」


シグマとジャンの顔が変わる。

同時に近くから怪物達の雄叫びと、男たちの怒鳴り声が聞こえてくる。


今でも続いている戦闘音を聞きながらシグマは髭を擦り、少し首を傾げてわざとらしく聞いてきた。


「成る程、一足遅かったて事か。で?おめえの言う計画に、俺が乗ってやる理由はあるかな?」


「心にもない事をいうな、狸が。腹を探るのは止めようと言ったのはお前だろうが。」


白々にいにも程がある。

コイツは未だにシルフィの事を絶対諦めていないのだ。


元から、獲物を逃さない狼みたいな印象を受けていたが。

コイツが秘めている目的とそれに向けての情熱を聞いて確信した。


コイツはある意味、俺と似た者同士といえる。

目標を持つとそれを何とか成し遂げようとするところや、意地汚いところまで。


そう。

俺も、そしてコイツも。


心底、諦めが悪いのだ。

他の人が見ると呆れてしまうほどに。


「お前の目的はあの子を回収して、神獣の力を手にいれる事。そして、先ほど言っていた目的に役立たせる事。そうだろう?」


ジャンが驚いた顔で俺とシグマを見る。

どうやら彼だけはシグマの真意を知っていたらしく、それを俺が知っている事に関して驚いてるみたいだ。


「そして、俺の目的はあの子と一緒に無事に逃げ出す事だ。ここまで言うとわかるな、シグマ。

俺達の最終目的は違えど、その過程までは一緒だ。あの一族から巫女を取り返すという過程がな。」


男は小さく笑う。

何がそんなに楽しいのか、口元を歪みながら必死に笑いを我慢している。


「つまり?俺と同盟を結びたいと、そういうのだな?カイルよう。」


「ああ、二言はない。俺に協力しろ。俺は連中のアジトを知ってるが、流石に一人では手に余る。反面、お前なら真っ正面で戦えるが、アイツらの場所を知らない。

俺がお前の目的を叶えるチャンスを与えてやる。その代わり、お前が持つ全ての兵力を俺に貸せ。」


「……いいねえ。こっちの気がせいせいするほどの啖呵だぜ。それがテメエの素って訳か。そりゃあ、ずっと気になる訳だな。腹の内にとんでもない虫がいたもんだ。」


シグマは今まで見た中で一番愉快に笑い。

ジャンは不思議なものをみる目で俺を見つめる。


既にコイツらには俺の計画や素のとこを全部知っているのだ。

今更、隠す理由もない。


「だが、少々考えが甘いな。」


俺が黙って返事を待っていると、急にシグマの掠れ声が低くなる。

感情を一切排除した無味乾燥な声。


男は厳しい顔で剣を抜き、その剣先を俺の方へと向ける。


「あまり図に乗るのは止めて貰おうか、小僧。貴様の言葉が真実だとして、それに協力をする理などなかろう。この場で捕縛し、その場所を無理やり吐かせてやってもいいんだが?」


「やれるならやってみろよ。その時はさっさと逃げて、二番目の計画に移るだけだ。」


シグマが黙り込み、凍っている視線で俺を射抜く。

俺も同様に無言で睨み返すと、聞こえるのは近くで行っている戦闘の騒音のみ。


いざとなったら、バックにある双銃すら使う気でいると。

先に引いたのはシグマの方だった。


案の定、心にもない脅しだったらしく、シグマは大きな息を吐きながら剣を収める。


「……やれやれ。何の策もなしによくそんなハッタリが言えるな。ますます惜しいぜ。やっぱり、俺の元へ来たらどうだ、おめえ?」


「ふざけんな。お前と一緒にいく気などねえよ。中間までが一緒で、アイツさえ取り返すとその後はまた敵同士、綺麗におさらばだ。」


「オーケ、オーケ。つまり、期限限定の臨時同盟ってやつだろう?よく知っているぜ。その提案、乗ってやってもいいが、一応、聞いておこうか。お前、何をやらかす気だ?」


如何にも俺を揶揄うかのように両手を挙げシグマがニヤニヤする。

その余裕溢れる表情に少し苛立ちを感じながら、俺は答える。


「そんなの決まっているだろう。俺のやり方は変わらない。」


そう、そんなのは聞くまでもない。

転生しようが、どこまで追い詰めようが俺のやる事と性格は変わらず。


約束は守る。

受けた恩や借りは決して忘れない。


相手に恩を受けると、それを恩に返すのは人として当たり前なことだ。

ならば、その逆もしかり。


アイツらは俺からあの子を攫っていた。

あの子を責任を持って預かると決め、そう約束した少女を。


なら、当然、俺がやることも自ずと決まる。


「この借りは数百倍にしてちゃんと返済してやる。二度と同じ事が出来ないように、完膚なきまで。」


タイムリミットまでは残り僅か。

真夜中になる前、アイツらが神獣を召喚する前にケリを付けると。


そう決心し、覚悟を決める。


今こそが分岐点。

あの子を助けられるか、出来ないかによって。

破滅の未来を変えられるかを確かめる分水嶺。


ならば、変えて見せよう。

このままやられっぱなしは性に合わない。


そう。

これからは俺がアイツら(運命)に仕返してやるターンなのだ。




シグマが仲間(臨時)になった!

ゴロツキ共が部下(臨時)になった!



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