15. 俺は選択を強いられる。
静かなる小屋。
長く使っておらず、埃だらけな内装と今でも倒れそうにボロボロな木の小屋でアリシアは立っていた。
窓から入ってくる日差しを受けながら、少女が見ているのは奥の部屋に通じる扉。
今まではいつもあの部屋に入り、床に隠されて秘密の扉を開き、そのまま地下通路に入っていたけれど。
今はあそこに入るのが憚れてしまう。
(……私はどうしてここに来てしまったのでしょう。)
ずっと泣き続けたせいでぼんやりしている頭でそう考える。
昨日から時間の感覚が曖昧で、気付けば朝になっており、そしてそのまま自然とここに来てしまった。
いつもならこのままあの洞穴に行ってあの子と共に魔法の練習をしたり、またはあの人の練習を手伝ったりしたけれど。
それはもう出来ない。
ずっと幸福で楽しかった時間は終わったのだと。
自分をあの場所に繋いでくれたこの小屋もその役割を失ったのだと。
アリシアは痛切に感じてしまう。
自分の存在は迷惑でしかないと。
ずっと友達になったと思っていたのは自分だけの勘違いで、そんな関係ではないと。
昨日、彼はそう言ってきたのだ。
「……どうして、私は。」
また、ここに来たのだろう。
少女はまたもそうやって呟き、曇っている目から小さい露が宿る。
もうここに来たらいけないのに。
もうここに来るなと言われてたのに。
どうして自分はまたもここに来てしまったのか。
どうして、
「……どうして、そんな事をいうのですか。」
それはここにはいない少年に向けての言葉。
昨日からずっと抱えていて、頭から離れなかった疑問。
握り拳で、ぎゅっとみぞおちを押さえる少女がまたも泣こうとする時だった。
小屋の扉が急に開かれ、この古い小屋に誰かが入る。
「カイル、ここにいるか?!」
「あっ……。」
一瞬、あの少年ではないかと思い振り向くと、違う人と目が合う。
灰色の髪と精悍な顔立ちをしている美少年は一瞬だけ、アリシアの存在がいる事に戸惑うも、すぐ小屋の中を確認して聞いてきた。
「もしかしてカイルの奴を見なかったか?港から帰っていると聞いたが。」
「……見てません。昨日からずっと……」
最後まで言葉を出せず辛い顔で黙り込むと、灰色の少年、ピエルは気まずそうな顔になる。
アリシアとカイルの間にあった会話を彼も聞いて知っているのだ。
またもここにアリシアが来ていることに驚いたが、よく思えばそれもまた当然だ。
昨日のあの会話を聞いて、そう簡単に納得できるはずもない。
カイルはなるべくこの少女とかかわらないようにしていたが、それでもこの三週間、少年少女は間違いなく親しい中の友人にしか見えなかったのだから。
「あの、ピエルさん。ちょっと聞きたい事があるのですが……。」
「何だ。」
アリシアがまるで懇願するかのように切迫な顔で話してくる。
その姿が余りにもか弱く、見ていられなかったのでピエルは頷く。
正直、今は一刻も早くカイルを探し出さないといけないのだが。
このまま、この少女を放っておく訳にもいかない。
昨日の会話を思い出すと、流石に無視するのは気が引けてしまう。
「ピエルさんが見てカイルさんは……どんな人ですか?」
意外な質問が飛ばされてきて、ピエルは少し戸惑う。
どんな悩みだろうと一応は聞いてやるつもりだったが、これはどういう事だろうか。
「どんな人かと聞いても答えに困るが。そもそもどうしてそんな事を?」
「……昨日、言われたのです。私とは何の関係でもなく、迷惑でしかないと。自分はあくまでも私を利用したまでだと。」
昨日の言葉を思い出しているのだろう。
そう語る少女の顔がまたも曇り、心が辛いみたいにギュッと胸のあたりを押さえる。
「私はカイルさんが悪い人だとは思えません。シルフィちゃんに聞かされた事や、今まで見てきたあの人を見ていると、とても。……村の人々が言うような酷い人だとは決して思えないのです。いつも優しくて私の事を配慮してくれて……」
「……あいつは優しさとは程遠い奴だと思うが。」
「違います!確にいつもぶっきらぼうだし、意地悪だし、酷い事しか言わないし、悪戯すぎますけど……それでも本当は凄く良い人なんです!」
アリシアがカッとなり怒ってくるので、ピエルは少しピクッとする。
昨日あれほど言われたのにかかわらず、よく庇護できるものだと少し驚いてしまう。
「まあ、そうだな。粗方、間違ったことでもないか。」
一ヶ月前、あの少年が傷だらけになっても、見ず知らずの少女を助けるのに必死だったのを思いだす。
あの時に感じた衝撃、印象をこの三週間、この子も同じく感じたのだろう。
「はい!カイルさんは良い人です、ちょっと言うことと行動があれに見えるだけなので!それはもちろん駄目ですが、でも根は優しいんです!」
「そこまでハッキリ奴の事をわかっているのなら、何故、奴の人柄に対して聞く。」
一瞬だけ、いつものように健気で元気な顔を見せた少女の顔がまたも曇る。
両手の指を絡みながら小さい声で話を続ける。
「あの人はずっと自分が悪い人だと言って……でも、やっぱり私はそういう人だと思えなくて……だからきっと事情があるのだと、そう思いました。きっと困った事があるに違いないと。だから……」
だからこそ、この少女はあの時、少年に話を持ちかけた。
自分が助けになると、何かどうしようもない事情があるのなら教えてくれと、自分が力になって見せると。
しかし、それの何がいけなかったのか。
今までのように軽く話すのでもなく、悪い人の演技をするのでもなく、少年は珍しくも厳しい反応を見せたのだ。
あの時の様子を遠くて見ていたからこそ、ピエルはハッキリ思い出せる。
厳しく、どこか圧倒されてしまう迫力を感じさせる表情。
今まで見たことがない顔でその少年は少女の助けを振りきった。
そんなものは必要ないと、むしろそういう事を言ってくる少女に対して怒りを感じるように。
「……わかりません。本当にわからなくなりました。どうして、カイルさんは助けを求めないのですか?どうして頼ってくれないのですか?本当にあの人は悪い人だから?今まで自分が思っていたのは全部勘違いだから?それともやっぱりーー」
そう言ってくる少女は音を出せずに泣いている。
助けになりたいと思った。
自分にとって掛け替えのない人だと、友人だと思ったからこそ役に立ちたかった。
しかし、それに対する少年の反応は冷たく。
今までの関係すらも全て否定し、壊してきた。
その時の少年の顔をを思い出し、少女は泣きながら呟く。
「……私が駄目な子で、役立たずだから?迷惑でしかないから、私はあの人に嫌われるのですか?」
それはきっと昨日からこの少女がずっと悩んでいた事だったのだろう。
どうしてそんな事を言ってくるのかと。
どうしてそこまで助けを求めないのかと、この少女は悩んで、苦しんで、思い続けた。
だから、訳がわからなくなって。
本当はあの少年に困っている事などなく、本当は悪い人ではないかという考えすらしてしまう。
「……でも、そんな奴ではないと、わかっているのだろう?」
少女は涙を流しながらで頷く。
そう。
どれだけ悩み、疑念を抱いても。
それでもやっぱりそれはあり得ないと少女は確信する。
あの少年はそういった非道な人間ではないとわかっているのだから。
だからこそ、最後に悩みが辿り着く先は、自分を卑下する事だった。
自分が情けないから、何の力もない村娘だから、あの人は自分を拒絶するのだと。
自分を迷惑と言って捨てるのだと。
(……カイルはこの子が成長する為に必要な事とは言ったが。)
あの少年はアリシアのこういった所を懸念していたに違いないと、ピエルは考える。
こうしてすぐ自身を卑下し、罵ろうとする気弱いところを彼女自らが正し、克服させたいと思った。
この三週間、あいつはずっとシルフィとアリシアを強くさせようとしていたのだ。
二人に才能があるとわかった途端、魔法を体得させ生き残る力をつけさせようとした。
それは恐らく、あの少年自らがそうやって生きてきたからだと思う。
周りに頼る人はなく、信じられるのは自分自身のみの状況。
だから、生き延びる為に自分を鍛え、または偽り続けた。
それはピエル自身も覚えがある。
何しろ、この島に来る前、首都にいた自分がまさにそうだったのだから。
それでも他に目がいかなかった自分と違い、人助けをし続け自身を貫くのは流石だと思うが。
今回はそれが裏目に出たのだろう。
魔法を体得させた後は、この二人が精神的にも強くなって欲しいと、あの少年は思ったはずだ。
そして、アリシアが成長するには自分に頼ってばかりではいけないと考え、わざと距離をおいたのだろう。
……何とも厄介で、回りくどいやり方だろうか。
ひねくれすぎで、もはや頭が痛くなる。
「……オレが見てきたあいつは他人に弱点を見せない奴だからな。」
「弱点……?」
ボッと呟くアリシアの声にピエルは頷く。
同時に、微かに心がズキッと刺さる痛みを感じる。
これはあの少年が望むような事ではないのだろう。
カイルが言っていた'成長'とはあくまで、この子自身が自分の弱さを乗り越える事のはずだ。
あいつ自身が今までそうやって来たように。
でも、このままあの少年が誤解されたままなのは辛い。
他でもない、これからあの少年と友人になりたいと思っているからこそ、ピエルはそう感じてしまう。
(なに、少しくらいのフォローは良いだろう。)
そう思い、ピエルは語る。
自分が見てきたとある少年の在り方、その生き方に関して。
この少女が変な方向で自分を卑下しなくても済むようにと。
「簡単に言って、あいつは一人で全部背負うタイプって事だ。他人にどう思われようと、どんな窮地であろうと、そんなものはお構い無しでな。自分の目標を達成できればそれで良いと思うのだろう。」
「……目的って何ですか?私にそんなことを言って何を……?」
「それは言えない。オレはあいつと、カイルと友人になりたいと思っている。友の内幕を簡単に言えるはずもない。それは貴様自身が気付くべきだ。」
「……。」
「とにかく、貴様はあいつが助けを求めないと嘆いていたが、そんなのを悲しんでも無駄だ。あれは助けなど求まない。そもそも、そんな助けなどを貰ったことがないのだろう。」
なにしろ、カイルはずっと幼いときからこの傭兵団にいたという。
自分を偽り続けて、周りを騙し続けながら奴は生きてきた。
それでも奴は一人で人助けをしつつ、自分が正しいと信じてきた事をずっとやってきたのだ。
「……助けを。」
「ああ。だから、あいつは何事も一人でやってしまう。他人にどう思われようと、誤解されようとも構わない。」
今でも一ヶ月前、あの少年と同盟を結んだ時を思い出す。
自分の命すら危うい状況であいつが口に出していた言葉は契約という単語だった。
助けてくれという頼みではなく、懇願でもなく、あくまで取引によって事を片付けようとした。
こういうやり方でしか、利益は得られないと思った故の行動だろう。
懇願しても、頼んでも誰かが助けてくれた事などないから、どんな事だろうとまず代価を用意して相手と交渉しようとする。
「だから、別に貴様が、君が本当に迷惑だったからではない。オレはそう思う。知っているだろう?奴は相当にひねくれた奴だ。単に頼る方法を知らず、いつものように振る舞っただけだと思うが。」
「…………あ。」
今の見識を聞いてアリシアがどんな事を思っているのか、ピエルはわからない。
カイルはこの子の成長の為に、自分が嫌われる事もお構いなくやり遂げた。
でもやはり彼を良く思っている自分としては、彼がそういうやり方で誤解されるのを見ると辛い。
……そして、多分これは首都で自分を見てきた御祖父様がずっと感じていた感情に違いないだろうと改めて実感する。
(本当、オレも他人事のようには言えなーー)
「! アリシア、中に入っていろ。足音だ。」
つい微笑みを浮かべていた表情が強張る。
外からこちらに走ってくる足音を耳が拾えたのだ。
この小屋は要塞の近くにあり、ここに来るのなら当然、傭兵である可能性がある。
それを知っているからこそ、アリシアとピエルの反応は早かった。
何しろ、あのゴロツキ共だ。
アリシアを見てどんな事をやるか予想が付かない。
アリシアが急ぎ隠し空間がある奥の部屋へ入ると、急ぐ足音と共に小屋の扉が激しく開かれる。
もし傭兵ならここでちょっと休んでいたと誤魔化そうと思っていたが、入ってきたのは予想外の人物だった。
「ピエル!!お前、ここにいたのかよ!?探していたんだぞ!?」
「……カイルか。」
入ってきたのは黒髪で目付きが悪い少年、カイルだった。
ここまで休まずに走ってきたらしく、汗だらけで酷く息を切らしている。
探す手間が減り良かったと思うのも一瞬にすぎず、ピエルはすぐ緊張した顔になる。
カイルの目が真剣であり、尋常ではなかったのだ。
「何かあったのか?」
「ああ、一大事だ!お前にどうしても伝えないといけない事があるんだよ!」
つい、目が後ろの部屋の方へいく。
扉の向こう側にはアリシアがいるのだが、どうやら出てくる気配はないらしい。
どこか深刻な雰囲気なのもあり、昨日の事もあって、今カイルと向き合うのは負担になるのだろう。
(……まあ、あの子なら大丈夫か。)
ピエルは密かに考え、心の中で頷く。
どの道、アリシアには自分の正体を明かすつもりだった。
首都に行って彼女の面倒を見ると、自分の素姓などどうせすぐに知られることになる。
ならば、今この場でそれを聞いても特に変わりはしない。
「……ちょうどいい。オレからも君に伝いたい事があった。いや、明かす事と言えるか。」
「はあ?何だ、それ?」
「昨日、言っただろう。君に提案したいことがあると。本当はもう少し後で言うつもりだったが、事が少し早まってな。」
カイルは訳をわからないという顔をしている。
いつも余裕が溢れて、平気な顔で悪巧みをする彼がそういった顔をするのを見るのは少し新鮮だ。
もし、自分の正体を聞くとどんな反応を見せてくれるか、少し楽しみになりつい笑いが出てしまう。
「……まあ、別にいいけどよ。話は短くしてくれない?俺、今マジで急がしいんだが。」
「安心しろ。すぐ済む。君が早く受け入れればな。」
***
「……待て待て、ちょっと待ってくれ、話についていけないぞ。少し整理させろ。」
俺が急いでそう言うと、ピエルが頷き、口を黙る。
その視線はあくまで俺を案じるものであり、俺に対して好意的なものと捉えられるが。
……いくらなんでも突拍子もない話で、頭の理解が追い付かない。
リベルタ─ブ港から帰ってすぐにでも計画を練り、その助けを求めるためにピエルを探したのまではいい。
小屋でやっと見つけたあたり、恐らく隠し家に行こうとしたのか。
とにかく、そこで話を持ちかけようとしたところ、アイツからも俺に話しがあると言って、いざ聞いてみたらこれだ。
「……つまり?お前は首都から来た人で?この島には先鋒として来たと?」
「ああ。そしてその目的は'深き森の一族'と呼ばれるの奴等の居場所を突き止める事とこの島に駐屯している傭兵団の様子を報告する事だった。」
サラサラと言うピエルはあくまでも平然で、さも当然のように言うが、内容はどれも頭がいかれているとしか思えない派手なものばかりだ。
王国から派遣されてきた天才少年。
王国はあの一族を追っており、それを殲滅させたいと言う。
彼らは魔法とは異なる他の系統の術を開発して極め、'精霊神獣'という存在をこの世界に呼び戻そうとするのだと。
「……で、そうなると神獣の怒りを買って諸共、全部壊そうとする。その災厄が王国本土にまで及ぶ恐れがあると。」
「オレが聞いた名目はそうだった。その理由も勿論あるにはあるだろうが、オレ個人としてはその一族が開発したという術の情報を奪い、独占したいという意図も含まれていないかと思う。」
「……なるほど。」
ようやく、わかった。
今の話を聞いて全部、繋がった。
過去の出来事。
それしか考えられず、詳しく何が起こるかは情報が足りなくて見当も出来なかったが。
ずっと欠けていたピース。
あの一族とは何者たちなのかという情報を得ることでやっと、事の全貌が明らかになった。
シグマは何故、アイツらを追っていたのか。
あの一族という奴等はどうして原作で登場をしなかったのか。
そしてこれから、この島で何が起きて、どうして地図から消えるのかも。
全て。
「……。」
神獣の力は本物だろう。
ラスボスであるエウペイアと同級の存在であり、伝承でもこの島は以前その怒りによって滅ぶ寸前だったという。
だからこそ、シグマも王国の関係者もその力に注目した。
あれほどの力を持つ奴を使役し、使えるかもしれないのだ。
例え制御が出来ないといえど看過できるものではなく、王国も動くに決まっている。
シグマはその情報をどこからか入手し、横取りしようとしていたのだろう。
「……で?一族の居場所ってやらは?わかったのか?」
「詳しい居場所まではわからない。だが、ずっと霧に囲まれて探索不能な場所があったからな。そこを中心に捜索するべきだと報告しておいたが。」
「やっぱりか。」
「やっぱり?」
ピエルから疑問に満ちた呟きが聞こえるが、それに答える余裕はない。
いきなり押し寄せてくる情報量で圧倒されそうだ。
恐らく、ピエルからの報告をもとにして、王国はあの一族とやらを追い詰めるに違いない。
そう考えられる論拠もある。
『奇跡の天秤』。
一族のアジトでシルフィを助けた時、アイテム合成に使ったあれだ。
原作では王宮でアイテム合成をする時に使う道具。
疑問に思っていたのだ。
あれは原作では王宮に保管されていて、しかも世界でたった一つしかない代物だと言及されていたもののはず。
なのにどうしてあんな場所にあるのだろうと。
だが、その答えも今の事情を知ると明らかだ。
王国から派遣された軍隊はピエルの報告をもとに捜索し、アジトを突き止め、徹底的に追い詰める。
その時、あの天秤を含めて数多くのアイテム、呪石とやらを回収したのだろう。
(だから、原作時点であのアイテム達が店に出されていたのか。)
いざ、回収はしてもどれもこれも役に立たない低級なものばかり。
性能がいいアイテムは天秤を通じて合成をしないと得られない以上、あれくらいは世にばら蒔いても問題ないと思ったのだろうか。
……とにかく、問題はまだ続く。
原作で一族が登場しないかぎり、奴等はここで全滅するに違いない。
そして、地図にもセピア島がない事も忘れてはならない。
俺の読みが正しければこの二つの謎は完全に繋がれているはずだ。
どれも離れて考える事はできない。
流石に王国の軍隊だけで島が地図から完全に消えるのはあり得ない。
もっと途轍もない、超越した力によるものでないと説明できない案件である。
そしてこの島でそれが可能なのはたった一つしかない。
(精霊神獣……)
……原作のこの時点で、あの一族は神獣召喚を試みたのだろう。
アイテムを奪われるほど追い詰めるのだ、残る手段はもう神獣を呼ぶ事しかない。
だが、それは失敗する。
召喚自体は成功しても無理やりな召喚で神獣が暴走、または憤怒したのだろう。
その余波で島が地図からまるごと消える程に。
(これが……この島で起きる全ての全容……)
「シルフィがこちらにいる以上、まず消滅の危険はないとしても……これは……」
神獣召喚に必要な巫女がない以上、島の消滅はまず心配しなくてもいい。
でも、シグマのこれからの行動、及び、王国から来るという大軍が残っている。
俺も一応、【黒きサソリ】のメンバーである以上、ただでは済まないだろう。
それにまだここにはアリシアが残っているのだ、この島に残っている事自体が危険だと言える状態なのに。
……まさか、事がこうなるとは、どうやって予想しろうと言うのか。
「……一体どうした、顔色が非常に悪いが……」
「そんなのはどうでも良い。それより最後に確認させろ、ピエル。……いや、それは偽名だと言ったな、お前の名前は……何だ?」
最後にどうしても聞き出さないといけない事を聞く。
目の前のこの少年、灰色の美少年の存在だ。
ずっと、おかしいと思ってはいた。
まだ子供なのにもかかわらず、余りにも有能すぎると、いくらなんでも目立ちすぎると。
……もしかしてとは思った。
この島には主人公や、中間ボス、隠しボスもいる。
ならば当然、また別の重要人物がいるかも知れないと。
だが、ピエルの名に覚えはなく。
何かを聞き出そうとしてもはぐらかしてしまい、手も足も出さずの状況だったのだ。
「ああ。そうだな。今まで言えなかったが、やっと話せる。改めて自己紹介をしよう。オレの名はーー」
灰色の子供は珍しくも明るく語る。
誇らしげに、堂々と自分の名を明かし。
「ロネス。ロネス モンモランシーと言う。」
そして、俺は思い出す。
嫌でも思い出してしまう。
名前を聞く途端、そういえばそういう名前だったと。
その顔立ちも、能力も、スキルも、基本的な設定までも、全部思い出した。
「首都ではそれなりに名が通っている商会の者でな。一応、モンモランシーという家門は貴族にも顔が通る。」
知っている。
だからこそ、お前は彼らに敵対されていた。
腐っている奴等にとって、目障りでしかないが故に。
「君もいきなりこういう話を聞くと驚いてるだろうけど、オレには目標がある。この国を正したいという目標が。」
それも知っている。
'ロネス'はそういう人間だったとストーリで語られたのを読んだ覚えがある。
以前はそうやって内から国を直そうと奮闘していていたと。
しかし、それは叶えず、挫折する。
まだ子供の頃にこの男の人生を変える事件が起こるのだ。
とある任務中、傷付いてしまい、それで帰還が遅くなっている間、他の貴族達によって残っている家族すら殺され、家を失い、何もかも奪われる。
……そして後には自分自身すらも捕まって、そのままあらゆる実験に利用されるモルモットとなる。
詳しくは知らなかったが、恐らく、以前ピエル自身が教えてくれた研究機関とやらに連れ去られたのだろう。
'モンモランシー'という家門はなくなり、ただの'ロネス'になった彼はそれで変わってしまったと言及されていた。
髪が白く染まり、目も赤く変色し、この国と堕落した貴族や王族に果てしなく滾る復讐心を抱くようになったと。
「カイル。オレからの頼みであり、提案だ。君は賢く、そして強い人だ。もしよかったらオレと共に首都に行かないか?アリシアだけでなく、君と、無論、君が面倒をみるシルフィまで。
オレとモンモランシー商会がその面倒を見よう。だから、どうか、君にはオレと共に歩む友人になって欲しい。」
……そうして、未来で革命軍の総大将となる、隠された六人目の攻略対象はそう提案してくる。
まさしく、俺にとって、別の死亡フラグと言える提案を。
そして、俺は気付く。
【黒きサソリ】に転生され、今では破滅がすぐそこまで来ている状況。
それに終わらず、ここから逃げたければ、別の破滅が待っている提案を飲めという強要までも。
(成る程、どうやら……)
運命というやらはどうしても、俺を逃す気はないようだ。
1.死ぬ。
2.しぬ。
3.シヌ。
4.???




