14. フラグは折れず、場は動く。
「雲行が少し怪しいか……?」
逃走を計らい、計画実行まで残り三日。
もう殆んどの準備を終え、後は逃げる事のみに集中すればいいのに、口から少し不安が漏れてしまう。
空はぬけるような晴天。
風はここが海辺である事を知らしめる潮風。
目の前は朝早くから出漁をするために忙しい漁船が多く、既に夜に出て漁猟をしたらしく取ってきた魚を運んでいる船もかなりある。
リベルターブ港。
【黒きサソリ】が留まっている要塞とそれなりに近いところにある港町だ。
小さな港だが、漁業が発達し漁師によって生活が成り立っている場所である。
当然ながら、この町も【黒きサソリ】の縄張り扱いであり、シグマによる不当な取り立てに困っている。
だから、今日も物資を奪い取るためにここへやってきたと考えると自然だと頷けるのだが。
「間違いなく違うよな、これ……。」
どうしても今日は普段の取り立てとは様子が違うと感じてしまう。
まず、普段と比べて取り立ての人員構成がおかしい。
俺、ジャン、そして索敵や斥候に長けた口うるさいゴロツキが二人。
合わせてこの四人だけこの港に来た。
そもそも本当に'取り立て'のためにここへ来たのかすら怪しくなる。
そして決定的だったのは、先ほどのジャンの妙な動きと発言だ。
見晴らしがいい波止場でジャンが望遠鏡を使い海の向こうを観察したのだ。
ほぼ三十分、まるで何かを待っているかのようだったジャンはやがて'やはり来たか……。'と呟き、他の部下と共にどこかに行ってしまった。
俺には'これから忙しくなるから準備していろ'という言葉だけを残して。
「……この島から撤退しようとしてる?」
去る直前、ジャンが他のゴロツキと密談をするようにそういったやり取りをしたのを盗み聞いている。
この島から去る時が来たとか何とか。
……不穏だ。
どうもモヤモヤして心が落ちつかない。
空はとても快晴で、潮風もすっきりするほど涼しいのに、普段と余りに違う様子をみるとつい不安になってしまう。
「この島でとある事件が起きる……?」
以前から懸念していた可能性。
それが実現するという兆しなのだろうか。
二ヶ月もこの島に留まっていた【黒きサソリ】が今この島から去ろうとしているのだし。
「……でもまあ、大丈夫なのかな?」
一体、海の向こうから何がくるのかという疑問があるのだが。
それでも、やっぱり大丈夫なのではないかという結論に到る。
何度も言うが、今この島にはかの主人公様、アリシアとシグマみたいな重要人物がいる。
原作時点でこの島がないのを考えると、これから起る出来事は普通の事件ではないだろう。
だが、それがアリシアとシグマがいる時点で起きるはずもない。
シグマならともかく、この時点のアリシアは本来、何の力もない子供の状態なのだ。
島が消えるほどの事件で生き残れるはずがない。
アリシアは二週後にこの島を出る予定だと言うし、大事件とやらはその後に起ると見るべきだ。
そして、今【黒きサソリ】がこの島から抜け出そうとしているのこそ、その兆しのはず。
「本当おっかないな……この島にいる事自体が死亡フラグみたいなもんじゃないか。」
「お兄ちゃん、だれと話してるの?」
……うん?
慣れない呼称が聞こえた気がする。
この世界に来てからは全く縁がなく、日本にいた頃も子供の時以外は聞いた事がない言葉。
何だろう、幻聴なのかな?
そう思いつい後ろを振り向くと何という事だろう。
疲れているのか、幻覚すら見えるらしく、俺の腰にくる小さな女の子が俺を見上げているときた。
いつか、見たことがある黒髪。
同じく、どこかて見たことがある幼く可愛い顔たちに、キラキラとした目で俺を見ているこの子供は……
「ああ、君は……!いつぞやにアリシアという厄ネタを持ち込んできた、隠された妹……!」
「やくねた?お兄ちゃん、やくねタはなーに?」
間違いない。
俺の下で好奇心溢れる視線をおくるこの子こそ、三週前、俺がアリシアと出会う原因を提供したあの妹君に違いないのだ。
「人の孫を災いのように話すのは止せぬか、後、別に隠したりもしてないわ。何を言っとるのじゃ、お主は。」
「げえっ?!お婆…、いや、ご老人!?」
「ねえ、ねえ、お兄ちゃん。やくねたってなんなのー?」
俺のズボンの下を引っ張りながら聞いてくる妹さんの後ろに老婆が一人いる。
呆れているような顔をして俺を見下ろしている鷲鼻の老婆。
書店の店主であり、アリシアのお婆さんでもあるあの魔女っぽい人だ。
「どうして、あんたがここに……?」
「ここには知り合いの船乗りがいてのう。以前、無理な事を言って迷惑をかけてしもうたし、また近い内に世話になるから安否を確かめに来とるんじゃ。他ならぬ孫の事だからのう。致し方ない。」
意外な事に老婆がすんなりと俺の疑問に答えてくれる。
普段なら嫌みと罵倒、そしてあざ笑いを見せつつはぐらかして何も語らないはずなのに、どうしてか今は少し毒牙がぬけているような印象を受ける。
何か悪いものでも食ってしまったのだろうか。
「孫だとアリシアの事か?どういう……」
「ねえねえねえねえ、お兄ちゃんってば!アイリの言葉をムシしないでようー!ねえねえねえねえ!」
「喧しいわ!?なんなんだよう、お前!?俺が怖くねえのか?!以前はあんなに怖がっていただろう?!」
ズボンの下を引っ張るばかりか、もう俺の足にぶら下がりながら妹さんがだだをこねる。
いや、本当にどうしたんだよう、コイツ。
始めて会ったときとは反応がまるで違うんですけどー!?
「ええー。でも、お兄ちゃん。あれでしょう。お姉ちゃんの友達でしょう?」
「……は?」
この子は何を言っているのだろうか。
訳がわからず、子供の後ろにいる老婆を見上げると、ニヤニヤしながら俺の様子を見物している狸が見える。
さては、この老人、俺が困っているのを見て楽しんでいるな?
性格悪いぞ、マジで。
こういう魔女にあんな聖女並びなお人好しが生まれるとは……、これが世の神秘、理解できぬ不可思議という事だろうか……。
「鵯っ子の小僧。今、何か失礼な事を思っておるまいな。何か勘に触るが。」
「イイエ、ゼンゼン。」
「ねえねえねえねえ!!やくねたってなーんなんのおー!」
「だから……!お前は何でそんなに親しく振る舞ってんだよう!?おかしいだろう、これ?!後、俺は別にお前のお姉ちゃんと友達もなんでもないからなー!?」
何というぐずりの波状攻撃。
そういえばそうだ。
アリシアとか、ピエルとか、シルフィとか、最近に出会った子供たちはどいつもこいつも尋常ではないから忘れていたけど、子供って元々は大体こういう感じだった。
子供とはとにかく、元気が溢れる。
後、気になる事があるととことん聞いてくる。
何か買ってくれないと拗ねたり、だだをこねるし。
何かあるとすぐ泣いたりして、抱っこしながら落ちつかせないといけないし。
朝から夜までしつこく動き回って、付き合わされる人は無限に体力を吸われてしまう。
……何コレ、これはもはや終末兵器では?
「友達じゃない?」
「ああ、友達じゃない。」
「でもアイリ、聞いたよう?お姉ちゃんはいつもお兄ちゃんの話してるから。お兄ちゃんは良い人で、えっと……良い人で……あと、良い人なんでしょう?」
「……良い人以外に何か別の褒め言葉はないの?」
「うん。目付きが悪くて、怖くて、酷い言葉しか言わなくて、意地悪で、でもとにかくいい人だと。」
……うむ。
俺はこの三週間、アリシアの奴に懐かれたと思っていたが勘違いだったのだろうか。
ボロクソに言われていたな、俺。
「……じゃあ、尚更、喧しく騒ぐな。自慢のお姉ちゃんも罵倒する怖い人だろうが。」
「ううん。お姉ちゃん、話すときはずっと楽しそうだったし。最近はお兄ちゃんの話しかしないし。お兄ちゃんはあれでしょう?いいうさぎさんなのでしょう?」
……兎?
褒め言葉なのか?
しかし何で兎?
この状況に訳がわからず老婆の方をジッと見る、これは一体何事かと。
俺の視線の意味を悟ったらしく老婆は苦笑いをしながら渋々答える。
「恨むのなら自身の演技力を恨みな、鵯っ子の小僧。ここ最近、あの子は本当にウキウキしていたからのう。あんな姿は始めて見たわい。まあ、始めての友人だから嬉しかったのじゃろう。」
「……で、その頭花畑な話をずっと聞かされた結果、この子はこんな残念な感じになったと。」
「お兄ちゃん、ざんねんなかんじってなんなの?」
またもや俺のズボンを引っ張りながら妹さんが聞いてくる。
なにこれ、無限ループかな?
「ほれ、アイリや。こっちへ来ておくれ。そのようなひねくれ者と一緒にいると駄目人間になるからのう。」
「……軽く失礼な事言わないでくれます?」
アイリと呼ばれた妹さんを無理やり自分の方に引き摺るのをみるとこの場を解決してくれようとしてるらしいが、何故しれっと俺をディスるのか。
やはり、この老婆、性格が実に良くない。
俺みたいに真っ直ぐで真っ当な人間とは真逆のタイプと言える。
「それはそれとして、鵯っ子の小僧。一つ聞きたい事があるが、昨日、アリシアと何があった?」
一瞬、ギクッとする。
何故、この老婆はよりにもよってその話題を振ってくるのか。
昨日、俺の言葉を聞いて涙目になっていた少女の顔を嫌でも思い出してしまう。
「……別に何も。」
「相変わらず嘘が下手な奴よう。そんなのでよくならず者の中で生きておるな、小僧。」
「本当に何もなかっただけだ。何でそんなのを聞くんだ、あんたは。」
「だってお姉ちゃん、ずっと泣いてたよ?」
答えは老婆ではなく、その隣にいる子供から聞こえてきた。
しかも想像以上に心が重くなってしまう返答だ。
俺を見下ろす老婆は珍しく真剣な顔で、隣のアイリという妹さんもシュンとした顔で俺を見ている。
そんな彼女らにどういう顔で向き合えばいいかわからず、つい視線をそらしてしまう。
アイツ。
家に帰ってもずっと泣いてたのかよ。
そのくらいで泣いてしまうと、これからどうするつもりだと言ってやりたいが……。
……考えてみれば原作の初盤でも王城で密かに泣くイベントシーンが有ったし、やっぱり一人だと辛くて泣くのかな……。
「……まあ、お主らの事じゃ、深く聞いたりはせん。だが、小僧。お主がどんな考え、思惑があったにせよ、あの子にとってこの三週は格別だったという事は知っておくれ。」
「それは俺とは関係ー」
「そう、関係ない事柄じゃろうて。でも、あの子にはそうでもないのじゃ。深くは言えんが、この島にはもうあの子の居場所はない。そんなだから、儂はあの子をこの島から出そうとしておった。」
「留学の件か。」
昨日、アリシアから聞いた話を思い出し呟く。
するとそれが意外だったか、老婆は少し驚いた顔で頷いた。
「……なんじゃ、アリシアはそこまで話しおったか。そう。ここにいてもあの子はずっと無理をし続ける。それなら、新たな環境で、なお良い教育をうけるべきだとな。あの子もそれをわかっていたから留学に対して不満を示さなかった。でも……」
次に老婆は語る。
アリシアが留学の話を少し延ばしてくれないかと懇願してきたことを。
今はまだこの島を出たくないと、頼まれた事があると真剣に。
それこそ今まで見たことがないほどの熱意と生き生きした顔で頼んできたのだと。
「……その件に関してはお主に感謝しておる。あの子があんな顔をするのを見るのは久しぶりじゃからの。この三週間のあの子は本当に見違うほどに元気で、年ごろの無邪気な子じゃった。お主と何をやったかはわからないが、それこそ抱えていた重荷を気にせず楽しめたのじゃろ。」
アリシアという少女はこの島に自分の居場所を見いだせなくなっていた。
それは島の人々との疎遠な関係故だったという。
理由は複雑なれど、その関係を回復するためにあの子は奔走し、人助けに夢中になってしまった。
でも、そんなのではあの子が抱えている焦燥や不安は消えない。
だからこそ、アリシアという少女は見えないところで泣いたり、苦しんだりする。
健気な見た目に反して低い自尊心を持ち、自分を低く見てしまう。
人助けをしてまで人々に認められたいということは、即ち、それをしないと自分は認められないという自己卑下によるものだから。
しかし、この三週間だけは違った。
あの子はそういった心の傷も、焦りも、強迫観念も全て忘れ、歳相応の笑顔を見せるようになった。
それを見る村人たちからは、ゴロツキに弄ばれるのにウキウキしていると。
やはりおかしい子なのだと見られる結果になっても、以前とは違い全く気にしない程だったと。
それは何のおかげで、誰のおかげなのか。
深く悩む必要もない。
この三週間、俺が覚えているアリシアはいつも笑顔だった。
洞穴でシルフィと楽しげに会話する時も。
ぶっきらぼうなピエルとある本について熱い討論をする時も。
俺に魔力運用を教えたり、俺が呼びつける時もいつも笑顔で楽しげで。
紛れもなく。
俺達はあの子にとって始めて作った友達だったのだろう。
「……。」
余計に昨日のあの子の顔を思い出し、陰鬱になってしまう。
留学すら延ばす程に俺達との時間を大事にしてくれたのだ。
いくら成長のためとは言えど、あんなに言う必要はなかったのでは……。
……。
…………。
………………はあ?
「おい、ちょっと待て!!今の話はどういう事だ?!」
「……何じゃ、鵯っ子の小僧。そうして慌てていきなー」
「そういうのはいいから!詳しく教えてくれ!!アイツが留学を延ばしたと?つまり、延期したという事か?!二週後にいくのではなく?!」
俺を見る老婆の目が怪しくなる。
困惑と、戸惑い、疑問。
そういった感情を瞳から読み取れる。
だが、そんなのを気にしている場合ではない。
とても不穏な事を聞いてしまったのだ。
それこそ、今までの計算を全部引っくり返すような。
「……先ほども言ったじゃろうて。ここの船乗りに以前迷惑をかけたと。それが留学の件じゃ。約束を無理やり取り消したからの。本来はもっと前に出発する予定で……」
「いつだ!?アイツが、アリシアが本来首都に行く時はいつだった!?」
「二週前じゃ。元はその時に去る予定じゃったが、アリシアがどうしても期限を延ばしてくれと頼んでの。お主といると楽しげにみえたから……。」
「っっ!」
つい、口から呻き声が出てしまう。
同時に頭を強く打たれたような衝撃が走る。
二週ほど前?
今から、二週前にアイツはこの島から出ていたはずだった?
しかも、その理由は俺がアイツに持ちかけた契約、魔法を体得させる計画のせいで遅れたと……?
「……どうした、鵯っ子め。そんなに血相を変えて。」
「お兄ちゃん、大丈夫?顔、真っ白だよう?」
老婆から珍しく動揺する声が聞こえる。
同時に妹さんが心配してくるが、それに答える余裕はない。
計算が崩れる。
計画の根幹が大きく揺れてしまう。
俺は今までしばらくは大丈夫だろうと思っていた。
ここにはアリシアがいて、シグマもいる。
なら、この島で何かが起きるとしても、それは彼らがこの島から去った後に違いない。
だって原作時点でセピア島は地図にないのだ。
アリシアとシグマが普通に生きてストーリに登場する以上、彼らはその大事件とは無関係だと考えるのが自然だ。
でも、アリシアがこの島を離れるのは本来、二週ほど前だったという。
しかも、それを延期した理由は他でもない俺とした約束のせいだ。
原作で'カイル'はアリシアと深い関係を結ばない。
カイルという名前をアリシアが知るはずもなく、顔を覚える理由もない。
つまり、これは完全に原作の筋書きとは別のもの。
俺が……'石田 栄一郎'が動いたからできてしまった、原作との相違。
他でもない、俺自身の行動によって。
原作通りならアリシアがいないタイミングなのにも関わらず、今でもあの子はこの島に残っている。
「……先ほど、ジャンはこの島から出る準備をすると言ったはず。」
アリシアは元々この島にいない時期。
【黒きサソリ】はここからすぐ出ようと準備をしている。
……不味い。
これは完全に俺がずっと考えていた条件に合っている状況ではないか。
「しまった……!!」
アリシアは今、原作時点より早く魔法を体得して十歳にもかかわらず強くなっている。
でも、そのせいでこの島から本来出ていたタイミングも延ばされてしまった。
強くなったが故に生じてしまった相違。
この絶妙なすれ違いをもっと早く気付いていれば……!
……これは完全に俺の落ち度だ。
この三週間、これ以上あの子と関係を深くなるのは危険だと踏んで、あまり接しないようにしたのが裏目に出てしまった。
味方ルートも覚悟して無理やりでも深く交流をやっていれば、もっと早くこの事実を把握できたはずなのに……!
「……でも、一体これから何が起るんだ?ジャンは海の向こうから何を見た?」
先ほど、ジャンは望遠鏡で遠くを見て、ここから去るべきと語った筈。
つまり、今この島に何かが来ているのは間違いない。
……例えば怪物とか、それともシグマが戦う事を放棄するほどの大軍とか。
「怪物は流石に突拍子もない。なら、軍隊?でも、それも……」
……いや、ありえなくもないか。
なにしろシグマは傭兵王と呼ばれる有名な悪党。
恨みも相当だろうし、もしかすると【黒きサソリ】を討伐する為に本土から軍隊が派遣されたという事もありうる。
そして、あのジャンの反応を見るに、シグマは恐らく海の向こうで何かが来るのを事前に知っていたとみるべきだ。
ほぼ間違いなく、この島から逃げる準備は整えているはず。
「なら、奴が次に取るべき行動は当然……」
もしもここに何らかの傭兵団か軍隊が来て、それを見てシグマが身を引くの決めたとして。
これから奴がとる行動はなんなのか。
決まっている。
逃走の為の時間稼ぎだ。
軍隊と接敵しないためにも、予め時間を稼ぐ方法を練る必要があるはず。
……そうだな。
この状況で取るべき方法と言ったら、まず近くの……。
「……あ。」
「小僧?」
「お兄ちゃん?」
無意識に視線がとなりに立っている人々へと向かう。
主人公であるアリシアのご家族達。
お婆さんである老婆と、妹である小さな黒髪の子供。
「……お婆さん。一つ聞きたいことがあるんですが。」
「何じゃ。」
「もしかしてだけど……首都にアリシアをおくる時、行き先は誰か知り合いの方の家だったり……?」
「首都で雑貨店をしている親戚がいての。そこで預かる予定じゃったが。」
「……そうか。そう、だったか。」
ようやく、理解した。
理解してしまった。
どうして、原作であの子は首都で見慣れない夫婦と一緒にいたのか。
どうして、原作ではこのご老人と妹さんは出なかったのか。
……そして、どうしてアリシアはあそこまで【黒きサソリ】を憎悪して嫌悪していたのかも。
未だにそれに関する設定や情報は思い出せないのだが。
もしも、アリシアが今の時点でここにいる事だけを除き、全ての状況が原作通りに進んでいるのならば。
それらを全て説明できる仮説はこれしかいない。
「……貴方達はこれから村に戻るのですか?」
「ああ、当然じゃが、どうした。小僧。急に素に戻りやがって。一体、何事じゃ。」
もう一度、老婆と妹さんを見る。
戸惑いながらも真剣に俺をみている老人。
何事かわからず俺と老婆の様子を見ている純粋な子供。
どこまでも善良なる人達。
悪い事など決して犯さず、平穏に生きてきたに違いない人々。
この老婆は自分の孫娘の未来を真剣に考え首都に送った。
恐らく、それが限度だったのだろう。
老人は既に歳を取っている。
何よりもあの書店の様子を見るに、決して裕福とは言えない。
家族全体が首都にいくのは無理なはずだ。
だから、せめてアリシアでもと思い、首都の親戚の元へおくった。
そして数年後には妹さんもそうやって首都に行かせるつもりだったのだろう。
……その結果が、アリシアのみが助かるという結果になるとは知らず。
「……。」
原作時点でセピア島がいない理由は未だにわからないが。
少なくとも、他の謎は全部解けた。
アリシアの【黒きサソリ】に対する憎悪と嫌悪。
原作時点で一度も姿を見せず、言及される事もなく、登場もしなかったお婆さんと妹の存在。
本来、首都に行くタイミングは二週前であり、今は元々アリシアがここにいない予定だったという事実。
……そして、何よりもこれからのシグマの行動まで。
ここまで来るとどうしても気付く。
嫌でも理解してしまう。
つまり、アリシアは生き残ったのだ。
この島でこれから起る悲劇、惨劇からあの子だけは難を逃れる事ができた。
その時には既に首都にいる親戚の元に行っていたのだから。
そして、そのままずっと首都に暮らすようになる。
留学期限の間だけとかではなく、完全にそこで住むようになるのだ。
それはそうだろう。
なにしろ、もう戻る場所がない。
仮に島が残っているとしても、故郷である村はなく、そこに棲んでいる人々もない。
自分を迎える家族などいないのだから。
……この老婆も、世間知らずの子供も既にいないのだ。
だから、原作では登場しない。
それを知っているから、少女は一度もそういった人物達を言及せず会おうともしなかった。
故に、あの子はずっと【黒きサソリ】を恨んでいたのだ。
自分の家族を殺していた憎き仇敵として。
「……もう、遅いのか……?」
事件は既に始まっている。
もう三日後に逃げ出そうとか、そういった悠長な事は言えない。
死亡フラグから生き残る為に奔走してきた二ヶ月。
なし得たのは確にあり、変えたことも間違いなくあるけれど。
まるで、そんなのは些細な事に過ぎず、お前はここで死んでいく運命なのだと言うかのように。
事件は隠していた牙を見せ、体を起こしている。
……心なしか、ずっと止まっていた砂時計が動きだし。
死へと向かうカウントダウンが始まる気がしてきた。
逃れようと必死でやってきたけれど、それに構わず。
決して俺を逃さないと邪悪な笑みだけを浮かぶのみであり。
そして。
今だ、フラグは折れていない。
***
考える。
肺肝を砕くかのように知恵を絞り出し、計画を見直す。
頭に浮かぶのは数多くの可能性。
獲物が生き延びる道程、逃走経路。
一つが浮かぶ。
即、それを潰す。
また、一つが顔を出す。
即、その経路を絶つ計画を出す。
目標は逃さない。
それは今まで生きてきながら自分がすっと心構えとして持っている根幹、言わば鉄則である。
望むものがあれば何であれ手にしてきた。
邪魔なものがあれば何であれ叩き潰してきた。
気付けば、そんな自分を誉め称え敬愛する者や尊敬する人々があり。
それとほぼ同じほど自分を忌み嫌い、怖がる者もいた。
公爵家に生まれた公女だからこそ、称えていると言う人もいる。
権力家に生まれたが故に、そのような成功と実績を残したのだと。
聞いていて笑ってしまう。
この人達は何を言っているのかしら、自分が公爵家の人間だから勝った?
今までの実積は全てそのために出来たと?
図に乗る事もここまでくると呆れるのを越して失笑が出る。
公女だからやり解けたのではない。
権力者だから勝ち続けるのではない。
勝つべくして勝ち、勝利すべきだから勝利したまでのこと。
ヴァロワ公爵家の女だからではなく、リエナド・デ・ヴァロワという個人だからこそ出来たという事を未だに理解できないとは。
そんな腑抜け共は見ていて飽きる。
自分の理解、見識を越えるのを見ると、何とか自分の領域まで引きずり下ろし満足する愚鈍な生きもの。
それは怠惰であり、庇護する必要すら感じない愚かさの極である。
そして、悲しい事にこの国にはそういった豚共が多い。
ワタシ自身がいる公爵家も含めて。
そういった頭がゼリーにできているやつらでも理解できるほど、徹底的な結果を残す。
実績を出してもそれを公爵家のおかげだと貶めるのなら、その数十、数百倍の結界を顔面に叩き付けてやろう。
井の中の蛙に身のほどを弁えさせよう。
そして蹂躙し、奪い、徹底的に潰す。
後で、ワタシが君臨し支配する良き国のためにも。
「お嬢様、気分が良さそうですね。計画はばっちりでしょうか?」
「そうね。ちょっと愉快な想像をしたまでよ。早く大人になりたいものね。子供のままでは好きなように国を取り込めないんだもの。」
セピア島周辺の海を突っ切りながら目的地に向かっている軍船の甲板。
そこで気持ちのいい朝の風をあたりながら、美しい銀髪を靡かせている少女がいる。
白い軍服のような制服を着ている少女、リエナドが爽やかな笑みを見せると。
となりに立っている黒髪の女性副官が呆れた顔で話した。
「ううん~。そこは大人っぽく化粧をしてみたいとか、酒を飲んでみたいとか、それともかっこいい旦那と結婚したいとかの理由だったら、子供らしくて好感を持てるのですが~。」
「くだらないわね。化粧なんかに興味などないわ。ワタシが完璧なのは生まれから当然な事だし、そこまでして見せたい相手もいないもの。後、酒もそそらないわね。それより腑抜けた豚を痛めるのが面白いのではなくって?」
副官であるシエスタの話を軽く流しながら、リエナドは近くなっている島を見る。
セピア島。
ここまでくると簡単に聳え立つ山の数々が見える、見るからに険しい場所だ。
「もうじき、最北端のサンゴロ港に着きますが、お嬢様はやはり別行動を?」
「ええ、その方がいいでしょう。ワタシが実権を握っているとしても、名目上、この軍隊の隊長は騎士団の団長が務めている。なら、そっちにも花を持たせないとね。」
いくらリエナドが天才といえど、軍隊の責任者として認める訳にはいかず、あくまで使節団である姫の同行、見届け人という立場である。
その立場をリエナドは最大に利用したいのだろう。
部下には信頼できない裏切り者がいる可能性があるし、何よりも今回の目標は傭兵と一族、二つである。
それらを同時に消すというのであれば、最大戦力であるリエナドが積極的に動く必要がある。
(……まあ、たぶん指揮するのが面倒くさいというのが一番の理由でしょうけれど。)
「でも、今回の任務、もう一方はともかく黒きなんとかは捕まり難そうね。」
「あれ?どうしてです?お嬢様らしくないですね。」
「ロネスとやらが送ってきた地図を見ればわかるでしょう、本拠地の要塞近くに村が多い。」
リエナドは今まで見ていた地図をシエスタに渡す。
それを受け取ると、ずっと考えを纏めていたらしく色々と記号や標がつけられている。
それに微かにさすがだと感心しながら、シエスタは地図にある'バルティア要塞'とその周辺を漁り、気付く。
「なるほど。厄介ですね、これ。'人質'ですか?」
「後、山だから道が険しく少ない。村を潰しながら同時に火を放すと道がすぐ途絶えてしまうわ。逃げる側が圧倒的に有利な地形と言えるわね。シグマとやらはそれなりに頭は回るみたい。」
「ううむ。騎士団の立場上、村を簡単に捨てる事もできないし……、難しいですね。だから、お嬢様は個別行動ですか。」
「あの鈍い木偶の坊達に任せたら本当に全部逃してしまうからね。一応、'一族'を最優先にするつもりだけど。……ああ、後、そうね。シエスタ、その地図で赤い丸で標示したところあるよね?」
その言葉を聞き、シエスタはまた地図を見る。
すると、確にあった。
リエナドの性格とは裏腹にとても可愛い字で標示された場所が。
しかし、余りにも突拍子もない場所でシエスタはつい首を傾げる。
「これは何です?」
「簡単な保険というか……いや、お試しというのが正しいのかしら。これぐらいはやらないと、ワタシの下僕にする価値もないもの。とにかく、後でロネスとやらが約束した時間になっても港に来ないとそこに行ってみなさい。」
「えっと?一応、私。姫殿下と付き人さんを警護する役目ですが?」
「それでもいいから行けと言っているの。つまらないことを言わせないで。後、あのトンチキな姫が余計なことをしないかよく……」
「あら?私が何かしましたか?」
シエスタとリエナドが同時に口を閉ざす。
二人の視線が向かうのは、甲板にきた新たな訪問客だった。
今しがた支度を終え船室から出たらしく、昨日とは違う白いドレスを纏っている姫、アデレイドがニコニコしながら、リエナドとシエスタを見ている。
「結構遅く出たな、姫。昨日は満足に眠れなかったか?」
すぐに他人向きの話し方に変えてリエナドが話す。
それを見てシエスタは毎度毎度、本当どうしてこの人はこう世間体という事を気にしないのかと、内心引いてしまう。
どこまでも傲慢で自分が思うがままにしか振る舞わない。
それが子供ならではの我儘に見えないのは素直にリエナドが出している独特の雰囲気と威厳、そしてそれに伴う実力の故だから、流石というべきだが……。
(もう少し、遠慮という事を学んで欲しいですね~。相手が寛大だからよかったものの、これは……トホホ……)
「お早う御座います。ご心配は嬉しいのですが、寝所は充分にすばらしいものでした。寝不足なのは昨日、ちょっと機械弄りに勤んでいたので……」
「ほう、そういえば貴殿はその歳で技術者達と並べる程の腕前と聞いたな。どんな機械だ?興味があるが。」
「あっ!!知りたいですか?!やっぱり気になります!?でしたら是非ともーー」
「殿下、もうすぐ島に着くのでそれは控えるべきかと。ヴァロワ殿もこれから予定がいらっしゃるはずです。」
今まで同行しながら見たことがないテンションの姫。
一気に仮面がはかれるが如く、目を輝かせ頬を赤く染めるアデレイド姫をメイドが咄嗟に止める。
それで何となくこの少女の特色を察し、シエスタも口を添える。
この姫、機械に関して話すと話が余計に長くなるタイプと見た。
「そうですね、もうじき港に着くし、そろそろ下船の準備をしないといけませんね、お嬢様?」
「むっ、ワタシは結構興味があったのだが……確にそうだな。その話はまた後だ、姫。」
「うううっ……残念です。折角だから仲間を増やそうと思ったのに……」
「殿下……。」
「ええ、わかっているから大丈夫。そういう顔はなさらないで。……それで、リエンちゃん?先ほど私の話が出たようですが?」
凄く落ち込んでるように見えながら、すぐに開き直し姫が聞いてくる。
そのあたりの切り替えの早さは流石だと思いながら、シエスタはチラッと上官の方を見る。
「大した話はしていない。今後、港に着くと貴殿らの警護はここにいるシエスタが主になるからな。注意事項を確認していただけだ。」
「まあ、リエンちゃんは一緒にいかないのですか?私、今日は一緒にショッピングできるかと楽しみにしていましたのに。」
「こちらはこちらの対応で忙しい。貴殿の立場はそれほど大事だと自覚しろ。後、その呼び名はいい加減にやめるんだな。」
その何気ない会話の最中、シエスタはリエナドと目があう。
緑の輝くような瞳が物語っている。
何かを言え、と。
このうざい奴をどうにかして気をそらせろ、と。
理不尽です。
私もやりたくないのですが、と目で抗議してみるが。
残酷な微笑みと共にリエナドが視線で宣告してきた。
(早くやりなさい。しないとアナタは即、首だわ。)
ここまで言われると致し方なく、この小さな暴君に使える自分の身を哀れみながらシエスタは考える。
気をそらすと言っても何を言えば、この天真爛漫なお姫様の気を引けるだろうか。
「あ!!そういえばお嬢様。先ほどのお話ですが。ほら、早く大人になりたいという理由に関しての。」
「うん?ああ、それが何んだ。」
「あの時、私が言っていた三つ。化粧と酒、結婚の内、前の二つは散々言っていましたが、残りはどうなんです?あれは特に否定しませんでしたね。」
「……今聞くこと、それ?」
(貴方様が気をそらせと言ったからですよ。)
そう心の中で叫ぶ一方、姫のご機嫌の方を伺う。
ご本人のリエナドは心底くだらないという感じだが、姫はどうも違うらしい。
シエスタの思惑通り、この話題が好みと興味にクリーンヒットしたらしく、手を取り合いグイグイと突っ掛かってくる。
「まあ!リエンちゃん、早く結婚がしたいから大人になりたいのですか?可愛いですね!!」
「…………。」
'あ、不味い。これ、完全にお嬢様の地雷なのでは?'
と悟ったシエスタの反応は早い。
微妙に腰にかけている剣の方へと手を動くリエナドと姫の間に立ち、素早くフォローする。
「いえいえ、違います、姫殿下。実は私めの方が最近、結婚資金を集めているので。お嬢様はそのあたり、どうお考えかと気になったのです!」
「あら、それはまあ……!そうだったのですね、私はすっかり……。おめでとうございます、副官さん。きっとすばらしい方なのでしょうね、お相手の方は!」
「いや、それは勘違いだな、姫。この子にそんな相手はない。」
「え?じゃあどうして結婚に使う金を集めるのです?お一人なのに?」
「いつかくる相手を待っているのだろう。ワタシには理解できない思考だが。」
「まあ……それはまた……。こんなにいい人なのに、どうして相手がいないのでしょう。がんばってください、副官さん。大丈夫、世の中は広く男も多いです。どうか挫けないで。」
「ぷっ。」
リエナド公女とアデレイド姫の間に挟まり、いきなり集中攻撃を受けながらシエスタは何とか倒れようとするのを堪える。
メイドさんが何とも言えない顔で見ているのが辛い。
後、今のは絶対この銀髪の公女様が笑ったのでは?
「お、おじょうさま……それで、そのけっこんをどうおがんがえなのかを……」
「うん?ワタシはまだこの話題で話たいのに?」
「私が嫌なんです!お嬢様はこの辛さをわからないからそう言えるのですよ!」
そう。
この人は絶対わかっていない、お金持ちでありまだ子供であるこの人は……!
'君ももういい年ごろよね~。'とか。
'相手は見つかったい~?'とか。
'隣の家の子はね、来週に結婚するらしいのよ~'とか。
親戚さんや知り合いに会う度に、言われる辛さも何もわかっていないのだわ?!
もはや泣き崩れる寸前になっているシエスタを見て満足したか。
愉悦に浸って笑っていたリエナドが、風に靡かす髪をかきあげながら頷く。
「まあ、いいでしょう。充分楽しんだから答えてあげる。結婚なら……そうね。他の事みたいに無視はしていないわ。結婚というより、恋というのが正しいかしら。そういったものには少し興味があるの。」
場が静かになる。
ずっと黙って傍観していたメイドが口を開けて呆然とし、シエスタすらも驚いた顔で固まり、アデレイドは完全に素になって感嘆する。
「なに……何だ?何故、皆、黙り込む。」
「いや、その。そういう話にとても興味を引かれる私ですが、流石に驚きを禁じ得ません。リエンちゃんも乙女だったのですね。ビックリです。」
「……どういう意味、それ。」
訳がわからず相当に苛立っているのか、つい素になっているリエナドを見てシエスタが少し尻込みする。
その目は驚愕に満ち、顔は衝撃が染みっている。
「お嬢様の偽物……?」
「違うわよ。流石に失礼ね。当たり前でしょう?ワタシだって女なのよ。そういう事に興味ぐらいは持つの。人をまるで情がない怪物にしないで頂戴。後、シエスタ。来月の月収、楽しみにしておく事ね。」
'こふっ……!'と苦しむシエスタとは違い、アデレイドはとても生き生きした表情で目を輝かせる。
衝撃が消え、つい沈んでいた興味が沸いて出たようだ。
「じゃあ、リエンちゃんが思う理想の方とかがいます?!婚約とかそういったつまらない話ではなく!好みのタイプとかは?」
「好み?……考えたこともなかったが。」
「え?でも興味あるのでしょう?恋。」
「あるにはあってもどんな感情なのかを気にしていただけだ。今まで感じた事はなく、これからもそういうのとは無縁なまま結婚すると思った故な。」
理解できず首を傾げるアデレイドに、珍しくリエナドが素直に答える。
それを聞き、シエスタは少し頭が冷める気分になる。
この人はやっぱりあの婚約の事を気に入っていないのだと悟ってしまう。
王子との婚約は手段として必要だと理性は判断しても。
感情は氷山のように何も感じないのだろう。
だからこそ、恋や愛というものに興味を持ったのだろうか、この少女は。
「でも、そうか。ふうむ。好みか……。」
「やっぱりあるのですか?ほら、性格が優しくて話をよく聞いてくれる人とか、見た目はやっぱり清潔かつ、優美さがある方とか。後は知的で包容力がある人だとか?」
もはや、完全に自分の好みを言っているのだとシエスタとメイドが同時に思う最中、リエナドは珍しくも深く考えゆっくり答える。
どうやら本当に真剣に考えたらしく、よく整えている美麗な顔を歪ませており、その言い方は姫の前なのにもかかわらず素になっている。
「そうね。性格はまず根性がいないとね。」
……根性?
その単語を聞き、嫌な予想しか浮かばないシエスタだったが、アデレイドは珍しく興奮して頷いている。
どうやら、帝国のお姫様はこういう恋バナが大好きらしい。
が、それも最初だけであり、話が進むにつれて姫の顔が強張っていく。
「だって、ワタシの体罰に耐えてくれないといけないじゃない。すぐに泣き出す奴は論外だわ。あ、そしてすぐ事を投げ出すような人も駄目。だって、心が真っ先に折れて反応がなくなるとつまらないから。」
「……あの?リエンちゃん?私たち、恋の相手の話をしていましたよね?その……痛みつける人ではなく?」
「うん?当たり前じゃない。……あ、でも、そうね。一応、伴侶になるのだもの。それだけでなく……、うん。死に物狂いで目標に噛み付くほどの勢いがないと駄目ね。それと私のものになるのだから、他の奴に目をくれても駄目。その能力は全てワタシの為に使うべきよ。もし、他に目がいったら即、牢獄及びお仕置きフルコースね。」
「ええ……。」
「でも、外見はあまり気にしないわ、ワタシ。だってワタシがちゃんと磨いてやればいいんだもの。同じく背景とかも特に気にしない。それもワタシが養ってやればいいし。
とにかくガッツよ、ガッツ!ワタシの前でも怯まない、魔法で身が焼かれおうが相手を殺す気でいく、腕が飛んでも立ち上がって噛み付く。それぐらいの勢いはまず基本かしら。」
「……それが基本ですか?お嬢様……」
「当たり前よ、だって、男でしょう?ワタシが男として生まれていたら絶対そうしたわ。まあ、女である今もそうしているのだけど。」
(……それはお嬢様が化け物だからでは?)
「あ、最後にこれが一番重要だから。馬鹿は論外よ。ワタシの旦那になるのだもの。なら当然、ワタシに負けないぐらいの賢さは持っていないとね。うん!そうね、それがいいわ!」
今までこういった考えを全くしなかったせいか、理想の相手を考えるリエナドは珍しくも歳相応の浮かれた表情を見せる。
その姿は普段とのギャップもあり、とても魅力的だと感じる一同だが、誰もがそれぞれの理由で面食らってしまっていた。
シエスタは近い関係だったが故に。
(何だかんだとこの人も女だったのか…………マジで?)
という驚きに。
メイドは豹変して話すリエナドの余りにも意外さに。
(もしやこの方は自覚がないだけで、一度惚れた相手にゾッコン且つ束縛するタイプでは?)
という呆れに。
そして、同じ歳のアデレイドは。
「……リエンちゃん?そういう人はこの世にいませんよ?普通、人は身を焼かれると悲鳴を上げて気絶するし、腕が飛んだらショックで同じく意識を失い、最悪は死にます。しかも、貴方に怯まず、同じ賢さって……ハドル高すぎでは?というか、夢をみているのでは?」
と、哀れみと憐憫の目で目の前の少女を心配する。
その視線で我に戻ったらしく、リエナドは珍しく慌てて目を逸し空咳をする。
「……言ってみただけ。忘れろ。」
緩い姿など見せない少女にしては珍しくみる姿なので、それはそれで得した気分がなくはないアデレイドだが。
いくら何でもこれは酷い。
天才は主に頭のネジが一本外れていると言うが、この子は数十本がないのでは?
と、そう考えつつ。
(でも、面白い方なのは間違いないし、やっぱり仲よくなりたいですね!)
こういう感想を抱くあたり、結局、同じく頭のネジが外れている同類な姫であった。
カイル君と令嬢さん達の雰囲気が違いすぎる件




