13. 悪役令嬢さん達は理不尽である。
暗闇を突っ切り、静かな夜の海を渡っている艦隊がある。
先頭で海面を横切りながら進んでいる大型の軍用帆船を筆頭にして、それに続いている軍船が十隻。
合わせて十一の軍船で出来ている艦隊はしっかりとした列を組み並びながら進む。
船たちがすべて一つの生き物のように動く。
船員達の連携に少しの無駄はなく、効率的に人員を使い船を進ませる。
その精度の高い動きから、普段から受けている訓練がどのような量なのかを思うのは難しくない。
少なくとも、先頭で走ってる軍船の甲板でその様子を見ていた少女はそう思った。
夜風を当っている少女は目を輝かせながら、後ろに続いている一列の艦隊を見ている。
華麗なる桃色のドレスと白いベールを羽織った少女。
腰にまでくる程、長い金髪を後ろで束ね垂らしており、如何にも貴い身分であると思わせる高貴さと優美さを備わっている。
見るからに感情が豊かだとわかる、明るい顔。
活発さと共に誰にも愛想よく振る舞える、そういった愛らしい印象を与える少女であった。
「凄い錬度ですね!この船も良く整備されているとわかりますし。少々申し訳なくなりますね……。私なんかのためにここまでする必要があるでしょうか。」
どうも、現状が気にかかるらしく少女は'うむむ'と頬を膨らませ、考えに没頭する。
すると、隣で静かに立っていた若いメイドが静かに口をはさんだ。
「不躾けながら、これほどの警護は当然かと。どうか、自分の身の大事さをもっと自覚なさってくださいませ。」
「その下人の言う通りだな、姫。貴殿はもう少し自身の価値と大事さを理解する必要があるようだ。ここで貴殿の身に何かがあっては国際的な問題になる。もちろん、今回の責任者であるワタシの面目も丸潰れだろう。」
隣のメイドからの諌言ともう一つ、幼くも堂々としている凛とした声が聞こえ、金髪の姫は明るい顔で声の主の方を見る。
その視線の先にはドレスとベールを纏った姫と大差なく幼い、もう一人の少女が立っている。
背は子供らしく小さくて、流れるシルクのような銀髪が月の明かりを受け輝くように光る。
目は珍しくもエメラルドを思わせる緑。
金髪の姫と同様、とても可愛くも優美さを持つ人形のような顔たちだが、その印象は真逆だった。
それは主に表情、そして着ている服の違いが大きいだろう。
姫と呼ばれた金髪の少女は、フリルとレースによって飾られ、華麗ながらも決して派手すぎではなく、高貴さを感じさせるドレスを着ている。
白いベールをその上に羽織りどこか大人っぽい服装。
それに加え愛想良くも、人懐っこい笑みを浮かべている少女はとても優しく、若くても包容力を感じさせる印象だ。
だが、銀髪の少女はその真逆。
まず、服装からして軍服のように見える白い制服である。
黄金の糸と、縫いで装飾が少し飾られているものの、紛れもなく軍人が着そうな白い制服に、体格と合わない大きなマントを纏っている。
そしてなによりも顔の印象が姫とはまるで違う。
姫と呼ばれた少女のよう優しさや包容力など一切感じられない。
そこにあるのは絶対的な冷静さと、確固たる自信。
むしろ、目の前のものを自分より下だと思っているのではないかと思ってしまう傲慢さだった。
まさしく、正反対の二人。
金髪の姫と、銀髪の司令官。
歳は同じく、外見もまた二人とも一、二を争う美麗さでありながら、ここまで違う雰囲気を持つものかと。
姫の隣に立つメイドと、銀髪の少女の後ろにいる女性の副官が同時に考える。
そして、お互いの視線が合い、この瞬間、完全に同じ考えをしていると確信する。
'果たして、この二人をこういった場で顔を合わせるようにしていいのか'と。
「まあ!ヴァロワ公女殿下ではありませんか!こうしてまた会えて嬉しいです。艦隊の仕事で忙しいとお聞きしましたから、とっても残念がっておりました。もうお休みになられるのですか?」
「その公女殿下という呼称はやめてもらおうか。他でもない貴殿にそう言われるのは流石に聞き捨てられん。嫌みなのか、それは?」
「え?でも、ヴァロワ公爵家はハルパス王国ではとても大事で、王族の次に力ある家門だと聞きましたが。私、何か間違ってしまったのでしょうか?」
姫と呼ばれた少女が'むむむ'と大げさに悩む振りをする。
その姿を冷たく睨みながら、銀髪の子は吐き出すように語った。
「当然だ。ここが正式の場ではないとはいえ、貴殿はグランツ帝国から来た皇族。発言の時はなるべく注意するべきだろう。ましでや、今の貴殿は使節団の一人。些細なる言葉も注意することだ。」
「なら、問題はないですわね!ここはメンドクサ……おほん!れきっとした公然の場ではなく、あくまで、個人の場なのですから!立場の違い、背景などはこの際、少しくらい目を瞑ってもよろしいのでは?」
「……。」
「ええ、むしろそうするべきですとも!ということで、如何でしょう?この場では親しく、'リエンちゃん'とお呼びしても?リエナド・デ・ヴァロワ殿?」
「ふっ。ここでワタシに切り殺されたいのかな?アデレイド姫殿下は?」
満面の笑顔で語る帝国の姫さんに向けて、銀髪の公女もまた満面の笑顔で腰にかかっていた剣を抜こうとする。
すると、'まあ!お怖い方'と姫がわざと大げさな動きで両手を挙げる。
まるで、おふざけでもしているような二人だが、事がこうなると黙っている訳にもいかず、両側の従者達が慌てて止めに入る。
端的に言って。
眼鏡をした若いメイドはボケているお姫の肩を掴んで、無理やり後ろに引っ張り。
副官である短い黒髪の女性がほぼ泣き崩れるように銀髪の少女の前で土下座した。
「ひ、姫様、お戯れはそこまででよろしいかと!せっかくの自由行動で浮かれているのはわかりますが、冗談も過ぎてはヴァロワ殿にも迷惑でありましょう!」
「右に同じくです!お嬢様、後生の頼みです!どうか言葉を選んで発言してください!宰相や公爵様でも何とかしてくれるのには限度がありますので……!」
「嫌。どうして、ワタシが他のゴミ共の目を気にする必要があるのかしら。」
剣を握って、副官を見もせず銀髪の子が語る。
だが、どうも相手の副官も只者ではないらしく、鬼気迫った顔で堂々と返した。
「必要がありますとも!なにしろ、これ以上お嬢様が事件を起こすと、私が首になりますので!」
「……ねえ、シエスタ。アナタが首になるのとワタシのプライド、果たしてどっちが大事?」
「もちろん、私の首ですとも!」
土下座したまま、副官がキリッとした顔で即答する。
それを見る姫が口を隠して笑い、若いメイドの目が憐れになる。
'この人、随分とあれな人なのね、見た目は綺麗な人なのに、可哀想'と、そういった感想を抱いている。
が、公爵家の少女に土下座するのに忙しい副官がそれを知るはずもない。
「……いいわ。わかったから、その情けない格好は止めてもらえるかしら。仮にもワタシの部下なのでしょう、アナタ?無様な姿など決して許される事ではないわ。」
「じゃあ、ちゃんと言葉も選んで発言してくださるのですね?!」
「そこまでは言っておりません。ワタシの寛容を安く見ないで頂戴。今、切り捨てなかっただけでも、ワタシの優しさに感激しつつ、靴を舐めながら感謝しないといけない事なのよ?」
そう言いながら、少女は自然に靴で土下座している副官の頭を踏み躙る。
'ぐえっ!'と悲鳴を上げながら、両腕をパタパタする大人の女性と、つまらないような顔でその様を見下ろす銀髪の少女。
それを見て、帝国のメイドは固まる。
この王国は果たしてどこに向かっているのだろうか。
「むむむ!ヴァロワ公女……いえ、リエンちゃん!先とは喋り方が変わっていますね!さては、それが素だと見ました!是非、私にもそう接してください!副官さんとだけはずるいですね!」
そして悲しくも、この光景に全然動揺せず、間抜けな事を言うあたり、アデレイド姫もどこに向かっているかわからなくなった。
これでどうするべきかと心の中でメイドが悲しんでいると、リエナド公女が呆れたような視線で姫を見る。
「……貴殿の頭を踏み躙ろうと?悪いが、断るとしよう。ワタシもさすがにそんな国際問題が起こる事案は避けたいのでな。」
「お嬢様!言ってる事と内容が噛み合ってません!それでしたら、まずその生意気な口の聞き方から直すべきかと……!」
「うるさいわね。」
一層、足に力を入れたらしく副官の顔面と床が衝突する大きな音がなる。
'ぐえっ!'という断末魔とともにグッタリする副官の女性を見て満足したか、リエナドが満面の笑みを浮かべた。
いくら何でも露骨に加虐的な笑みで、見ているメイドは引いていると。
となりの姫が本音を隠しもせず呟く。
「わお……。すっごい痛そうなのに、嬉しさが半端ない笑みを浮かべるとか、まさしく外道。人でなしですね。私、ちょっと怖くなりました。もしやリエンちゃん、あれです?誰かを苦しませないと生きていけない悲しいモンスターさんなのです?」
「風評被害はやめてもらおうか、アデレイド姫殿下。これは単に主人が仕事をする時、愚かに口を挟んだ部下を躾ているだけだからな。」
「そして、とても図太いと来ました!これは、六年後が楽しみですね!!いいクラスメイトになりそうです!」
となりのメイドが'私は心配でございます、殿下'という複雑な顔をするが、リエナド公女も、アデレイド姫も完全にスルーしている。
姫はニコニコしながら目の前にいる同じ歳の子を見て。
そんな視線に少し顔を歪ませ、銀髪を風に靡かせながらリエナドは言う。
「つまり、魔法学院に?」
「ええ!恐らくですが、私が留学する事になるのではないかと!私と、私の一つ年上の兄上が、ですね。リエンちゃんも嬉しいでしょう?なにしろ、知り合いの方がいる方が心が楽になりますし!」
「……まず、その呼称はやめてもらいたい。後、喜ぶはずがないだろう。帝国からくる貴殿はともかく、ワタシは地元の学院にいくだけだから。」
「ふふん~。私は知っていますよ?ずばり、リエンちゃんはデレ隠しをしていらっしゃるのですね?わざわざ私の警護を買って出るほど私を思いながらもそんなツンとした態度、ええ!とても可愛いと思います!」
「…………やっぱり、ここで死にたいのかしら、アナタ。」
顔が一気に凍って素の言葉使いになってしまっているリエナドを見てメイドが慌てるが、姫はただ呑気に笑うのみだ。
優しく見守るかのような笑みに、何か思い当たった事があるらしく。
リエナドは少し思索に耽けては、ため息と共に、ウエーブがかかった銀髪をかきあげる。
「……まあ、いいだろう。今回、貴殿の警護はヴァロワ公爵家の息女、リエナド・デ・ヴァロワと王立騎士団が責任を持って預かる。ハルパス王国の威厳にかけて、アデレイド・エルンスト第五姫殿下、貴殿にはどんな危害も及ばぬと、ここで改めて誓わせてもらおう。」
「ええ、もちろん。信じております。私の我儘に付き合ってくださったハルパス王国にはとても好感を持てます。国全体が動いて見せてくれるその友情と配慮、我が父もきっとお喜びになられるでしょう。」
「ならば幸いだ。セピア島には朝に着くと思われる。到着次第、我々が用意したスケジュールに是非とも従ってほしいものだが。……なにしろ、'観光がしたい'と無理を言い出してきたのだ。今更、これを断る理由もあるまい?」
雰囲気が重くなる。
吹いてくる夜風も、雲が一つもない開放的な夜空も、船が海を突っ切りながら聞こえる波の音もそのまま。
向き合っている二人の少女達も様子は少しも変わっていない。
だが、違う。
明らかに雰囲気が変わったと、この場にいる人達は全部感じ取れる。
メイドは緊張するよう強張った顔で二人の少女を見て。
気絶している振りをした副官もまた、何気なく鋭い目で姫を覗き見る。
「それはまたご心配なく。楽しみで仕方かないほどです。……ああ、しかし、後で着く私の守護騎士たちはちょっと事情が違いますね。」
「と、言うと?」
「今回、私の警護を王国の方々が一任してくださったのです。私の警備を無理やり離すようにしてまで……」
「それは使節団のスケジュールの途中、急に貴殿がセピア島に行きたいと言ったからだ。こちらもそのための準備というのがある。」
「ええ、無論、理解しております。今回の遠出は私の我儘によるもの。ですから、それを受け入れてくださった王国側にはとても感謝していますとも。特に私の警備を王国随一の才女と呼ばれるヴァロワ殿が預かってくださるのだから、とても頼りにしています!」
手を合わせてはしゃぐ姫を、リエナドは鋭い眼光で睨む。
'さっさと本題を言え'といわんばかりの視線。
子供とは思えない殺伐な目にメイドが怖じける反面、姫は何ともなく話を続ける。
むしろ、この瞬間すらも楽しいと思うかのように。
「ですから、私からの提案です。後で、島に着く私の騎士団は今回休みを得たと言うことで、どうでしょう?彼らも長い旅で疲れていますし、羽根を伸ばせてあげだいですが……」
「……休みだと?」
「ええ。私の警備を王国側が全部担うのです。自信もおありの様ですし、この際、とことん甘えてもらおうかと!王国がこれを断る理由はないのでは?」
「お嬢様。」
倒れた体を起こした副官が真剣に話かける。
それを聞きながら銀髪の少女は少し、考えに耽け。
やがて、頷いた。
「承った。姫殿下のご意向のままに。では、その指示はワタシのほうから……」
「いいえ、私の方から直に伝えます。実は最近、我が国では魔法を使えず通信出来る技術を開発している真っ最中で!そのテストも兼ねる事になるのです!」
「……いいだろう。では、ワタシたちはこれで失礼する。夜の点呼を取る時間なので。」
「まあ!それは残念です。もうちょっと未来の学院生活に関して話たかったのに。後でもいいから、ぜひ一緒にお茶会でもーー」
「結構だ。」
アデレイドの言葉を一刀両断で切り捨て、銀髪の公女は場を離れる。
ずっと倒れていた副官もいつそんな無様を晒したかというように節度ある動きで敬礼し、上官の後を追う。
結局、甲板にメイドと二人きりになり、アデレイド姫は小さく息を吐く。
頬をムッとして不満があるように膨らませる姿は、間違いなく子供のそれだった。
「ああ~。リエンちゃんに嫌われてしまいました。彼女とは是非とも仲よくなりたかったのに。もう、ホントこんな役割はうんざりですよ。私はただ機械だけを弄って、甘いお菓子とお茶さえいれば文句はないのに……」
「姫殿下。誰の目があるかわかりません。警備がない状態でそのような言動は……」
隣で補佐しているメイドの女性が諌めるように話す。
だが、それがむしろ逆効果だったらしく、アデレイドの顔が少しキツクなる。
「お姉様までそんな事を仰有いますの?二人の時は昔のように接してと言いましたね?私、本気で怒りますよ?そもそもこういう演技をしながら、相手と騙しあうのは趣味じゃないんです。
……そういうのは帝国でもう飽き飽きなのに。」
帝国での生活を思い出し少女の顔が暗くなる。
皇帝の血を引いてるのはアデレイド本人を含めて七人。
つまり、皇位継承にあたってアデレイドを敵として見ている兄弟が六人もいる事になる。
……いや、詳しくは五人と言うべきだろう。
たった一人、そういった競争とは無関係な方がいらっしゃるのだから。
皇位を継承する為に暗躍が毎日のように起きる生活。
自分を偽り、殺し続ける生活をアデレイドは心底嫌っていた。
それはアデレイドを幼い頃からずっと見てきたメイドもわかっている。
この小さな少女はそういった大それた事とは無縁な子なのだ。
村娘のような明るさは間違いなく、この姫の長所だけれど。
それは血生臭い皇位継承争いにとって、本人を苦しめる枷でしかない。
本人がどれほどそういうのに興味がないと言っても、他の兄弟はその言葉を信じれず、未来の憂いをなくそうとするのだから。
「おいたわしゅうございます……。」
「……どうか、そんな顔はなさらないで。わかっています。たとえ、皇位継承に興味を持ってなくとも、私もまた皇族の人間。こういう役割も必要なものね。」
メイドが眼鏡を外し、涙を流すのを見てアデレイドが急いで慰める。
この人は立場上、自分の使用人だけれど実の姉のような人なのだ。
アデレイドに六人の兄弟がいると言っても、父だけが同じで母は全部違う。
その中でも母が弱い貴族であるアデレイドは姫だとは言うが、他と比べ不憫な生活をおくってきた。
最小限の支援だけを貰い、放置されたのだ。
そんな状況でずっと隣で支えてくれたこのメイドはアデレイドにとって実の家族と同然と言える。
「さあ、涙を流すにはまだ早くってよ?お姉様を泣かしたと知れば、後で兄上にどう顔向けすればいいかわからないのだもの。妹が愛しい相手を泣かしたなんて、兄上が凄くガッカリしてしまうわ。」
「で、殿下!?あの方の話は……!」
本当、感情が豊かな人。
先までは自分の事を案じて涙をながしながらも、兄上の話をするとすぐに赤面になって慌てる。
その姿が妬ましくもあり、また羨ましくもあって、アデレイドはクスクスと笑いながらわざと大きな声で話す。
「ああ~!いいですわね~!私も、そういった素敵な殿方が現われないかな~?身分とが構わず、一緒にいると楽しくて、とても頼りになる人だといいのだけれど。お姉様が羨ましすぎです。」
「殿下!!」
慌てるメイドを見てようやく、陰鬱な気分が完全に消える。
アデレイドは流れるような金髪をかきあげながら、船が行く先、海の向こうをみる。
セピア島。
そここそが今回の目的地。
正直、帝国でこの情報を聞いた時は半信半疑だったけれど。
王国側の反応を見る限り、信憑性が一気に上がってしまった。
(精霊神獣の降臨。その為の触媒……ですか。我が国の技術発展に役に立ちそうだし、ぜひ回収したいどころですが……)
たぶん、難しいだろう。
今回のセピア島行きにわざわざ王国の魔法騎士団と、ヴァロワ公爵家の人間まで付けたのだ。
ただの飾りだと言うのは不可能だ。
あのリエナド公女は只者ではない。
なにしろ、まだ十歳にも関わらず、英雄の素質を見せている子供として、帝国にも名前が知れ渡っているのだ。
二年前には生きているドラゴンすら倒し、その血を飲んで、心臓を王国に持ち帰ったとかなんとか。
リディア共和国に天才少女'イザベル'がいたら、王国にはあの'リエナド'がいると言えるだろう。
(ううん……是非とも仲よくなりたかったのですが、あれでは無理っぽいですね。)
「お姉様?今後の予定ですが……。あ。」
何とか助言を聞けないかとメイドを見るが、既に兄上の事で頭がいっぱいになっているらしく、真っ赤になて何かをブツブツ呟いている。
完全に一人の世界だ、あれでは当分は戻ってこないだろう。
(……愛する人がいるのって凄いですね。)
果たして自分もいつかは、あんな風にデレデレになるほどの恋愛が出来るのかと。
そんな少女ならではの夢想をしながら。
でも、少しムカつくので、メイドの足を踏むアデレイドだった。
***
「……食えない女ね。本当に気に入らないわ。ああいうタイプが一番、頭に来る。」
甲板から離れ、船室が集まっている通路を歩きながらリエナドは形振り構わずずっと溜まっていた感想を話す。
他の人々と話す時のように男勝りな口上ではなく、完全に素の部分を丸出しにしている銀髪の司令官をみながら、副官のシエスタもまた小さく頷く。
「よく耐えてくれました。あの場で暴言を吐いたら今頃、私はノルマン宰相にどう報告するべきか、悩んでいるどころでしょう。」
「……今の感想を聞いて吐く理由がそれ?そんなに首になるのがお嫌?」
「はい。なにしろ、私、まだ結婚資金を全部集めていないので。首になると困るんです。」
見た目は如何にもしっかり者でクールな大人の女性だと思われるシエスタ。
外見だけみると、出来る女という感じの美人であるのにどうしてこう、口を開く度にガッカリするようになるのか。
リエナドはもはや呆れるのを越して残念がってしまう。
「……ホント悲しくなるわね。こういう残念な子がワタシの腹心とか泣けてくるわ。下品な行動はやめて。アナタを雇っているワタシの品位まで疑われるじゃない。そんな小銭に拘らなくても、そのくらいワタシが出してやるわよ。」
「え!?本当ですか、お嬢様!?」
「ええ。アナタが相手をちゃんと見つけて来たらね。どうせ、いないでしょう?相手。それより現状よ、現状!これは一体どういう事なの?!」
何気ない言葉が致命打になったらしく、完全に石化しているシエスタを無視しリエナドは怒鳴る。
まだ十歳。
そう、まだ十歳なのだ。
いくら血統があり、公爵家という背景があり、才能があって、実績があるとしても。
よもや、表では帝国から来た姫の護衛任務。
裏では'あんな仕事'の総責任者として任せるとは、この人選に文句を言いたくもなる。
「……本当にノルマンは何を考えているのか。正気の沙汰じゃないわ。いくら王国内で任せる人材がないと言っても普通ワタシに振る?こんな仕事。」
「し、仕方かないでしょう。ノルマン宰相も結構お悩みになられた筈です。もはやまともな貴族もほぼなく、堕落しきっているのが現状ですからね。特に、今回先鋒としてセピア島に行っている……」
「知っているわ。モンモランシー家の子ね。ロネス モンモランシー。あの子を確りと保護しろと。」
今、セピア島にはとある少年が先に行っている。
二ヶ月ほど前から、島に派遣されるであろう制圧軍の先鋒として侵入しているのだ。
目標は王国にとっての癌みたいな存在達の居場所を突き止めるため。
それらを完全に駆逐し、奴等が持っている物を全て回収し、'巫女'を抹殺するためである。
だが、モンモランシー家の人間は昔から敵が多い。
自分の私利私欲を満たすのにしか目がない今の貴族にとって目の敵でしかないのだ。
今の艦隊の中にも、恐らく……いや、間違いなく、いるだろう。
どさくさに紛れてモンモランシー家の少年を殺そうとする暗殺者が。
「チッ。」
仕事が自分にだけに全部集めてくるという現状。
あまりにも不甲斐ない今の王国の姿。
そして何よりも。
一応、自分の管理下にある部下の中で、自分に仇なす不埒者がいるという事実がもっともリエナドを怒らせている。
「お嬢様は言わば、公爵家に残っている唯一な良心。もとい王国の希望ですからね。そんなお嬢様だからこそ、ノルマン宰相も任せたのでしょう。王子との婚約の件もそういう事の一環かと。」
「婚約ね……。やっと忘れていたのに思い出させないで。頭が痛くなるわ。」
「やっぱり、気に入らないです?」
「婚約自体に文句はありません。ワタシの目的はこの国を手にいれる事。男ではなく、女として生まれた以上、こういうやり方は致し方ないでしょう。……だが。」
一気に冷たくなる銀髪の公女を見てシエスタは何となく次の言葉を予想する。
どうして、この小さな天才がこの婚約を気に入らないのか、恐らくそれは……。
「相手が気にくわない。軟弱なのにも程がある。覇気もない、野望もない、何かに必死に食らい尽すほどの執拗さがない。あれではただの生きている人形と変わらないわ。」
ああ、やっぱりか。
予想はしていた、まさしく生きてる嵐、止まらない炎の如くであるこの少女とあの王子はあまりも相性が悪い。
宰相はそれでも、この国を立て直すにはリエナドしかないと踏んで、婚約を進んでいるのだけれど。
(ううん~。これは駄目だな、こりゃ。でも、宰相様の期待を裏切れないし。)
「でも、まあ?案外、会って話してみると考えが変わるかもしれな……」
「変わらない。一目見て、数分話すとその人間の根本はわかる。あれは駄目。ワタシの道に何らかの役にも立ちそうにないわ。それに……。」
不機嫌になっているリエナドの視線が副官、シエスタに向かう。
それを見て一瞬シエスタはギクッとする。
リエナドの緑色の目が、赤く染まっているのだ。
それは取り分け強い魔力が活性化されている証し。
即ち、魔法を使う寸前まで怒っているという証明である。
「先の評価、気に入らないわね。」
「……はい?」
「ワタシがこの国の良心とか、希望とかいう戯言についてよ。なに、それ?ふざけているの?ノルマンといい、アナタといい。脳が砂糖菓子にできているのかしら。ワタシはただ、後でワタシのものになるであろう国がこんな様じゃ、見てられないから立て直そうとしているにすぎないわ。勘違いしないでくださる?」
どうやら、先ほど言った世間の評価が気に入らなかったらしい。
……これはマズイ。
リエナドお嬢様は良くも悪くも英雄の素質を持っている。
才能と能力、そして性格さえもそうだ。
英雄とは必ずしもヒーロみたいな者だけでなく、変化を齎す者、世界を変革させる人も指す言葉である。
そして、時にそういう者達を歴史では'暴君'とも言う。
リエナドお嬢様は間違いなく力を持ち、この国の現状を変えられる、可能性溢れる人に間違いないのだが。
とにかく、遠慮がない。
帝国の姫様相手でもあの態度なのだ。
相手が誰だろうと絶対自分を曲げず、自分のやり方と生き方を貫く。
そして、それを阻むものがいたら潰す。
冗談でも例えや比喩でもなく、物理的に叩き潰すのだ。
「はい!!ステイ、ステイですよ!お嬢様!この船で魔法を使うと島に着く前に艦隊が全滅です!ホンッット、止めましょうね、そういうの!」
「……アナタ、ワタシを狂犬とか何かと見ていない?」
そんな事を言っている間に個室に着き、二人は部屋に入る。
激しい波にあったか、船体が少し揺れる中。
リエナドはずっと着ていた制服のマントをベッドに投げて椅子に見を任せる。
「ふう……とにかく、あの姫、帝国は気付いているわね。'一族'も、'精霊神獣'の事も。」
「ええ、そうですね。非常に厄介かと。神獣は盟約によって触れる事が許されない禁断の力、もう一つの伝説ですから。」
「エウペイアとほぼ同級だという話だからね、あれ。確にそれを外国に奪われるのだけは避けるべきだわ。」
本来、あの島に本格的な軍隊を派遣するのは二ヶ月後の話だった。
だが、どうやってか帝国の使節団、その一人であるアデレイド姫がセピア島の視察を要求してきたのだ。
最近、帝国の技術革命はすざましい勢いであり、それによる結果は目覚ましい。
先ほども素振りは見せずとも、魔法なしに通信が可能な技術を研究していると聞き、内心驚いている。
聞けば、最近では空を飛ぶ鉄の塊すら作っているとか。
……流石にそんな国との交流をやめる訳にもいかない。
そのために、アデレイドの要請を無下にすることもできず、だからと言って神獣を帝国に渡す事も許されず。
決行されたのが'今回の計画'だった。
「……これが、あのモンモランシー家の?」
「はい。ロネス君が定期的におくってくる報告書、その最新版です。【黒きサソリ】に関しての情報が纏まっています。」
「ふうん。傭兵王ねー。ハイエナらしく、美味しい話に釣れて来たと。雑な男ね。優雅ではないわ。で?ロネスとやらに連絡は?」
「伝えておきました。暗殺の危険もあるから、一応、本来のルートとは別のルートを用意しましたが……」
「ならいいでしょう。後はあの子しだいね。」
レポートを読みながらリエナドは考えに耽ける。
セピア島。
そこにいる重要人物だちの名前、顔、勢力、全ての情報を頭に入れる。
同時に、島に着いてからの動きを想定し、計画を練る。
最終目的は一つ。
帝国に神獣と、それを降臨するための触媒を奪われない事。
モンモランシー家の人間の保護は次の問題だ。
(……子供?)
レポートの途中、【黒きサソリ】のメンバーを纏めたページで気になるのを見つかる。
自分と変らない歳の子供がそこに載っているのだ。
……まあ、傭兵とはならず者の集まりだ。
そういう事もあるだろう。
「お嬢様、それでどうするおつもりですか?」
レポートを全部読み興味を失う頃、シエスタが尋ねる。
それでようやくレポートから目を離した少女は華麗なる銀髪をかきあげながら即答する。
「決まっているでしょう。帝国が動きを取る時間など与えません。艦隊を使い全港を掌握。及び北と南、両側から包囲網を展開し、徹底的に狩ります。
逃げ場など決して与えない。確実に追い詰める。」
「つまり?」
「……そうね。部下達にはこう伝えておきなさい。'深き森の一族'、及び、【黒きサソリ】のメンバーをよく覚えておく事。そして見つけ次第……」
手に持っているレポートにもう一度目を置く。
ちょうど、そこに載っているのはとある少年、傭兵団に所属する子供の姿だが。
それを見る少女の目はあくまでも非情で、冷たく。
一切の情けなど感じられない。
「全員、抹殺せよ。例外は許さない。
この案件を知っている者は誰とて、絶対に生かすな。」
宣言と共に少女の目が赤く染まり、レポートが突然の炎に襲われ燃え上がる。
一瞬で塵になり、灰になってしまう。
まるで、そこに載っている人物たち、全員の結末を示すかのように。
カイル君が死ぬほど働く時間でございます。




