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五分間の優しい小説

ひとつの果実

作者: k.go

 桜の木が生茂る小さな島。

 新たな桜の木として僕は生まれた。

 みんな島の真ん中に寄り添い、楽しく花を着飾り、愉快にお話ししていました。

 僕以外は毎日みんな、みんな毎日たのしそうに過ごしていたんだ。

 たまたま風で飛ばされて、たまたまここで芽吹いただけなのに、僕がここを選んだ訳じゃないのに、誰も僕と話してくれなかったんだ。

 だれも近くに居ないから。

 でも僕にはどうしようもなかったんだ。

 僕にはあの鳥さんのように羽もないし、このアリさんのような足もなかった。

 僕はただ時が経つのを待ち続けすしかなかったんだ。

 きっと神様が友達を運んできてくれるって思いながら毎日毎日海を眺めてた。

 そんなある日海に浮かぶ何かが見えた。

「なんだろう?」

 僕は精一杯根を伸ばして海に身を乗り出した。

 メキメキッ

 僕が頑張って身を乗り出した時に、根元で変な音がした。

「あっ」

 よく見ると崖に亀裂が入っていた。

 僕はどうする事も出来ず、そのまま海に転がり落ち、気が付けば僕の体は海に浮かんでいた。

 海にぷかぷか浮かんでどんどん島から離れて、僕はとうとう本当に1人になってしまった。

 でも不思議と悲しいという感情は芽生えなかった。悲しんでくれる人がいないから…

 ただ、今は以前以上に何者にも縛られない生活というのも、悪くない気がしてきていた。

 海の天気は変わりやすく、その日はバケツをひっくり返し多様な雨だった。

 少しずつ枯れ木になり、どんどん葉が無くなっていく自分を見るのが嫌で、僕は雨が嫌いだった。

 半月もせず僕にはもう、幹と枝しか残っていなかった。

 失うものが無くなると、雨に打たれる気持ち良さを僕は知った。

 もう何もなくていい、そう思えたんだ。


 ある夜、僕の目の前に美しい尾羽をきらめかして彼女が現れたんだ。

 彼女は俺の肩に優雅に舞い降りると、雨に濡れた翼をしまって眠りについてしまった。

 僕はただただその美しい羽を眺めながら、ゆりかごのように静かに流れた。

 一人ではないからか、雲の間から照らしだす月光の道は、いつもより輝いて見えた。


 朝になると、彼女はお礼とばかりに美しい翼を俺に見せるかのように大きく広げると、甲高く鳴いて空へと舞い上がった。

 今まで通り一人になっただけなのに、彼女の居なくなると思うと、急に胸を締め付けられた。


『行かないで…』


 僕は心の中でそう叫んだ。

 ずっと一人だった。

 だから平気だった。

 なんでいまさら…


 僕は人生を呪った。

 神様は残酷だ。

 


 ズドン!


 急に大きな音が聞こえた。

 今まで聴いたことが無い音だけど、落雷のように耳をつんざく音だった。

 初めて聞いた音なのに、妙な胸騒ぎがして、僕は音の聞こえたほうへと進路を向けた。

 途中、波に逆らう妙な鉄の塊に気にも留めず一心不乱に彼女を探した。


 夕日が水平線へ姿を隠そうとし、僕がなかば諦めかけたその時、海に小さな影ができた。

 彼女だった。

 いびつな円を描いて力なく舞い降りた彼女は、白銀の翼から(はな)のような鮮血を滴らせていた。

 滴る血が困惑する僕の肩を紅く染め始めると、今何をするべきかはっきり分かった。


 逃げなきゃ


 すぐさま近くを通る速い海流に飛び込むと、近づく漆黒の闇へと向かって急いだ。


 彼女を守るために。


 朝になると、彼女の血は止まったようだったけど、彼女が飛び立つことは無かった。

 昨日の夜、血を滴らせた彼女はけして倒れることも、震えることもせず、凛と立ちながら闇を見つめていた。

 声にも表情にもけして苦痛を表さないその姿は、僕の心を打ち、僕は彼女が治るまで守ろうと決めた。

 その日から僕は彼女のために生きる事にした。

 彼女に射す日差しを和らげ、雨風から守るために、今まで枯れたままになっていた枝に葉を付けた。

 彼女が飢えないように魚達を呼び寄せた。

 彼女が楽しめるように枝同士を打ちつけて音楽を奏でた。

 彼女が落ち着くように花を咲かせた。

 無理をしていることは分かっていたけど、それ以上に彼女が元気になればそれでいいと思えた。

 彼女がありがたみなど感じていなくても、自分のエゴだとしても関係ない。

 生きる理由を失っていた僕は初めて生きている価値を見出したんだ。


 月日が経ち、彼女が空を飛べるようになったときには、僕はもう命の火が消えかかっていることが分かっていた。

 死が間近に迫っているというのに、僕は元気に生きている時よりも、とても幸せだった。

 彼女が遠くを見つめる機会が増え、そろそろ旅立つことを感じていた僕は、無い力を振り絞って花を実に変えた。

 疲れきった今の僕に出来たのは、たった一つの果実だった。

 彼女に出来る最後の贈り物。

 彼女は僕の気持ちを知ってか知らずか、その果実を口でくわえると、空高く舞い上がった。

 朽ちた僕の体が、終りを迎えるのを感じ、もう二度と会うことは無い彼女の後姿を見つめ、俺は目を閉じた。



 ズン!



 彼女が今留まっていた僕の朽ちた枝が砕け散って、海面にバラバラになって吹き飛んだ。


 僕は本能的に理解した。


『敵だ』


 あのときにすれ違った鉄の塊が黒煙を上げ、嵐のような轟音をたてながらこっちに向かってきていた。

 鉄の塊はやっと傷が治ったばかりの彼女に向かって、何度と無くあの日に聞いた雷鳴を轟かせ追いかける。


『やめて!どうして!』


 僕は朽ちた体に鞭打って、鉄の塊に突進した。

 すでに限界に近づいた体にひびが入り、意識が遠のいた。


『何で彼女を狙うんだ!』


 葉や花、枝さえも枯れきった体で何度体当たりしても、鉄の塊はビクともしなかったけど、僕はぶつかることをやめなかった。

 彼女と過ごした時間は生きた人生の中では、ほんの一部に過ぎない。


 でも、守りたいという気持ちが、俺の人生に生きる意味を与えてくれた。


『守ると決めたんだ!とまって!』


 残った枝がすべて無くなるまでぶつかり続けたけど、鉄の塊は結局傷ひとつ負うことなく、僕の横を通り過ぎようとする。

 そのとき、鉄の塊が一番波に逆らっている部分を見つけた。

 回転する鉄の板が波を飲み込み、自ら後ろに流れを作っている部分だ。

 もうろうとした意識の中、最後の賭けにその部分に飛び込んだ。


『止まれー!』


 僕の朽ちた体は薄い鉄の板に切り刻まれ、砕かれ、粉々になっていった。

 薄れていく意識の中、思っていたことは一つだった。



『死なないで…』












 ザザ…

 波の音が響き渡る静かな島に小さな命が芽吹いた。

「母さん、お母さん、生まれたよ!」

 小さな鳥の雛が、巣の近くに植えられた果実を見てはしゃぎながら駆け回る。

「この子が母さんを助けてくれた恩人の子供なの?」

 近くにいた白銀の親鳥はうなずくと、助けてくれた恩人の話を何度も雛鳥に聞かした。

 一人で海を旅し、見ず知らずの種すら違う自分のために戦ってくれた一本の流木の話を…

幸せの水瓶に引き続き童話系?な話でした。

実はmixiで四行小説なるものを書いていて、それをちゃんとした小説に直したところ、これができたという訳なんですよ。

自分には結構童話があってる気がするので、これからもちょくちょく書かしてもらうつもりですので、よかったらまた読んでやってください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 童話系は中々読む機会がないけれど、良いものですね。幻想的であり時々残酷な部分もあるけれどどこか心休まる話の数々。個人的な意見だと、比喩や修辞をうまく使っていてとても表現力のある良い作品だと思…
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