橋を訪う人・7
新書「橋を訪う人」7
喉元に突きつけられた刃物。黒銀に光っていた。
色を吸わせてはならない。
※ ※ ※ ※ ※
転送で出たのは、七色の泡がゆっくりと立ち昇る、クレーターのような、広い場所だった。地下、と聞いていたので、屋外とは不思議だったが、良く見たら、地下だった。地上の建物、古城の部分を吹き抜けみたいに「ぶち抜いて」いるのだが、自然とそうなったか、人工的にそうなったかは、分からない。
ふわふわとした、光の玉のようなのが見える。色は様々だが、黄色っぽい物が目立つ。土が強いようだ。超越界で確認をした、エレメントの「流れ」のようだが、もっと激しいものを想定していたので、意外だった。反対側の流れ込む動きが止まったか、緩くなったか。ワールドを超えた流れは、セレナイト達が弱めてくれたのかもしれない。
しかし、それでも、強いエレメントを帯びた、指向性のある流れは、周囲に不自然な歪みを生じている事には代わりない。
「五、六割は閉じたんです。エクストロス様が、自分に取り入れて。でも、あの人の力では、直ぐ飽和して、戻ってしまいます。」
ソーガスは、そう言いながら、グラナドに一枚の紙を渡した。
「預かって来ました。古代キャビク語ですが、殿下は、お分かりですよね。」
と、丁寧に言った。グラナドは、
「ああ、分かるが。だが、この方法なら、補佐として、俺以外に、四属性がいる。ここの状態なら、風はもう二人はいるな。」
と言った。それと同時に、ルヴァンが、後組を連れてきた。
だから、続く、
「お前とルヴァンがやるのか?」
は、ルヴァンの、
「いえいえ、ちゃんとこちらで、素材は揃えてます。」
で、丁度応答された。ルヴァンは、クレーターの一方、向かい側になる部分を指して、
「あ、来ましたよ。」
と言った。
前のルヴァンに良く似たマント姿が一人、七、八歳くらいの男子を二人連れていた。マントは顔がわからないが、男の子達は、薄い金髪で色白、顔はそっくりだ。双子のようだ。
三人が近づき、マントが「準備が出来た。」と言った。男性にしては高め、女性にしては低めだ。マント姿の背丈からは、性別は判定しがたい。
ソーガスは彼らに背を向けていたが、声をかけられて、振り向いた。彼は、驚いて、マントに向かい、
「使うとは、聞いてません。コーズス達はどうしたんですか?」
と言った。マントは、低く、
「変更になった。大した事はい。」
と言った。ソーガスは何か言おうとしたが、ルヴァンが、
「さあ、さっさと済ませましょう。」
と遮った。
「何をするにしても、その子達に、危険はないんでしょうな?」
と、ハバンロが口を挟んだ。ルヴァンが、
「ありませんよ。魔力は少しは消耗しますがね、殿下が来てくれたから、危険はありません。」
と答え、子供二人に、
「良かったね。コーズスとマーソン達、悪くてずるい大人は、後で叱って貰おう。」
と笑顔で言った。二人は、大人しく頷いていた。
それからグラナドは、紙に書いてある内容を確認すると、皆に説明した。
この穴を塞ぐには、四属性を使えるグラナドの魔力と、魔法技術が必要だ。しかし、全部同時に、強く出せばいいというものではなく、微調整がいる。その調整の「余り」が外に溢れないように、魔力のキャパが一定以上の、四属性の補佐が必要だった。
「ここは土のエレメントが強化されているから、風は念のため、シェード、グランス、ライテッタに頼む。」
これにはルヴァンが、
「魔力なら、この子達のほうが、強化されていますよ。」
と軽く抗議した。しかし、グラナドは、
「その年齢の子供達では、体力が足りない。魔力は人工的な強化で表面はなんとかなっても、そもそも、まだ強化して数日程度だろう、その子達は。この術式には、不安定過ぎる。」
と、一蹴した。すると、
「そういうことなら、グランスの代わりに、俺がやりますよ。」
と、ソーガスが申し出た。
「お互い、転送の足を一人ずつ、手付かずで残した状態で、いいでしょう。」
しかし、グラナドは、ライテッタを外し、ソーガスを入れた。グランス、ライテッタ、ソーガスは、これに不満な様子だったが、グラナドの意見が通った。
そして、水に俺、土にミルファ、火にオネストスが指名された。風以外は土と水はとはいえ、火のエレメントは、他に選択肢はない。火山地帯だということで、念のため、二人になった。
肝心の術式は、古代語で書かれた呪文を唱えるだけだった。指名された者たちはグラナドの近くに、その他は、少し遠巻きに。グラナドは、特にレイーラを護るように、ファイス達に頼んだ。聖魔法の話は出ていないが、以前、彼らの一味は、レイーラを拐おうとしていたからだ。
「他はどうしますか?」
とファイスが問うた。カッシーが、明るく、
「大丈夫、任せて。」
と言った。ハバンロが、頷いて、
「でも、気を付けて下さい。」
と言った。レイーラは、何も言わなかったが、微笑んだ。
グランスはライテッタに、
「命に変えても遂行いたします。」
と言ったが、ルヴァンから、
「大袈裟ですよ。」
と言われていた。ライテッタは、ルヴァンから、子供二人を、護るように預かった。二人は、ルヴァンから優しく話しかけられた時でも緊張していたが、ライテッタが間に入った時、ほっとした様子を見せていた。
俺はグラナドの近くにいたが、目で促されてミルファの近くに移動した。とは言っても、グラナドを囲んで、近くに集まる程度だったので、立ち位置はグラナドとも近い。
儀式は簡単な物で、グラナドが呪文を称え、エレメントの気流を整え、収束させてゲートを閉じて終わり、の、あっけない物だった。七色の粒の流れは、蓋をしたように収まって消えた。閉じる瞬間は、自分の中で、何か膨れ上がった感覚があった。次に、急に縮小し、胸と背中が張り付きそうな体感、最後にすべてが落ち着いて、元に戻った。
遠くで、鐘が鳴るような、独特の音がした。一瞬、地面が揺れたが、直ぐに収まった。ミルファが、ぐらついた足元に、短く叫んだので、俺は素早く支えた。ソーガスが、
「心配ない。エレメントの過剰供給が収まって、普通に戻っただけたから。」
と言い添えた。
シェードが、払うように首を降りながら、
「思ったより、軽かったな。緊張損な感じだ。」
と言った。彼は、グラナドに問いかけたはずだが、返事を受けとる前に、意識を失った。
シェードは、ケンナールの腕の中に、崩折れていた。首筋から青紫の液体の筋が出て、少し襟を濡らしていた。
「ああ、安心してください。即死する薬ではないです。ただ、早く処置しないといけませんが。」
ケンナールは、先程までの、明るい調子とは、打って変わって、物凄く冷たい目をしていた。
「もう一度、ゲートを開けてください。今度は、完全に。」
「何を言ってる、カラロス。そんなことをしたら、地下のエクストロス様も、ここにいる俺達も、いや、島も無事にすまないかもしれないぞ。」
ソーガスが驚いて声をかけていた。本当に予定外だったようだ。俺と、恐らくグラナドも、ケンナールを疑っていたから、ミルファかレイーラが狙われることは警戒していた。だが、シェードとは。
「残念だが、ノワード、俺は、お前と違い、故郷に復讐するために、協力したんだ。お前も知ってるだろう。父と母を引き裂き、母に対する誹謗中傷を繰り返し、辺境に父を追い出し、死なせた。もし、両親が結婚して、ラッシルかコーデラに住んでたら、こんな事は起こらなかった。
俺の目的は、島の潰滅。命なんか、惜しくない。」
ケンナールは、気絶しているシェードの首に、剣を当てた。そして、もう一度、要求を繰り返そうと、
「殿下、ゲートを。」
と言いかけたが、グラナドは、
「拒否する。」
と一言で断った。
「仲間が、どうなってもいいのですか?!」
ケンナールは焦った。しかし、グラナドは冷静に答えた。
「要求を受け入れたとしても、俺達は逃走手段がある。エレメントは、島が吹き飛ぶほどじゃない。だが、火山に影響があれば、被害は膨らむ。島はコーデラ領だ。王子として、お前の要求は飲めない。シェード一人ですむなら、それが最良だ。
…そいつも、俺に仕えるからには、覚悟していただろう。」
相手は動揺し、今度はレイーラに、
「貴女は、どうなんです。弟なんでしょう。」
と矛先を転じた。レイーラは、静かな目に、涙を称えていた。ケンナールは、それを見て、ほっとしたようだか、彼女は
「悲しいけれど、大勢の人を、犠牲にはできません。でも…。」
と言うと、きっと見返して、
「シェードが死んだら、私も死にます。」
と続けた。ケンナールは、動揺して、一瞬、呆然とした。その隙に、彼の足元から、縄が昇った。
グラナドが、土の拘束魔法をかけて、シェードとケンナールを切り離した。足が捕らわれた時点で、ケンナールは、剣を土縄に向けるため、シェードを離した。彼は前に倒れる。素早いハバンロが、シェードの所に飛んで行く。ミルファが銃で狙い、威嚇するが、魔法はすでに、ケンナールの全身を捕らえていた。彼は、悔しそうに足掻いた。
オストラフが、剣を抜いて進み出て、
「ラッシル騎士団の軍規に従い、お前を処刑する。」
と言った。それはグラナドが止めた。
「彼には証言してもらいます。」
「吐かんでしょう。その覚悟がないと、こういうことをする男ではないのです。」
とにかく、連れて帰ります、とグラナドが言った時、ケンナールが、短く叫んだ。
拘束された彼の体から、紫の煙が立ち上る。
「熱い、ああ、熱い。」
さらに、俺達の背後では、さまざまな叫びが聞こえ、振り向くと、ライテッタが、ルヴァンを羽交い締めにしていた。
「何をした!」
「痛いな、やめてください。いえ、ちょっと、薬を少々。」
ルヴァンの足元には、長い筒が落ちていた。シェードの仲間のクミィが持っていた、吹き矢に似ていた。
ライテッタは、風の拘束魔法に切り替えた。ルヴァンは、
「これじゃ、転送はできませんよ。」
と言った。ライテッタのほうが、魔法力が上だからだろう。ライテッタは、
「当たり前だ。逃がさん。」
と言ったが、彼は急に胸を押さえて倒れた。
グランスが、剣を、背後から刺していた。目は虚ろで、死人のようだ。ファイスが、彼を、手早く捉える。カッシーが、何発かひっぱたいたが、正気に戻らない。ハバンロが飛んで行き、気功で気絶させた。
「ああ、いいタイミングで発動しましたね。」
ルヴァンが言った。
「私たちの仲間は、わりとあちこちに潜り込んでるんですよ。その彼が目覚めたら、騎士なら恋人は選べ、と言ってやって下さい。」
彼は、転送魔法で逃げようとしたが、はたと動きを止め、
「あれ…。」
と言った。
塞いだ筈の蓋が、一部砕けていた。音に気付かなかったのは変だが、騒がしさに紛れたのだろう。
蓋から出た筋は、二つあり、一つは、まず、ケンナールに向かった。だが、彼は、激しくもがき苦しみ、倒れた。それは、次に、倒れているシェードに向かった。
「危ない!」
レイーラが飛び出した。彼女が覆い被さった直後、筋は針状になり、彼女とシェードを貫こうとした。グラナドが、円盤状の水の盾を出し、素早く投げて、針を防いだ。俺は、その隙に間に入り、水の盾で、二人を覆った。ミルファが、銃で、残りの針を折った。
俺は、レイーラに、シェードの浄化を促した。
彼らに気を取られて、二本目の存在を失念していた。しかし、それは、既に消えていた。
ソーガスが、蹲っている。オネストスが、
「どうした、しっかりしろ!」
と言いつつ、彼を助け起こそうとしていた。
しかし、オネストスはハバンロが、ソーガスはルヴァンが、それぞれ引っ張って、引き離した。
「すいませんが、これで失礼しますよ。ケンナールと双子、そのマントの女は置いて行きますから、質問が有れば、彼らに。」
女、子供たちを連れていたマントは、何か叫んで、ルヴァンにつかみかかったが、ルヴァンは、彼女を短剣で威嚇し、ソーガスを連れ、転送で消えた。マントの女は、突き飛ばされて、人形のように動かなくなった。当然、皆で、待て、と言ったが、待つわけはなかった。
「ラズーリ、退却の指揮はお前に任せる。皆を率いて、できるだけ遠ざかれ。転送装置は使うな。」
グラナドは、俺にとって非情な命令を下した。
「君を置いて行けない。」
「俺は、あれを完全にふさいでから行く。」
と、剥がれかけた蓋を示した。
「一人でか?!無茶だ!」
「いいから、早く。塞いだら、俺は転送で戻るが、大勢、連れていく余裕はない。」
尚も躊躇う俺に、グラナドは、唇を寄せてきた。
「早く。俺一人なら、戻れるから。」
俺は、彼の覚悟を受け取った。
俺がシェードを抱え、ライテッタはハバンロ、グランスはオネストス、ケンナールはオストラフにまかせ、ファイスが先頭で進む。レイーラは双子を護り、カッシーとミルファは、マントの女を二人で抱える。
風魔法使いがおらず、女性と子供が混じっている。ファイスが背後を気にして、進み具合を調整してくれた。ただ、その分、歩みは遅く、ごう、という音がして、振り向いた時、エレメントの輝きは、簡単に視認できる距離だった。
「グラナド!」
俺は、シェードを抱えたまま、取って帰そうとしてしまったが、ファイスに止められた。
「君が抜けるのは困る。」
だが、俺は彼の守護者だ。一瞬ためらい、身勝手な決断を仕掛けた、丁度その時。
「あ、グラナド?!」
ミルファが、前方、蓋とは反対の、一点を指し示した。人影がある。薄く濃く、出現したそれは、彼の姿をしていた。
ミルファが駆け寄った。俺は、シェードの重みを腕に感じつつ、その場で待った。二人は、ゆっくりと歩いてきた。
グラナドは、服はあちこち切れていたが、大きな怪我はないようだ。俺に近づくと、
「ほら、戻っただろ…。」
と、倒れこんだ。
俺は、二人分の重みになんとか耐え、その場に立ち尽くした。