表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/18

橋を訪う人・6

新書「橋を訪う人」6


岬への道は、なだらかな回り道だ。紫色のライラックが、華やかに薫っている。

カッシーが、

「こんな北に?」

と、尋ねてきた。俺はよくわからないが、ケンナールが、

「ああ、『ハシドイグサ』の事ですか。もともとは、北の花ですよ、確か。」

と答えていた。

「岬にソーガスの自宅があったのですか。それで場所を岬に指定してきた訳ですな。」

と、ハバンロが言った。

ライラックに縁取られた向こうに、手を降る影法師が見えた。

白い。

「ああ、こっち、こっちですよ、殿下。足元、気を付けて下さい。」

ルヴァンだった。一人だ。古典的な魔導師風のマントは、薄い明るい黄緑色で、だいたい前と同じ格好になるが、フードは無く、頭は出していた。

赤みと白みの混じった金髪に、明るい色の目をしていた。グレー系だが、最北系にしては、色は濃いめだった。取り立てて目鼻立ちに特徴はなく、後からどんな顔だったか聞いても、「普通」以外に言えない顔だった。唯一、特徴があるのが、妙に形の良い、半円の眉毛だ。

彼は、俺達を見て、ケンナールに、軽く、

「久しぶり、カラロス。」

と挨拶した。彼の返事は期待していないらしく、次には大きなため息をついた、と思うと、

「がっかりしましたよ。殿下、貴方がこういうことをするなんて。」

と、クラマーロ、つまりは車椅子のアロキュスを指し示した。

「それ、偽者でしょう。」

ナドニキが、大声で、

「えっ?!何で?!」

と言ってしまった。気不味い空気が一瞬流れる。

「ああ、やっぱりねえ。まあ、仕方ないとは思いますよ。流石に、あれを野放しにする訳には、行きませんからね。

こっちは構いませんから、さっさと処刑してください。奴はもう、お役ご免ですから。大した情報も渡してないので、どうでも良かったんですが、

『仲間は見捨てられない』

とか、はっちゃけた子達がいましてね。奴が何したか説明はしたんですが。ついでに回収しとくか、ということになったんです。

ああ、はっちゃけはノワードじゃないですよ。まあ、普通の神経なら、当然ですね。彼に、奴を使っていた事がバレた時は、修羅場でしたよ。私も、平気じゃ無いんですがね。

いや、もう、何が苦痛って、仕事で仕方なくとはいえ、あれと接触するのは、それだけできつかったですね。

まあ、ああいう奴に、協調性を説いても仕方ないですが。

それにしてもねえ、その身代わりの人、もし、私が、間髪を入れずに、始末しようとしたら、どうするつもりだったんです。殿下はそういうことはしないタイプだと思ってましたよ。見損ないましたよ。」

立板に水、生きた見本だ。

敵に見損なわれても大した問題ではないが、それは口は出さずに、控えていた。

「それでは、彼等は、ここから帰すが、かまわないな。」

と、グラナドは、アロキュスとナドニキに、船に戻るように言った。二人は、素直に従った。

ルヴァンは、先に立って案内し、石とライラックの道を進む。岬には灯台が見えるが、これは現在は使われていない。岬の先までは行かない、小高くなっている丘に、青い屋根の、真白い家があった。家に近づくにつれて、四角や半円や球形の、白っぽい石碑が並んでいるのが目立ってきた。

「ああ、墓標ですよ。」

とルヴァンが言った。

「島は細かく宗派が別れているもんですから、墓地は教会じゃなくて、公営の墓地に、それぞれの宗派に従って埋葬するんですよ。

でも、今の墓地は、島の外からやって来た連中の墓に占領されてますからね。ノワードが、連中と戦って死んだ人たちは、連中の近くには埋葬したくない、というもんですから。まあ、入りきらないって面もあったんですが。

私はこだわらない方なんですが。」

石は岬の丘に向かうに連れて増えていた。墓石より白い家があり、青い屋根を載せている。

その脇に、ソーガスが立っていた。墓石を見下ろしているようだったが、ルヴァンが声をかけると、こちらを向いた。

ルヴァンが、

「彼の家族の墓ですよ。奥さんと子供。あと、妹さんご夫婦。」

と、素早く言った。

「御両親のお墓だけ、ポルトシラルの砕氷記念館のほうです。生前の取り決めだったらしいですが、記念館の館長は最初は渋ったそうですよ。テスパン伯爵と戦った団体にいたはずですが、亡くなったのはカオスト公爵のせいなんで、公爵に逆らった、という事になると思ったようで。

田舎の官僚は、所詮、小さいんですよ、器が。

まあ、ノワードが騎士なので、なんとか呑んだみたいです。」

記念館はカオスト公爵の出資のようだった。しかし、そういう話を考えると、エクストロス側に従って、王家に逆らう、という心理が、ますますわからない。

近づくまでにルヴァンは語り続けた。ソーガスは、やがて墓から離れ、俺達を迎えるために、こちらを向き、近づいた。表情はない。

「ソーガス…!」

オネストスが、小さく短く叫んだ。カッシーが、オネストスの唇に指を当てて沈黙を促した。だから、彼は後の言葉は飲み込んだのだ。一方、グランスは、

静かに控えていた。ライテッタは、オネストスに、

「殿下にお任せしなさい。口を挟むな。」

とだけ言った。

ケンナールもグランス同様、大人しくしていたが、皆より一歩前に出ようとした。オストラフが、

「控えろ。」

と下がらせる。

ソーガスは、無言で一通り一瞥すると、グラナドに、

「これから、転送装置で、『穴』の場所に行きます。」

と、簡潔に言い、自宅(ルヴァンの言葉を借りると)内に案内した。

暖かな地方に多い、中庭のある構造になっていた。ただ、寒い地方の事、南の建築に比べ、庭は狭く、開閉式の屋根が着いていた。今は解放されている。転送装置は、その真ん中にあり、鳥かごのようなデザインになっていた。一見、チューヤ風の東屋に見えた。

「行き先はどこだ。」

とグラナドが問うと、ルヴァンが、

「アルトキャビクから、ちょっと離れた所ですよ。転送装置じゃなくても、普通に行けるんですが、時間の節約と言うことで。」

と陽気に答えた。彼以外は神妙という、おかしな雰囲気である。

装置の転送人数は、一度に十人が最大という事なので、最初にグラナドと俺、ミルファ、ハバンロ、オストラフ、ケンナールが、ソーガスと共に行く。

ファイスとカッシー、シェード、レイーラ、オネストスとライテッタ、グランスは、ルヴァンと共に、次の便だ。

行き先の解らない転送は不安要素しかないが、グラナドには不安の欠片がなく、他の仲間も落ち着いていた。俺は、グラナドに寄り添いつつ、いざとなれば、魔法剣でも水魔法でも、直ぐに対応できるように身構えた。


この時、俺には、ある懸念があった。転送装置を抜け、件の穴に対峙した後、懸念は確証に変わった。


「夜道で、本当に人っ子一人いないなら、むしろ安全。」という、王都の諺を思い出した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ